第50話 決戦前夜
3月1日
いよいよ魔王との決戦まで2週間ほどになった。
既に半数のギルドは作戦参加メンバーを順次出発させている。
もっとも『D.E.M.』はホープで移動するから当日に現地集合でも全然間に合うのだが、他ギルドの手前、数日中には出発するつもりだ。
そんな訳で、本日は各ギルマスが一堂に会する最初で最後の全体会議だ。
内容は各ギルドの分担・役割の最終確認だ。そんな会議の場に意外な人物がいた。
エルリア・バレンタインだ。
「お久しぶり…… と、言うほどでも無いですね」
「え~と…… 何でここにいるの? ギルマス会議だぞ? ブレイブ・マスターでも移籍したわけでも無いだろ? 自分でギルド作って一気にAランクまで駆け上がったのか?」
「いえ、ブレイブ・マスターのギルドマスター代理で来ました、勇者様はこの街では自由に歩き回ることもできませんから」
あぁ…… そういえばお尋ね者だったな、勇者がお尋ね者とか世も末だな。
…… いや、それよりも……
「え~~~…… 勇者参戦? マジかよ……」
何だろう…… 急に作戦失敗フラグが立った気がする。
「ちなみに担当は?」
「外周遊撃です」
一番扱いに困る奴らのポジションか。要するに露払いの露払い。
計画の根幹には一切触れさせず、イレギュラーの敵の処理を担当する奴ら。
「そこだと恐らく魔王の姿すら拝めないぞ? よく勇者が納得したな?」
「はい、当然納得しませんでしたが、いざという時に臨機応変に動けるポイントと言い含めて納得させました」
「もしかして…… 勝手にクレムリンに突入するつもりか?」
「本人はそのつもりの様です。出来るかどうかは別として……」
何も言うまい。派手に動いて敵の目を引き付けてくれればこちらのプラスになる。勇者のネームバリューに惹かれる敵もいるかもしれないしな。
「まぁ何だ、勇者の周りは常に危険が溢れてる、一瞬たりとも気を抜かないよう…… 気を付けろよ」
「………… あ……はい、お気遣い感謝します」
エルリアがビックリした表情を浮かべた。そんなに俺が心配するのが珍しいか? うん、まぁ珍しいか……
以前ならコイツの心配なんて絶対しなかったが、同じ勇者に悩まされる同志として少しだけ親近感が湧いた。バカのお守だ、苦労も絶えないだろう。
魔王討伐作戦の概要はとてもシンプルだ。
参加人数の八割が魔王城に堂々と進軍する、すると当然クレムリンの前…… そうだな、通称「クレムリンの広場」とでも名付けるか。魔王城の前に広がる広場で魔王軍の本体と激突する事になる。
そこで出来るだけ多くの雑魚と魔族、可能ならば魔王の使途たちを引きづり出してもらいたい。
その隙に第一攻撃部隊がクレムリンに突入する。先発攻撃部隊に露払いを任せ力を温存、魔王の元へ至り最終決戦となる。
ちなみにこの突入部隊の想定外に対応する為に俺たち『D.E.M.』と、他 数ギルドは内周遊撃になる。
この内周遊撃部隊は勇者達とは違い、任務が終わり次第、最終決戦地へ駆けつける事になっている。
駆け付けた時、すでに魔王が倒されてたらどうしよう…… 可能性は限りなく低いがそれならそれで良しとしよう。むしろ逆に第一攻撃部隊が全滅してたら…… その可能性も低いか、クリフ先輩とシャーリー先輩がいるからな。シャーリー先輩は回復キャラだ、全滅は無いだろう…… 無いよね?
この作戦が成功したら、中央大陸南西部、第11領域・ムックモック全域を獣衆王国軍とトゥエルブの国軍が制圧する予定だ。
獣衆王国からの情報では第8魔王もここ最近 姿を見せていないらしい。第6魔王も特に動きは見られない。
あと不安なのは第3魔王くらいだが、浮遊大陸アリアもしばらくはこっちに来ないだろう。
こうして最後の会議は恙なく終了した。
最後までこちらに敵意を向ける奴もいたがタイムオーバーだ。ここまで来たら後はなるようになれ!
「私達ブレイブ・マスターは今日すぐに出発します。D.E.M. はどうするんですか?」
「俺たちも今日明日中には発つつもりだ」
「そうですか、戦場では恐らく会う事は無いでしょうが、ご武運を……」
「あぁ、そっちも十分注意しろ? ヤバくなったら勇者を囮にして逃げる事を進める」
「ふふっ、えぇ ご忠告感謝いたします。それでは……」
エルリアは去っていった…… アイツの笑顔初めて見た……
その時は思いもしなかった…… それがエルリア・バレンタインを見た最後になるとは……
…………なんてコトにならなきゃいいが……
なんでみんな決戦前にフラグ立てたがるんだよ!
