第84話 ガイア防衛線
列車に揺られること、およそ30時間……
窓の外に流れる景色が見覚えのあるものに変わってきた。
帰ってきたという言葉は正しくないかもしれないが、それでもやはり帰ってきた気分だ。
1年近く過ごした場所だ。
ゴオオォォォォ……
列車はトンネルに入る、この路線最後のトンネルだ。コレを抜ければ首都ガイアは目と鼻の先だ。
ただいま俺のガイア…… でもウチの前にガラの悪いのが数人たむろしているらしい、いやだなぁ…… 視線を逸らせばやり過ごせるだろうか?
それはそうと、先輩トラベラーとして新人たちにこの世界で生き抜くコツなんてモノを偉そうに語ってみる。
「まずみんなに言っておくが、巨人族と戦おうと思わないでくれ。見つからないよう気を付ける、見つかったら逃げる」
「俺達では相手にならないと言うのか?」
「そうだな…… 俺も上位種族との戦闘経験は殆んど無いが、巨人族には恐らく第3階位級の魔術でも効果は無い」
「!! そ……それは本当か?」
「あぁ」
クリムゾン=ボルテクスで焼け残ったのはともかく、第3階位級の魔導剣でも殆んど刃が通らなかった。
威力を絞れば効果が見込めるが、その使い方が出来る奴は殆んどいない。
実戦経験の乏しいトラベラーが神隠し直後に上位種族と戦う…… 生き残れる奴なんか、まずいない。
俺と琉架を除いて。
ォォオン……
列車がトンネルを抜けた、首都ガイアは目の前だ…… 滅んで無きゃいいけど……
目の前に広がるのは懐かしの光景、第12領域最大の都、首都ガイアだ。
直径百キロほどの円形に広がる街、外側には何もない平地と幾らかの畑、そして小さな家がポツポツと見える。あと数年も経てばあの辺りも立派な街になり、そうやって少しずつ広がっていく……
それがガイアだ。
滅んでない…… 流石に杞憂だったか……
車窓から懐かしい街並みを眺めてみるが、デッカイ人の姿は見えない…… もしかしてもう退治されてしまったのか? 如何に上位種族といえど複数のSランクギルドを相手にしたら流石に分が悪いか。
あるいは一時退却でもしたか?
しかし娘をオモチャ扱いする魔王がそんなヌルイ命令を出すだろうか? 命尽きるまで突撃しろって言いそう……
線路は大きな渦を描くように街の中を敷かれている、ここまで近づくと見覚えのある建物も出て来る…… お、あのラーメン屋、10kgラーメンを30分で完食した人に100万ブロンドの賞金出してた店だ。
ミラが3回完食して店主が土下座してきた店だ…… 懐かしいな……
ギギギギギィィィーーー!!!!
「うわ!!」
「きゃぁーー!?」
「っとーー!?」
街の外周区に入る直前、列車が急ブレーキをかけた! おかげで琉架が俺の胸に飛び込んできた。サンキューブレーキ!
「うっ…… あの神那…… ご…ごめんネ?」
「いや…… こちらこそどうもありが……ゴホン! 琉架に怪我がなくて良かった」ニコ
「う……うん、アリガト……///」
「おにーちゃん! お姉様! そこで思春期フィールド展開しない!」
「ぅえ!? ち…違っ!!///」
ちっ! お邪魔虫め、俺の楽しみを奪うなよ。
「い……っつ、何だよ一体?」
「あだだ…… 一体何が起こった?」
何がだって? 分かりきった事を聞く。ここはもう戦場だぞ。
車両の中は喧騒に包まれているが、耳を澄ませば外から魔法による砲撃音が聞こえてくる。
窓から前方を覗くと、先頭車両付近から黒煙が上がっている、そしてその真ん前に5人の人影が見える…… 身長20メートル弱の巨人族だ。良かった、まだ大した被害は出ていない様だ。
すでに街の防衛に当たっていた部隊と巨人族の戦闘に、この列車に乗り込んでいた増援部隊が介入を始めてる。図らずも挟み撃ちの構図になった。
しかし敵として相対すると、やはり巨人族の威圧感は凄まじいな…… 普通の人間なら睨まれただけで震えて動けなくなる。
まして他種族馴れしてないトラベラーなら尚更だ。
「お…おにーちゃん…… あんなの無理だよ、人間の10倍くらいあるんだよ? 勝てるわけ無い」
「大丈夫だよ、伊吹はここで待ってればいい」
妹の頭にポンと手を置き安心させる。
しかし全員で一か所から攻めているのか? 圧倒的な火力と装甲を持つ巨人族なら全員バラバラに攻めた方が効率的だ。なにか理由があるのだろうか?
