第43話 トラウマ
雪の上で正座させられる。
先輩とジークにめっちゃ怒られた……
たまにやる気を出したらこのザマだ……愛のない怒り方で心が萎む……
普段なら助けてくれるだろう琉架と白は、未だに顔色が悪い。氷が溶ける前にミカヅキによって払われていた為、血塗れにはならなかった。
内臓とか転がってるもんな……スプラッタだ……
予選で活躍できなかったから、ちょっとアピッてみたがやり過ぎだった。
ごめんよ、俺の天使たち……
ちなみにミラはどうしていいか分からずオロオロしている。意外にもスプラッタ耐性は高いようだ。お化け屋敷に連れてっても抱き着いてはくれないかもな。
「あ~……アンタたち、そのくらいで止しておやりよ」
助け舟はよそのパーティーから出された。この場の生き残りを救った英雄的な男が正座反省をさせられている姿を不憫に思ったのかもしれないな。なにせこの映像は中継されてるから……
「アタシは魔法王団の『魔法王』ラケシス・W・ネクロノミコンだ。とにかく助かったよ」
おばーちゃんが自己紹介してくれた。この人が魔法王ラケシスたん……
知りたくなかった! 真実はなんて残酷なんだ!
「アンタ達が色々噂のD.E.M. か……若いギルドだとは聞いていたが、大人は一人だけなのかい?」
「そうですよ、この力加減が出来ないアホの子がギルマスの霧島神那クン」
アホの子の先輩にアホの子って言われた!? ショックだ……しかし今日は甘んじて受けよう……
いつか倍返しで仕返ししてやるんだから!
「それにしても氷属性が弱点だったとはね……もっと早くに分かっていれば、ここまで犠牲者を出さずに済んだものを……」
ラケシスおばーたんはまだまだ余裕がありそうだが、他は全員 疲労困憊だ。
てか、何でこのおばーたんは元気なんだ? 流石は魔法王と言ったトコロか。
「さて、モノは相談なんだが、アタシ達 明鏡止水、アサシン、天空の騎士、そして魔法王団は一時的に混合パーティーを組むことにした」
あ 嫌な予感がするな……
「とにかく体勢を立て直すためにも、待避所か安全スポットまで行かなきゃならん。そこで……アンタ達に護衛を依頼したい」
「護衛? はぁ……どうする? 神那クン」
護衛依頼……ねぇ……
「あぁ、その代わりと行っては何だが、優勝を諦める。どうだい?」
「どうもこうも有るかよ、それ全く交換条件になってないぞ?」
「へ?」
「生き残りで混合パーティーを組むってことは事実上のリタイアだ。放っておいても脱落するパーティーのリタイアは交換条件にはならない」
「おや、そこそこの脳みそは有るらしいね?」
バカにされた……全く悪びれないトコロ、想定の範囲内か。喰えないばーさんだ。
ウチの天使たちならコロッと騙されてただろう。
「だったら護衛の対価に何を望む?」
「いらん! こっちも想定の範囲内だ。せっかく助けたのに放置して全滅でもされたら、俺は叱られ損だろ」
「ほうほう、それでアンタの本音は?」
「面倒臭い、何でそこまで他人の世話を焼かなきゃならん! 力不足と運の悪さは自業自得だ。
だからと言って見捨てるのも後ろめたい、それでなくてもウチの娘たちは助けようと主張してくる。何よりこの現場は中継されてる。
……要するに、ウチの天使たちに感謝してくれ」
「いや~天使とか……全く神那クンは正直者だな~」
人の皮を被った女悪魔がボケてる。先輩のことじゃねーよ。
「どちらにせよ戻る道は無い。進むにしてもドコに安全スポットがあるのか……作戦本部長の考えは如何に?」
「いつの間に変な役職をつけた? まぁ、我々はこのまま進めばいい、他の連中には付いてきてもらい安全スポットを見つけた所で護衛終了でよかろう」
よかろう……って、どうやって先に進むんだよ、魔法陣はきっと雪の下だぞ?
「じつはこれを持ってきた、『欲望磁石』だ。魔法陣の位置を指してくれる」
「何だコレ? こんなのあったのか?」
「第1階層と第2階層の魔法陣が同一の物だったのでコレに書き込んでおいた。
恐らく第3階層と第4階層の魔法陣も同様だろうから、欲望磁石が位置を教えてくれる」
そんな便利なもの持ってたのかよ。だから第1~2階層を丁寧に調べてたのか……
なら始めに言っとけよ。その「こんなこともあろうかと……」的な後出しがイラッと来る。
「ほほう……そんな便利なものがあるのか……」
ラケシスおばーたんが覗きこんでくる。まさかとは思うが念のため釘を差しておく。
「おいばーさん、余計な色気は出さん方がイイぞ。俺はあんたらを殺す気はないが、敵に回るなら容赦はしない。一生ドライアイに悩まされる魔術を掛けてやる」
「………… 地味に嫌な魔術だね、安心おしアタシはアンタとはやり合わないよ。なにせアンタは魔法を無効化するんだろ?」
お、知ってるのか?
