第46話 魔導書 ― グリモワール ―
魔導書争奪戦に勝利したその日の夜、我々が借りているコテージのリビングで第五回定例会議を行う。
本日の議題は、その噂の魔導書「神代偽典」さんについてです。
『おぉ~若い男の子じゃ~、主が我の持ち主にならんか? そうすれば我は更なる力を出せる気がする!』
ちなみに現在、神代偽典さんはテーブルの上10cmの位置に浮いており、体長20cm程度の小人のような姿の少女がその本に腰掛けている。
擬人化だよ擬人化。
その姿は俺がこの世界に来るまで抱いていた妖精族そのものだ。
いやはやまいったね、いくら俺が一流フラグメイカーと言っても人外にモテたのは初めてだよ。
なにせミャー子も俺には懐かなかったからな。
「あ……あの……わたくしではご不満ですか?」
『うんにゃ、汝に不満は無い。ただ一点「女」であること以外はな』
「あぅ……ご……ごめんなさい……女で……」
ミラを落ち込ませるなよ、神代偽典さんが女性体じゃ無かったら、見世物小屋に売り払う所だったぞ?
「それでジーク、コレは一体どういう事だ?」
お前が情報持ってきたんだから、お前が責任もって処理しろよ?
「正直言って困惑している……魔導書が知性を持っているなど聞いたことも無い……」
役に立たん情報源だ、だったら聞く相手は一人しかいないな。
「え~と……神代偽典さん……」
『そんな堅苦しい呼び方せんでええ、アルテナって呼んで?』
急に少女チックになった……なんだこの子…… 子? なのか?
「それでは……アルテナ」
『はい♪』
何だコレ? 口調はウィンリーっぽいが、まさか魔王!? な訳無いか……
「それじゃ質問だけど、世に存在する魔導書は皆アルテナみたいに人格を持ってるのか?」
『いいや、神代偽典たる我だけが特別なのじゃ。きっと他にはおらん、超レアアイテムじゃ』
「じゃあアルテナの以前の所有者とも、こんな風に話してたのか?」
『我が覚醒したのは1200年振りじゃ、今回で2度目の覚醒という事になる』
1200年前……魔王大戦の頃か……
この世は兎角「12」という数字が妙にキーワードになる……
一日は12時間×2、一年は12ヵ月、12魔王に創世十二使、基本魔術の属性も12だったか……
「覚醒の条件は?」
『魔の力じゃ』
「魔の力……具体的には?」
『魔の力とは即ち「魔王因子」の事じゃ、どういう訳かここには魔王因子をもつ者が多いのぅ』
魔王因子……確かにミラは魔王の一人娘、魔王因子が高いのも頷ける……
しかしもつ者が多いってどういう事だ? もしかしてウチには他にも魔王の隠し子とか子孫がいるのか?
「その魔王因子をもつ者って……だれ?」
『妙な事を聞くのぅ? お主自身もそうであろう』
「え?」
『他は仮主の金髪娘、そっちの黒髪娘、隣に座ってる白髪娘』
俺とミラと琉架と白……四人の共通点と言えば…………
ギフトユーザー?
「もしかして……魔王因子ってのはギフトの事を言ってるのか?」
『今の時代はギフトと呼ばれてるのか? 何ともハイカラじゃのぅ、昔は恩恵とか呼ばれとったんじゃが』
ギフトユーザー、恩恵所持者、やはりそうなのか……
「魔王と魔王因子の関係って何だ? そんな名前で魔王と全く関係ない、なんてコト無いよな?」
『魔王因子とは魔王の“素”じゃ、大昔に世界に広まった因子を多く許容できたものが魔王となった』
俺の仮説の「魔王の力」と「ギフト」は、その本質……というよりルーツは同じ……だとすると、一つ分からない事がある。
「俺と琉架と先輩はトラベラーだ。魔王の居ない世界で生まれた俺たちに何故それ程の魔王因子があるんだ?」
『それは分からん』
……………… 話が終わってしまった。そりゃ何でもかんでも知ってる訳じゃないか。
定例会議参加メンバーの殆どの頭の上に『?』マークが浮かんでいる。
この話は一旦打ち切ろう。
「それじゃアルテナはどうやって生まれた? 誰が造ったんだ?」
『そりゃー我は神器じゃからな、神様に決まっておろう』
「か……かみさま?」
『より正確に言うと、既に滅んだ古代の神々じゃ』
おぉう……話の次元が変わってしまった。
もしかして俺の部屋のお楽しみスポットに隠されている、神族の事かな? あの女神像をアルテナに見せたら何か分かるかな? しかし少女にあの崇高な芸術品が理解できるかどうか……
「はい。アルテナさんに質問してイイですか?」
琉架からの質問だ。
『うむ、1200年ぶりのお喋りじゃ、何でも聞くがよい。あと我のことは呼び捨てでいいぞ』
「それじゃ……アルテナを前に覚醒させた人もギフトユーザーだったんだよね? どんな人だったの?」
『おぉ! イイ質問じゃ! 前の主は第7魔王じゃ。
第7魔王 “探究者” アーリィ=フォレスト・キング・クリムゾン・グローリー』
「…………え?」
『もっとも使用期間は1年ほど、第6魔王との戦いの時だけじゃ』
それってもしかして壁画にあったアトランティスの戦い?
