第44話 魔王伝説
---エルリア・バレンタイン 視点---
「後を追いましょう」
「うん? どうやって? 通路は切断不能の糸で塞がれているんだぞ?」
「うおおぉぉぉーーーー!!!! キリシマ・カミナーーーー!!!!」
今は勇者が糸に向かって剣を振り下ろしている。どうにもアレでは突破は無理そうだ。
「彼は以前言っていました。『コレを斬るくらいなら、手足を斬った方が早い』……と」
「! そうか! 洞窟の壁を掘り抜けばいいのか! 確かにそれならアイツの裏を掛けるかもしれんぞ!」
「えぇ……ですがこんな小さな洞窟です、作りも適当だし、崩落の危険性があります……」
「ワシに任せておけ! ワシは炭鉱族だぞ、穴掘りは十八番だ!」
グレイアクスが手斧を取り出し壁を掘り始める。あんな物でトンネルを掘れるのだろうか?
「30分もあれば迂回路は作れる、掘り出した土の処理を手伝ってくれ」
流石は炭鉱族、誰かと違って頼りになる……そう思った時だった。
何の前触れもなく急に周囲の天井が崩れだし私たちを押しつぶした。崩落したのだ。
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? ……生きてる?
「第7階位級 光輝魔術『光源』ライト」
光を作り出し、周囲を照らす。全員いる……みんな無事みたいだ。
私たちは土砂に閉じ込められている。しかし不可思議なスペースができていて少々の土を被った程度ですんだ。
「グレイアクスさん?」
ギロ…… 穴掘り自慢していた役立たず炭鉱族を睨みつける。
「そんな目で見るな、儂等は小僧にしてやられたんだ」
「え?」
「カッカッカッ! やはりそうか! あのイタズラ好きの小僧にしてはずいぶん引き際がアッサリしてたからナ! 何かあるかもと警戒していたが……まさか生き埋めにされるとはな」
「どういうことですか?」
どうやら彼の仕掛けた糸は、ただの封鎖ではなく周囲の土を簡単に崩れる様に丁寧にほぐしていたらしい。
つまり私たちが壁を掘って後を追うことは見抜かれてた……いや、誘導されたんだ。
その証拠に今私達がいる空間は、彼の張った糸が私達を覆い包み守るように作り出したスペースなのだ。
わざわざ相手を罠にハメておいて、死なないように配慮までする……あぁ、勇者様が彼に勝てる気がしない。彼は人をおちょくることに関しては天才だ。
「あれ? そう言えばさっきから勇者様が静かに……」
勇者は後頭部に巨大な石の直撃を受けて気を失っていた。
「なんという、運の悪い男か……」
「コレもあの小僧の仕業か……或いは、勇者が引き寄せる不運か……」
しかし勇者様が気を失っていて良かった。こんな狭い空間で騒がれたらまた崩落が始まるかもしれないし、酸欠になるかもしれない。
「ブレイドが気が付く前に脱出しよう、全く手間のかかるリーダーだ」
勇者がここまで役立たずだったのは予想外だった。
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「おまたせ」
「あ、神那……あの人たちは?」
「洞窟に足止めしてきた、無茶しない限り危険は無いが……」
ガラガラ……ドドドドド……
何かが崩れる音がした、どうやら無茶をしたらしい……
「一応、死なないようにはしてきたから……大丈夫だ」
「そっか……じゃあ何も聞かないでおく」
話を強引にまとめる、どうせ死んでないんだ、気にするだけ時間の無駄だ。
いよいよラストフロアへ突入する。
― 第5階層 ―
そこは薄暗い神殿の中だった。
かなり広い、音の反響からして天井もかなり高い立派な神殿だった。
ただ外の光が一切入ってこない所は地下神殿のイメージだ。
壁には一面に古代の壁画のようなものが描かれている。
「この絵……バカな……ここはまさか中央大神殿の一部なのか?」
ジークが珍しく狼狽えている。なんだよ中央大神殿って?
「この壁画は1000年以上も前に地中に没して失われた、中央大神殿のソレに酷似している。カミナ!! お前たちは写真機を持っていたな!! 頼む! ここの壁画を全て写真に収めてくれ!」
ここまで真剣に頼み事をするジークは初めて見る。それほど大変なモノなのだろうか?
「その前にコレが何なのか説明しろよ。これは……人と人とが争っている様にも見えるが……」
「中央大神殿には過去から未来に至るまでの、魔王の伝説が刻まれていたらしい」
過去から未来? 一種の予言って事か? もし本当なら大発見だ! しかし、あまりに荒唐無稽、そんなことが有り得るのか?