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翌日、俺は女神像を以前と同じく黒曜石の置物に偽装する。そしてお楽しみ部屋に厳重なロックを施す。
別に死ぬ前に身の回りの整理をしている訳では無い、人生何が起こるか分からないからだ。
思い出してしまったのだ……
突然 神隠しに遭い、こちらの世界へやって来て早や9ヵ月…… 俺のパソコンのエロ画像フォルダが放置されていることに……
急に帰りたくなくなった…… 家族との感動の再会の後、一体何を言われるのだろう? 妹にゴミを見る様な目をされるのだろうか…… こんな事ならパスワードでも掛けておくべきだった! 悔やんでも悔やみきれない痛恨のミスだ!
その教訓から万が一に備えての措置だ。処分するにはあまりにも惜しい一品だからな。
部屋を出るとすでに全員支度を整えて待っていた。男のクセに支度に一番時間を掛けてしまった。
こんな事なら偽装は前日に済ませておくべきだった……
また一つ教訓を得た。『エロ偽装は前日に!』
俺たちを見送りに来たリルリットさんが、普段と変わらぬ表情で話しかけてきた。
「皆さんが普通じゃない事は重々承知しています。恐らく討伐軍で一番強いであろう事も……
ですが決して油断することのないよう、注意し過ぎても無駄では無いのですから。
そして一人も掛けることなく帰還されることを心より願っております」
内心はどうか分からないが、普段通りにしてくれたのは有難いな。
さすがリルリットさん、優秀なオペレーターだ。
「はい、んじゃ行ってきますね?」
あまり緊張感を出したくないので、こちらもいつもの調子で返す。
そう、俺は特攻兵の様なフラグは立てないからな!
こうして俺たちは決戦に向けてガイアから旅立った。
……のはイイんだが、ホープを使うと現地まで3時間も掛からない。
温泉にでも行ってリラックスも兼ねた暇つぶしでもしようかと思ったが、琉架にはそれは逆効果だし…… いっそ赤道直下のリゾートでも行って、渚の天使達と再会でもするか?
これからの予定を考えてるとき、ふと思い出した。ライオンキングに聞きたい事があったんだ。
目的地は獣衆王国に決定した。
まるで最後の挨拶みたいになってしまったが、質問しに行くだけだ! フラグじゃないぞ!
その移動中にとんでも無いモノを目撃してしまった。
空飛ぶ城だ!
大きさは4000~5000メートル級の山と同程度、雲の城スカイキングダムとは違い、しっかりとした土の大地が浮いているのだ。アレってまさか……
『ほぅ…… 珍しいな、アレはラグナロクだ』
アルテナが言う…… ラグナロク……
「あれが…… 第2領域、浮遊大陸ラグナロク……」
大陸と言うには少々小さすぎるが、それでもちょっとした島サイズだ。その島の上には巨大な城が建てられている。遠くから見ても外観がハッキリ分かるほどの巨大さだ。
浮遊大陸ラグナロクと言えば、第2魔王の居城…… 何故このタイミングで現れた?
『心配することも無いじゃろう、第2魔王は決して人類を攻撃する事は無い。
今現れたのも偶然じゃ、この討伐作戦に介入する事は100%あり得ない』
確かに第2魔王は無害な魔王に数えられている…… ならば本当に偶然か? だったら何でこんなタイミングで出て来るんだよ! やめろよ! 嫌な予感とかしちゃうだろ!
『滅多に見れないモノじゃぞ? 縁起が良いではないか!』
ちっとも良くねーよ! 竹の花を見た気分だ! くそっ! 縁起が悪い!
とっととその場を離れる、ヤバイ…… だんだん嫌な予感がしてきた……
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「おぉ! 決戦前だと言うのによく訪ねてきたのぅ、お前達! しばらく見んうちに仲間も増えたようだな!」
ライオンキングはいつもの調子だ。少々ナーバスになってる俺には有難い。
「では決戦後にオルフェイリアとの結婚式を上げようか!」
ピシッ!!
場の空気が一瞬で氷りつく。
俺…… この戦いが終わったらあの子と結婚するんだ…… ってか?
やめろよ!! 戦いが終わった後の結婚とか、超死亡フラグじゃねーか!!
くそ! どいつもこいつも…… そんなに俺を亡き者にしたいのか!?
