第4話 千年渓谷大橋
「砦?」
ここはキルハリス村
ユキト村からギルデロイに続く街道沿いにある最後の村である。
ここを越えればあとは大渓谷を渡って一日ほど歩くと商業都市ギルデロイがある。
「いや砦ってほどのモノじゃなくって…そうだな、陣地って言った方が適当かな?」
「村の若いのが見たらしい。小隊が予定日を過ぎてもなかなかやってこないのを心配してギルデロイまで行こうとしたら」
「大橋の両側に…恐らく海から登ってきたんだな」
その話を神那はゲンナリした表情で聞いていた。
「それで…軍は動いてくれてるのか?」
「これは恐らくお祭り戦争だ。各地でこんなことが起こっているはず、すぐには来てくれんかもしれんな」
ここまできて足止めかよ。おのれ妖精族めことごとく俺の邪魔をしおって。
妖精族に対する理不尽な怒りが膨らんでいく。
「しかしまずいのぉ、この村は大橋から歩いても3時間程じゃ、奴ら体制が整ったら確実にここを襲いに来るぞ」
「ギルデロイの大手ギルドが動いてくれればいいんだが」
こいつら自分たちで何とかしようと思わないのか? いや出来る訳ないか、相手は魔王軍なんだからな。
いっそ俺一人で強行突破するか? しかし橋の両側に陣地があっては強引に押すのも難しい。
さらに相手は魔王軍、魔王の使途がいる可能性もある。
地図を見ても迂回するには100km以上道なき道を歩く必要がある上、そっちに敵がいない保証も無い。
「一番安全に渡るには殲滅するのがベスト…か」
「!? お…おい兄ちゃん? 何言ってるんだ?」
「心配するな、何も出来ないことをしようってんじゃない。まずは敵がどれくらいの規模でどれくらいの戦力があれば殲滅できるか調べるところからだ」
とはいえ、この村には駐留軍も冒険者もいない。数日後にやって来るであろう学生も当てにはできない。
実質俺がやるしかないってことじゃないか。最悪、橋を落とすことになるかもな。
「はぁぁぁ~、俺も偵察してくる……」
重い足取りで村を出た。
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商業都市ギルデロイの南東には東西数千キロに及ぶ大渓谷「千年渓谷」が存在する。
深さは最大で500メートル、幅は最も広い場所で1km。その最も広い場所に巨大な橋が掛かっている。
現在の技術でも再現できないほどのその巨大な橋は一説には古代エルフ族が渡したとも言われているが真偽のほどは定かではない。第12領域の七不思議の一つに数えられている。
その雄大な絶景を眺めることができる近くの小高い丘の上、橋の方を観察している一人の少女がいた。有栖川琉架である。
「う~ん数は100とちょっとか、軍はなんとでもなるけど…この感じは…魔族がいるなぁ」
― 魔族 ―
シニス世界には12種類の種族が存在するが魔族はその中には数えられていない、いわゆる13番目の種族である。
厳密に言えば魔族は種族ではなく、魔王の洗礼を受けたものや魔王の魔力に充てられ突然変異を起こし変身した生物。その力は元の出身種族を遥かに凌駕し、あらゆる生物から発生してくる。
「それに…使途が一人…かな?」
使途とは魔族の中でも特別で、魔王の血を受けた生物である。魔王に近しい能力を持つ危険な存在。
そんな危険極まりない敵が居る以上ここはスルーするのが最善策だと思う。
「私一人なら『時由時在』でいくらでもすり抜けられるけど…」
エルリアの顔を思い出す。彼女はきっと来る、一人でも挑むだろう。
魔族と使途を相手に一人で戦っても勝ち目はない。ならば考えるまでもない。
ジャリ
その時、背後から足音がする、それと久しぶりに聞く声も…
「え?…まさか、琉架…か?」
ハッとして振り返る。そこには自分の唯一の友達の姿があった。
「あ…え…、か…神那?」
驚きのあまりフリーズ。
驚いたのは神那も同じだ、まさか琉架もこちらの世界に来ているとは思わなかった。というより自分より先にココに辿り着いていたことにも驚きだ。
琉架の目に涙が溜まる。
「うぅ…か…神那ぁ~!!」
琉架が抱き着いてきた! あぁ! やわらかい! イイ匂い! 駄目ですよ琉架さん! そんなことしたら俺の中の野獣が目を覚ましてしまう!!
