第82話 混乱の異世界
第二次魔王大戦…… 1年間留守にしただけで大変な事になってる。
俺は何で向こうの世界に帰っちゃったんだろう…… 考えたくないけど、この魔王大戦って俺のせいじゃね?
俺があのクソガキを倒したのが発端だったんじゃ…… 違う……よね?
「1年ほど前のあの日…… 大変革の僅か1ヵ月後、突然第10魔王が動き出した」
「第10魔王?」
「うむ、中央大陸北側、第10領域『大氷河』を支配領域としている魔王だ。過去1000年以上、一度も表舞台に出てこなかった「沈黙の魔王」だ。
そいつが突然南へ進軍を開始した、何の前触れもなくだ。
それに呼応するように第6魔王が世界中にチョッカイをかけだした、それは事実上の海上封鎖、小さな島国はそろそろマズイかもしれないな」
本当にトンデモナイことになってる…… 俺は悪くないよな? 悪くない筈だ!
「さらに……」
「まだあるのか!?」
「うむ、まだまだあるぞ」
そうですか…… まだまだあるんですか……
「先の大変革で大きな損害を出した魔王討伐軍に変わりトゥエルヴの国軍と獣衆王国軍の連合が第10魔王の軍と戦端を開いた頃、妖魔族の四大貴族の一角、ヴァルトシュタイン家の私兵が電撃的に魔王城クレムリンを占拠した」
「は? 妖魔族?」
― 妖魔族 ―
この世界にいつの間にか発生していた不老不死の生命体。
竜人族、巨人族に次ぐ上位三種族、三番目の種族。
額には第3の眼を有し吸血能力を持っている。
その性質上、もっとも魔王に近しい種族と言われている、イメージ的には吸血鬼に近い印象を受ける。
第3魔王 マリア=ルージュ・ブラッドレッドの出身種族だ。
クラクラする…… 倒れそうだ。
アレだけ苦労して、多くの犠牲を出してようやく手に入れたクレムリンをあっさり奪われたのか……
通りで誰も帰って来ないハズだよ。
いや、そもそもその時点でゲートは機能してなかったのか。
さらに妖魔族、さらに四大貴族。
ん? ヴァルトシュタイン家?
「質問、宜しいですか?」
「どうぞ」
「俺が以前見た書物では妖魔族の大貴族は3家のハズ。
“右席”ルストナーダ家
“左席”サダルフィアス家
“天席”ブラッドレッド家
この三大貴族だったと記憶してるけど?」
「おぉ! お若いのによくご存知で、なんと賢い人族か!」
「神那スゴイ! カッコいい!」
ハハッよせよ、照れるだろ! でももっと褒め称えてくれ。褒められて伸びる子だから!
「おにーちゃん昔からそういうの大好きだったよね。自分の名前にオリジナルのミドルネー…ムグッ!?」
ダメだ伊吹、ヤツの名を呼んではいけない! ヤツは俺がかつて心の最深部、無限深度に封印した霧島神那のもう一つの人格(設定)、ヤツが永遠の眠りから覚めた時…… それは(俺の)世界が終わる時だ!
「ムグゥーー!!」
伊吹の口を封じたまま、その存在を無視して会話を再開する。
「ヴァルトシュタイン家というのは一体なんですか?」
「うむ、現在は三大貴族の認識で間違っていない。ヴァルトシュタイン家は1200年前に没落した家だ。当時は東西南北の席の一角・南席を担っていた」
1200年前の没落貴族? そんな奴がなんだって今更…… よくもまぁ生き残ってたもんだ。
「今更になって歴史の表舞台に出てきた理由は不明だが、家の再興の為か…… 或いは新たな魔王になるのが目的か……」
ギク! そうか……この世界の誰も知らないんだな、すでに魔王は継承されていることを。
あれ? 魔王になりたくてクレムリンを占拠したなら…… もしかして俺が狙われるのか?