いきなり敵の近くに来てしまった。全員避難させた方が良いだろうか? いや、それより早く何とかした方が良い、人族に被害者が出ると後々種族間のトラブルに発展する。
「とにかくこれ以上事態が悪化する前に何とかしよう」
列車の窓を蹴りで外して、そこから勢い良く外へ飛び出す。窓枠上部を掴み逆上がりの要領で列車の屋根に上る。
「おぉ! 神那カッコいい! それじゃ私も神那に倣って……」
「え? お姉様! それはちょっ……!」
琉架が俺に続いて車両の屋根に登ってきた。
パンツが丸見えだった…… テンションが上がる!
こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて…… もう巨人族なんか怖くない!
「…………///」
顔を赤くした涙目の琉架に睨まれた…… まぁ当然だな。バッチリ見ちゃったし……
「…… 神那…… 見た?」
「…… 大丈夫!」
琉架の質問には答えず親指を立てて「大丈夫」という謎の言葉で返す、要するに有耶無耶にしようとしてる。何時かのラッキースケベ事件みたいに何も無かった事にする。
今回は俺に落ち度は無いはずだ、だから触れないようにする。
「うぅ~~~///」
慰めと感謝の意味を込めて琉架の頭を撫でる。
いつも俺ばっかり見てしまって申し訳ない。今度俺のシャワーシーンでも覗いてもらって今までのご褒美の清算にしようかな? それすら俺のご褒美になってしまいそうだが。
またしても思春期フィールドを展開しそうになったが、今は緊急事態だ…… 我慢しよう。
「それで…… 神那はどうするつもりなの? 何とか助けるつもり…… 何だよね?」
スカートを抑えたまま立ち上がった琉架に聞かれる、そう…… 何とか殺さずに済ませたい。
人族として恩を売れば、いざって時に巨人族の助けも期待できる。
それより何より巨人族はいい種族だ。悪女に操られている人を殺すのは忍びない。
見ると二人の巨人族が増援部隊と交戦している。
魔術師が遠距離から上半身を攻撃し、近接戦闘員が身体強化を使い足元を攻める。的が大きいから大人数で休みなく攻めている…… やはり巨人族にはあの戦い方が有効か……
確かに冒険者グループは巨人族の攻撃を一切喰らっていない、上手く連携が取れている。しかし同時にこちら側も相手に手傷を与えられてない……
どちらにも決め手がなければ体力勝負になる。人族と巨人族では、体力も魔力も圧倒的な差がある。とは言え、数が多い方が回復の余裕もある、このまま続ければいずれ巨人族は力尽きる。
もちろん、このまま何も起こらなければ、だ。
相手は上位種族、その程度の戦術など力技で覆せるだろうが、巨人族の動きが悪い気がする。この洗脳はあの淫乱糞ビッチの操り人形にされるのだろうか?
そう言えばミラが言っていた…… 気付いた時には自ら懲罰房に入っていた……と。
つまり、自分の意志とは関係なく動かされてる?
もしそうなら非常に有難い、巨人族本来の実力が出せない上に、俺の封印作戦で心に傷を負わせないで済む。
「何とかなりそうだが、バラけられると都合が悪い。どうにかしてアイツらを他の巨人族と一纏めに出来ないモノか……」
「う~~~ん…… 『星の御力』を使って吹き飛ばす?」
それしかないか…… ならば巨人族がやられない内に介入しよう。
ズズゥン!!
大きなモノが落ちる音が響く、まさかやられた? と思ったが、どうやら違ったらしい。
巨人族は手に持っていた巨大な棍棒を手放しピーカブースタイルで顔面を防御している。
「まさか!?」
緋色眼を開き魔力を見る! 魔法魔術の魔力の流れを見るのは初めてだが、規則性が魔導魔術と違う…… と、言うよりも魔力があり得ない動きで流れてる!
「古代魔術か!!」
こんな所で地震を起こされたらマズイ! 建物はともかく住民に被害が出るのはダメだ! 一か八か反魔法で無効化を試みる。
パキィィィィィン!!
ガラスの砕けるような音と共に、発動直前の古代魔術の妨害に成功した。
「ふぅ~、間一髪だったな」
「スゴイ! さすが神那!」
しかし喜びも束の間、もう一人の巨人族は再び魔術詠唱を始める。
「な……なんだ? さっきと違う…… 攻撃性魔力変換プロセスの基点が見当たらない……?」
魔術とは本来、攻撃にしろ、回復にしろ、補助にしろ、必ず最終的に一点に集中させる。そこで純粋な魔力を変換させ様々な効果を生み出す…… しかしコレはなんだ?