「神那ぁ~! 神那ぁ~!! 神那ぁ~!!!」
琉架は思いっきり抱き着き、胸に額を押し付けてぐりぐりしてくる。
あっ マジでヤバい。野獣がゲスい顔をして発進許可を求めてる。しかし泣くほど喜んでる琉架を引き剥がす事は出来ない、俺も引き剥がしたくない、もうちょっとこの感触を楽しみたい。だが俺の女神の信頼を裏切ることは絶対にできない。何てことだ完全に手詰まりだ。これがアンビバレンスってやつか? こうなったら俺の中の紳士軍団に出動要請だ! 紳士たち野獣の首に縄を掛けろ絶対に奴を立たせるな! もし立ち上がったら琉架に変な目で見られる。すこし興奮するが絶対に後悔する! てか紳士軍団働け! 何してる!? なに? 紳士とは主の本当の望みを汲み取るものだ…だと? ふざけるな!! お前らの主は野獣じゃなくて俺だろ!? こんな時に反乱起こすんじゃねー!! 爵位取り上げるぞ! あっウソウソ、ごめん謝るからそっちに行くな! お前らまでゲスい顔するな! 今俺の精神を丸裸にされたら絶対暴走する! たのむから誰か助けてくれーーーーー!!!!
なんてアホこと考えてる内に、落ち着いた琉架が体を離した。
危なかった! 俺史上、最大のピンチだった! 俺のなけなしの自制心には後日、勲章を授与しよう。
「アハハ…ごめんね神那…また泣いちゃったよ」
琉架が涙を拭きながら笑顔になる。いい笑顔だ。
この笑顔を生み出した俺の自制心にもう一度スタンディングオベーションで盛大な拍手を送ろう。
「琉架は相変わらず泣き虫だな」
「うぅ~! イイんだよ! 嬉しいときはいっぱい泣いても!」
う~ん、実にいい笑顔だ、この笑顔だけでご飯三杯はいけるね俺は。
「それより琉架なんでここにいるんだ? あの村を真っ先に出て誰にも追い越されなかったと思ってたのにな?」
「神那が一番最初だったんだ。私は一番最後で出遅れちゃったから最短の直線ルートで森の中を突っ切ってきたんだ」
また無茶なことを、しかし琉架なら可能か…もう一つ気になっていることを口にしてしまった。
「あ~琉架さんや、聞き難いことが有るんだが」
「なんですか? 神那くん、質問を許可します」
「女の子に聞くべきじゃ無いと思うんだがどうしても気になってな…コホン、さっき琉架に抱きつかれた時、すっげ~いい匂いがした。森のなかを突っ切ったはずなのに汚れ一つ無い新品のいつもの琉架さんだ…なんで?」
「あ~それね、うん…」
いつかは神那に打ち明けようと思っていた秘密…いまがその時なのかな?
私は神那のこと信頼している、きっと神那も…うん!
「あ…あのね神那、た…大切なお話があります」
琉架がいつにも増して頬を赤く染めながら、真剣な顔でいってくる。え? まさか告白? とも思ったが琉架の目が真剣だったので、真面目に聞くことにした。
「…私のギフトのことなんだけどね……」
琉架が話したのは、自らのギフト『時由時在』についての説明と、最後に今まで隠していたことに対するゴメンナサイだった。
「………高次時干渉能力とは…どチートだな」
「どち~と?」
「反則級に超強力な能力ってことだ。『事象予約』だけでもほぼ無敵の能力なのに、さらに恐ろしいほどの汎用性があるとは…」
しかし納得いった。琉架が単独で魔物の巣である森を抜けられたのも、いい匂いがした理由も。目の前にいる琉架は十日前のデクス世界に居た頃の琉架なのだ。
そこで一つ疑問が浮かんだ。質問してみる。
「なあ琉架、お前はこの十日間の記憶ってどうなってるんだ?」
「もちろん持ってるよ。『両用時流』は、私本人に使用した場合、細かいコントロールが出来るの」
「俺に使ったら?」
「記憶ごとリセットしちゃうね。大怪我して苦しんでる人とかには丁度いいんだけど」
「なるほど。そこは一長一短だな」
「それでね…神那ぁ」
指をイジイジしながら、琉架が不安そうにこちらを見上げてくる。あぁこの娘は本当にカワイイなぁもう。
「心配するなそんなことで嫌いになるわけ無いだろ。そもそも本当のギフトを隠すのは能力者の常識だ。俺だって琉架に謝らなくちゃ行けないくらいだし」
「え? 神那も?」
「そうだな、ちょうどいい機会だから、俺の本当のギフトも見せてやるよ」
二人で橋の方へノンビリ歩きながら話す。
