第51話 第11魔王 ~決戦~
3月15日 明朝
その日は朝から深い霧が立ち込めていた。
数日前から魔王城前の広場で討伐軍主力と魔王軍がにらみ合いをしていたその場所で、何の前触れも無く決戦の火ぶたが切られた。
まだ薄暗い中、闇と霧に紛れて討伐軍の先制攻撃が始まった。
「「「「「うぉぉぉおおおぉぉぉーーーーー!!!!」」」」」
朝の静寂を破る喧噪、しかし魔王軍も当然備えており、すぐに反撃に出る。
夜も明けきらないうちから両軍の激突は始まった。
魔王城の北へ1kmほど行った場所……
簡易結界を張り、焚火を囲い暖を取る一団がいた。内周遊撃第3部隊、ギルド『D.E.M.』だ。
「うぅ~寒!寒!」
俺はいつもの様に白を膝に乗せて暖を取っている。そう、いつもの光景だ。さすがにみんな見慣れたのだろう。特に何も言われないので、白を後ろから抱きしめその温もりを堪能する。
「たくさんの……人の声がする…… 始まったみたい……」
白の獣耳がピクピク動く。俺の耳にも微かに喧騒が届いている、予定通り始まったみたいだな……
「それで神那クン、私たちはいつまでココにいるの?」
「まだしばらくは待機です。今ほかの内周遊撃部隊が馬や馬車でこちらに向かって爆走してます。
彼らの突入に合わせるので、その間に主力部隊が出来るだけ多くの敵を城の外に引き摺り出します」
我々内周遊撃部隊の突入は、全体の2番目。場内を引っ掻き回し残っている敵を順次殲滅、その隙に本命の第一攻撃部隊が突入する流れだ。
要するにまだ3時間程待機が続く。
「うぅ~、なんか焦れるね? 余所ではもう戦いが始まってるのに……」
「今は休んどいてください。敵がこっちに来る可能性はほぼゼロですから」
余暇の過ごし方は人其々だ。
先輩は落ち着かない様子で、立ったり座ったりを繰り返している。
琉架は携帯を眺めている、時折笑顔を覗かせている所を見ると、恐らく写真でも見ているのだろう。
ミカヅキはそんな琉架の傍に控えて体を休めている。
ジークに至っては寝てる。
ミラは神代偽典を再チェック。
そして俺はシスコンっぷりを発揮し、白はブラコンっぷりを発揮している。
認めたくないがジークの選択した「寝る」は百点だ。
次第に日が昇り霧も晴れて行く。遠くから聞こえる戦闘音も激しくなってきた。
今はまだ待機だ。それが俺たちの役割なのだから、役割を全うしよう。どうせすぐに忙しくなる。
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ピピピ……
アラームの音で目を覚ます。昨日は寝不足だったからな、白を抱き枕代わりにして寝落ちしてたらしい。
見れば先輩の目の下には薄っすらとクマができている。たった3時間で随分やつれたなぁ…… 大丈夫だろうか?
「か……神那クン! じ……時間だよ!!」
「ふわぁぁ~あ…… あ~…… そうですね……」
「目を覚ませぇー!!」
ビシ!!
チョップを貰った。俺のHPが1ポイント減少した、これが原因で魔王に殺されたら先輩を呪ってやる。
そんな先輩の緊張は最高潮に達している。もう少しリラックスしようぜ?
「白、聞こえるか?」
「………… うん、近づいて来てる……」
「な…何が!? 敵!? 敵なの!? 敵なのね!? 敵なんでしょ!? 敵を殺せぇ!!」
「先輩落ち着いて下さい怖いです。味方の突入部隊ですよ、そろそろ我々も動きましょう」
森の中をのんびり歩きながら突入作戦を開始する。
以前、獣衆王国へ向かうときに通り抜けた森に似ている、生態系も近い筈だが周囲に魔物の気配は無い、戦闘が始まる前に気配を察して逃げ出したのか、戦力として魔族に連れて行かれたのか…… 遠くから時折り聞こえてくる戦闘音が大きくなるにしたがって、森のなか自体は不気味なほどの静けさを保っていた。
そしていよいよ辿り着いた…… 第11魔王の居城『クレムリン』。別に赤く無い、ただ不揃いな石積みの城だ。外壁の隙間から雑草が伸び放題、一見すると廃墟の様だ。
もしかして2400年前から建っていたのだろうか…… だとしたら国宝級の歴史遺産だ。
もっとも俺はこの国の国民でもなければ歴史学者でもない。貴重な歴史遺産だろうが邪魔なら壊すだけだ。そこに良心の呵責に苦しむ要素はない。
近くで爆発音が響いた。どうやら他の内周遊撃部隊が突入したらしい。
「この壁の向こうあたりかな…… 白、中はどうなってる?」
「……ん」
白が壁に耳を付け、中の様子を窺う。
「まだいっぱい……いる。何か慌ててる……みたい」
「よし、好都合だ。ここに仕掛けよう、ジーク頼む」
「うむ」
ジークに持たせておいた荷物を設置させる。魔神器が無いと不便だな。今更ながら持ち運びアイテムボックスの有難みを知った。
魔王城の外壁に設置したのは事前に用意していた指向性爆薬。
爆発時に発せられるエネルギーが特定方向に集中するよう設計された爆薬だ。魔力節約の為に数日前に作っておいた物で突入用に用意していた。
「はい、みんな離れて~」
念のため距離を取り魔力で起爆。
ズガァァァン!!!!
