第57話 第8魔王 ~時由時在~
有栖川琉架…… 俺史上最高の美少女……
この俺、霧島神那のクソみたいな人生に舞い降りた天使だ。
俺は琉架が本気で怒っている所を見た事が無い。
知り合って2年近くたつが、その間一度もだ!
テレ隠しの延長や、機嫌を損ねる程度なら見た事あるが、本気で怒っているのは初めて見た。
俺は心のどこかで琉架が怒る事は無いと決め付けてた……
だってそうだろ? 自分の裸を見た男を、ペチペチ叩くだけで許す女神だぞ?
いや…… もしかしたらアレが琉架の最上級の怒りの表現だったのかもしれない……
だがその考えは間違っていた。
今の琉架は確実に怒っている。勇者に対する嫌悪感なんかとは訳が違う。
俺の自惚れで無ければ、琉架は俺の為に本気で怒ってる。
「娘…… 貴様一体……」
よく見ればウォーリアスが俺の心臓に突き立てようとしていた黒光りして反り返る太いアレは切り落とされていた……
アレって指の事だけど、こう表現すると痛みが倍増する気がする。思わず縮み上がる……
琉架は俺たちがいるクレーターの中心に飛び降りてきた。10倍の重力の影響で琉架のスカートは鉄壁の防御力を誇っていた…… 残念だ。
「くっ!!」
ウォーリアスは俺の首から手を離すと、琉架から距離を取る様に離れた。
その直後、俺の傍らに琉架がふわりと優雅に舞い降りた。朦朧としている俺の頭には本気で天使が舞い降りた様に感じた……
「神那、大丈夫?」
琉架のいつもの優しげな眼差しだ…… その目には怒りの色は一切見られない。
てか、ウォーリアスに完全に背中を向けてる。まだ戦闘中なんだけどな……
そのウォーリアスは攻めあぐねている感じだ。
「ごほっ!げほっ! あ…あぁ…… ありがとう琉架、ホントに助かったよ…… マジで死ぬかと思った……」
「あぅぅ…… 神那ぁ!」
何か感極まった感じの琉架に突然抱きしめられた。唐突にご褒美キタ!
もしかして俺はあの時、魔王に心臓を一突きにされて死んだんじゃないのか? これは永遠の光に誘われる刹那に見ている幸せな夢ではないか?
いや…… そのネタは前にもやった。コレは現実だ! 現実であってくれ!
「うぅ…… ぐす、良かった…… 無事で良かった……」
「あぁ、琉架…… でもまだちょっと早い。魔王がこっち睨んでるから」
いつの間にかいつものポヤポヤ琉架に戻ってる、相変わらずの泣き虫さんだ…… さっき見たのは幻だったのだろうか?
しかしウォーリアスは何もせず、俺たちを観察してる。空気を読んで遠慮してくれたのだろうか? それとも俺と琉架のイチャイチャが余程羨ましいのだろうか? 何せブサイクな生き物だからな。
「ねぇ、神那…… わたし全力出しても大丈夫かな?」
は! 言われて初めて気が付いた。
ココは深いクレーターの底、周囲には誰も居らずみんな気絶してた。さらに10倍の重力が掛けられていて近づく事も容易ではない。
後はあの魔王を倒すだけ…… 琉架が全力を出せる状況だ。
そもそも今この戦場で魔王ウォーリアスを倒せる可能性があるのは琉架しかいない。
「あぁ、アイツを倒すなら問題ない」
「そっか…… じゃあ、がんばる!」
琉架が立ち上がり、ウォーリアスに向けて一歩踏み出す……
が、すぐに振り向いて戻ってきた。あれ? 忘れ物?