マズイぞ…… デクス世界ならともかくシニス世界には魔王を見た事のある人物も多い、見る人が見たらやっぱり気付くよな…… どうしよう……
「今現在、ガイア政府と獣衆王国は大森林の耳長族とも同盟を結んでいる。
第6魔王は世界中に派兵しているが、特に大森林が気に入らない様子で、そちらに戦力を集中している。最近少し大人しくなったらしいが、なにか企んでいるかもしれん」
「大森林の耳長族と同盟…… それは第7魔王がこちらの味方として参戦…… してる訳じゃ……」
「勿論違う。第7魔王が出てくる筈がない」
やはりか…… これだから引きこもりって奴は!
「さらに……」
まだあるのか! いい加減お腹いっぱいだよ!! もう既に胃が痛いよ!!
「一部の巨人族が、ガイアを攻撃している」
「は?」
え? うそ? ナニ言ってんの? 牧歌的で平和的な種族の巨人族が何でガイアを攻撃してるの? 意味分かんない!
「不甲斐ないことだが、どうやら操られているらしい。同じ巨人族として申し訳なく思う」
「操られて……? あ…! あ…あの淫乱糞ビッチの仕業かぁ!!」
「お……おにーちゃん?」
「き…霧島?」
みんなの注目を浴びてしまった。怒りのあまり不適切な発言をしてしまった。
後で謝罪の上、辞任かな?
「コホン、失礼。
話を聞けば聞くほどココでのんびりしてる暇は無い、少なくとも今すぐガイアまで行って洗脳された進撃の巨人族を何とかしないと……」
しかも今の話でホープが呼んでも来ない理由がわかった。
海上封鎖されてる今、ホープは情報や物資を運ぶ唯一の手段だ。きっと良いように使われてるのだろう。
これではいくら呼んでも来るはずが無い。
ジークか!? ジークだな!! あの筋肉ダルマが許可しやがったんだな!! あの野郎、仕方ないとはいえ余計なことをしやがって! ケツバットの刑だな!
「行かれるのですか? ガイアに……」
「えぇ、それも早急に…… 仲間が心配ですから。
あ、そうだ、チーム・レジェンドはどうするんだ? ここに残ったほうが安全だと思うぞ?
俺と琉架は行くけど…… 伊吹は……」
「私も行きます! お姉様が行くのに私が残る理屈は存在しません!」
ここで一言、「おにーちゃんと離れたくない!」って言ってくれれば俺の中の鬼も歓喜の踊りを披露してくれるだろうに…… テレ隠しで言わないのだと、勝手に解釈しておこう。
「お仲間がいるならばさぞ心配でしょう…… しかし…… うぅむ…… 行く気になってる所を悪いのですが、道が無いのですよ」
「は?」
「ご覧になられたと思いますが、この村は高い山脈に囲まれた盆地に存在しています。当然外界とは隔絶されており、巨人族ならともかく人族の足による山脈超えは不可能です」
なるほど、通りでこの村の存在が外に出ない訳だ。正に陸の孤島だな。
そして自由に出入りできるのは翼を持つ者だけ……
こんな陸の孤島でスローライフしてるくせに世界情勢にやたら詳しいと思ったら、あの有翼族が定期的に情報を仕入れているのか。
あれ? まてよ、だったら他の種族はどこから来た? 人族はみんなトラベラーで説明がつくが…… いや、そんな事はどうでもイイ!
「では村から出ることは出来ないと?」
「いえ…… 方法はあるのですが……」
「? あるのですが?」
「地下河川を使う方法です。この村の近くを流れる川は途中で地下に潜り山脈の麓で再び地上へ出ます。その流れに乗れば1日で防魔衛星都市・アフロディテに着くでしょう。
ソコから首都まで鉄道で2日といったところでしょうか?」
マジか! 思ってたより遥かに近い!
雪男と性悪妖精の住まう秘境へ飛ばされなくて良かった!
「今はそのルートは使用不能ですが……」
持ち上げてから落とすな! なんでだよ!