「予選を見とったよ、アンタはアタシの天敵だ。どうやっても勝ち目がないからね」
いや、勝つ方法はいくらでもあるんだが、わざわざ教える必要もないだろう。
魔術師に対して無敵! それぐらいのネームバリューはあっても邪魔にならない。
「とにかく、最低限の護衛はするが面倒を見るワケじゃないからな、俺は美少女以外は率先して助ける気は無い!」
「だったらアタシは介護してもらえるね」
そうだな、俺の完璧なおくりびとスキルを披露してやろう。おっと、お前は見れないか。
棺桶の中で送られる側だからな!
「おぉおぉ、こんなババアに殺気を放つんじゃないよ、心臓が止まったらどうする?」
嘘つけ! 飄々としやがって、全く動じてねーだろ!
「はぁ……ジーク先導してくれ。
いいかばーさん着いてこれない奴は容赦なく切り捨てるからな」
「分かってるよ、足手まといに合わせたら全体に危険が及ぶからね……」
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生き残り32人を連れて吹雪の中を行軍、昔どこかで聞いたエピソードだ。
天に見放されない事を願う。
しかしこの吹雪の中にあってもジークの足取りに迷いは無く、まっすぐ進む。頼もしい漢の背中だ。
俺が女ならきっと惚れてた…………訳ねーか。
ちなみに天空の騎士の生き残りに話しかけてみた。
多くの仲間を失って落ち込んでいる所、少々聞きづらかったがスカイキングダムの現在地について質問してみるが、俺の望む答えは得られなかった。
それも仕方がない、彼らは俺と琉架が魔王様の友達と知らないのだから。
俺たちの関係を証明するものも無い、「ウィンリーは俺の第二夫人候補だぜ♪」とか言ったらぶん殴られそうだ。
なのでここは空気を読んで伝言だけ頼もう、相手はもちろんフューリーさんで。
ウィンリーに直接届けるのは不可能だろうからな。
後は大会終了後に、二人の後をストーキングするくらいか、残り二人……全滅しないといいんだが……
その後も襲い掛かる雪男を惨殺しながら進む。数だけは無駄に多い。
「お! あったぞアレだ」
見つけたのは魔法陣だ、雪の下で微かに光を放っている。あんなの普通じゃ見つけられないぞ?
「それとコレがボスだな」
魔法陣の隣には3メートル程の小高い雪山が出来ていた。影の部分に黒い毛が見える。黒い雪男だ。そう言えばボスオークも黒かったな、吹雪いていなければ目印になっただろう。
しかし、安全スポットは見つけられなかった。吹雪で視界が悪すぎる、ここは次の階層に賭ける方がイイか。
「俺たちは予定通り次の階層に行くけど、他はどうする?」
「ふむ……行くしかあるまい。出口が近い方がこちらも助かるしのぉ」
満場一致で第3階層を後にする ―
― 第4階層 ―
そこは草原だった。
見渡す限りの大草原、木がポツポツと立っているくらいで、あとは地平線と空のみ……いや……違うな。
何か理解不能な物体が大量に歩き回っている。
なんだアレ?
「ほっほ~、これはまた珍しい生き物がおるのぉ」
魔法王はアレを知っている様だ。……て、アレ生き物なのか?
遠目には4足歩行の動物だが4足ではない、足の数は6~10、個体によってバラバラだ。背中は黒くてテカテカ、太陽光パネルみたいな模様にも見える。そして何より……頭が見当たらない……
どちらかといえば巨大なGにも見えないことも無い……が、どこか機械っぽい。
「アレはカラクリと呼ばれる生物の一種だ。本来は中央大陸の北、第10領域にのみ生息するモノだ」
今カラクリって言ったじゃねーか! 生物なのか機械なのかハッキリしろよ!
しかし……気持ち悪いな、やはり人間は足の多い生き物を嫌悪するようにできてるのか? 甲殻類は好きなんだけどな……
しかし、もしエビの生息場所が台所で、床をG並みのスピードで移動したら……やっぱ気持ち悪いか?
おっといかん、思考がそれた。しかし頭のない生物じゃ白の目口物言も使えないか……
そもそも生物に見えない、たとえ目が有っても機械には使えないと思う。いや……イケるか? 今度チャンスがあったら実験してみよう。
それはともかく……
「アレって攻撃的な生き物なのか?」
「わからん。そもそもアレを見た事のある人間は殆んどおらんからの」
チッ!! 役に立たねーな、王を名乗るならそれ位の知識は持っておけよ!
