第70話 学内トーナメントの下で
学内トーナメント当日。
大講堂、特別観覧席。
「あ…あ…あいつらトーナメントに出てねーじゃねーか!!」
トーナメント表を見ていたザックが一人声を荒げる。
まさか予選敗退したのかと、目がチカチカしそうなリストを端から改め、もう一度……
「あ!の!ヤ!ロー!!」
「プハハハハ! やってくれるわあの子! ザック、あなた完全にあの子に弄ばれてるわよ」
「あり得ないだろ! 何なんだよアイツ!!」
「まぁ落ち着きなさい、どっちにしても第三魔導学院の平均は見ておくつもりだったんだから」
「くそ! こんなの見る価値ねーだろ! 優勝候補であの程度だったんだぞ!?」
仮想訓練装置経験者の特別生でアノ低レベルぶり…… こんなトーナメントに何の価値が有る?
学内トーナメントは他の魔導学院でも行われている、恐らく近い将来、全魔導学院でトーナメントが開催される。そんな噂がある為、敵情視察も兼ねている。
「私たちは学院から視察の任も与えられてるのよ? 我慢しなさい」
「くそ! くそ!!」
試合が始まる前から観覧席の一部はヒートアップしていた。
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一方その頃、第三魔導学院地下探検隊は……
巨大な鋼鉄製の扉の前で途方に暮れていた。
その扉は見るからに頑強、周囲の壁には注意書きが大量に貼られ、まるでこの奥に魔王でも封印されているかの如き厳重さだった。
人に見られてはいけないモノか、とてつもなく危険なモノか…… 出来れば前者が有り難い、何せ上には8000人もの若人が集う学び舎があるのだから……
てか、無理にこんなトコロに学院作らなくても良いんじゃないか?
好奇心旺盛な特別生二人と、魔王二人に侵入されたらどうするんだ?
「天瀬先輩…… 確か未発見って言ってましたよね? この世界を一年近く離れている間に言葉の意味が変わったんですか?」
「そんな目で見るな、確かに調査は入っている様だが恐らく何も解明されてない」
「根拠は?」
「その記録がどこにも存在しないからだ」
それは単純に極秘機密だからじゃないのか?
「とにかくその答えがこの扉の奥にある…… 壊せないか?」
「壊せるけど…… バレますよ?」
「構わない! 真実の前に犠牲は付き物だ! 新発見をすればどんな暴挙も許される!!」
いやいや、確かに世間は未成年に激甘だけど、どんな暴挙も許されるほど甘くない。ただ先輩の言い分にちょっとシンパシーを感じてる自分が嫌だ。
とは言えここは国際連合の封印区画、そんな所を破壊したらテロリスト認定されかねん。仕方ない……
緋色眼を起動させて魔力ゲインを上げる、扉の向こう側を見るためだ。しかし扉は対物理・対魔術複合防壁だ、ハッキリ言って見辛い…… 緋色眼も万能ではない。
(扉の向こうは天然洞窟の小部屋…… 部屋の真ん中には小さな祭壇、宗教時代の遺物かな? 他に気になるモノは無い…… てか、階段の一つすら無い。完全に袋小路だ。
しかし魔力密度が異常に高い、魔術的なナニかがあるのは間違いない……)
「全員目を瞑ってくれ、壁抜けを使う」
「壁抜け? そんな魔術あったか?」
「ギフトの応用能力です。移動中に目を開けていると失明の危険があるので、気をつけて下さい」
当然嘘だ。
自分のギフトを知られたくない能力者は大体こう言う。だが知られたくないのは本当なので暗黒魔術『宵闇』で目隠しを施す。
天瀬先輩の身体がビクついた…… やっぱり薄目を開けてたな。目が「3」のクセに器用な人だ。
全員連れて跳躍衣装を使用、壁の向こうへ飛ぶ。
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「もう目を開けても大丈夫ですよ」
「ん? うぉっ!? 何だここは!? 洞窟!?」
「スゴイ…… さすが神那!」
「…………」
