第62話 有栖川家の姉妹1 ~真夜中の相談編~
---有栖川琉架 視点---
私と神那が故郷に帰ってきて1週間がたった。
家族全員に泣かれてすごく心が痛かった。
留学中だった小姉様はわざわざ帰国してまで駆け付けてくれた。私の大切な人たちは一年たっても変わっていない、温かく迎え入れてくれ以前と変わらず私を慈しんでくれる。
この場所に帰って来れて本当に良かった……
今まで散々心配と迷惑を掛けてしまった、せめて何かお返しができればいいのだけど……
今の私にそんな資格があるのだろうか? もはや人の身ですら無くなってしまった親不孝者に……
そう、帰郷を喜んでばかりもいられない。この一年……というよりも、ここ2ヵ月で私を取り巻く環境は余りにも大きく変貌していた。
魔王になってしまった事……
神那とも話したが、この事はたとえ家族でも明かす事が出来ない神那と私の二人だけの秘密……
やっぱり親不孝者だ、神那と「二人だけの秘密」という言葉に少し喜んでいる自分がいる。そもそも私は家族に隠し事をした経験が無い、もしかしてコレが反抗期と言うモノなのだろうか?
もっともこの一週間、そんなことを考えている暇がなかった。
四六時中、誰かが常に側にいる…… お風呂はもちろん寝るときもだ、日替わりでだき枕にされた。
それに私たちは魔王である前に一学生だ。
神隠し被害者への特例措置で進級試験を受ければ3年生に上がれることになった、その話を聞いた瞬間、神那があきらめモードになった「この一年、勉強なんかしてこなかったのに受かるはず無い」と……
……それは困る。
私は神那の先輩にはなりたくない、同じ学年でいて欲しい。
こうなったら私が教えるしかない、幸い私の勉強は大丈夫だから神那に付きっきりで教えられる…… 付きっきり…… 二人だけ…… マンツーマン……
そう、もう一つ問題があった。
魔王との戦いが終わったら、想いを告げると決心したくせに、その後の混乱を理由に未だに何もしていない…… どうしようもない臆病者だ。
いや……言い訳じゃ無いけど本当にそんなことする雰囲気じゃなかったし……
しかし帰還後2ヵ月以上経ってるし、実家に戻り一息ついた。そろそろ理由を見つけて先延ばしにするのも難しい……
でも…… 何をどうすればイイんだろう?
そういえば最近、神那に迷惑かけてばかりだった気がする…… 自分の魔王化でパニックになったり、魔力コントロール訓練に付き合わせたり、オリジン機関での聞き取り調査もほとんど神那が引き受けてくれた。
ポイントを上げようと思っていたのに随分下げてしまったのではないだろうか?
で……でも! 神那は ず…ず……ずっと一緒に居てくれるって!!
にへ~~~
顔がニヤけてるのが自分でも理解る…… きっと今の私は馬鹿みたいに幸せそうな顔をしてるのだろう……
もしかして…… このままでもいいんじゃないかな? だってずっと一緒に居られるし! 臆病者の私にしては上出来だと思う!
そうだよ! 余計なことを言って藪蛇になったら目も当てられない。
それでいつか皆とも再会して……
…………
あ…あれ? その後どうなるんだろう……?
D.E.M.のみんなとの再会シーンを呆けた頭で想像してみる……
―― ケース1 如月白の場合 ――
『おに~ちゃん…… 白と…… 結婚してください……』
『もちろんいいとも! 子供はカバディチームが作れるくらいたくさん作ろう!』
『うん…… 白…… がんばる……!』
「…………」
―― ケース2 ミカヅキの場合 ――
『マスター…… お許し下さい。この卑しいメイドに一晩だけの情けを……』
『一晩だけなんて寂しい事言うなよ…… ミカヅキの全ては俺のモノなんだ、今日からお前は俺の妻だ!』
『あぁ我が主よ! ミカヅキは永遠に貴方の物です!』
「………………」
―― ケース3 ミラ・オリヴィエの場合 ――
『私はカミナ様にお嫁にいけない体にされてしまいました……』
『何も言わなくていい、本当はミラを手に入れるためにワザと覗き見ていたのさ』
『まぁ、覚えておいででしたのね? ではカミナ様に責任を取って頂かなくてはなりませんね♪』
「……………………」
プシュ~~~~~!