「今は雪解けの季節なため、地下洞穴は水没してるのです。使えるようになるには後3ヵ月は掛かりましょう」
「マジか…… 3ヵ月も待ってられないぞ、上位種族の巨人族複数人に攻められたら、ガイアは1ヵ月も持たないんじゃないか?」
下手したら1週間持たない、それ程、上位種族とは桁違いに強い。特に巨人族は古代魔術で地震を起こせるからな、アレは反則だ。
「先輩!! 俺に任せて下さい!!」
「あん?」
今まで目を輝かせながら黙って話を聞いていた武尊が名乗り出た。
この重症患者に何かプランがあるのか? 痛々しい作戦じゃ無きゃいいんだが……
「なにか手があるのか?」
「こんな時こそ俺のギフト『天五色大天空大神』の出番だ!」
…………
何とも仰々しい名前のギフトが出てきた。お前絶対に自分の趣味で名前変えただろ?
しかし天五色大天空大神か…… もしかして飛行能力系のギフトか?
「この俺に与えられた暗黒神の贈り物は、生命の憑代たる万物の母、その流れる時を止め、己が力に変える悪魔の力!」
彼が何を言ってるのか分かりません、誰か通訳を呼んでくれ。もしくは解読できる研究者を……
神の名を冠しているのに悪魔とかいうな、バチ当たりな奴め。
「おいコラ武尊! 人間語を使え!」
「あ、スミマセン… えっと、空気を固める能力です」
黒大根先輩が役に立った。5秒前まで不遜な態度を取っていた武尊が急に小さく見える……
しかも全然空なんか飛べなかった。完全に名前負けしてるぞ?
「能力のスペックは? どれくらいの事が出来る?」
「はい、えっと…… 形は自由に操れます、強度は厚さによって決まり、5cm程の厚さでチタン並みの強度を出せます。です」
非常に分かりやすい説明だ、初めから人間語で喋れよ。
そして空は飛べないけど、良い能力だ。褒めると図に乗りそうだから褒めないけど。
「これで人を丸ごと包み込む棺…… 箱を作って川に流してやれば自動的に海まで辿り着けます!」
浮力で地下洞穴の天井に引っ掛かりそうな気もするが…… それは魔術で如何とでも出来るか……
確かにこのプランならイケそうだ。
「よし武尊、お前のプランを採用する。存分に働いてくれ!」
「ハッ!!」ビシッ
そうと決まれば早速行動だ、この村には興味があるがそれよりも優先すべき事がある! 嫁達が心配だ!
「それで? 残りのメンツはどうするんだ?」
スッ―
真夜が挙手する。声は出さないがアレは一緒に行くって事だろう。
「おや? 真夜ちゃんは行くのか? ならば僕もご一緒させてもらおう。首都ガイアに行くならばトラベラー経験者の君たちについて行くのが一番安全だからね」
天瀬先輩も来るのか…… 首都は今戦場になってるから安全って事は無いと思うけど…… まぁいい、決めるのは本人だ。
「それでそっちの三人は? どうする?」
「う…… こ…ここに3ヵ月も足止めされる訳には……」
「そうか、じゃあ行こう」
「え!?」
問答は無用だ、こんな事で恩を売る気も無い。何よりも俺は早く行きたいんだ。
「行かれますか…… 以前にもこの世界に来た事がお在りなら存じておいででしょうが、外界には魔物も多くおります、大丈夫ですか?」
「ご心配は無用です、こう見えてもSランクギルドの中核メンバーでしたから」
「なんと、その年でSランク! ふむ…… 無理を承知で頼むのですが……」
「操られているという巨人族の事ですね?」
「うむ……」
う~~~ん、淫乱糞ビッチの『歌姫人魚』がどれ程の力を持つのか分からない……
仮にも魔王の能力だ、生半可な事では洗脳解除は出来ないだろう…… 難しいな……
「無理にとは申しません、ただ出来る事ならば手心を加えて頂きたい」
上位種族に手加減しろと? 普通に考えればこっちがヤバいのに。しかし……
「約束は出来ません…… しかし出来るだけの事はしてみましょう」
「ありがとうございます。その言葉だけで十分です」
巨人族は本当に良い種族だな。妖精族とは大違いだ。
