第86話 スカイキングダム
ギルド『D.E.M.』には、ギルドセンター本部の最上層3階分のフロアが与えられていた。
高さはシルバーストーン財団本部ビル程ではないが、それでも地上80メートル程、非常に景色が良い。
俺の部屋は最上階の真ん中の一番広い部屋が割り当てられていた……
なんということでしょう! この物件で一番日当たりが良い部屋を一年も行方不明になっている男に与えるとは…… 嫁達の俺に対する愛情をヒシヒシと感じる……
しかし広すぎて落ち着かない、一部屋だけで実家の坪面積くらいありそうだ。正直この四分の一くらいで十分なんだが……
まぁいい、せっかく嫁達が俺の為に用意してくれたんだ。これだけ広ければ改造も捗るというもの、またお楽しみ部屋も作らなきゃいけないしな。
ちなみに俺の女神像は部屋の隅に置かれていた。俺が以前偽装した黒曜石の置物として…… やっといて良かったぁ~。
別に新居訪問している訳じゃ無い、これから友達の家にアポなし突撃する訳だから、何か手土産でもと思って財宝を漁りに来たのだが、当然 金庫室も新しくなってたので開け方が判らず入れませんでした。
いや、跳躍衣装で入ればいいだけなんだが、冷静に考えると何を持っていけばいいのか分からない……
有栖川邸突入作戦の教訓が全く生かされていない。
そこで思い出した、ウィンリーと言えば腹ペコ魔王様のイメージがある。何かお菓子とかの方が良いだろう。
そんな訳でリルリットさんが行き付けの洋菓子店へおすすめスイーツを買いに行ってくれた。実に有能なオペレーターっぷりだ。
「あれ?」
魔神器が見当たらない…… 部屋が広すぎてしっかり探す暇が無いのだが、目につく所には無い。元々カードサイズだし引っ越しの時にどこかに紛れ込んだのか、紛失してしまったのか…… あるいは誰か持っていった?
琉架にも聞いてみるが……
「魔神器? そう言えば私の部屋にも無かった。誰か使ってるのかな?」
魔神器に収められている魔器は、創世十二使の専用装備でそれぞれ調整されてる。誰にでも使えるというモノでは無い。そもそも魔王化に伴い、能力値がアホみたいに増えてる俺達では、再調整しなければまともに使えなくなっている。
それでも魔神器は持ち運びアイテムボックスとしても使えて非常に便利だ。
持ち主不在ならギルドのみんなで使ってもイイだろう。それでみんなが助かるなら俺に異存は無い。
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「これ、有名洋菓子店クラシックスのケーキセットです。本来は午前中で売り切れてしまうものなんですよ?
私が“たまたま”予約していたモノです。感謝して下さい? こちらは断腸の思いなんですから」
ずいぶんと“たまたま”を強調する…… 中には六つのケーキ…… もしかして毎日食ってるのか? それでそのスタイルをキープするとは恐るべしリルリットさん! これも耳長族の血の成せる業か。
それから伊吹よ、涎を垂らしそうな顔で覗き込んでいるが、残念ながらお前はこれを食べられない。
「伊吹は留守番な」
「ハァ!? 何でよ!! おにーちゃん!! 私との関係は遊びだったの!?」
このアホ妹はどこでそんな言葉を覚えて来るんだ? リルリットさんに汚物を見る様な目をされた…… 興奮するじゃないか。
「古い友人の家にアポ無しで突然押しかけるんだ、流石に妹は連れてけないよ。今度改めて紹介するから」
「そんなの別に関係ないと思うんですけど? そもそも本当の友情というものは、ある日突然「家出したから今日泊めて」と言われた時、何も聞かずに優しく受け入れてあげる……そんな関係の事を言うんです! そんな人は妹の一人や二人増えても文句言いません!」
何かそれっぽい事を捲し立てる…… 友達のいない俺にそんな友情話を説かれても、釈迦に説法だ。
いや、馬の耳に念仏かな?