「ち…… ちっともよくなーーーい!!///」
もし、もう一度シニス世界に行ったら、きっと神那は女の子たちと次々と結婚していく! は……は~れむってヤツだよね?
だって神那は魔王だからきっとする! 魔王だもん……何となく許される気がする…… 何故か魔王になってなくても、神那は同じことをした気がするけど……
それでどうなる? きっとどこかに新魔王城を建てて、みんなで暮らすんだ……
神那と……奥さんたちと……カバディチームが二つくらい作れるたくさんの子供たちが暮らす城で、私は一体どうしてるんだろう?
神那のお友達としてお城の片隅で静かに暮らしていくの?
私が今までの人生の中で思い描いた未来予想図の中で最も惨めな人生だ…… 正に悪夢だ!
私は勘違いしていた、現状に満足して何もしなければ、こんな未来が確実にやって来る予感がする!
「末席でもイイから、わ…私も神那の……お…お…お嫁さんにしてもらって…… こ…ここ……子供を作って…… あ、でも私魔王だからきっとすぐには子供もデキなくって……
だ…だから……何度も何度も何度も何度も……か…かか…か……神那に……//////」
~~~~~~~ッ ボン!
意識がブラックアウトした。
「…………?」
「うっ…………? あれ?」
時刻は深夜1時を回っている…… 気絶してたみたいだ……
なんて妄想逞しいんだろう、自分でか…かか……神那に……さ…されるトコロを想像して気絶するなんて……
バカだバカだとは思ってたけど、まさか自分がここまでバカだとは……
とにかく分かった事は、私は現状に満足している場合じゃない。
神那のお嫁さん候補がいない今はチャンスなんだ! 何かすごくズルい気もするけど、バカで弱虫で臆病者の私にはこれくらいのハンデが無きゃ勇気が出ない。
でもバカで弱虫で臆病者の私が何かした所で上手くいく気がしない……
こんな時こそ相談しよう! ずっとお姉様に相談したいと思ってた。
冷静に考えれば家族にこんな事を相談するのはすごく恥ずかしいが、他に頼れる人がいない…… お姉様…… まだ起きてるかな?
---
コンコン
「は~い、あれ? 琉架だ。どうしたのこんな時間に?」
あ…… お姉様の部屋に小姉様がいる…… どうしよう、いきなり予定外だ……
「あら? 琉架どうしたの? 寂しくて一人じゃ眠れなかった? とにかくお入りなさい」
「は……はい…… 失礼します……」
この優しそうな人がお姉様の有栖川美影。
有栖川家の長女で現在24歳、今はお父様の秘書をやっている。成績優秀、容姿端麗、何でもできて誰よりも優しい私の憧れの人だ。
「一人で眠れないなんて琉架は相変わらず子供ね~。ホント可愛い、指一本くらいなら食べちゃってもイイ?」
この人は小姉様の有栖川静香。
有栖川家の次女、20歳。名前とは裏腹にかなり騒がしい人…… 今は海外留学の一時帰国中。スポーツ万能でいろんなジャンルの大会で優勝しまくっている人だ。
私の指を食べたら私の使途になっちゃうかもしれないよ?
「こ……子供じゃありません。それより小姉様はどうしてお姉様の部屋に?」
「ちょっとみか姉に相談があってね、琉架にはまだちょっと早い話題かな?」
私にはまだ早い? もしかして…… いや、止そう…… どうせ教えてくれないし……
「それで? 子供じゃない琉架はこんな遅くに何しにみか姉の部屋に来たの?」
よく見るとほんのり頬が赤い…… もしかしてお酒飲んでたのかな? だったら出直した方が良いかな?
「静香は黙ってなさい、琉架は私を訪ねてきたのだから。 さ、琉架? どうしたの?」
「え……っと、私も……その……相談が……」
「おんや~? 相談する前から顔が赤いけど、琉架、アンタもしかして~……」
ベシ!