「神那のギフトってたしか……痛そうなやつだよね」
「痛そうって…まあそうだな『血液変数』だ」
「あれ? そんな名前だったっけ? もうちょっと長かったような…バリアブル?」
「いいんだよ、こっちの方が言いやすいし、能力は感性が影響するって習ったろ?」
琉架の表情が優れない、「む~」と唸っている。
「その能力って行使する為には神那が血を流さなきゃいけないんでしょ?」
「あぁ琉架はアレが昔っから苦手だったな。だが気にするな、アレは必要なリスクだと思っている」
ホントは俺だってわざわざ痛い思いなんてしたくない。しかし便利であると同時に非常に危険な能力だ。軽はずみな使用を避けるためにも必要なリスクだとは思っている。本当に…
「琉架の『事象予約』だってリスクが有るだろ? いいんだよ万能だけど決して完璧ではない、きっと必要なことなんだよ」
などとカッコつけて言ってみる。正直途中から自分が何を言ってるのか分からなかった。顔が赤くなっていないことを祈る。
「むぅ、リスクが必要なのは理解ったよ。でもなるべく怪我はしないでね?」
そうか…今の話で理解ったのか、琉架は感受性が強いんだな。俺だったら今の話を別の誰かから聞かされたら、盛大に吹き出して指差して爆笑するね。さすが俺の女神は違うな。
「だから今回は俺がやるから琉架は見てるだけでいいぞ」
たまにはカッコいいとこ見せたいんだ僕も。
「えー心配だよ、それに私もやらなくちゃいけないんだよ…この世界で生きていくためにも…」
それを言われると止めることもできない。
「大丈夫なのか?」
「…大丈夫、神那に会えたから不安もなくなったよ♪」
この娘は男心をくすぐるのがうまいな~
「だから私が兵隊全部何とかします」
「え? でも琉架の魔術って…」
琉架は魔導の基礎レベルの第7階位級魔術しか使えない。
そして第7階位級には複数の敵に使える魔術が存在しない。
「大丈夫。『対師団殲滅用補助魔導器』持ってるから」
「あぁ~アレか…」
そうこうしている内に魔王軍の警戒網に入ったみたいだ。魔王軍陣地がにわかに騒がしくなる。
「だから神那は使途だけお願いね」
すると琉架の目の前に半透明のオーブが出現する。背後には何本もの巨大な砲塔のようなモノが浮かび上がる。
「射程は大丈夫か? 一番遠いヤツたぶん1500はあるぞ?」
「有効射程は4000だから」
魔法科学の力は偉大だな。改めてそう思う。
「いきます!」
「第7階位級 光輝魔術『閃光』レイ チャージ100倍!!」
えっ!? 今100倍って言った!? ちょっとまって琉架さん! それはいくらなんでも………!
琉架が目の前のオーブに魔術を放つと、その光は各砲塔へ注がれてゆき…
カッ!!! 目も開けられないほどの光を放ちながら、百本以上ものレーザービームとなって橋の両側にいた魔王軍の兵士貫いた。
静寂…
先ほどまで騒がしかった陣地は一瞬にして静寂に包まれた。呻き声ひとつ聞こえない。
「………」「………」
「琉架…『対師団殲滅用補助魔導器』には増幅装置も付いてるんだぞ? 正直20倍でも余裕だったと思う」
「うん…ごめん完全に忘れてた…やりすぎちゃった…よね?」
ブシュゥゥゥーーー!!!! ボン!
『対師団殲滅用補助魔導器』が盛大に煙を吐く
「しかもこれオーバーヒートしてる、完全に壊れてるな」
「あぅぅ~」
「これ一応支給品だけど、たしかひとつ2億ENぐらいじゃなかったっけ?」
「はぅ………」
「歴史的建造物である千年渓谷大橋が穴だらけ…おぉ~全部の穴が貫通してるな、大したもんだ」
レーザーの収束率が良かったのだろう、穴の直径は3cm程度。この巨大な橋なら50~60個の穴など何もないのと変わらない。
「うぅ…反省してます…だからイジメないでぇ~」
もちろん俺は女の子を虐めて喜ぶ変態ではない。しかしきちんと反省し2度と同じ過ちを繰り返さないようにしなければならない。
「今ので使途も倒しちまったんじゃないのか?」
「そっ…それは大丈夫! マルチロックオンで使途以外を狙ったから!」
「でもこの威力だ、他の敵を貫通したレーザーが当たっている可能性も…」
「あ~…」
その時、対岸で何かが動いた。目を凝らしてみる…あの容姿はゴブリンかな? ゴブリンって鬼族じゃないのか?