あ! そう言えばウチにも賢き王がいたんだった。
「ジークは知ってるか?」
「うむ、大昔に一度見たことがある。腹の下に口があってな、人の手足を食い千切ろうとする」
なにそれ? 超コワいんですけど!
「何か弱点とかあるのか?」
「電撃が比較的有効だったと思う」
スバラシイ! ウチの賢王様が魔法王に勝ちましたよ!
そして弱点が分かればこっちのモンだ! 都合がいい事に、今我々は高台にいる!
「琉架さん! ミラさん! やっておしまいなさい!」
「?? 何を?」
「え? え? はい…… え?」
う~む、ノリで指示を出したがしっかりとコミュニケーションを取らなければな。
二人にやることを説明する。
「え~と……思いっ切りやっちゃっていいんだよね?」
「は……はい! ガンバリます!」
ミラは空へ向かって『聖女の涙』をかかげる。
『深遠なる昏き所に住まう者よ、光の下へと浮かび上がらん
その穢れた身を昇華し、清浄なる水へと至れ』
ミラが呪文詠唱する。水属性魔法なので本来は必要ないが、ギャラリーが多いので敢えて使っている。
「流水魔法『暴風雨』 チャージ20倍!!」
視界の上半分を占めていた青空はアッという間に曇天に変わり、強烈な風と大量の雨をもたらした。その降雨量は凄まじく、瞬く間に草原を水浸しにしていく。
辺り一面、水深20cm程の水が貯まると雨は止んだ。
「第7階位級 雷撃魔術『雷撃』サンダーボルト チャージ20倍」
琉架の放った雷撃は水を伝い時間差なく全てのカラクリに行き渡った。
バチッ!!
ずぶ濡れになった全てのカラクリは目も眩むほどの光を一瞬放ちその動きを止めた。
後に残ったのは煙を上げるカラクリの残骸だった。
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水が引いた後、草原に降り一匹のカラクリを調べてみる。
ひっくり返してみると腹に大きな口が付いている。シュレッダーの歯みたいなのを想像していたが、その口はどちらかと言うとノコギリだ。手足を食い千切るより切り離す為のモノに見える。
しかしどう見ても生物には見えない。ネジとかついてるし、どう見ても機械だ。
これも一種の珪素生物と言うのだろうか? そう言えば第10領域って……
「あ! 神那見つけたよ! あそこ、安全スポット!」
そこには地下へ続く階段があった。水没してないか心配だったが、魔法攻撃の水は結界で弾かれるらしい。そうでなければ安全スポットの意味は無いからな。
「さて、これで護衛はお終いだな。カラクリも大半は始末できたはずだが、難を逃れた奴もいるだろう。先に進むときは十分に気を付けろよ」
「あぁ、わかっとるよ。ずいぶん世話になったね、この礼は迷宮脱出後に改めてさせてもらうよ」
「いらねーよ! 俺はお年寄りに恩を売って小遣いせびろうとは思わん!」
「それじゃ私たち行きますね? 皆さんもこの後お気をつけください」
速やかにその場を離れる、そうしないとまた厄介な頼まれごとをされそうな気がしたからだ。
「なんとも……礼儀を知らない子供でしたね、彼の王連授受が一人『魔法王』を相手に……」
ザ・魔女の風貌の女性が魔法王に話しかける。
「もしかしたら、あいつ等が例の『創世十二使』かもしれないねぇ」
「あの魔王を本気で倒そうとかいうバカな連中の?」
「あながち……バカにできないかもしれんよ?」
「まさか……それこそ有り得ません!」
「さて……どうかねぇ……」
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ジークに先導され歩くと、小さな洞窟へとたどり着く。
「ここだな、この中にある」
第4階層は順調に進んだな。しかし暫定順位4位、先を急ぐべきか。
洞窟へ足を踏み入れる。えらく狭い洞窟だ。
10分程歩くと、遠くの方が開けているのが分かる、どうやらあそこに魔法陣があるようだ。
そんな時、急に背後から高笑いが聞こえた。
「ハッハッハッ!!!! とうとう出し抜いてやったぞ! キリシマ・カミナ!!」
全員が振り向くが、俺だけは振り向かずみんなの背中を押すように歩みを進める。
「お前の得意な策略をやり返される気持ちはどうだ!? 悔しいだろ!!」
無視。だって面倒臭い。
「あの……神那……後ろに……」
「次はいよいよラストフロアだ! 気合入れてこう!」
そう言いながらさり気なく琉架の肩を抱く。俺の好感度ゲージならいきなり引っ叩かれたりはしないはずだ!