自身の魔力を収束させる事なくどんどん広げている。こんな魔術は見た事が無い!
「な……なにこれ? こんな魔法存在するの?」
「何をしたいのか全く分からん…… これも古代魔術の一種か?」
巨人族を覆っている魔力がある一定の密度に達した瞬間、それが爆発的に広がり周囲を包み込んだ。
「な……なに今の? 魔力の流れが見えなくなった?」
人族側からの魔法攻撃が唐突に止んだ。これは……
「周辺の魔力を強制的に全て吹き飛ばした? いや…… 自分の魔力を変質させ周辺の魔術法則を書き換えたのか?」
「? どういうこと?」
「魔術現象そのものを封じたんだ…… つまり『反魔術領域』だ」
こんな技術が存在していたとは驚きだ…… 俺の反魔術の上位互換能力だ…… 何かムカつく!
「それってつまり……」
「今までの魔術が全てキャンセルされて、更にこの周辺ではしばらく魔術が使えない状態になってる」
つまり、自前の身体能力だけで身長20メートル弱の巨人とガチンコしなきゃいけないって事だ…… そんなの勝てるワケねーじゃん!!
「うわぁぁぁぁーー!!」
案の定、身体強化の切れた戦士たちは次々とヤラれていく。
無理ゲーだ…… この状況で巨人族とまともにやり合えるのは、同じ上位種族の龍人族か妖魔族くらいだな。
あと可能性があるのは鬼族か、何で魔力を持たない鬼族が種族序列の四位にいるのかよく分かった。
俺はこんな時の為に『愚か成り勇者よ』を開発したんだが、相手が巨人族になる事は想定して無かった。
刃渡り30cmのナイフでは、巨人相手には役不足だ。せいぜい指を切り落とすくらいしか出来ない。まだまだ改良の余地ありだな。
「とにかく助けないと、魔術が使えなくてもギフトは大丈夫なはずだ」
「え? あ、ホントだ。事象予約は使える」
仮想訓練装置と逆だな、あくまでも魔術の再現が阻害されてるだけで、全く別の理屈で起きる現象は妨害できない。
おっと、イカン! そうこうしている内に巨人族は巨大な棍棒を拾い振りかぶっている。人族が防御魔術無しであんな攻撃を喰らったら一撃でミンチだ!
「琉架」
「あ……はい」
琉架の手を取り、跳躍衣装で飛ぶ。
---
「うっ、うわぁぁぁーーー!!!!」
男の眼前には巨人の振り下ろした巨大な棍棒が迫っている。巨体の割に素早い動きをする巨人族の攻撃はとても避けられそうにない。
きつく目を閉じ衝撃に備える…… もちろん備えた所でどうにかなる代物ではない。
ブワッ!!
一瞬…… 強い風が体に吹き付けた。
しかしいつまで経っても自分は死なない、もうとっくに潰されていてもいいだけの時間が経った。
もしかして目を開けた瞬間に自分は死ぬのか? 頭の中でゆっくり3秒数えてみる…… まだ生きてる…… 何かオカシイ……?
薄く目を開くと……
目の前には少年と少女の姿がある……
仲良く手を繋いでいる…… 異世界の言葉で一昔前に流行ったリアジューとかいう奴だな。いや、そんな事はどうでもイイ!
少女は左手一本で巨人の一撃を受け止めていたのだ!
「琉架、加減はしなくていい。このまま後方へ真っ直ぐ吹っ飛ばしてやれ」
「りょーかい!」
「星の御力 『極限大斥力』」
ドオゥン!!!!
その光景はまるで夢でも見ているようだった……
少女が軽く腕に力を込める仕草をすると、巨人はもう一人の巨人を巻き込み後方へ吹き飛ばされていた!