「か…かか……神那! 一つお願いがあります!」
「? なんだ?」
「わ……私がアイツをやっつけたら…… 私の…ね…願い事を一つ…… 叶えて欲しいんだけど…… ダメ?」
一つと言わず十でも百でもいくらでも、琉架のお願い事なら幾らでも無条件で叶えるんだけどな……
そんな可愛らしく「ダメ?」なんてお願いされたら、俺が断れるはずもない。
だがもし琉架の願い事が「二度と私に近づかないで」とかだったらどうしよう…… それでもその願いは叶えられるだろう…… 俺は自殺して二度と琉架に近付けないからな……
いや、琉架はそんなこと言う子じゃない。必要以上にネガティブになるのは止そう。
「うん、よく分からないが琉架が望むなら俺はどんな願いでも叶えるよ」
「あ…ぁ… うん! 私がんばる!」
何か琉架のやる気スイッチが入った。
一方、魔王ウォーリアスは何故か追いつめられていた。
(一体なんだというのだ……)
今も完全に背を向け、隙だらけの相手なのに攻撃手段が思いつかない。どんな攻撃をしても意味が無いように思える。まったく何の根拠も無いのにすべてが無駄に終わる…… そんな気さえするのだ。
(威圧感がある訳でも無い、全く殺気を放っていない…… にも拘らず、我が勝てる気が全くしない…… こんな事は初めてだ……)
魔王となり2400年以上…… 今まで様々な敵と戦ってきた、他の魔王と戦った事も幾度となくある…… だがこんな感覚は経験したことが無い……
もちろん自分が負ける気はしない、実際過去に戦った魔王にも負けはしなかった。
(何か分からない…… ならばわざわざ戦うことも無い。男の方を殺せば我の目的は達成される)
最大威力の攻撃を叩き込む、娘の方は耐えれれても男の方は既に死にかけ。自分の手で殺せればそれでいい!
静かに腰を落とし、右手に星の御力の全力を込める。一切の警戒もせず未だに背を向けている敵に飛びかかる!!
ドォン!!
最大の力を込めて地を蹴り飛ぶ!! 未だに振り向かないその背中に必殺の一撃を叩き込む!!
グシャッ!!!!
想像と違った…… 巨大な破壊音が鳴り響くと思っていたが、肉体が潰れる嫌な音がしただけだった。
「な……なに?」
潰れたのはウォーリアスが全力で撃ちだした右腕だった……
二人の少年少女…… 彼らを仕留めるつもりで繰り出した拳は、突如目の前に現れた真っ黒な小さな壁に阻まれた。右の拳は肘の辺りまでグシャグシャに潰れていた。
「ぅ…ぐおおおおぉぉぉぉおおぉぉぉ!!??」
あの黒い壁は琉架の停止結界……
その正体は『時由時在』によって、時間を止められた空間そのものだ……
幅0.1mmにも満たないその極薄の空間内部の空気や光、あらゆるモノの時間を停止させて固定したんだ。
理論上この壁を破壊するのは不可能。たとえ核融合爆発でも微動だにしないのだ。
当然、そんなモノを全力で殴れば結果はご覧の通りだ。
俺もアレでおでこにキツイのを一発貰ったことがある…… アレは衝撃を一切吸収しないから100%の威力で返って来るんだ。
さぞかし効いたコトだろう。
「ぐ…ぐ……ぐおおおぉぉぉ!!?? な……何なんだソレは!?」
琉架は振り向きウォーリアスを正面から見据えるが質問には答えない。
「ねぇ…… もしかして今また神那を殺そうとした?」
「ぐ……ぐぅぅう……!!」
ウォーリアスは肘の辺りまで潰れた腕を押さえ唸っている。例え『限界突破』を発動していても痛覚は正常に働いているからな、それはレイドも同じだった。
「言ったよね? 「そんなこと私が絶対許さない」……って」
「こ……こいつは……」
ウォーリアスの精神は混乱の極みにあった。
危険なのはレイドを仕留めた少年だけだと思っていたからだ。しかもその少年はレイドとの戦いで消耗しきっている、力の定着も終わってないただの人族など簡単に殺せると……
だが、その認識は甘すぎた。流石は魔王殺しを成し遂げただけはある…… まさか自分が『限界突破』を使わされるとは思ってもいなかった。
しかし問題なのは少年の方では無い!
少年を守るように立つ少女…… もしかしたらこの少女の方が危険度が上かも知れない!
(近距離の肉弾戦は危険だ! 破壊不能の壁を出されたらこちらが壊される。あの壁をどれだけ出せるか確認するのが先決か)
ウォーリアスは足元に転がっていた手頃な石を拾い上げると手の中で粉々に砕く。そして星の御力で一つ一つの欠片の重さを何百倍にも上げていく。
先ほど神那が見せた『水銀散弾』を自分なりにアレンジしたのだ。これをもっと広範囲に放てば簡単には防げまい。
ピシュン!! ドズン!!
何かが一瞬光った。そして重いモノが地面に落ちる音がした。
いつの間にかウォーリアスの左手首は切り落とされていた。
「なっ……なにぃぃぃぃぃい!!??」
出血は無い、よく見れば焼切られているかの様だ! 少女は一歩も動いていない! 一体何が起こった!? さっき指を切り落とされた時と同じか!? 何をされたのか全く分からない!!