どちらにしても、そんな空想上の物語で説かれても、俺の心には全く響かない…… そもそも伊吹の視線はケーキの箱に釘付けだ。説得力皆無。
時間は既に日没、空もだんだん暗くなってきた、これ以上暗くなるとスカイキングダムがどこにあるのか分からなくなる。つまりこれ以上アホの妹に関わってる時間は無い。
「はぁ…… 分かったよ…… 好きなの一つ選んで抜いてくれ、あ、リルリットさんも」
「ホントに? ありがとー! だからおにーちゃん大好き♪」
うむ、やはり俺の心には響かないな…… もっと違うシチュエーションで言って欲しかった。
「私は結構です。すでに自分の分は確保してありますので」
さすがリルリットさん…… 有能なオペレーターだ。出世するワケだよ。
「伊吹は俺たちが戻るまで、自分の部屋でも作っててくれ」
「部屋?」
「一部屋あげるから伊吹の好きなように改装してくれ、いくら金を掛けても構わんぞ。我らがギルドはお金持ちだからな」
「マジで!? 私の好きにしていいの!?」
「おう! どんどんやれ! 俺達は2~3日で戻れると思うから、暇つぶし代わりにな」
俺達は話しながら最上階のバルコニーへ移動する。広い…… テニスコートが作れそうなくらい広い。
これだけ広ければ、ココにも何か作りたいな…… 夏までにプールでも作ってみんなで泳ぐか…… いや! 露天風呂がイイ! この高さならちょっとしたつい立で周りから覗かれる心配も無い! 風呂なら一年中使える! 完璧な計画だ!
「それじゃリルリットさん、伊吹のコト宜しくお願いしますね。間違っても一人でクエスト受けさせたりしないで下さい」
「はい、任されました。……て、お二人はバルコニーで何をするつもりなんですか?」
「だから友達の家に行くんですよ」
空に浮かぶ巨大な雲の城、スカイキングダムを指差す。
「うぉ!? 何あのデッカイ雲!? まさか……龍の巣かぁ!?」
さすが俺の妹、同じこと言った。
ちなみにあそこには何匹か龍が住んでるらしいぜ? つまりガチの龍の巣だ。
「大きな雲…… もしかしてお友達って有翼族の方なんですか?」
「あ~、うん、そうだね、有翼族出身者だ。リルリットさん、あの雲の事は内緒にしといてください。一般には知られてない事ですから」
「え…えぇ、分かりました。それで…… どうやってあそこまで行くおつもりですか? ホープもいないのに?」
「もちろん飛んでくんですよ」
今回はウィンリーの羽根を使う。身分証代わりに見える位置に吊るす。
「それじゃ伊吹ちゃん、リルリットさん、いってきます」
「ウチの妹はアホなんで、くれぐれもよろしくお願いしますね」
風域魔術で体を包み浮き上がると、一気に飛び去っていった。
「ひ……飛翔魔術? 自力で飛ぶの!?」
「こらー! 誰がアホだ! アホおにーちゃんめー!」
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雲の城・スカイキングダム
その見た目は卵の形をした巨大な雲だが、その内部には広大な空間が広がっている。
雲のどこかにある“核”により空間が歪み、幅は最大60km、高さは100kmにも及ぶ多層構造の雲の浮遊城となっている。
そこには1000万もの民が暮らし、そのすべてが有翼族である。
そんな有翼族の楽園とでも呼ぶべき場所に、実に1200年ぶりに他種族の訪問者が現れた。
ザワ ザワ
ガヤ ガヤ
「いったい何の騒ぎですか?」
「あぁ! エリアム女史! こちらに居られましたか、探しました!」
「私を? それより何なんですか、この騒ぎは?」
「し……侵入者です!」
「!? 侵入者!? どういう事です!?」
「そ……それが……」
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30分前 ―
巨大な雲の存在に尻込みする…… 遠くから見ても分からなかったが、この雲は猛烈な勢いで回転している。
「これ…… 中の気流はどうなってるんだろうな?」
こんな暴風の中を果たして飛べるのだろうか? しかし有翼族が暮らしている以上、入れない事は無いはず…… 外側だけだろうか? 厚さはどれくらいだ? 酔ったりしないだろうか?
「神那、どうしたの?」
迷っていても仕方ない、他に道が無いのなら進むしかない。
「よし! 行こ……」
「キャハハハ…… あれ?」ボフッ
雲から急に首が飛び出してきた…… 翼は見えないが恐らく有翼族の女の子だろう。
相変わらず雲はすごい速さで流れている、しかし女の子の首は微動だにしない…… この雲ってもしかして極薄?