洞窟内の小部屋は周囲の壁が薄っすら光を放ち、多少暗いが灯りを用意する必要はない。
これはシニス世界の地下遺跡・迷宮の特徴だ。
「高濃度の魔力が周囲の地層を変質させたのか? こんなモノがデクス世界にあるなんて聞いたことが無いぞ……」
「うぉぉお! 何だこの祭壇は!? 旧文明時代のモノか? あぁ! 歴史のかほりがする!!」
天瀬先輩が頬擦りしているのが旧文明の遺物である小さな祭壇だ。高さは2メートル程、大人が横になれるほどの広さの石の台座が置かれている。
まるで生贄の祭壇だ。きっと奥の方から大魔王とかが現れて、パンツ仮面の仇の八岐大蛇っぽい魔物をけしかけるんだ。
「れろ、ふむ…… 血の味はしないな、ここで生贄の乙女を解体した訳では無いのかな?」
先輩がとうとう祭壇を舐めはじめた…… 腹壊すぞ? 仮に生贄の乙女がここで命を落としたとして、それは何百年前の事だ? たとえ俺の能力が血を操るモノでも殺人現場で血を舐めようとは思わない。たとえ対象が乙女の血であったとしてもだ。
先輩の気持ち悪さが加速する。あのマッドサイエンティストはココに閉じ込めて封印するのが世界の為かもしれない。
しかし魔力濃度が濃い割に特に異常は見受けられない…… そんな筈は無いんだが……
クイクイ
「ん?」
「神那、祭壇の上、天井見て」
「天井? ………… げっ!!」
そこにあったのは魔法陣、転移用の魔法陣だった。
「ん? どうした? 何か発見したのか?」
「おいおい…… まさかココって…… 魔宮なのか?」
「魔宮? 何だソレは?」
天瀬先輩と真夜に魔宮がどういったモノが説明してやる。その危険性をしっかりと。
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「つまりこの先には閉ざされた別の世界があると言う事か?」
「別の世界と言うと語弊がありますが、感覚的にはそういう事になりますね。送られる先に違いがありますが、事情を知らなければ確かに神隠しと誤認しても仕方ないです」
何故こんな場所にこんなモノがあるのかは分からない、しかしコレは俺の求めていたモノでは無いのは確かだ。残念ながらハズレだったようだ。
「誰も知らない新世界……か」
「行こうとか思わないで下さい、クリアした者が一人もいない激ムズ難易度の迷路みたいなものです、それも戻る事の出来ない一方通行の。どうしても入りたいなら遺書でも書いてからにして下さい」
「君は何でそんなに冷静なんだ? 冒険だぞ? 男として血が騒がんのか?」
命がけの冒険をしたいならわざわざデクス世界に帰りたがるはずが無いだろ。シニス世界=異世界・ファンタジー世界なんだから。
そしてもしこの魔宮が100階層とかあったらどうする? 俺は500年掛けて攻略する気は無いぞ?
「しかし国際連合はなんて愚かなんだ! 誰も戻らないからと蓋をしてしまうとは…… そんな事をしたら永遠に真実にたどり着けないではないか」
「それを命令する上官の気持ちも考えてやって下さい、部下に死にに行けと言ってるようなものです」
「う…… 確かに正論だが…… 仕方ないサンプルだけ採取して撤収するか」
「先輩、魔法陣には絶対触らないで下さい。写真を撮るだけにしておいて下さい」
先輩が祭壇に上り魔法陣を激写しまくってる。オタクがレイヤーをローアングルで撮影しているように見える…… てか、先輩がオタクにしか見えない……
先輩にはチェックのシャツとウエストポーチとポスターの飛び出したリュックが似合いそうだ。
「しかし何故こんなモノがデクス世界にあるのだろうな? それとも遥か昔には沢山あったのだろうか?」
「それは……」
魔導が主流になる前はシニス世界と同じような感じだったのかも知れない……
もし「魔導の祖」が現れなければ……
「僕はデクス世界に生まれてよかったのかも知れないな、こんなモノがそこら中にあったら真実の究明をする前にとっくに死ん……」シュン!