だが魔王の情報が得られるなら藁にもすがる思いだ……
「琉架、先輩、二人もお願いします」
三人で手分けをし歩きながら撮影する。すると白が一つの壁画の前で足を止めた。
「どうした? 白?」
「おに~ちゃん……うんん……何でも無い」
白が見ていた壁画に目をやる。そこには二人の魔王が描かれている。絵が抽象的すぎてよく分からないが、恐らく男女だろう。
だが戦っているようには見えない、どちらかと言えば手を取り合っている様だ。
ひょっとしてカップルか? 魔王同士の番か?
たった12人でも2400年もあれば、そんなほろ苦い青春の1ページもあったかもしれない。
魔王は圧倒的な力を持ち、半不老不死の肉体を持ち、彼氏彼女持ちのリア充だったのか……何か殺意が沸く。
だが魔王がデートしている所を見ても襲わない、二人揃ってたら無敵だからな。
デート後、男が女をアパートまで送って行った後……そのままお泊りとかしなければ、自宅に帰っていくだろう。人気の無い暗い夜道か公園がベストだ! 背後から忍び寄り後頭部をバットか鉄パイプで殴り……
……魔王討伐だ! 人類には正当な理由がある!
決して闇討ちとかストーカー殺人ではない!
……ではないが、魔王の恋愛は遠距離が望ましい、ビッチ魔王には当てはまらないワードだ。
しかし今まで考えもしなかったが、魔王の番は存在するのだろうか? 仮に第3魔王と第8・第11魔王がデキてたら世界の破滅だ。可能性は限りなく低いが引きこもりの魔王の中にはそんな奴らがいても不思議じゃない。
せめて人に害のある魔王は孤独であってほしいな。
「さて……いくぞ白」
「……うん」
俺が手を差し出すと白は自然と握ってくれる。うん可愛い。
おてて繋いで写真を撮りながら歩いていると、今度は琉架が一枚の壁画の前で立ち止まっていた。
「ねぇ、神那……この壁画って……」
そこに描かれていたのは3頭身程しかない子供の魔王だった、そして背中には翼がある。間違いなくウィンリーだ。
「これは恐らく魔王大戦の1シーンだな」
ジークが解説してくれた、魔王大戦ってなに?
「今から1200年前、魔王たちの均衡が崩れたことがあった。その時世界中で大戦争が勃発したのだ」
「そんな話、初めて聞いたぞ?」
「あくまで伝説だ、真実を知る者は魔王本人か、上位種族しか残ってないだろう。
この壁画は恐らく第5魔王が第10魔王を返り討ちにした時のモノだ」
さすが俺の嫁候補! 強い!
しかし、もし俺たちが魔王を倒したら第二次魔王大戦が起こるのか?
いや……その為の同盟でもあるんだが……本当はウィンリーとも同盟を結びたいが、相手は現役の魔王様だ。さすがにちょっと無理か……
ま、大戦が起こると決まった訳じゃない。今考えてもどうせ答えは出ないからな。
「その1200年前、何が起こったのか伝説では語られてないのか?」
「あぁ、何故魔王たちが一斉に動き出したのかは謎のままだ」
俺には心当たりがある。……1200年前、第12魔王の失踪時期だ。
一人の魔王が消えて均衡が崩れた……辻褄は合う。
もしかしたらここには噂の第12魔王の壁画も残されているかもしれない。
「あ……お母様……これ、第6魔王 ミューズ・ミュースです」
ミラが見上げていた壁画には二人の女性魔王が描かれている。片方は軽くウェーブがかかった髪型がミラに似ている。
もう片方は……耳が長い……耳長族出身の魔王……第7魔王か!
「これは……恐らくアトランティスの戦いだろう」
「アトランティスって言うと……あの水没した大陸か?」
「実際にはこのアルカーシャ王国程度の広さの島国だったらしいがな」
ミラが申し訳無さそうな顔をする、いやいや親が殺人鬼でも娘に罪はない。
たとえ世界が許さなくても、俺は美少女の味方をするね。
「あ! これ絶対スサノオ様です。角生えてるから」
ミカヅキが見上げている壁画にはツノ付きの魔王が描かれている、外見的特徴が顕著だと分かりやすくて有難い、戦っている相手は……額に何かついてる……第三の目か!
「これがミカヅキが前に話してくれた、スサノオとマリア=ルージュ・ブラッドレッドの死闘か?」
「恐らく……過去に何度もやり合っているらしいですし」
まさに生ける伝説だ、きっとヤンキーの伝説みたいなのが腐る程有るんだろう、そう考えると彼らはいつまでも丸くならずヤンチャやってるのが腹立たしい。
一人くらい結婚して、家庭を作り、子供にDQNネームを付けてる奴がいてもいいじゃないか! ……それとも第6魔王がそれに当たるのか?