「あたっ!」
「だからあなたは黙ってなさい」
「みか姉ぇ~ 妹への愛情は平等でお願いしたいです」
「心配しなくても貴方のこともちゃんと愛してますよ。比率は9:1くらいで」
「少な!? 私が1だよね!? 全然平等じゃない!!」
お姉さま達は昔からこんな感じだ。このやり取りを見ていると安心する。
何となく神那と佐倉センパイのやり取りと似てる気がする。
「もし琉架と静香が強盗の人質にされたら、私は一切の迷いなく琉架を助けます。あなたは自力で何とかしてくださいね?」
「いやいや、私を助けてよ!? 琉架は強盗なんて自力でどうとでもできる子だよ? か弱い私を助けてよ?」
「ごめんなさい…… それは出来ないのです…… 何故なら9:1だから……」
「うぅ…… みか姉の愛が遠い……」
何か…… 相談しにくい空気になってる…… どうしよう……
「それで? どうしたの琉架?」
「え……と……」
「大丈夫、静香が変なコト言ったら私が引っ叩くから」
「まぁ、温度差が激しいのはいつもの事だからね…… 今さら気にしないけど」
「あの……えっと……あ……うぅ……」
「そんなに言い出しにくいこと?」
どうしよう! なんて言えばいいのか考えてなかった! 神那のは~れむに入る方法とか? そんなこと言ったら神那の印象が悪くなる!
そんな未来の話じゃなくって、今、どうするべきなのか……
「その……わ…わたし…… す…すす…す…好きな人が出来ました!!///」
「………………」
「………………」
は…恥ずかしーーー!! 今すぐこの部屋から逃げ出したい!
…………
? 何も言ってくれないのかな?
「それで? 相談ってなぁに?」
あれ? 時間が巻き戻ってる? 私の時由時在でも全ての時間の巻き戻しは出来ない筈だけど?
「みか姉、現実逃避しないで。確かに私も一瞬気絶してたけど……
琉架、悪いんだけどもう一度言ってくれる?」
「うえぇーー!? も……もう一回!?」
や……やっぱり相談止めようかな? いや、ダメだ! ここで引いたら不幸な未来が待ってる!
「わ……わたし…… しゅきな人が出来まちた!!」
噛んじゃった…… ちゃんと伝わったかな?
「る……琉架……」
ギュ!
お姉様に抱きしめられた…… なんで?
「私の琉架が恋してるって! 1年でこんなに成長してたのね!」
「聞き間違いじゃ無いんだ…… 信じられない…… あの琉架が……」
こ……恋って……
「それでそれで? どんな人なの? どんな相談なの? 将来どうなりたいの?」
「みか姉落ち着け、まずは一つずつ処理して行こう。まず琉架の恋してる相手が誰か?」
「うぅ…… と……友達で…一緒に向こうに行って……ずっと一緒だった……」
「ん? それって前に話してくれたお友達のこと? たしか……霧島神那クンだっけ?」
カァァ
「あぁ、アレだ! 「もう会えないー!」って大泣きしたのに、同じ学校で直ぐに再会出来た噂の彼氏だ! 超ウケたよアレ!」
ゴスッ!
「い!……痛っ!!」
「静香? 黙ってなさい」ニコ
「イ……Yes, ma'am!」
「それで?それで? 全部聞かせて! 彼のドコが好きなのか? 彼とどうなりたいのか? 彼との思い出! 全部聞かせて!!」
お…お姉様の鼻息が荒い…… こんなお姉様初めて見た……
でも、もう大丈夫。一度堰を切ってしまえば後は勢いに任せて私の思いの丈を放出すればいい!
この一年、神那と二人で経験したことを全て話す。ただし裸を見られた事だけは伏せて…… あの恥ずかしさはちょっとベクトルが違う。
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(琉架がこの一年で起きた事を嬉しそうに話してくれる…… ハッキリ言ってノロケ話にしか聞こえない……)
「それでその時 神那が……」
(なかなか話が進まないのは、コトある事に神那クンの「こんな所がカッコいい」とか「こんな所が頼もしい」とか「こんな所が可愛い」とか……解説という名の賛美が付け加えられるためだ)
「あ! でも……それは!」
(話を聞く限りでは相当大切にされている…… 琉架の嬉しそうな顔を見ていると妹の彼氏に少し嫉妬してしまいそうだ…… 私の琉架にこんな幸せそうな顔をさせられるとは…… 恐るべし霧島神那!)