………… シュン?
どこかで聞いたことのある音と共にローアングラーが消えていた……
「…………」
「…………」
「…………」
あのバカ…… やりやがった……
今の俺にできるのは事実の隠ぺい・捏造、全てをなかった事にして丸く収める事だ。
「天瀬先輩は先に帰ったのか、あの人がテレポーターだったとはな…… 驚きだ。俺達も帰ろうか?」
「あの……! 神那、ち…違うの…… 今、天瀬先輩が写真を撮り終えて立ち上がった時に天井に頭をぶつけて…… その…… 魔法陣に……」
無駄に背が高いと言うか、ひょろ長いと言うか…… 一番の問題はバカだった事か……
危機意識の足りないバカが真っ先に死ぬのは世の常だ。不幸な事故として処理しよう。
「そうじゃない、先輩は旅だったんだ…… 何者にも束縛される事のない自由な世界へ!
俺たちに出来る事は、彼の無事を祈るだけだ……
具体的にはこの事を秘密にするって方向で……」
今後の方針に関する重要な話も聞かず、真夜は祭壇に上りぴょんぴょんジャンプしてる。背低いなこの子。
「神那ぁ……」
琉架が「しょうがないよ」って顔をする。
そりゃ俺と琉架は時間さえ掛ければいつかは帰って来れるだろうけど、何百年も掛かる可能性もある。あの自業自得のバカの為にそこまでしてやる必要があるのだろうか?
彼らの寿命が終わる前に戻れる保証も無いし……
「ハァァァァ~~~~ 仕方ない…… 行くか」
琉架と真夜を連れて魔宮に挑むことにする。
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転移した先も洞窟の中だった。しかしローアングラーはどこにもいない、洞窟の先から外の光が差し込んでいる、どうやら外に出たらしい。
洞窟の外に出てみると、そこは丘になっており周囲を一望できる。
かなり広い…… 遠くには小高い山々も見える。どうやら山に囲まれた盆地らしい、塔の様にそそり立つ岩山、森に川に湖に…… まるでクレーターの様な山に囲まれた村が見える……
そんな光景を見ながら白衣の男が大興奮している。その能天気な姿に殺意が沸く。
ので、その男のケツに手加減無しの蹴りを思いっきり叩き込んだ。
「ギャフン!!」
ギャフンだって…… 図らずもこのバカな男をギャフンと言わせる事が出来た。少しだけ溜飲が下がる思いだ。
「き……君達も来たのか? 見たまえ! 村があるぞ! 隔絶した空間の中でも人が息づいているんだ!」
先輩はケツを押さえ這いつくばったまま、それでも興奮した様子でこちらを振り返る。
全く反省していない…… 土足でケツを踏みつけグリグリと体重を掛ける。
「先輩…… 少しは自分がしでかした事を反省してください!」
「あふん! ごめ…ごめんて! いだだだだ!!」
あふん!ってなんだ、あふん!って。このマッゾサイエンティストめ!
「神那、神那、上見て」
「上?」
頭上には青空が広がっている、しかし本物ではない。魔宮のフロアは有限だ、ここはかなりの広さを持っているが必ず果てがある。
よく見ると天井だ、一面クリスタルに埋め尽くされておりそれが光を作り出している。だが雲は本物らしい、この隔絶世界の中でも自然サイクルはしっかり再現されている。海も無いのに一体どこで発生したのやら。
だが問題はソコじゃ無い…… 何か飛んでる……
例えるならクジラに巨大なコウモリの羽を付けたような生物だ。ギアナ高地のように周囲から隔絶された空間では、生物は独自の進化をするという…… さすが魔宮、珍しい生き物がいるものだ! どんな進化の道を辿ればクジラが空を飛ぶようになるんだ?