「ぁ……ぁ……お母様の事……知ってるんですか?」
『お母様? もしかしてお主、ミューズ・ミュースの娘か? 言われてみればよう似ている気がするな。
あの淫乱糞ビッチに娘がおったとは驚きじゃ』
淫乱糞ビッチって……あ~あ、ミラが凹んじゃった。
大丈夫だよ、ミラは清く正しく美しいから。
「私も……質問……」
『うむ、白くて小さいの、質問を許可するぞ』
お前の方がはるかに小さいだろ……
「第7魔王が所持してたなら……あそこ知ってる? おに~ちゃんが探してた……古代エルフの廃都……」
お! まさか白からその質問が飛ぶとは思わなかった。
それで……どうなんだ?
『もちろん知っておる。……が、人の身では辿り着けんぞ?』
「私たち要塞龍……持ってる、……それでも?」
『うむ、近づけば問答無用で攻撃してくる……アーリィはそういう女じゃ。
古代エルフの廃都「キング・クリムゾン」に近づけるのは……他の魔王くらいなものかな?
さすがに他の魔王には迂闊に攻撃を仕掛ける訳には行かんからな』
古代エルフの廃都に第7魔王がいる、そしてそこには到達不可能……ナンテコッタ。
位置さえ分かればホープで一飛びだと思ってたのに……
しかし、困った事になった。魔王の情報を集めだして早や半年……肝心の第11魔王の情報が全然集まらない。
魔王討伐作戦まで もうそんなに時間も無いだろう……
情報は白頼みで当日、現地調達するしかないか? いや、出来る事はやっておくべきだ。せっかく魔導書が手に入ったんだからな。
「ねぇねぇ、アルテナちゃんは魔王の弱点とか知らないの?」
『……ちゃん?』
先輩は相変わらず馴れ馴れしい、そんな所も先輩の長所の一つだな。
『そもそも魔王に明確な弱点は無い、完璧な生命体、故に魔王なのじゃからな。
あるとすれば個々の性質、性格、恩恵のリスクと言った所かな』
「例えば?」
『例えば第6魔王は淫乱糞ビッチ、気に入った男がいれば人目など気にしないどころか衆人環視の中でも生殖行為をおっぱじめるような奴じゃ。男の趣味は多岐に渡り、正直誰でもイイんだろ? と、言いたくなる。
即ち適当な男を宛てがってあの淫乱糞ビッチが盛り出した所を狙うのが有効じゃろう』
「うっ!…………うぐっ!…………」
もうやめて! ミラのライフはゼロよ!
魔王の弱点じゃ無くミラの弱点になってしまった。確かに他人の口から自分の母親の性癖を聞かされたら俺だって鬱になる。
『逆に第7魔王はいわゆるインテリじゃな、『神代書回廊』に籠っているくせにその知識欲は留まる所を知らん。もしソレを満たす事が出来れば……話くらいは聞いてくれるかもな』
しかしまぁ、出てくる出てくる衝撃の新事実。まさに生き字引だ。
これでいよいよジークの役目が無くなるかな? 頑張れ賢王、戦力外通告受けないうちに。
『どうじゃ? 中々の博識ぶりだったじゃろ? だから若いメンズを我の主に!』
「まぁまぁ、そう言わずミラでお願いします。今散々イジメたんだし」
『えぇ~、だってあの淫乱糞ビッチの娘なんじゃろ?』
「ぅぐっ!!」
そんなに淫乱糞ビッチが嫌いなのか……確かにこの言葉に同性から好かれる要素は皆無だな。
「親の事は俺もよく知らないが、少なくともミラは清純可憐、清く美しい心の持ち主だ。俺が保証する」
「はうっ!?」
『ほぉう……分かった、お主がそこまで言うなら認めてやろう。ただし時々でいいから若い男のエキスを吸わせてくれよ?』
「あぁ、ありがとうアルテナ。よろしく頼むよ」
………………
若い男のエキスって何?
まさか俺は神器に向かって熱き欲望の塊を発射しなきゃいけないのか?