「そ…それで神那が……///」
(どうやらお爺様は彼の事を相当危険視していた様だ。今の琉架を見れば納得できる…… むしろよくお爺様に殺されなかったと感心するほどだ)
「もうこうするしかないって……」
(しかし分からない…… どう聞いても思春期カップルの自慢話だ。もしかして琉架の主観が大量に混ぜ込まれているのだろうか? どこからどう聞いても相思相愛だ。一体何を相談しに来たのだろう?)
「それで…… 困ってるんです」
「え?」
(やはり琉架の妄想だったのかな? 昨日までラブラブだった恋人が、前触れも無く急に倦怠期になったみたいに…… 困っている理由が分からない)
「ねぇ琉架…… あなた達って付き合ってる訳じゃ無いんだよね?」
「あぅぅ……は……はい……」
(今の恋人の話じゃ無かったの? そうか、琉架にとっては初恋だもんね。舞い上がってるんだ)
「それで思いは伝えたの?」
「………………ぅ」
「やっぱり…… まぁ琉架には無理か、告白なんて」
「で……でも! ず……ずずず……」
「ず?」
「ずっと…… 私と一緒にいてください……って言いました///」
「………………」
「………………」
「ちょ……ちょっとまって! それで!? 神那クンはなんて答えたの!?」
「こ…… 「これからもよろしく」って///」
「え~~~と…… 琉架、あなたプロポーズしたの?」
「ふぇ!? ぷぷぷぷろぽ~ず!?」
「うん、どう聞いてもプロポーズでしょそのセリフ。しかも相手からOK貰ってるし…… 琉架は神那クンと結婚するつもりなんでしょ? でも14歳だから相談に来た…… って事でしょ? 違う?」
「け けけ けけけ…… けっこ…… 神那と…………」
パタ
「あ 倒れた」
ツンツン
「…………」
「だめだ……完全に茹で上がってる…… みか姉はどう思う?」
「私も倒れそう……」
「いや、気持ちは分かるけど、そうじゃ無くて……」
「とりあえず今の話を聞いて思ったのは、私もロップイヤー琉架が見たい」
「だから落ち着いて、私一人で処理できる案件じゃないんだから」
「そうね…… まず噂の彼氏を見極めないとね、少なくともお爺様のお眼鏡にはかなわなかったみたいだから」
「いや…… お爺様の場合、誰連れてきても結果は変わらないでしょ?」
「私としては琉架を応援してあげたいけど……」
「私は反対。初恋で舞い上がってる若者の背中を押したら暴走しかねない、すでに半分暴走してるし。
何せ無意識にプロポーズしてるくらいだしね」
(一理ある…… 話しを聞く限り神那クンも相当ニブい! おかげで助かったけど)
「ここは明確なアドバイスは避けて、清く正しい交際を推奨するべき。どう考えてもそっちの方が面白い!
琉架は育った環境のせいで社会性が未熟だから」
「でも彼を逃がすべきじゃないわ、ここまで琉架を理解して大事に扱ってくれる男の子は今後現れないかもしれない…… 特に琉架のギフトは悪用すれば世界を滅ぼせるんだから」
「それは大丈夫でしょ? だってプロポーズ受け入れてるんだよ? 相思相愛なんだよ?
私にだって未だにそんな相手見つかってないのに! ちくしょう!」
(そう…… 恐らく本人達は気付いてないけど相思相愛だ。それだけに問題になって来るのは霧島神那という男の子の人間性だ。琉架の話は主観が多すぎていまいち見えてこない)
「そうね…… 今は絆を深める時期とだけ言っておきましょう。下手に相思相愛だと知ればどんな事態になるか予想も出来ない」
「そうそう、いきなり駆け落ちみたいなコトして、見つけた時には妊娠してたとか……
琉架に限ってそんな事は無いと思いたいけど……」
「あ…愛し合う若い二人がいれば、スル事なんて決まってる……わよね?」
「………………」
「………………」
「霧島神那クンには会ってみないといけないわね!」
「あ、絶対私も同席するから、私がいる時にしてよね!」
臆病者の恋は前途多難なようだ……