外壁には2メートル程の巨大な穴が開いた。
中を覗くと炎と衝撃と外壁の破片で大変な事になっていた。小部屋だったから中にいた魔族は全滅だ。
ちょっとした地獄絵図の様相だ…… ここまでは予想して無かった…… 琉架と白には目を瞑ってもらい、手を引き魔王城への突入を果たす。
記念すべき第一歩は血だまりの中だった。
中は既に混乱状態、通路の向こうから続々と魔族や使途が押し寄せてくる。ここからがいよいよ本番だ。
「第7階位級 光輝魔術『閃光』レイ チャージ10倍」
「流水魔法『貫通水弾』 チャージ10倍」
左右の通路から殺到する敵を、琉架とミラの魔術で一掃する。
その隙に、以前入手したクレムリン内部の見取り図と現実の配置が一致するか確認を行う。
「突入場所がココで…… 廊下、各部屋の配置…… うん、現時点では完璧に一致してる。
と、言う事は…… 魔王がいるのは恐らくここ、城の中央に位置する大広間」
この地図は討伐軍にも提供してある。良かった……「コイツ嘘情報流しやがった!」って言われずに済みそうだ。
そろそろ第一攻撃部隊が突入するはずだ。魔王が大広間に居てくれればいいが、なにせイタズラ者の魔王だからな…… フラフラ出歩いてる可能性もある。こんな狭い場所で遭遇戦は嫌だぞ?
魔王なんだから王座で踏ん反り返って「よくぞきた勇敢なる者どもよ、さあ、我を楽しませろ!!」とか「闇の業火に包まれて永遠に苦しむがいい、それこそが我が喜び!!」とか暗黒っぽいことを言って欲しい。
もっとも後から駆け付ける俺たちは、そのセリフを聞く事は出来ないが……
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魔王城クレムリンの内部はその外見のみすぼらしさとは裏腹に、白で統一された美しい造りをしている。王城というより神殿のような印象を受ける。
正面から突入した第一攻撃部隊が進む城の中央通路には、両脇に様々な種族を象った真っ白な石像が居並び、さながら美術館のような雰囲気を醸し出している。そこが魔王の居城でなければ目を奪われていたであろう芸術性の高さがあった。
まるでその場を汚したく無いかの如く、敵は一人も姿を表さず何の障害も無く大広間へと至る。
外の喧騒が届かない静かな空間に荘厳な雰囲気を漂わせ、その生物は待ち構えていた。
第一攻撃部隊はとうとう『第11魔王 “影鬼” レイド・ザ・グレムリン・フォース』と対面する。
「よくぞきた、矮小な生き物どもよ。魔王となり2400年余り…… こんなに心躍る出来事は初めてだぞ?」
その姿は予想よりずっと小さい、それでも妖精族出身の魔王にしては大きく130cmほどだ……
口は耳の近くまで裂け、ギザギザのサメの様な歯を覗かせている。しかしそれ以外は、緑色の髪をした意地の悪そうな顔の子供にしか見えない……
その格好も何の特徴もなく、そこらの村にいそうな普通の少年と変わらない、唯一の魔王らしさといえば、黒と僅かな赤色で構成されている身長の倍は有るだろう禍々しきマントくらいか。
だが目の前の少年から発せられる圧倒的な威圧感、計り知れない魔力量は彼がこの世界の絶対王者、12人の魔王の一人だと如実に語っている。
「それで? 何をして遊ぶ? 何をして楽しませてくれる?」
第一攻撃部隊の隊長、ギルド『A・S』のジェスロ・ロバーツが代表してコンタクトを取る。
「無駄だとは思うが、念のため聞いておく! 第11魔王 レイド・ザ・グレムリン・フォース! 大人しく降伏する気はあるか?」
「ぶっ!! アハハハハハッ こ…こ……降伏って……!」
レイドは腹を抱えて笑い転げている、その姿は本当に少年の様だ。
「ヒ~~~! 笑わせて…… くれるよ…… お前らバカか?