恥ずかしいシミを付ける行為じゃないよな? そんな汚物をミラに持たせる……なんとういう背徳感!
こうして我々は魔導書を手に入れた。
それと同時に新しい仲間? 仲間と言うよりペットか情報端末って所か……
たぶん精霊って言うのが一番相応しいだろう。
とにかく神代偽典の精霊、エネ・アルテナが仲間になった。
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翌日、王宮に呼び出しを食らった。
何でも本戦出場団体の順位に応じて褒美が授けられるらしい。そんな話は聞いた覚えがない。
もしかしてメダルとかくれるのかな? しょーじき要らない。
ちなみに犠牲者が出てしまった団体は代表者しか来ていない。確かに褒美とか貰う気分じゃないよな。
明鏡止水と天空の騎士は辞退したらしい。ほぼ全滅じゃ当然か……
通された部屋は以前の説明会場とは明らかに違い、内装は無駄に豪華絢爛、赤色と金色がふんだんに使われていて、少々成金趣味の傾向が強い。正面には舞台が設けられており催し物専用の部屋。
いくつものテーブルに食べ物と飲み物が用意されている、立食形式のパーティー会場だ。
気に入らないのはこの会場も中継されているらしいことだ、要するに大会の締めくくりに表彰式を執り行うということか。
当然ここに集まった人間は、だれも正装していない。スポーツ大会の表彰式と思えば違和感も感じないが、場所が王宮と言う所が引っ掛かる。
もしかして笑い者にするために呼び出したのかと疑いたくなる、この国の王族は性格悪いし。
もっともウチのメンバーは綺麗所が多いから、身だしなみにも気を使っている。
ここでも勝利者の格の違いを見せつけてしまった。
ちなみにミカヅキが王宮付きメイドに混じってしまって見失いそうになる。
こんな事ならミカヅキだけでも着替えさせればよかった。
「1位おめでとう」
話しかけてきたのはインヴェニウスの美形コンビ、イイ乳のお姉さんだ。
「昨日は助かったわ、自己紹介がまだだったけど、私はリータ=レーナ・インヴェニウス。
こっちは弟のリクハルド・インヴェニウスよ」
どことなく顔立ちが似ていたが、やはり姉弟だったか。
こちらも自己紹介をしておく、是非お姉さんの方とはお近づきになっておきたいからな。
「ふ~~~ん、キリシマ・カミナ君……ね」
またこの目だ、前に町中で出くわした時もこんな色っぽい目をされた。願望を言わせてもらうならこの目は俺に惚れている目だ。
少なくとも親の敵を見る目じゃない。
「とにかくこのお礼は必ずするから期待しててね♪」
お姉さんは意味深な言葉とウィンクを残して去っていった。
本当に期待してイイの?
「神那、もう式典が始まるって。出番だよ」
「うぇ~、またかよ……」
その後、式典と言う名の見世物会が始まる。
1位クリアのD.E.M. には、魔導書の他に賞金が送られた。1000万ブロンドだ。
正直今の我々の経済状態からするとはした金だが、顔には出さず喜んでおく。
1000万は安い金じゃない、わざわざエキセントリックな前髪を持つ金持ちキャラみたいな真似はしない。
2位クリアはインヴェニウスの二人だ。賞金は500万ブロンド。
それと紹介状が送られた。なんと耳長族の隠れ里への紹介らしい。そう言えばこの国は耳長族との付き合いが深いらしいがそんなモノが貰えたのか!
金よりもそっちの方が欲しかった。
3位クリアはアーク。賞金は300万ブロンド。
あれ? 勇者と愉快な仲間達じゃ無いの?
副賞は王宮仕えの治癒術師の派遣権利だ。もしその術師がもし美人エルフだったら……
金よりもそっちの方が欲しかった。
4位クリアはブレイブ・マスター。賞金は100万ブロンド。
副賞は無し、あの位置にいてなんで4位なんだ?
ちなみに本日、勇者はいない。残りの3人が出席している、おかげで静かでスムーズな式典になった。
きっとアレだけの醜態を晒し、4位に留まった自分の情けない姿を初恋の相手に見せたくなかったんだろう。
或いは俺にその事について言及されるのを恐れたか……
ハァ……どちらにしても心が弱い。
5位以下は何も無し、強いて上げれば今日の飯代が浮いたくらいか。
順位は5位が魔法王団、6位がアサシン、7位が天空の騎士、ドベが明鏡止水らしい。
これでこの魔導書争奪戦は終了だ。
「なかなか見事な戦いぶりであったぞ! 戦術、戦略、そして何より強大な戦闘能力! どれをとっても一級品だ! どうだ? D.E.M. ごと我が国に雇われる気はないか?」
ずいぶん丸っこい体の王様にスカウトされた。給料はイイ、有名人に会える等々、まるで芸能事務所のスカウトみたいなことを言っていた。
当然、丁重にお断りした。なにせコイツの目は俺じゃ無く女の子たちを見ていたからな。
ウチの美少女達を見たくなる気持ちは分かる、俺だって出来る事なら女子メンバー全員のフィギュア作りたいもん。
でもそれ以上その下卑た顔で見ない方がイイ。ミカヅキに暗殺されても知らんからな?