「お父様!! や…や…やめて下さい!! 私たちはそんな! まだ! はや…… と…とにかく結婚なんてしません!!」
「はっはっはっ! 照れるな照れるな!」
「おとーーーさまーーー!!!!」
あぁ、オルフェイリア…… お前が否定してくれたのが唯一の救いだ。
ありがとう。オルフェイリアのツンデレに感謝だな。
「そ…… それにしても……」
「?」
オルフェイリアがミラをガン見してる。何を考えてるのか大体わかる。
(同じ金髪なのに何なのこの差は…… こっちはくせ毛なのにあっちはゆるふわサラサラ)
オルフェイリアが項垂れる、きっと負けたと思ったんだろう……
図らずもお姫様対決はミラの勝利か…… 大丈夫だぞ、お前はお前でちゃんとマニア受けする可愛さがあるから。
「それより国王、今日は聞きたい事があって来たんだが……」
「オルフェイリアの事か? 自分で好きなだけ調べてイイんだぞ? ワシが許す!」
わざわざ火種を放るなよ…… お前はギルド崩壊でも狙ってるのか?
「それはまた今度、聞きたいのは魔王の事だ」
「む? ウォーリアスの事は話しただろ?」
「第8魔王の事じゃ無い、ココの魔王、第9魔王の事だ」
「ふむ…… 第9魔王 “破壊獣” ジャバウォック か……」
― 第9魔王 “破壊獣” ジャバウォック ―
狂った魔王。領地も配下も持たず世界中を歩き回り、自分の視界に入った生物を無差別に殺す。
基本的に真っ直ぐ歩くだけだが生物を見つけると方向を変え、殺すとまた真っ直ぐ歩くを永遠に繰り返している。
海にいる時間が長い為、あまり被害や目撃報告は無い。
他魔王ですら相手をするのを煩わしく思い、現れたら避けて放置するのが世界の常識になっている。
獣人族出身の魔王。
悪意の有無や被害の大きさ等に差はあるが、第3魔王とよく似た性質を持つ。
アイツほど厄介ではないが、アイツ以上の戦闘能力を持つという噂だ。
「残念だが我々もその所在は分からん。何せ目撃者は大抵殺されてるからな。
最後の目撃証言はオルフェイリアが生まれる前、中央大山脈を北へ向かっていたらしい」
証言が古すぎて役に立たない…… やはり気にし過ぎか、ピンポイントで決戦時に決戦場所に現れる訳無いか。でもな~…… 勇者参戦するからな~ アイツが不幸を呼びそうでな~
天文学的確率の不幸直撃とか…… 勇者ならあり得る……
「気にすることは無いだろう、もし近くに現れてれば、とっくに情報が伝わっている」
それもそうだな…… やはり神経質になり過ぎだ。もっとゆるく行こう!
結局、獣衆王国には十日ほど滞在した。白の家族の墓参りやオルフェイリアのツンデレを堪能した。
何故か琉架が俺の後ろをちょこちょこと付いて回っていた、その姿はとても可愛らしく超癒された。
一つだけ不満を上げるなら…… 国賓待遇の我々には一人一人に世話係が付いた、俺の世話係が黒髪の猫族メイドだったことだ…… 大丈夫…… あの子は黒髪の猫であって黒猫じゃない。
でも念のため、俺の前を横切らないでくれ……
幻の塔
「暇つぶし感覚で訪れる奴がいるとは思わなかったぞ?」
なんだよ、寂しいから遊びに来いと言ったのはそっちだろ? わざわざ遊びたい盛りの若者が来てやったんだ。茶の一つでも出せよ、もしくは小遣いでも可だ。
「まぁ、何もないがゆっくりしていけ」
ちっ 図書カードすらくれねーのかよ。ま、年金すら貰って無さそうだし無茶は言わないどこう。
「図書カードってなんだ?」
なんでもねーよ。あ、そうだ! なぁ じーちゃんじーちゃん! オイラ達これから悪者退治するんだけど手伝ってくれねぇか? 龍人族って超強いんだろ?
「断る」
そんなつれないコト言うなよ、今度茶飲み友達紹介するからさ、かつてはツインテールの美少女だったであろう、元魔法少女で現魔法王の干物、ラケシスたんを!
「いらん。なんだ魔法少女って?」
しょーがねーな、そこからレクチャーしてやるか…… いいか? 魔法少女というものはだな、愛と勇気と希望を……
「あの…… 神那ぁ……」
「ん?」
「頭の中だけで会話しないで、何が何だかさっぱり…… 魔法少女ってナニ?」
「………… さぁ? きっと龍人族特有の精神疾患だろう。他種族を理解するのは正に茨の道を歩むが如くだな」
「おい! 押し付けるんじゃない!」
---
「残念じゃがワシは魔王の事はよく知らん、なにせ接点が無いからな。
かつてここを訪ねた勇者から聞いた話以上の事は何も知らん」
「そうか…… 役に立た………… うん、やっぱ役に立たねーな」
「カミナよ…… 少しは礼儀というものを……」
「よい、こんな事を言っても気休めにしかならんだろうが…… お前達なら問題無く魔王を倒せるだろう」
おぉ! 何の根拠も無いが、頼もしいお言葉が頂けた!
