第79話 使徒
本日は天瀬先輩の研究室にお邪魔している。
地下探検隊の報酬についての相談の為だ。
他の人の研究室には始めてはいるが…… 普通の研究室だ。俺たちの休憩所みたいな設備は一切ない、真面目に研究してたんだ…… いや、騙されないぞ! あのパソコンにはきっとエロゲが入っているに違いない。
「今日はどうしたんだい? 神那くん、キミの方から訪ねてきたのは初めてだね?」
「先輩に例の報酬として開発して欲しい魔術があるんです」
「ほぅ、話を聞こう。ただしどんな魔術でも作れる訳じゃ無いからね?」
「分かってます。作って欲しいのは身体強化魔術の一種で体を部分的に変身させるモノです」
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「ふむ…… 面白そうではあるが、肉体そのものを変質させる魔術は難しいしリスクも高いよ? それなら魔力で仮想体を作り出して纏わせた方がリスクも無く便利だと思うが?」
それじゃ意味が無い、琉架が『擬態』の魔法を使える、あの擬態魔法は正にそれだ。
「先輩の言う魔法はシニス世界に存在してます。それじゃダメなんです、擬態魔法じゃ貧乳に悩む人の助けにならないから」
「………… それが理由なのかい?」
「そうです。ある人に心の中で誓ったんです、いつの日か巨乳化魔術を作ると」
「心の中で誓ったってことは、勝手に思ったって事だろ? 残念だがこの開発は無理だと思う、難しすぎる」
そっか~…… ごめんサクラ先輩、力になれなくて……
「じゃあいいです、その代りに第7階位級の生命魔術を開発してください」
「あっさり引いたな…… 最初から本気じゃ無かっただろ? しかし生命魔術か……」
「第7階位級なら増幅術式も必要ないしシンプルなのでイイんです」
「生命魔術自体がかなり難しいんだが…… 第7階位級なら何とかなるかな? しかしほとんど役に立たないぞ?」
「イイんです、念の為だから」
「念の為……ねぇ、まぁ約束だからな、引き受けよう」
「よろしくお願いします」
この魔術は俺が使うというより、琉架専用になるかな?
テリブル襲撃事件の時、琉架は治癒魔術を使えないから負傷者の治療を他の人に任せた。本来は琉架の『両用時流』で患者の時間を巻き戻すという究極的な治療法もあるのだが、人前では使えないからな。
仕方が無いとはいえ気にしているようだしな、これで少しは重荷も取れるだろう。
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3月某日
隣町にテリブルが出現する。
数は10匹程度、しかも全てが突撃種らしい。にもかかわらず、ダインスレイヴに出動要請があった。
人員を集めれば何とでもなる戦力なんだが、俺たちの事を便利屋かなんかだと思ってるのか?
と、ぶつぶつ文句を言っていたら、どうやら近隣の別の町に人型種が出現し、そちらに人員を裂いているらしい。
通りで教室が静かだと思った、チーム・レジェンドとチーム・デスティニーがそちらに向かったらしい。
それならば仕方がない…… 天瀬先輩と真夜は安定の居残りだ。この二人は全くブレないな。
俺と琉架に伊吹がくっ付いて現場に向かう事になった。
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現場に向かう車内、席順は以下の通り。
神那・伊吹・琉架
何故俺を真ん中にしない? 妹のやる事なので目くじらたてて怒る訳にもいかない。
サイレンを鳴らして走る緊急車両の中で、妹の事を考えてみるが彼女が何を考えているのか分からない……
いや…… どうやら強くなりたいらしいが、理由がわからない。
うちの妹はとにかく強いヤツと戦いたい……とかいう戦闘民族じゃない。
俺より強いヤツに会いに行くような次世代の子でもないはずだ。
もしかして能力に目覚めた事による全能感に酔ってるのだろうか? どんな能力かは知らないが、そういう奴は注意しないと早死する。さすがに妹には死んでほしくない。
もしくは余程魔王を殺したいか…… 兄魔王と妹勇者の骨肉の争い…… このテーマでラノベが一本書けそうだ、妹勇者はツンデレと兄ラブのどっちが良いかな?
最近、伊吹は俺や琉架によく教えを請う、デクス世界も危険になったし個人で自衛能力を持つのはおにーちゃんとしても安心できるので良いのだが、どうもそんなレベルで満足してないようだ。
創世十二使になるってアレ、本気だったのか?