今の一撃は神器、伝説の三刃が一振り、神剣『天照』によるものだ。
天照は刀の形をしているが、無理矢理定義すれば超々高出力光学兵器に分類される。
所謂、レーザー兵器で最大出力が太陽のソレに匹敵するエネルギーを出せるという化け物武器だ。
瞬間射程は約30万km。原理は不明だがその射程内にある全てのモノを瞬断する力がある。明らかに過剰設定の武器であり、威力があり過ぎて使い所が難しすぎるダメ武器だ。
また、能力値100000越えしている人にしか使えないのもこの武器のダメな所だ。ハッキリ言って個人で持つには核兵器以上に危険な兵器だ。
「また神那を狙ったでしょ? ホントに懲りない……」
「ぐっ…… な…何という事だ……」
あの娘の言葉が現実になるとは……
まさか魔王である我より高みにいたのが人族だったとは…… まるで悪夢だ……
一度『限界突破』を使ってしまっては、当分超速再生は使えない!
無理だ! あの少女がいる限り少年を殺す事が出来ない! もはや逃げる以外の選択肢が無い…… 魔王たる我が…… 何という屈辱だ!!
「くそぉぉおお!!!!」
ウォーリアスが真上に飛んだ、アイツ逃げるつもりか!? 魔王のクセに!!
グシャッ!!!!
しかしクレーターの外には出られなかった。琉架の停止結界が逃走を防いだ。
顔面を潰されたウォーリアスが落ちてきた……
ドズゥン!!
「逃がすワケ無いでしょ? あなたは人を殺し過ぎた…… 私の大切な仲間を奪おうとした…… 何より神那を殺そうとした……
言ったよね? 「絶対許さない」……って」
俺も今、心に誓った! 絶対に琉架を怒らせないと!
今の琉架は普段からは想像も出来ないほど凛々しいが、俺はいつものポヤポヤしている琉架の方が好きだ。
……ちょっと怖いし……
「ねぇ神那。魔王って結局どうすれば倒せるのかな?」
「そうだな…… やはり心臓を打つのがいいと思う。俺は失敗したけど、重質量弾でアイツのフィールドを突破するのが一番現実的だな」
「重質量弾? う~ん……」
「難しく考える事は無いさ、琉架なら「『徹甲』アーマー・ピアシング」でやれるよ」
「アーマー・ピアシング? 第7階位級 金属魔術の?」
「そぅそれ。チャージを目一杯込めればいいんだ」
「う~…… 神那が言うなら信じるけど、コントロールがすごく難しそう」
確かに140000もの能力値を誇る琉架には、この魔力コントロールは至難の技だろう。加えて今はコントロール補助をしてくれる魔器も無い。
でも大丈夫、イケるさ。そして琉架なら俺の様なミスは侵さない。何故なら琉架には上位未来予知能力『事象予約』があるからな。仮に失敗しそうならその場で中止する事が出来る。
「第7階位級 金属魔術『徹甲』アーマー・ピアシング チャージ100倍」
琉架の手の平の上に金属製の弾が生成される。普通ならライフルの徹甲弾サイズになるが、琉架が使うと戦車砲サイズになる……これはいつもの事だ。
「後は魔力を込めるだけ込めて質量を極限まで上げるんだ」
「うぅ……りょーかい!」
琉架の作り出した砲弾は、質量が増すほど黒く染まっていく。
逃げる事の出来ないウォーリアスは正面から迎え撃つつもりだ。恐らく防ぎ切った後のカウンターを狙っているのだろう。あるいは砲弾を星の御力で跳ね返すつもりか……
「う~~~」
しかしなかなか発射できない、やはりコントロールが難しいのだろう。敵の心臓を捉えるヴィジョンが見えないんだ。
「琉架、砲弾を回転させてみろ、飛ばしやすくなる筈だ」
「回転? ……あ」
どうやら見えたらしい、これで未来は確定した。
「発射!!」
「星の御力!! 『極限大斥力!!!!』」
ウォーリアスは自分の心臓の位置に力を集中させた。琉架の砲弾を真正面から跳ね返すつもりだ。
そして……
シュン!!