いや…… 認めよう、アレはドラゴンだ。ちょっとメタボ気味だしイメージと違うけど、ドラゴンの一種だ。それも絶滅種のディープ・ブルードラゴンだ。かつて第12領域にのみ生息していた固有種でも有る。禁書庫漁りで記述を見た。
「あれって…… ドラゴン?」
「みたいだな……」
「何か…… 沢山いるよ?」
「ディープ・ブルードラゴンは群れを作っていたらしい」
「ここ…… シニス世界?」
「それは無い、ディープ・ブルードラゴンはシニス世界でも大昔に絶滅してる」
「じゃあ…… どういうことなのかな?」
第12領域にのみ生息していた固有種が、ゲートを超えてこちら側に移り住んだ? 仮にそうだったとしても、どうやって魔宮に移り住むんだよ。
それともたまたま似た姿に進化した別モノか? 同じ条件下ならともかく外と魔宮内でどうやったらあんな複雑怪奇な進化が被るんだよ!
それなら何処かのマッドサイエンティストが帰還者の持ち帰った化石からクローンを作った……とかの方が納得できる。
まるでシーラカンスを見つけた気分だ、アイツらがココに居る理由は考えても分からないだろう。しかし、この魔宮には何かしらシニス世界に関するモノがある…… それだけは間違いなさそうだ。
「アレは…… ドラゴンなのか? 想像していたのと随分形が違う…… あまりカッコ良く無いな」
「色んな種類がいるんですよ、もっとキモいのもいます。足が百本あったり…… 骨だけだったり……」
「ほぅ! それは是非とも見てみたい! 興味をそそられる!」
「探究心も結構ですが、先輩はしっかり反省して下さい」
「ああっ!! つま先を立てるな!! 痔主になったらどうする!!」
このまま続けていたら、いずれ先輩の初めてを奪ってしまいそうなので程々にしておく。靴にウ◯コが付いたら大変だからな。
「とにかくあの村に行ってみよ? 人がいれば情報もあるよ」
「ちょっと待った」
「?」
村に行くのに依存はない、だが無事にたどり着けるかは分からない。
何故なら森の中には明らかに人間と違うオーラが沢山見えるからだ。コレはつまり……
「魔物がいます…… この魔宮は第一次魔導大戦前の世界がそのまま残っていると考えていいと思います」
「マジかーーー!! 科学者魂が汁垂れ流して喜んでるぞ!!」
先輩が気持ち悪い…… 喜びを表現するならもうちょっと綺麗な言葉で頼む……
「しかし君達なら問題ないだろ? 何せ実戦経験も豊富だ」
「ただ倒すだけ……なら、そうですね」
「? 何が問題なんだ?」
「もしかしたらここの魔物は神として敬われてるかもしれない、かつて土着神として崇められてた妖怪なんかも存在したから」
「………… あ~~~」
正直手加減が難しい、殺さない程度に留めるのは慣れてないんだ。
ディープ・ブルードラゴンみたいに大きければ体力も高く簡単には死なないだろうが、小さい生き物は調節を間違えれば簡単に死んでしまう。
「私が……」
「ん?」
アニメ声が聞こえた、真夜が自己主張したのか? それよりも……
「出来るのか?」
「…………」コク
どうやって? と聞いても答えてくれそうもない。
案外バリバリの戦闘系能力を持ってたりするのか? そうは見えないが…… 折角の申し出だ、有り難く受けよう。最悪の場合は俺たちが処理しよう、宗教を敵に回したくないが命には代えられない。
崇め奉られてるのも、あくまで可能性だしな。
「分かった、真夜に任せる。ダメそうだったら行ってくれ、その時は……仕方ない先輩を生贄にしよう」
「おぉ~い、一応護衛も依頼に含まれてるんだけどな?」
やかましい! 誰のせいでこんな目に遭ってると思ってる!
我ら探検隊ヒエラルキー最底辺の存在が!
こうして魔宮内に存在する村に向かう事になった。