---
ガイア最終防衛ライン
ガイア国軍とギルド連合は今にも敗走しそうだった……
魔術も魔器も魔道具も……全てが使用不能になったのだ。
魔力を封じられたら人族は最弱の種族、下手をすれば妖精族にすら勝てないひ弱な存在だ。
まして相手は上位種族の巨人族だ。虫のように踏み潰されるだけだ。
もはや戦意の維持も難しい、しかし自分たちの後ろには街がある。逃げる場所などドコにもない。後できるのは物量による玉砕攻撃のみ。
ここまで人族が追い詰められているのには理由がある……
それは国軍の精鋭部隊や上級ギルドの不在だ。
ガイアは第6魔王の海からの侵攻を水際で食い止めるため、戦力を大陸の各地に配置している。その結果、首都ガイアには必要最低限の戦力しか残らなかった。
本来、首都を直接攻撃されることは想定されてない、ましてや上位種族が敵として内側から発生するとは思っても居なかった。この相手に守備隊ではどうすることも出来ない。
「クソッ!! 何故だ!! 何故、魔術が使えない!?」
「これが巨人族の力なのか……!! 全員物理攻撃に変えろ!!」
「バカな…… 身体強化無しで巨人と近接戦闘しろというのか?」
「死ねっていうのかよ!! ん!?」
ヒュゥゥ~~ ドン!! ズザザザザァァァ!!
「な!? なんだ!!」
「巨人が……降ってきた!?」
先ほど列車の方へ向かった二人の巨人が戻ってきた…… と、言うより、吹き飛ばされてきたように見えた。厄介な敵が5人に戻ってしまった。しかし、その巨人は近くにいる我々には目もくれず、自分が飛んできた方向を睨みつけている。
「弐拾四式血界術・拾参式『箒星』」
細く小さな赤い流れ星が5人の巨人を貫いた!
「ダメ押しだ! 血糸・影縫い!!」
巨人を貫いた糸が枝分かれし、5人をまとめて縛り上げた。
「あれ? コレが神那の封印法なの?」
「まさか、アイツ等のパワーじゃ地面に縫い付けても意味が無いからな。まとめて縛り上げたのはあくまで準備だ」
巨人を貫いた糸を辿ると、少年と少女が呑気に歩きながら近づいてくる。
何か…… どこかで見覚えのある二人だ……
「琉架、アイツ等だけに重力負荷を掛ける事って出来るか?」
「う~ん…… それ、自分を中心にした円形領域内にしか出来ないんだ」
「つまりアイツらの中心にいかないとダメって事か…… 今は血糸で繋がってるから跳躍衣装で移動も出来ないし…… よし! 琉架、俺にしがみ付いてくれ」
「うん……ん? えぇっ!?」
「血糸を勢いよく手繰り寄せてアイツ等の頭上まで飛ぶから」
「え!? でも!? その!? う…うん…… 失礼……します///」
少女が顔を真っ赤に染めて、少年の首に腕を回し抱き着く…… 何やってんだアイツ等?
その瞬間、少年の顔が一瞬だけニヤけた…… あれは確信犯の顔だ!
「いくぞ?」
「は……はい!」
次の瞬間、二人の姿は消えていた。いや、目で追うのもやっとの速度で飛んでいたのだ!
---
縛り上げた巨人たちの上に来た時点で、血糸に血を這わせ切り離す。
「琉架、頼む」
「うん、星の御力、重力50倍」
ズズン!!
巨人たちは周囲の地面ごと数メートル沈み込み、その場に倒れ伏した。
「よし! 後は仕上げだ!」
巨人の潰れている穴へ下り……
「跳躍衣装、『強制転送』」
巨人たちは一瞬で土の塊へと姿を変えた。
今の今まで生き物だったものが急に化石に変わったみたいに感じた。
「ふぅ~~~ 封印完了」
「え? な…なにこれ? 神那なにしたの?」
「巨人たちを地下20メートルへ強制転送したんだ。つまりこの真下、20メートルの地点に生き埋めになってる」
「そ……それって大丈夫なの?」
当然そう思うだろうな、もし自分がやられたら発狂するね。
「上位種族の巨人族は極めて死ににくい、まぁ、半年くらいなら平気だろう。さらに洗脳のため心此処に在らずだ」
「でも…… これってかなり怖いよね……」
圧倒的強者である巨人族を物理的に封じる方法は、色々考えたがこれしか思い浮かばなかった。唯一の懸念だった精神的ダメージも淫乱糞ビッチのおかげで回避できそうだし…… もっとも淫乱糞ビッチが余計な事をしなければこんな事にはならなかったのに。
---
穴から出てきた少年が「この真下に巨人が封印されてるから掘り起こさない様に」とだけ言い残して、列車に戻っていった……
一体何が起こったのか、全く分からない…… しかしそれが真実であり、彼らが我々を救ってくれたのだとすんなり受け入れる事が出来た……
あの二人…… どこかで見た事があると思っていたが、思い出した!
1年前…… 魔王討伐作戦時、行方不明になっていたギルド『D.E.M.』のメンバーだ!
確か キリシマ・カミナ と アリスガワ・ルカ ……
最強ギルド『D.E.M.』の創設メンバーだ!