我は生まれてこの方、遊びで負けた事は無いんだ」
「ならば……滅ぼすまで!!」
第一攻撃部隊が戦闘態勢に入る直前、レイドが手を上げる。
「待って、待って、お腹痛い! 笑わせすぎ! ちょっと落ち着くまでこいつらと遊んでてよ」
パチン! レイドが指を鳴らすと、魔王の周りには四人の人影が突然現れた。
何の前触れも予兆も無く、その瞬間いきなり現れたのだ。
「ちなみにこいつらが我の第1~4階位の使途だ。そうだな…… 四天王ってヤツかな?」
四人の使途はそれぞれ別々の種族だ。妖精族、炭鉱族、獣人族、耳長族の使途だ。
「ちっ! プランEだ! 隊を五つに分けるぞ!」
「あれ? 先に四天王倒さないの? ずいぶんとせっかちな奴らだな。まあいい、一番強い奴は特別に我のオモチャにしてあげるから、せいぜい頑張ってくれ」
余裕を見せる魔王相手に、あくまで当初のプラン通りに計画を進める。
とうとう魔王との決戦が始まった。
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ドサッ!
その部屋の使途、最後の一人が倒れる。
みんな実に頼もしい、俺、突入してから地図の確認くらいしかしてない……
いや、秘密兵器は温存するモノだ。だからといって魔王との戦いを丸投げされるのは困るが……
「コレで一通り終わりか?」
ジークの言う通り、コレで受け持ち分担は終わりだ。
「白、周囲の状況分かるか?」
「ん…… 近くに戦闘音は……無い……」
「ふぅ~~~、い…い…い… いよいよだね」
先輩の緊張が臨界突破しそうだ。もっとも、さすがに俺も緊張してきたぞ……
魔王ってどんなだろう? ウィンリーみたいだろうか? それとも何時ぞやのゴブリン的な? ミノタウロスみたいなムキムキだったら嫌だな……
「う~~~ん…… も…ももも……もう終わってると嬉しいんだけど……」
先輩、それだと契約違反になりますよ? もっともその程度の相手なら、俺と琉架が出るまでも無いってことになるな。むしろ逆の終わってるパターンが心配だ。
まぁ、クリフ先輩、シャーリー先輩がいるんだ…… 全滅してることは無いだろう。
大広間へ向かって足早に進む。念のための警戒は怠らない。
真っ白な宮殿の様な広い廊下を進んでいると、白の獣耳が戦闘音を捉えた。
「戦ってる音がする……」
よし! 全滅はしてないな。血で真っ赤に染まった部屋とか見ないで済みそうだ。
そんな事を思っていると、廊下の端…… 大広間の入り口から何かが飛び出してきた。人ではない……もっと小さい何かだ…… 目を凝らしてみてみる…… 俺が間違ってた、アレは人だった…… 人だったモノだ。
血まみれの上半身だ…… 大広間の中はかなりヤバイ事になっている。卒倒しているヒマは無い!
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戦闘開始からわずか10分、すでに大量の死体が出来あがっている。
魔王の使途の死体が四体…… しかし大半が第一攻撃部隊のモノだ。
「錆卵! 鉄輪生成!」
クリフが魔道具で鉄製の丸鋸の巨大な刃を作り出す。
「ヤツを切り裂け!!」
それをレイドに向けて高速で放つ! レイドの小さな体など高速回転する巨大な丸鋸が触れれば真っ二つだ。
しかし寸前の所で丸鋸は急停止。その場で真っ二つになり地面に落ちる。
「いったい何が起こっている!? コレが奴のギフトなのか!? だったら……」
「クリフ!!!!」
シャーリーがクリフの名前を叫ぶ!!
クリフの言葉が終わる前に、さっきまで遠くにいた魔王レイドがいつの間にか目の前にいる!
レイドと自分の間に砂鉄を浮かせて、見た目は薄っぺらいが強固な防壁を一瞬で形成する。
「この超高速移動がギフトじゃないのか!?」
「ざんね~ん♪ ハズレで~す! 不正解の人は罰として腹に風穴を開けます!」
言うや否や、目の前にいたレイドは再び姿を消し、クリフの背後に立っていた。
シャーリーが声を掛ける間もなく、レイドの腕はクリフの腹部を貫いていた!
「ガフッ!!??」
「うん、君はなかなか面白いギフトを持ってるな…… 合格だ」
腕を引き抜きクリフを蹴り飛ばす。
「彼女に傷を癒してもらいな、治ったらもう一度遊ぼう」
「ガッ……ハッ!!」
急所は避けられてる、完全に遊ばれてるんだ…… 舐めやがって……
「魔王レイド!! ぐっ……!! 舐めるなよ!!!!」
「なに? 早く治療しないと死ぬよ?」
「『磁力円陣』ヤツの腕を潰せ!!」
ベキベキ!! バキ!! グシャ!!!!