「ひ…ひ……人族が浮いてる!? ギャーーー!! お化けーーー!!」
女の子の首は雲の中へ戻っていった。誰がお化けだ! 魔王様と呼べ。
「どうやら簡単に入れそうだな…… 行くか」
「うん」
目を瞑り雲へ突入……あっさり突破。
そこで目撃した光景は、頭の中で思い描いていた天国の風景そのものだった。
外から見えていた巨大な雲の100倍以上はあるだろう、立派な雲の城…… 至る所に明かりが灯り、人々の営みが見える気がする。
なるほど…… ここが本当の第5領域「大空域」というわけか、外に見えていたのは雲の結界。決して中を窺い知る事が出来ないフェイクの雲だったんだ。
そんな結界に守られたこの空には穏やかな風が吹き、雲の城の周りを何人もの有翼族が飛び回っている。
近くでは子供たちが遊んでいる。さっき頭を出したのもその内の一人だろう。小さな雲の欠片に腰を下ろして見守っているのは子供たちの親だろうか?
外から見て思っていた印象と、あまりにもかけ離れている。ここは正に天空の楽園。
ウィンリーが他種族との争いを好まなかった理由がよく分かる。この平和を守りたかったんだ。
「すごい…… まるで天国みたい……」
「あぁ…… 本当に……」
少なくとも魔王城のイメージでは無い。
見るとこちらに二人の有翼族が飛んでくる、この平和な光景に似つかわしくない鎧姿だ。警備兵か何かだろうか?
「貴様ら…… ひ…人族なのか? な……何者だ!?」
なにやら殺気立ってる…… 人族が飛ぶ光景が珍しいのだろう、お化け扱いされないだけマシか……
「俺たちはウィ…… 第5魔王“風巫女”ウィンリー・ウィンリー・エアリアルに面会を求めにきました。
え~と…… 友人です。
身分証になるか分からないけど、これ、以前ウィンリーから貰った羽根です」
「これは…… 本物? しかし人族に与えるだろうか?」
「そんな話は聞いたことが無いぞ?」
いきなり魔王様を呼んで来てくれないか…… アポ無しだし仕方ないか。
「だったらフューリーさんに聞いてみて下さい。彼女とも面識があるので。
魔王様の友人、キリシマカミナとアリスガワルカが訪ねて来たと」
「どうする? 地上に叩き落とすのは不味いかも知れないが、念のため牢屋にぶち込んでおくか?」
「まて! もしこいつ等の話が本当だったらどうする? 減給じゃ済まんぞ?」
そういう話はもっと小声でしろよ…… 丸聞こえだぞ。
「いっそのコト、地上に落としてしまえば証拠も残らないんじゃないか?」
「バカを言うな、周りをよく見ろ、すでに目撃者が何十人と居るんだぞ?」
だんだんと不穏な感じになって来たぞ?
「とにかく万が一に備えて兵を正門に集めよう、いざとなったら袋叩きにすればいい!」
「分かった! こっちは任せろ相棒! お前も気を付けろよ!」
「あぁ! また会おう!」
なんでコイツ等そんなに思考がバイオレンスなんだよ…… まるで出来の悪い芝居を見ている様だ…… コイツ等だけだよな? 有翼族全体がこうじゃ無いよな?
「いやぁ~ お待たせして申し訳ない、今 同僚がエリアム女史に確認に行ってます。
お二人は正門前でお待ちください。ご案内いたします」
さっきまで善からぬ事を企んでた癖に、急に態度が変わる…… 兵が集結している所にわざわざ行けと? まぁ、フューリーさんに確認してもらえれば問題無いだろう。さすがに忘れられてはいないと思うし。
周囲からジロジロ見られながら飛ぶ、やはり空飛ぶ人族は珍しいらしい。
そう言えばそんなUMAがいたな…… フライングヒューマノイドだっけ?