そう、良い種族なだけに困る…… ただ殺すだけならさほど難しくない、真っ二つにすれば死ぬことは確認済みだ。
それを殺さずに拘束、もしくは無力化して洗脳を解く…… そもそも洗脳は解けるのか? ミラに聞けば何か分かるかも知れない……
どちらにしてもかなり厳しい、何せ相手は上位種族。
逆に言えば、チョットやそっとじゃ死なないからかなり無茶が出来るともいう…… 上手くいくかは分からないが、完全に拘束する手段はある…… かなり乱暴な手だが恐らく死なないだろう。
ただし精神に傷を負う可能性が高いが……
まぁ、出来るだけの事はやろう。極力殺したくはないが、その時はその時だ。
そうだ、他にもどうなったか気になってる種族がいたんだった、ついでに聞いておくか……
「長老、中央大陸の妖精族と炭鉱族どうなったんですか?」
要するに魔王の配下だった奴らだ。
「ふむ…… そうですな…… 大変革で指導者を失い、軍を壊滅させられた魔王配下の妖精族の生き残りは、全て第8領域・大空洞へ移動していった。
同じく王を失った炭鉱族は、妖精族の移民を受け入れた後、大空洞を閉ざした」
ここでも引きこもりか……
確かに他種族からの印象は悪いだろうな、如何に魔王に支配されていたとしても他種族への侵略行為は事実だから。
被害者であり加害者でもある妖精族と炭鉱族が寄り集まって自衛してるのか…… せっかく魔王から開放されたのに。
確かに戦争が起こらなければ、今までの恨みを晴らそうとする輩もいただろう。
特に第8魔王から直接的な被害を受けていた獣衆王国と、第11魔王から遊び半分で戦争を仕掛けられていたトゥエルヴは仕返しのチャンスだ。
「炭鉱族は大変革でも軍に被害が出なかった…… 旧魔王軍が残っているからのぅ、土魔法が得意な奴らなら大空洞では決して負けないだろう」
正真正銘の引きこもりだな。
自らのホームに閉じこもって嵐が過ぎるのを待っている。
コレはあまり良くないな、このまま10年100年と全員で隠れ住む事になるかも知れない、むしろ今はチャンスだと思うんだが…… まぁいいか。
妖精族がどんな人生を送ろうと、俺には関係ない。せいぜい腐った性根を叩き直せ。
「もっとも、大空洞は大空洞で少々キナ臭い事になっているようですが……」
「え?」
「妖精族と炭鉱族、互いに何千年もの魔王による恐怖支配からようやく逃れたが、自分たちを導いてくれる存在がいないと何もできない様なのです。
大空洞に閉じこもっているのも他種族からの迫害を恐れてのコト…… 彼らは結局の所、何一つ自由になっていないのです」
そうか、奴らは自分たちで反乱や革命を起こした訳じゃ無い。たまたま起こった大変革とやらに乗っかっただけだ。
つまり未だに魔王の呪縛から解放されてないのか。
「閉ざされた大空洞の情報は殆んどありませんが、内乱…… いえ、大空洞で内戦が起こっている可能性があります」
やっと戦争が終わったってのに…… しかし新たなリーダーを決めるには必要な事なのかな?
民主主義が根付くには時間が掛かりそうだ。何か一気に解決できる魔法の一手でもあれば……
そんな都合のいいものは無いか、まぁ、アイツら自身で決めればいいさ。
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「この小さな川が、この盆地唯一の出入り口です」
長老に連れられてきたのは、村の中を流れている小さな小川だった。
「この流れはヴィエナ大河の源流、第12領域最大の川となります」
ヴィエナ大河…… 確かガイアのすぐ脇を流れていたな。つまりこの流れに乗って行けば寝ててもガイアに着くって事か。
まぁ、流れのユルイ川だった気がするし、途中で鉄道を使った方が良さそうだ。
「よし武尊、人数分の箱を作れ、形は流線型でな」
「イエッサー!!」
こうして俺たちは楽園村を後にする……
この先に悪夢のような地獄が待っている事に気付きもせずに……