琉架の放った砲弾は、魔王の抵抗など歯牙にも掛けず、まるで何の障害も無かったかのようにウォーリアスの体を通り抜けて行った。
「……ッ……ッ……!!!!」
ドサ! そのまま魔王ウォーリアスは大地に倒れ伏した。
その時、妙なモノが見えた…… ウォーリアスの体から赤いモヤの様なモノが抜け出していくのを……
もしかして魂か? それともあれが「魔王の力」なのだろうか? 頭を振るってもう一度見た時にはすでに消えていた…… 何だったんだ?今のは……
「か…神那ぁ……」
そうだった、今は魔王だ。
琉架に変わってウォーリアスの状態を確認する。
胸には大きな穴が開き、心臓は完全に消え去っていた。そこでふと気付く、ウォーリアスの左眼が朱くない。緋色眼が失われていたのだ…… それは即ち魔王の消滅…… 魔王の死を意味する。
第8魔王は死んだのだ……
終わった……
突然の延長戦、第8魔王 ウォーリアス・アンダー・ザ・ワールドとの戦いは琉架の勝利に終わった。
周囲の過重力も解除され、クレーターの外からは声も聞こえてきた。
「はふぅ~ やっと終わったね…… もう来ないよね? さすがにこれ以上は困る」
「あぁ、さすがに大丈夫だろう」
二人でクレーターを這い上がる。ここでもウィンリーの羽根が大活躍だ。
魔力消費無しで使える聖遺物には何度も世話になった。
今度ウィンリーに会った時には高い高いしてあげよう。コレが無ければウォーリアスには勝てなかっただろうからな。
クレーターの淵から顔を出すと、仲間達がノソノソと起き上がってくるトコロが見えた。
どうやら全員無事だったらしい。さすが俺の嫁たちだ、死亡フラグなんかには負けない! もう詐欺フラグを気にするのは止そう。アイツはアテにならん!
ちなみに勇者御一行様も無事だったらしい。
勇者はかなりの深手を負ったみたいだな…… アイツは果たして役に立ったのだろうか? どう考えてもバカ勇者に魔王が倒せるとは思えない…… 誰がアイツを勇者に選んだのかは知らないが、ハッキリ言って頭が悪すぎる。完全に人選ミスだ。
それでも駆けつけた時は魔王と対峙していた…… 勇者のおかげで助かった人もいたのかもしれないな。
悪夢の魔王二連戦を何とか生き延びた…… 一応の勝利ではある。しかしその被害は甚大だ……
特に魔王軍を引き受けていた討伐軍本体は第8魔王の出現で壊滅的被害を受けた…… とても勝利とは呼べない有様だ……
しかしそれも仕方ない事なのかもしれない…… 戦争なのだから……
後悔しても始まらない、とにかく今は生き残ったことを喜ぼう…… そうだ! 今度こそ俺の栄光の道が始まるんだ!
俺の姿を見つけた白が小さく手を振っている、控えめな所が実に可愛い。
だが、未だに緊張感が漂ってる…… そうか、まだ第8魔王が倒されたことに気付いて無いんだな。
「あれ? 何か痛い…… 神那と同じ?」
「どうした? 琉架?」
琉架の手を取りクレーターの外に引っ張り上げる。
「あのね、何か私も……」
バチッ!!
何か電気の配線でもショートしたかのような音が響いた! その瞬間、目の前が真っ暗になった。
いや違う…… 背景が黒で塗り潰されたんだ…… 手を繋いでいる琉架だけは、ハッキリ見える。
琉架も片目を押さえながらキョロキョロしている、どうやら俺だけじゃ無く琉架も背景が真っ暗になっているみたいだ。
そういえば、以前にもこんな事が起こ―――― プツン!!
---如月白 視点---
おに~ちゃん達が消えた……
ほんの一瞬の出来事だったけど、おに~ちゃんとルカが消えてしまった……
何が起こったのかは分からない…… 真っ黒な球体が一瞬の内に二人を飲み込んだ…… そして球体ごと消えてしまった…… まさか魔王の攻撃? でもあの二人が反応も出来ないとは考えられない……
居ても立ってもいられず駆け出す…… そして大きなクレーターの淵から見下ろした先にあったのは……
第8魔王の死体だった……
おに~ちゃん達がやったんだ…… 仇を討ってくれたんだ……
でも…… 二人はどこに?
「今のは一体……」
「カミナ様とルカ様はどこに?」
目撃者は白の他にも大勢いた…… でも答えが分かる人がいない。
「今のは……もしかしたら……」
サクラは何か知ってる?
「おに~ちゃん達…… どこ?」
「う……うぅん…… 確証がある訳じゃないし、私も他人が被害に遭っている所を見た事なんて無いんだけど…… 今の…… 神隠しの感覚に似てた」
か…神隠し……?
その日はシニス世界の歴史に残る一日になった。
世界の絶対王者である筈の魔王が二人も同時に討たれた日……
そして魔王殺しの英雄が消えた日……
2400年も停滞していた世界の歴史が動き出した日……
後に世界中の人々がその日の事をこう呼んだ……
『大変革』と。
第一部 完