全体を見るとデフォルメされた壁画は魔王の特定が難しい、みんな4~5頭身、第8魔王の判別ができない……だが、少し妙だ……
「おいジーク、コレ……魔王が12人以上いるぞ? どういうことだ?」
判別できないのもいるが、確かに12人以上いる。
断言は出来ないが恐らく14~5人はいる。もしかしたらもっと……
「さっきも言ったろ、魔王の未来まで描かれていると。代替わりした魔王がいるのかもしれないな」
本当に未来の情報まで描かれてるのか? だとしたら、討伐軍が魔王を打ち取るのも現実味を帯びてくる。
しかし代替わりって何だよ? せっかく倒しても後継者とか出てきたら意味無いじゃん。
いや……二代目が穏健派なら充分目的達成と言えるか。
そして一つの壁画の前で足が止まる。
そこには一人の魔王しか描かれていない、これが第12魔王だろうか? ウィンリーが言うには結構な美人だったらしいが、この画力じゃ美人かどうかも分からない。
ただ何か気になる…… 気になるというか、惹かれるというか、もしかして何処かで合ったことでも有るのだろうか? 俺が美人に出会って覚えていないはずはないが……
こちらの世界に来て早や8ヵ月、出会った美人は全て覚えていると自負しております。
しかしその中に第12魔王がいたとはとても思えない。行方不明の魔王にたまたまバッタリ出くわすなんて漫画か? 夢にでも見たのだろうか?
そして最後の壁画だ……
複数の魔王が描かれているが、やはり戦っているようには見えない。よくよく見ると集まっているのは女魔王のようだ。いや……一人だけどちらとも取れる魔王も混ざってる。
もしかして魔王の女子会? 「やっぱり第1魔王ってカッコイイヨね~♪」「うそ~趣味悪~い! 彼って足が臭いって噂よ~♪」……とか、話しているのかな?
確かに歴史に残る伝説の女子会になりそうだ。
て……ウィンリーも混ざってるぞ!? あの純真無垢な幼女が女子会に出席するとは……変な知識を植え付けられなければいいんだが……
そもそもこれが過去の記録か未来の記録か分からないんだよな。
「この壁画で最後か……やはりこの魔宮で再現されているのは中央大神殿のごく一部だけらしいな。
2400年の歴史と、この先の未来の歴史、たったこれだけであるはずが無い。
この中に我々の魔王討伐の記録があれば参考になったのにな」
「そうだな……いや、どちらにしてもやることは変わらない。
むしろ討伐部隊全滅の壁画が無くて安心した」
「ふっ 違いない」
予想外の収穫があったがまだレースの途中だ。
だいぶ距離を縮めたが、もう誰かゴールしてるかもしれないな。
「さて……それじゃみんな行こうか。このフロアが一番敵が強いはずだから十分に注意して行こう」
「りょーかい!!」
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少し進むとこのフロアのヤバさが実感できた。人と敵の火葬された形跡が至る所にある。
いや……火葬されてない死体もある。
ドラゴンだ。
翼は退化しており背中にチョコンと付いているだけ、角付きのワニかオオトカゲといった風貌だ。
体長は7メートル前後、体高は1.5メートルから2メートルほど。
大きさはハンティングゲームに出てくる四足ドラゴンに近い。
要塞龍ホープを見慣れているせいか、何となく小さく感じられる。
この世界ではレッサードラゴンと呼ばれ分類されているヤツらだ。
レッサードラゴンは魔術は使えないが、その鱗は魔術が効き辛い特性がある。
驚異的な威力の炎のブレスを吐き出し、圧倒的なタフネスさを備えている『Sランク』の魔物だ。
なんでこんな所に……
「う……うわああぁぁぁああ!!!!」
突然男の悲鳴が響いた、男の悲鳴では今一つモチベーションが上がらない。
しかし助けに行かない訳にはいかない。中継もされてるしな……
隣の部屋に駆け込むと、一人の男が今にもドラゴンに食われそうになっていた。
「ちっ!! 血糸・影縫い!!」
瞬時にドラゴンをその場に拘束する。その隙にジークが救出に走る。
「グルルルゥ!!」
動きを封じられたドラゴンが大きく息を吸い込む……ブレスだ!
「流水魔法『大水牢』 チャージ10倍!!」
ミラがドラゴンと男の中間地点に大量の水を作り出す。そこに向かってドラゴンのブレスが炸裂する。
ドジュウウウゥゥゥウウウゥゥゥーーー!!!!