最近、死亡フラグが乱立してたからな…… 気休めでも有難い。
「それでお前たちは第11魔王を倒したらどうするんだ? 別の魔王を狙うのか?」
なぬ? おい待てジジイ! ナニ余計なこと聞いてやがる!
「私は…… 魔王を倒した英雄として一しきり持て囃されたら……
友達や家族が待つ故郷へ帰るんだぁ…… もうじき一年…… あの頃はただ毎日が普通に過ぎていく退屈な日々だったけど、失ってみて初めてその大切さに気付かされた……
だから帰るんだ! 何もかも皆懐かしい、あの遠き故郷へ……」
実に先輩らしいヴィジョンだ。てか、今この人ワザとフラグ立てなかったか?
先輩だったらコイツのヤバさを理解できるはずだ! 一体ナニ考えてんだ?
「故郷か…… そうだな、俺もこの戦いが終わったら一度戻ってみるかな……
若いころ夢を追いかけて飛び出して以来、二度と帰ることがなかった故郷へ……
村を出てあまりにも長い年月が過ぎてしまった…… もはや待つ者など誰もいない場所だが、それでもあの場所は今の俺を形作った…… いつか帰るべき場所なのだから……」
ジークが遠い目をして語りだした…… 自分語りウザい! お前はどうでもイイわ! 殺しても死なない不能不死者にフラグは立たん!
「白には帰る場所なんて…… 無い……
だから…… もし…… もしも許されるなら…… 白は…… おにーちゃんと…… ずっと一緒に暮らしていきたい……です」
もう決めた!! 俺! この子! 連れて帰る!! 転移に巻き込まれたとか何とか、適当に言っときゃイイ!! 大事に育てていずれ俺の嫁にするんだ!! 今ここで如月白を正式に俺の第四夫人候補にする!!
いや…… ちょっと待て、落ち着け…… 嫁フラグの前にヤバイフラグが立ってる……
「私はマスターの望みを叶える者です。マスターが望むのであれば、私はどんな命令をもこなして見せます。
例え…… め……妾になれと命じられれば、私に拒む気持ちはありません。
それこそが永遠の忠誠を誓ったマスターへの私の信頼の証です」
俺のメイド!ゲットだぜ!! ちょっと倒錯的な気もするが、つまり筋肉ダルマを解雇しても俺について来てくれるって事だよな? ひゃっほぅ…………いや、まてまて落ち着け…… 旗がね……? 見えるんだよ…… デッカイ髑髏が描かれた真っ黒い旗が……
「私は…… この戦いが終わったら、お母様との決別をきちんとしようと思います。
未だ恨みは消えませんが…… それでも得たモノがありました。私を生んでくれた事、何よりも私の運命の人に出会えるきっかけをくれた事…… 今私の心にはお母様への憎しみよりも大きな思いが溢れています。
それを…… 告げようと思います……」
ミラが熱っぽい視線を向けてくる…… え? いつの間にそんな事になってたの? もしかしてコレは期待しちゃってもいいパティーンか? いや……だから……ちょっと待てって、もう処理しきれないぞ、何でみんな未来の夢とか希望を語っちゃうの? ヤバいんだってコレ!
「………………」
琉架は沈黙を守ってる。
フラグ畑みたいになっているこの場所では有難いんだが…… なんだ? 嵐の前の静けさみたいな……
「あ……あのですね…… 神那……」
「お……おう、なんだ?」
「えっと…… この間言いかけた事なんだけど……ね?」
「え…… あ~ うん」
「~~~~~っ なっ……なんでも無い!! やっぱりこの戦いが終わったら、その時改めてお話しします!!」
「る……琉架……」
なんでわざわざフラグを立て直すんだよ!? せっかく薄くなってたのに、またくっきり見えるようになっちゃったぞ!?
「あ…… それから神那」
「え?」
「神那の靴の紐、切れてるよ?」
「あ……」
何という事だ…… これって全滅フラグが立ったのか?
「決戦前に気が付いてよかったネ♪」
「ハハ…ハ…… そだね……」
こうして決戦前夜は過ぎていった……
俺一人だけが不安で眠れない夜を過ごす羽目になった。