他の兵隊とは比べ物にならない能力値が感じられる。間違いないあれが「使途」だ。こちらに走ってくる。
「ほ、ほらぁ大丈夫だったでしょ?」
何故か嬉しそうな琉架を横目に…
「出血がないからよく判らないけど…あいつ左肩に穴空いてるぞ」
「えぇ!?」
琉架が目を凝らしてみている。ゴブリンが左腕を上げずに走っているのを見てこっちを振り向く。
「えっと…こんなこと言うの変かもしれないけど……ゴメン」
「まあいいさ、俺が楽できる分にはな」
神那は小さな針を取り出すと人差し指に刺す。たったそれだけでも琉架が顔を背ける。
小さな血の球ができている人差し指の腹を上にして敵に向ける。
「琉架は俺の『血液変数』がどんな能力か知ってるよな?」
「詳しくは分からないけど、たしか自分の血液を操って別の物質に変換する?とかなんとか」
「そう、こんなふうに操って…」
指先の血は目を凝らさなければ見えない程、小さな赤い針に変化した。
「おぉ~手品みたい」
「みんなこの程度の能力だと思ってる、思わせるよう振る舞ってきた。ま、オリジン機関には気付いていた人もいただろうけど…」
「この程度って?」
「これはこれで使い道があるんだ。超硬化超圧縮荷重弾を作って狙撃したり、自分の周りに刃を作って敵を攻撃したり」
「すごい! そんなこと出来るの!?」
「操れるのは半径5メートル程度のテリトリー内だけで、その外側ではまっすぐ飛ばすぐらいしか出来ない、実際の所この使用法ではあまり使えない。何故なら俺の能力値は同年代の平均と比べてもかなり低い。この使い方は燃費が悪いんだ」
世界一の能力値を誇る琉架には分からない悩みだろう。もっともアッチはアッチで膨大すぎる能力値のせいで、繊細な魔力コントロールが必要な魔導そのものとの相性が悪いという悩みがある。
「とにかく低燃費で効率的な使い方を考えて行き着いたのがコレだ」
指先の針が音も立てずに消えた。いや発射されたのだ。
しかしゴブリンは何事も無かったように走っている。
「? 外れちゃったの?」
「いや…ちゃんと当たった」
突如ゴブリンの足が止まる。遠目でも分かるくらいガタガタ震えている、しばらくすると倒れ伏し動かなくなった。
「? あれ? 終わったの??」
「あぁ、上手く効いたな、これは使える」
「神那ぁ分からないよ、説明して?」
神那がドヤ顔で振り向く。
「琉架もさっき言ったろ?『血液変数』は血液を操り別の物質に「変換」するって。今創りだした針にはあらゆる猛毒、有害な薬物、アレルギーを引き起こす物質が込められてたんだ」
「毒?」
「あぁ『猛毒弾』だ。もっともあらゆる毒といっても、毒や薬の相性を考えて配合してるけどな」
「う~ん…つまり神那の能力は血から直接、毒や爆弾なんかも創れちゃうんだ」
「爆弾じゃなくて爆薬な。この能力では複雑な機構を持つ機械や生命体は創れない」
それに…
「ん? どうしたの?」
「魔術の中には物理法則を無視するものもいくつか存在する。琉架の時由時在もその類の一つだろうけど…俺の血液変数は物理法則を完全に無視できるんだ」
「完全に? それって…」
「スマン。今回はここまで、実はこの先はまだ自分でも実証してないんだ。結果が出たら改めて報告するよ」
琉架は一言「そっか」と言って話を締めてくれた、もしかしたら俺の顔を見て悟ったのかもしれない。
しかし今日琉架の能力について知ることができてよかった。やはり俺たちは過剰な才能を持っている。俺たち2人いれば世界を滅ぼすとか余裕でできる程だ。琉架の家族が考えたように他人がこの能力を知ったら悪用しようとする輩が出てくるだろう。もしかしたら俺達はデクス世界に帰らない方がイイのかもしれない。
イヤイヤ落ち着け、こっちには魔王がいるんだろ? もし能力がバレたら余計大変なことになる。うん! やはり能力は隠す方向で行こう、たまに派手な活躍をして「仕事がんばってやってます」アピールに使う程度に収めておこう。一応魔王討伐の使命もあるし…
「でも神那」
「ん?」
「今のすごく地味だったよ」
…大きなお世話だ。
「そりゃ琉架の引き起こした惨劇に比べればドラゴンとタツノオトシゴ位の差があるさ」
「あうぅ…ゴメンナサイ…」
すぐ落ち込む、しっかり反省してくれたらしい。
「もし使途がみんなあの位の強さなら何とかなりそうな気はするけどね…」
琉架もさすがに解っているようだ、あの程度であるはずが無いと。
「それは無いだろうな、こんな辺境に派遣される大隊長など最下位争いしてても不思議じゃない」
「うん、そうだね。でもこれでみんな無事にギルデロイに着けるよね?」
「あぁそうだな」
そう、これでようやくギルデロイ入りだ。