凄まじい蒸発音と膨大な量の水蒸気が部屋全体を包み込む。その隙にジークが負傷兵を回収・離脱する。
その間にも真っ白になった部屋の奥からドラゴンがもがき拘束から逃れようとしている音がする。パワーは流石だがミノタウロス程の知能は無いようだ、床を自分で壊すことは無さそうだ。
次第に水蒸気が晴れるとドラゴンはこちらを睨んでいた。小さいドラゴンでも迫力はなかなかのモノだ。
「白、分かるか?」
「ん……目……だね、他に苦手なモノは……特に無さそう」
「目か……よし、全員後ろを向いて目を閉じよう! 琉架、頼む」
「はい! りょ~かいしました」
琉架のいつもの可愛らしい敬礼ポーズ。誰が教えたんだろう? ゴリラかな? GJと言っておこう。
「第7階位級 光輝魔術『瞬光』フラッシュ チャージ10倍」
琉架の瞬光が部屋を一瞬だけ真っ白に染めた。瞼を通り抜けてくる光で、目を閉じているにも拘らずその瞬間は視認で来た。
「グオオゥゥゥオオオ!!!!」
モロに光を見たドラゴンが苦しんでる、あれは失明したな。
よし! 後はみんなでフクロだ!
その後、俺と先輩とジークとミカヅキでドラゴンを袋叩き。目も見えず動けないドラゴン叩きは弱い者いじめみたいで気が滅入る……なんてことは無い。
所詮は爬虫類。気にしたら負けだ。
琉架は周囲の警戒、白は負傷兵の怪我の診断、ミラが衛生兵で治癒魔術を行使する。
対レッサードラゴンのフォーメーションはこれで大丈夫そうだ。
ある程度の数でも対応できるだろう。
「お前たちD.E.M. か、とにかく助かった、ありがとう」
「あなたアークのメンバーですよね? なんで一人なんです?」
「撤退の途中ではぐれてしまったんだ、図らずも俺が囮になってしまった」
別に捨て駒にされた訳じゃないのか、しかし撤退? 確かにここのドラゴンは魔術師では相性が悪いだろうが、Sランクギルドのアークが撤退するほどか?
「すまないが、安全スポットまで連れて行ってくれないか? お礼に最深部までの道順を教える」
全く、どいつもこいつも人の事を便利屋みたいに使ってくれる。
しかし最深部までの道順か、『欲望磁石』もここの魔法陣には反応しないだろうし、有難い話だ。
だが、お前の一存で勝手に決めていいのか? いや言質は取った。ナチュラルイケメンのアーサーは仲間を助けてもらったんだから、嫌とは言えまい。
「安全スポットの場所は分かってるんですか?」
「あぁ、こっちだ。ついて来てくれ」
俺たちは負傷兵の後に続いて歩き出した。
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途中でドラゴンとの戦闘を挟みつつ、小さな門をくぐる。
俺たちが案内された部屋は学校の体育館くらいの広さがある広大な空間だった。
部屋の中心には巨大なオーブが置かれ、青い光を放っていた。
触れたらHP&MPが回復して、セーブまでとれる……そんな神聖さがあった。
そこにいたのはアークのメンバー、400人以上はいるだろうが全員表情が暗い。
「何とか辿り着けたな、ありがとうよ。少し待っていてくれ」
そう言い残し、男は仲間の方へ行ってしまった。道順教えてから行けよ……とも思うが、アークに何があったのか聞いておいた方が良さそうだ。なにせ全員打ち拉がれてる様に見える。
しばらくするとアーサーがやって来る。その顔を見てギョッとした。
目の下にはクマができ、頬はコケ、どう見てもやつれてる。まるで病人みたいだ。
もしかしてこいつ等、不眠不休でここまで来たのか?
「やあ……ウチのメンバーを助けてくれたらしいね。感謝するよ」
アーサーの顔にいつもの爽やかさは無い。何と歯が光らなかった!
「これは一体……何があったって言うんだ?」
「アークはここまでだ、魔術師主体である我々にはココのフロアボスは倒せない。
頑張ってはみたが、もはや打つ手なしだ。
それでも誰かがあれを倒さなければ、全員この迷宮から出られない。勝手ながら君たちに期待させてもらうよ」
「一体どんな化け物がいるんだ?」
「何と言えば良いのか……まあ、自分の目で見れば分かるさ。
魔術は殆んど意味をなさない、物理攻撃も効果があるかどうか……アレはSSランクに相当するだろう」