「あぅ……か…神那ぁ……」
琉架は顔を赤くして照れてる。抵抗は無い! ッシャーーー!! 新たなステージへと足を踏み入れた!!
「キィサァマァ!!!! その手を離せぇーーー!!!!」
「落ち着いて下さい! 勇者様! ここで乗ったらまた負けです!!」
そこでようやく振り返る、バカ勇者は仲間達に押さえつけられていた。
「もしかして……俺たちの後を追けてたの? なんてゆとり作戦だよ……追けるならアークだろ?」
「いえ、あなた達です。間違いありません!」
どうやらエルリアの作戦らしい。本当に別人の様に成長したな。
ちなみに俺はまだ琉架の肩を抱いている。
琉架は口元に手を当ててモジモジしながら真っ赤になってる。超カワイイ!
「うがあああぁああーーー!!!!」
「あの! そろそろソレ! やめて貰えませんか!? 勇者様が今にも爆発しそうです!!」
えぇ~ 名残惜しいな~ とは言えそろそろ止めておくか、俺は空気の読める男、パーティーメンバーからの視線も気になるし……
「ふぅー! ふぅー! さあ、俺と決着をつけてもらうぞ!!」
「え? なんで?」
「何でも糞もあるかーーー!! 俺はお前を倒さないと前に進めないんだよ!!!!」
「ちょっと勇者さん、女の子も沢山いるんですから「くそ」とか言わないで下さいよ」
「うるさーーーーーーい!!!!」
どう考えても一番うるさいのはお前だろ。相変わらず「!」の多い奴だ……
周囲に水晶玉は無い、だからわざわざこんな狭い所で挑んできたのか……メンドクセ……
「しょうがない、みんな先に魔法陣の所へ行っててくれ、すぐに追いつくから」
「え……でも……」
「大丈夫、大丈夫、1分で追いつくから」
「う~ん……分かった……でも神那、気を付けてね?」
俺は笑顔を作ってみんなを見送る。背後からギシギシ歯ぎしりの音が聞こえる。
みんなが見えなくなった所で振り向くと……
「動くな!! 少しでも妙な動きをしたら叩き斬るからな!!」
既に抜刀して準備万端、どっちが悪者か分からないなコレは……もちろん俺は悪くない。
「さあ、因縁にケリをつけようか」
まともに相手をするのも馬鹿らしい、中途半端に悪知恵を身に着けた結果がコレかよ。
「『うぇぇ~! やめてよ、勇者と一緒に居たら私まで嫌われ者になる』」
ビシッ!! 俺が突然発した女の子言葉で周囲の空気が氷りつく。勇者はと言うと……
「ぁ……ぁ……な…何で…知ってる……?」
「プッ だって不自然だったじゃん。一切視線を合わせようとしないし」
勇者の初恋と失恋を象徴する言葉だ。動揺しないはずが無い。
そして、こっちの仕込みは終わった。
「じゃあ、俺はこれで……次も正々堂々と頑張ろう!」
「な……に…逃がすかー!!」
「ダメです勇者様!!」
エルリアが足を掛け、転ばされる勇者。顔面強打だ、お前も敬われてないな……気持ちは分かるぞ。俺も雪の上で正座させられた。
「エ……エル……何をするんだ……?」
鼻血が滝の様に流れてる。さすが勇者、ギャグ漫画の様だ。
「仕掛けがあります、例の切れない糸です」
「よく気付いたな、ちょっと張り方が雑だったか?」
勇者が震えている、あぁ大声パワー充填中だ。騒ぎ出す前に伝えるべき事だけ伝えておこう。
「勇者よ、お前は俺を出し抜いたと言っていたが使い所が違う。裏をかき相手より有利に立った時に使うんだ、後からやって来て、抜かしてもいないのに出し抜いたとか……笑える」プッ
俺がほくそ笑むと勇者がキレた。
「P―!! P―――!!!! P―――!! P――!! P――――!!!!」
放送禁止用語を織り交ぜた罵詈雑言を大音量で捲し立てる。
コイツはホントに勇者なのか? 人間の醜い部分を濃縮したような顔で叫んでいる。
「ハァッ!! ハァッ!! ハァッ!!」
「それでは私は忙しいのでこの辺で……勇者さん、次の機会にヒマだったら遊んであげるから今日のトコロは聞き分けて下さい」
「キィリィシィマァカァミィナァ!!!!」
息も絶え絶えなのに、ちょっと煽れば元気に叫びだす。打てば響くとは正にこの事だな。
俺は軽く手を上げその場を離れる、今日学んだのは……負け犬の遠吠えは洞窟の中で聞くと、とてもうるさい……だな。