強さを愚直に追い求める妹に対し、兄の俺は何をしてあげれば良いのか?
いっそ俺が伊吹を鍛えてみるか?
…………
いや無理、俺に人を育てる才能なんてない。伊吹が俺みたいになったら嫌だ。同属嫌悪的な意味で。
そんな事を考えていたら……
「おにーちゃんのギフトってどんな能力なの?」
唐突に聞かれた、それも俺にだけ聞いてきた…… お姉様のギフトはスルーだよ。どうやら本能的に理解ってるらしい? 俺の方が琉架より格下だと。ま、いいか、事実だし……
「あまり教えたくないな、たぶん引かれるし」
「え? そんなに気持ち悪い能力なの?」
グサッとくる、確かに気持ち悪いけどね……
「知りたいならまず先に伊吹が教えろよ」
「私? 私は『世界拡張』、いろんなモノの強さを高める増強の能力、お姉様の増魔みたいな感じ」
………… あっさり教えてくれた、しかも超良い能力じゃねーか、俺みたいに自傷行為する必要もなさそうだし、シンプルで応用が利く。
伊吹は「いろんなモノの強さを高める」と言った、それはきっと魔術だけじゃない、ギフトや魔器、あらゆるものに適応されるのだろう……
余りにもの便利能力故に、下手したら誘拐されて一生監禁されてもおかしくない能力だ。特に力の弱いギフトユーザーは伊吹を手に入れれば勝ち組になれる。
まぁそんなこと俺がさせないけどな…… 念のため伊吹の持ち物にGPSでも仕込んどくかな?
もっともそこまで心配する必要もないだろう、忘れちゃいけないのは、うちの妹はオリジン機関の出戻りだということ。
何かしらの欠点かリスクがあるのだろう、そうでなければこれ程高性能な能力で落ちこぼれるはずがない。
「すごいね伊吹ちゃん、すごくイイ能力!」
「えへへ…… ありがとうございます。お姉様はどんな能力なんですか?」
「え? あの…… 『事象予約』って言って、私の目の届く範囲で未来に何が起こるかが理解る能力なの」
「未来予知!? すごい!! すごいです!! さすがはお姉様!!」
琉架が気まずそうな顔をしている、すぐに顔に出る…… 如何に自分を慕ってくれる相手でも『時由時在』を簡単に教える訳にはいかない。
見たか伊吹よ、これが俺と琉架の絆の深さだ。簡単に割って入れると思うなよ? だから席代われ!
「それでおにーちゃんは?」
「あ~~~ ………… 血だ」
「ち?」
「血液を別の物質に変換できる『血液変数』だ」
「血液ぃ~~~ぃ? ナニソレ? キモ!」
引くなよ…… 何の為に予防線張ったと思ってんだよ! 予想通りドン引きされた。
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現場に到着した。場所はオフィス街にある大きめな公園。警察とたまたま現場に居合わせた魔術師が追い込んでくれたらしい。突撃種10匹程度なら戦闘訓練を受けていなくても何とか対処できるからな。
「おにーちゃん! お姉様! ここは私に任せて下さい!!」
アホな妹が何か言いだした。
「何言ってんのお前? そもそも伊吹は実戦経験が無いだろ?」
「む! バカにしないでよ! テリブル退治は経験済みよ!」
は? オリジン機関の実戦訓練は年明けからだろ? 何だよテリブル退治って?