クリフの血で真っ赤に染まっていた魔王レイドの右腕が独りでに潰れた。
「ぐっ…… これは…… 驚いたな、一体何をした?」
レイドの顔から笑みが消える。
「お…… お前も…… 当ててみろ……」
「へぇ……」
ドン!!
背後から気配を消して襲い掛かった男の攻撃を、またしても目にも止まらないスピードで回避した。
それだけでは無い、攻撃した男の両足を手刀で切断していた。
「ぐあああぁぁぁーーー!!!!」
「なるほど…… 「鉄」……だな」
レイドは自分に襲い掛かってきた男に止めも刺さず、いつの間にかクリフとシャーリーの横に立っていた。
「君のギフトは鉄分を操るものだ。我の腕に着いた君自身の血液の僅かな鉄分を操り、腕を破壊した……
どうだい? 正解だろ?」
「く…………」
「沈黙は肯定と捉えておこう。さあ、これでマジックの種は割れた。次は君の番だ!」
そう言うと、自らの右腕から滴り落ちる自分とクリフの血をひと舐めする。
「ちなみに回答権は2回まで。次で間違えたら首を刎ねるから心して答えてくれ?」
それだけ言い残すとレイドは消えた、他のメンバーと遊びにいったのだ。
「がはっ!! なんて性格の悪い糞ガキなんだ……」
「クリフ黙って! 今すぐ治すから!」
シャーリーが『拡散』の魔道具を構えるとクリフが止めた。
「ダメだ! 広範囲回復はするな! せっかく負わせたヤツの傷まで癒してしまう……」
「で……でも、それじゃあの人が……」
二人のすぐ近くでは、両足を切断された男がもがいている。
「ならあっちを先に治せ…… お…俺は『磁力円陣』で出血を止めれば…… まだしばらく持つ…… それよりもヤツに俺のギフトがバレた! もう次は通用しないかもしれない……!!」
「そ……それは……」
「ヤツが治癒魔術を使えるのかは分からない…… こちらを舐めている今が……!! 最初で最後のチャンスなんだ!!」
「チャンスって…… 50人以上いた第一攻撃部隊はもう10人も残っていない! どう見ても負け戦よ!! もう逃げるしかない! 知ってるでしょ!? 私の能力は死んだ人を生き返らせる事なんて出来ないんだから!!」
「まだいるだろ…… 強力な援軍が……」
「はぁ? 援軍って…… あ…… あいつら……」
シャーリーの脳裏には、創世十二使になりたての生意気な少年と、その少年の陰に隠れる少女の姿が浮かんだ。
その頼りない姿は、まったく期待が持てない……
「彼らは俺たちよりも序列は下だが…… きっと俺たちよりも…… 強い!」
「はぁぁぁあ!? ちょっとクリフ! 血 流し過ぎよ! 意識をしっかり持ちなさい!!
あんなガキンチョ共に任せられるワケ無いでしょ! ここまで辿り着けるかどうかも怪しいのに!!」
ベシ!ベシ!
勝手に意識が混濁していると判断してクリフの頬を往復ビンタする。
「ぶっ! ちょ…… やめ……!
いや…… 必ず来る…… そもそもあの高速移動する魔王から逃げられると思うか…… ゲームでも魔王からは逃げられないモノだ……」
出血が危険域に達しているのか? 何意味不明な事言ってんだ! ゲームと現実は違うだろ!
……と、突っ込みたい所だが、確かにあの魔王から逃げられる気はしない。
「今俺たちに出来るのは…… 少しでも奴に手傷を負わせ…… バトンを繋ぐ事だけだ!!」
「もう分かったから、とにかく今は妄言垂れ流してる暇があるなら休んでなさい。すぐに戻るから……」
「あんなガキンチョ共が、最後の希望とか…… 悪い冗談よ!」
少し離れた所では、未だに魔王無双中!
今残っているメンバーは実戦経験が豊富な前衛職だけだ。魔術師系は自分を除いて全滅している。これは魔王が魔術師を優先して狙った訳ではない、あの超高速移動で目の前に突然現れ、前衛・後衛関係なく強制的に接近戦を挑まれた結果だ。
さらに遊びのためだろう、回復能力持ちの自分を完全に無視しているのは…… 本来なら真っ先に狙われるはずなのに……
「魔王の力を過小評価していたつもりは無かったけど…… ここまで差があるなんて…… 手も足も出ないじゃない!」
魔王に手傷を与えられたのはクリフだけ…… それも瀕死の重症と引き換えにやっとだ……
この状況で少しばかりの援軍が来たって勝ち目はない……
それでも他に頼れる相手がいない、たとえSランクギルドでもきっと足手まといにしかならない。
ならば期待はしないが、撤退のチャンスを作ることぐらいの働きはお願いしたい。
一縷の望みに希望を託すことにする。