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「魔王様の羽根を持ち、キリシマカミナとアリスガワルカ…… そう名乗ったのですね?」
「はい」
「そう…… まさか彼らが……」
「あの…… 本当にご存じなのですか? 彼らは人族ですよ?」
「間違いありません、彼らは魔王様のご友人です。二人を王座へお連れして下さい。くれぐれも粗相の無い様、丁重に扱うのですよ?」
「りょ……了解いたしました!」
兵士は慌てて去っていく…… アレは既に失礼を働いてるな…… まったく……
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一人の兵士が飛んでくると場の空気が変わった。
丁寧になったというか、腰が低くなったというか、ヘコヘコしだしたというか……
スカイキングダムの底の部分にある正門から中へ通される。地面がフカフカして歩きにくい、この城は雲を固めて作られているらしい。しかしいくら固めてあるとはいえ雲は雲だ、今の俺達はウィンリーの羽根のおかげで体重がゼロになっているが、もし体重を戻したら、きっと床を突き破って地上まで真っ逆さまだろう。
しかもこの城、空を飛べる者が住まう前提で作られているから天井が高く、階段の類が一切存在しない。
みんな城の中でも普通に飛んでる。
そして案内されたのは…… 城の中心部らしい空間、そこは巨大な吹き抜けになっていた。
…… 天井が見えない…… どうやらココがスカイキングダムのメインストリート。エレベーターなどは無く、ココに住む者はこの吹き抜けを利用して移動している様だ。
てか、スカイキングダム デカすぎ! この吹き抜け、たぶん高さは100kmくらいある…… 最上階はどうなってるんだ? 普通ならそこはもう宇宙だ!
「魔王様の王座へお通しするよう言われているのですが、王座はスカイキングダムの最上層部にあります。
そこまで一気に飛んで移動しますが、お二人は大丈夫ですか?」
100km近く飛べってか? そこまで行けば熱圏とか呼ばれる一種の宇宙空間だ。気圧だって地上の百万分の一、翼で飛べるような場所じゃ無い。そもそも生命の生きて行ける場所じゃ無い…… あくまでも地球の常識では……
この空間は惑星の理から外れた場所に存在するんだ。恐らく気圧とか温度とか考えるだけ無駄な場所、科学とか物理法則を超越している場所…… それがスカイキングダムだ。
要するに「考えるな、感じろ!」って事だ…… うむ! 全く分からん!
頭上には多くの有翼族が飛んでいるが、羽根を広げているだけで浮き上がっているように見える。
琉架を見ると、この吹き抜けのフロアに来てからずっとスカートを足で挟んで抑えている。
どうやらココにはエレベーター代わりに上昇気流が吹いているらしい。
この風に乗れば簡単に上に行ける訳だ。
吹き抜けの中心部では強烈な上昇気流が発生し、中心から離れるにしたがって勢いは弱まる。吹き抜けの壁付近は完全に無風状態らしい…… 良く出来てる。
「大丈夫そうです」
「そうですか、では私について来てください」
自分と琉架に空圧魔術で防風壁を作り出し、有翼族に続き上昇気流に乗る。
「うおおぉぉぉ!?」
「ふわぁぁ!?」
上昇気流は中心に近づく程、猛烈な勢いで俺達を押し上げていく。絶叫コースター顔負けの勢いだ、つまり……
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
琉架に力いっぱい抱きしめられた! うむ、やわらかい。以前より確実に育っているのを俺の二の腕が感じている。身も心も昇天しそうだ! ここは正に天国だった!
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時間にしておよそ10分、最上層部へ到着。スゴイ勢いだった…… そして幸せな10分間だった。
「す……凄かったね……」
「あぁ、凄かった」
「し……死ぬかと思ったよ……」
「あぁ、俺も昇天するかと思ったよ」
琉架の能力が『時由時在』で良かった。そうでなければ俺たちの成長は止まり、琉架の実りを実感できなかっただろう。
「お二人とも、こちらへどうぞ……」
この辺の床はフカフカしてない、別に固いわけでも無いが見た目、石造りの城と変わらない。
巨大な扉が開け放たれる、如何にもこの先に魔王が待っています……って感じの扉だ。
しかし予想に反して王座には誰もいない、騎士やら大臣みたいなのがズラッと並んでいる訳でも無い。つまり無人だ。マンガなら大きな檻が落ちてきて閉じ込められたり、落とし穴で落とされるパターンだ。
「こちらでお待ちください」
それだけ言うと、案内してくれた人は出ていってしまった。
やたら豪華な王座の間に、俺と琉架が取り残される形になった。
すると……
「…………ァ~~! …………ァ~~!」
何か聞こえた気がする…… 上からか?
「ルカァ~~~♪ カミナァ~~~♪」
幼女が降ってきた……
いや違う、幼女じゃない…… あれ? 違わないか?
あの御方こそ、シニス世界を統べる12魔王の一人
第5魔王“風巫女”ウィンリー・ウィンリー・エアリアル
俺達のお友達だ。