「シルヴィア先生が……
『早い内から実戦を積むのもいいだろう、と、いう訳で…… テリブル狩りだ! いくぞ! 野郎共! 狩りの時間だ! ひゃっほぉ~うッ!』
……って」
「あの脳筋ナニ考えてんだーーー!! 伊吹を頼むってそういう意味じゃねーよ!! まさかとは思ったが本当にやりやがったのか!!」
やはりあの痛い女に任せたのが間違いだった! 脳筋フィルターを通すと「尻尾を巻いて逃げる」と言う言葉でも「戦略的撤退」に置き換わる。
見たいモノを見たいように見る、聞きたいモノを聞きたいように聞く。現実から目を背け続ける暗黒の病感染者特有の症状だ。
やはり師匠を信用したのが間違いだった。
「それじゃ伊吹ちゃんはテリブルと戦った事あるの?」
「はい! 結構優秀だったんですよ!」
「う~~~ん、神那」
「…………」
突撃種10匹程度…… 伊吹のギフト『世界拡張』だったか? 確かに余裕だろう……
ならば今はいい機会かもしれない、俺と琉架が控えていれば突然人型種が出てきたって対応できる。あまり調子に乗られても困るが、妹の実力は知っておきたい……
「………… 分かった、伊吹に任せてみる。
ただし! 攻撃は遠距離攻撃に限定すること、接近戦はNGだ。」
「うん、分かった」
「それから……
調子に乗らないこと、良いところを見せようとしないこと、マズイと思ったら逃げること、危険を感じたら助けを求めること、油断しないこと、敵に近づき過ぎないこと、兄の言うことを聞くこと、兄を尊敬し敬うこと、兄をお兄様と呼ぶこと、宿題はちゃんとやること、寝る前に歯を磨くこと、腹を出して寝ないこと、ご飯はよく噛んで食べること、おやつは500円以内に収めること……」
「おにーちゃん?」
「神那ぁ」
「こほん! まぁ色々言ったが、とにかく気をつけること。いいな?」
「おにーちゃんの言い付けは前半だけ守ることにするよ」
お兄様呼びは入ってないのか、残念。
公園の中には小規模な森があり、外に出れない突撃種共はそこで木に八つ当たりしてた。
環境破壊するんじゃねーよ。
「見つけた、全部で10匹、アレで全部だよね?」
緋色眼の効果範囲を最大まで広げて確認する、他にはいない。
「あぁ、伏兵はない。まだ気付かれてないし先制でかましてやれ」
「うん、コホン……
第5階位級 森樹魔術『樹縛』プリズンルーツ」
周囲の木がまるで生き物のように動き、敵を締め上げていく。アニメチックな動きだ。
早口言葉みたいな魔術、森樹魔術だ…… 金属魔術以上にマイナーな属性、使ってる奴初めて見た……
似たような魔法だったらエロい耳長族のお姉さん、リータ=レーナが使ってた気がする……
あれ? 今ギフト使ってなかったよな?
伊吹の魔術によりβテリブルは全て拘束されている。
「『世界拡張 5:5』 第6階位級 雷撃魔術『電槍』エレキスピア」
伊吹の放った電槍は小さな杭の形をした電気の塊だ、しかしそれが敵に刺さると強烈な光を放つ電撃に姿を変えた。
カッ!!
10匹いた突撃種は一瞬のうちに焼き尽くされ、炭化し崩れ落ちて行った……
正直驚いた、第6階位級の電槍に本来これ程の威力は無い。それどころか第4階位級の『王雷』に匹敵する威力だった。それも一発一発がだ。
要するにコレが『世界拡張』の力だ。しかし一つだけ分からない……
「伊吹…… 5:5って何だ?」
「ん…… 『世界拡張』は制限があるの、5:5は持続時間と威力増幅に半々に力を使ったの。
つまり1:9だとすぐに時間切れになっちゃうけど威力は極限近くまで上がる。
逆に9:1だと長時間持つけど威力は少ししか上がらない」
なるほど…… 面白い能力だな、戦略的な使い方も出来る。頭のイイ切れ者が持ってると頼もしい能力だな…… 伊吹はアホの子だから宝の持ち腐れだ、勿体無い……
「伊吹ちゃんスゴイ! カッコ良かったよ!」
「あ! ありがとうございます、お姉様! それとおにーちゃん! 今ナニか失礼なこと考えなかった?」
「滅相もございません」
さすが妹、心を読まれた。
「どう? おにーちゃん! 私は確かにオリジン機関に1年間残れなかったけど、結構やるでしょ?
えっとぉ…… 褒めてもイイんだよ?」
そうだな…… 正直見くびってた、調子図かせるのは良くないけど、称賛に値する。今こそシスコンの鬼の封印を解く時だ!
「伊吹ぃぃぃ!! さすがは俺の最愛の妹!! 素晴しい才能だ!! お前は間違いなく学院№3だ!! オリジン機関の奴等の見る目の無さには失望したが、おにーちゃんは信じてたぞ!! それより怖くなかったか? どこにも怪我は無いな? もしどこか痛いトコロがあったら言いなさい! おにーちゃんが痛いの痛いの飛んでけーしてやるからな!」
全身でシスコンっぷりを表現する。伊吹を抱きしめ動物研究家ばりに撫でくり回す。
「うわ!? うわ!? うわ!? ど……どうして普通に褒められないのよ! もぅ……バカ……///」
俺の溢れんばかりの妹愛で伊吹が赤くなってる…… 余は満足じゃ!