「1位おめでとう」
アーサーが話しかけてきた、まだ顔色が良くない。
パワハラ上司とゆとり部下に挟まれた中間管理職の様な顔をしている。少なくとも爽やかじゃない。
「正直、悔しくもあるが魔導書を手に入れたのが君たちで良かった。
その力を我々の味方として存分に発揮してくれることを願っているよ」
さすがナチュラルイケメン、パーフェクトな祝辞だ。
俺も自然にこんな言葉を出して、勇者をバカにしてみたいものだ。
「おい小僧! アタシに魔導書を売りな!」
いきなりそんな声を掛けてきたのは、魔法王ラケシスたんの干物だった。
「あんた何でそんなに元気なんだよ……目を細めれば薄っすらとお迎えが見える年齢だろ?
もうゴールしても良いんだぜ?」
「ヒェッヒェッヒェッ、アンタも随分口が悪いね。魔法王にそんな口を利くのはアンタを置いて他にいないよ」
ヒェッヒェッヒェッ……って なんて魔女っぽい笑い方……きっと自室の中央には紫色の液体が鍋で煮込まれていて、壁にはカエルやトカゲの干物が、棚には目玉のホルマリン漬けや頭蓋骨がディスプレイされているに違いない。
「それでどうだい? 言い値で買い取るよ?」
「売らねーよ、逆にアンタだったら金積まれて売るのか?」
「なるほど、良い返しだ。確かに売らないだろうね。
ただし持ち主を経済的に追い詰めたり、社会的に貶めるかもしれないよ?」
「上等だ! 我がギルドはかなり金持ちだ! 更にシルバーストーン財団や獣衆王国などのコネもある!
返り討ちにしてやるよ!」
他人の威を借りて喧嘩してるみたいで情けない。が、使えるものは全て使う。
コネだって俺の力の一部だ。
しばらく子供みたいな舌戦を繰り広げていたら、魔法王のお付のザ・魔女さんがやって来て、ばーさんを引き取っていった。もっと早く来てくれよ……俺は介護の経験がないんだから。
しかしイイ暇つぶしにはなった、そろそろお開きかな?
「小僧ぉぉ!! 魔法無効化術を教えろーー!!」
ほら、ウルサイのが来ちゃった。
「1位おめでとうございます」
「小僧、やってくれたな……お前の崩落トラップのせいで炭鉱族のプライドが傷ついたぞ?」
教えろ教えろウルサイ妖精族と、恨み言をこぼす炭鉱族を無視し、エルリアに疑問をぶつける。
「何で4位だったの? あの位置なら余裕で3位狙えただろ?」
「誰かさんに拘束された勇者様が暴れもがいたせいで、運ぶことも出来なかったんです。
頭殴って気絶させればよかった……」
責任のウエイトは俺より勇者に有るな、うん、俺は悪くない。
「それで今日はアノうるさい人は? せっかく初恋の人に会えるチャンスなのに」
「初恋? あぁ、あのセリフの…… あなたは本当に人をおちょくるのが上手い。
今日勇者様が来なかったのは左腕の負傷が治らないうちにあなたに会うと怪我が悪化するから私が止めたんです」
「左腕の負傷? そんなのしてたっけ?」
「あなたに拘束を解除してもらうのはプライドが許さないと言って、自分で……」
「え!? 腕切っちゃったの!? 俺、鎧に細工したってちゃんと言ったぞ!?」
「………… その話、私は聞いていなかったもので…… はぁ~……」
エルリアが心底 呆れ顔で深いため息を吐いた。
あのバカ勇者のお守は幼児10人分に匹敵する大変さだろう。いや、行動力のあるバカはそれ以上に苦労しそうだ。
エルリアはその内、胃に穴が開くんじゃないか?
「まぁ、その……がんばれ。出来るだけ早いうちに縁を切る事を勧める」
「えぇ……御忠告、感謝はしておきます……」
何故か二人でため息を吐いた。
恐るべし勇者の不幸属性、周りの人間にまで伝播するのか……
ちなみに、式典が終わった頃には有翼族の雲はキレイさっぱり消えていた。
ストーキングに失敗した。