「うぅ…… 今ので全部倒したんだよね?」
「あぁそうだな、さっき確認した時は……」
無意識だった、緋色眼の最大視力で周囲を確認したとき…… あり得ないモノの存在が目に映る……
公園脇のオフィスビル、その屋上に異常な魔力を持つ人間がいる。そいつはこちらを窺っているようだった。
そしてその魔力には覚えがある。これは……
使徒だ! 魔王の使徒が放つ魔力と同じだった!
「ッ!!」
「え? 神那?」
「おにーちゃん!? え? 消えた!?」
瞬時に跳躍衣装を使い、その男の元へ飛ぶ!
もちろん一回の跳躍で届く距離では無い、ビルの屋上にいるその男とは直線距離で300メートルは離れている。通常時、跳躍衣装の最大転移距離はせいぜい20メートル前後、しかしその20メートルの跳躍を1秒以内に15回連続で行なえば、瞬時に敵との距離を詰める事が出来る。
あまりにも燃費が悪いので普段なら絶対に使わない移動方法だ。
オフィスビル屋上
「む? 消え…… がっ!?」
瞬時に男の背後に回り、蹴り倒したのち右足の脛で男の首を押さえ、左足で左手を踏みつける、男の肩関節をを決める様に右腕を取り、残った腕でナイフを突きつける。
一瞬で男の動きを制した。
「ぐあっ!! な? なんだ!? 一体誰だ!? 何のつもりだ!? 警備を呼ぶぞ!!」
「とぼけるな、お前が人間じゃない事は一目で理解る。黙って俺の質問にだけ答えろ」
出来るだけ冷徹な声で告げる、下らない問答をするつもりは無い。
この男は紛れも無く使徒だ、しかしその姿は何の変哲もない、どこにでも居そうなスーツ姿のサラリーマンだ。
「お前は使徒だな? 何故こんな所にいる?」
「い……いったい何の話だ!? 僕はただ近くにテリブルが発生したと聞いて……!」
ゴキッ!!
「ぐあぁ!!?」
右肩を外した、もちろんこれは警告だ。とぼけるなら次はより酷い事になる。そもそも高位の使徒はこの程度何ともないからな。
「次は左手を潰す、もう一度聞くぞ? お前は何故ここにいる?」
「ぼ……僕は……ただ……」
グシャ!!
「ぎっ!? ぎゃあああぁぁぁぁぁああ!!!!」
左手を踏みつぶしてやると足の裏に嫌な感触が残る。
「あがががっ!! ぐっぎっ!!」
「そう言えば…… 前に会った使徒は、体が半分になっても普通に攻撃してきたな…… そうそう、そいつに真冬の海で寒中水泳させられたんだ。それ以来、使徒を見ると殺したくなる。お前はどうしたい?」
「……ッ……ッ ……ふぅ、全く、酷い男だなキミは、僕が普通の人間だったら痛みでショック死しててもおかしくないぞ?」
「確信があったからしたんだ、見間違えるものか」
男の態度が急に変わった、こっちが本性か……
「おっと残念、時間切れだ。君の質問には答えられない」
「あ?」
男の下腹部の辺りから異質なオーラが膨れ上がってきた。
猛烈に嫌な予感がする! 男を解放し距離を取る。
「しかしやってくれたな? クソガキめ、いきなり無実の相手の肩と手を壊すとは」
「!?」
男の腹から黒い球体が現れる。コレは……見覚えがある。
「ゲート……か?」
「この借りはいずれ返させてもらうぞ!!」
その言葉を残し、男は真っ黒い球体に飲み込まれた。もしこれがゲートなら飛び込めばシニス世界へ行く事が出来る…… しかし確証が無い……
フ……
男は球体ごと消え去った。
まるで最初からその場所にはいなかったかの様に……
しかし間違いなくヤツは…… 使徒はいた。足元にはヤツの出血の跡が残ってる……
「くそ! 千載一遇のチャンスを逃したか……!」