第38話 アルカーシャ王国
アルカーシャ王国
第12領域の最西端に位置する王国。
人口は1500万人ほど。王族は人族であるが、国の要職に何人もの耳長族がいる多民族国家である。
王都テセラの宮殿の地下には太古の昔より伝わる迷宮が存在する。
入り口は王都の周辺至る所に存在するが、立ち入りは固く禁じられている。
中に生息する魔物はAランク相当、本来第12領域では有り得ない強さを持っているが、決して迷宮の外には出てこない。
この迷宮の奥深くに『魔導書』が封じられている。
魔導書とは、数百年に一度封印が解かれ、時の最高実力者に託される。そして使用者が死を迎えるといつの間にかどこかの封印場所に戻り、永い眠りに着く。
そしていつの日かまた目覚め、実力と才能に溢れるものに魔導書が自らを捧げるのだ。
そんな事を何百年も続けるとは…………まるで生きている書物だな。
王都テセラはお祭り騒ぎだ。今回は200年ぶりに魔導書の封印が解けたらしい。
ジーク曰く魔導書の情報は規制が掛けられ国外にはほとんど出回らないらしい。にも拘らずこの騒ぎだ、いったいどこから聞きつけてきたのやら…………てか、ジークは何処から聞きつけた? 賢者ネットワークでも持ってるのか? もちろんED仲間の意味の賢者だが。
「すご……人、いっぱい……」
海流の影響からか、この国は真冬でも比較的暖かい。その為か通りには人が溢れている。
とはいうものの、いくら比較的暖かくても、やはり今は真冬だ。寒いモノは寒い!
ので、俺はいつもの様に白と手を繋いでいる。俺の右半身は幸せの温もりで満たされる。
女性の皆さん! 神那の左手、空いてますよ?
「うぉぉぉ!? リンゴ飴ってこっちにもあるんだ!?」
「わ! すごい! なにアレ!?」
「お嬢様、一人で進まれますと迷子になりますよ?」
「うわぁ……こんなに人が多いの初めて見た……」
みんな花より団子状態だ。まぁ、この寒いのに元気なのは良い事だ。
どうやら寒さに弱いのは俺と白だけらしい、狐族の白が寒さに弱いのには多少の違和感を感じるが、そんなものは人それぞれだ。
左半身が寒いなら全身で白を感じればいいだけの事だ! おぉ! 俺って天才かもしれん! さっそく実行に移す。
「おに~ちゃん? え? え?」
首に手を回すように、後ろから白の全身を包み込むように抱きしめる。
うひょ~! 白あったけ~! シッポがもっふもふだ!! 白を抱き枕代わりにしてたオルフェイリアの気持ちが少しだけ分かった。
白の体温が少し上がった気がする。照れてる……超可愛い……
「おぉい、話を聞いて来たぞ」
ジークが戻ってきた。魔導書の事を聞きに行ってもらっていたんだ。
決してパシリに使ったわけではない。大人の方がいい事もあるだろう適材適所だ。
俺は白を可愛がる係で、白は俺に可愛がられる係だ。うむ、適材適所だ。
「それで? どんな感じだ?」
「うむ、今回の魔導書所有権希望団体は1000を超えるようだ」
げ……いくら俺たちが才能に溢れていても、それだけの有象無象に囲まれたらさすがに埋もれてしまうぞ?
「それで魔導書所有権ってのはどうやって決めるんだ?」
「ある程度数を絞ったら、後は早い者勝ちか……トーナメントか……その時代の王族の気分次第だな」
やる気がごっそり削れる……もしかしてトーナメント編とか始まっちゃうのか?
週刊誌だったら年単位がかかる大イベントだ。出来れば早い者勝ちでお願いしたい。
「もう参加申請は始まっているぞ、明日が申請最終日だから今日中にしておいた方がいいぞ?」
「うげぇ……それじゃ賢王様に一任します。後は宜しくお願いします。
もし、くじ引きとかで悪い番号引いても怒らないから安心して行ってきてくれ」
俺はそれだけ告げると白を連れてその場を離れる…………事ができなかった。
丸太のような腕に襟を掴まれる。ぐぇ……
「バカを言うな、ギルマスが行かなくてどうする? 女たちは自由行動させておけばいい。ほら、行くぞ」
え!? 行くって二人で!? 勘弁してくれ!!
この寒空の下に一人で放り出されたら凍え死んじゃう! 女の子の温もり無しで俺は冬を越せる気がしない。
「なんだ? 寒いのなら俺が手でも繋いでやろうか?」
てめぇ!! ゴルァア!! 寝言は永眠してから言え!! 呪われた筋肉布団に包まれて、人が生きられる訳ねーだろ!!
「文句が無いならさっさと行くぞ、ほら」
………………
「分かった、もう分かったから、行くからさ…………俺と手を繋ごうとするな…………」
おかしいな……ついさっきまで女の子に囲まれてたのに、気付いたら隣には呪われし筋肉のみ……
俺はまたどこかでルートを間違えたのか……
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アルカーシャ王宮前大広場
この寒空の下、吹き曝しの広場には受付台が設置され、数百人ものギルド関係者で溢れている。
恐らく明日はもっと混むだろう。
列は三つあり、俺たちは一番短い中央の列に並ぶ。
ちなみに、白がついて来てくれた。お蔭で俺は凍えずに済みそうだ。
白が着実にブラコンに近づいてきている。おに~ちゃん超ウレシイ! 俺もシスコンになろうかな?
それにしてもいろんな種族がいるな……
おぉ! 有翼族だ! ウィンリーとフューリーさん以外では初めて見る有翼族で男性だ。
後で挨拶でもしてみよう、もしかしたらスカイキングダムの現在地を知っているかもしれない!
教えてくれるかは分からないがダメ元で聞いてみよう。
あっちの集団には何となく見覚えのある顔がちらほらと……あ、あいつ討伐軍のリーダーだった……確かアーサー・ブラックマンだ。と、いう事はアイツらが巨大魔導師ギルド『アーク』か。
あ、こっちに気付いた。軽く会釈だけでもしておくか。
あっちにもどこかで見たようなのがいるな。赤い髪に青い鎧、目を見開いてこっちを見ている。
なんか気持ち悪いな……ああいう奴には関わらない方がいいと俺の直感が言っている。
目を血走らせながらガンを飛ばすような奴だ。無視するのがイイだろう。
お! 男女コンビの耳長族だ。この国では耳長族は沢山見かけるが、あの二人はずば抜けて美男美女だ。顔立ちが似てるし、もしかしたら兄妹かもしれないな。
目の錯覚かも知れないが、二人の周りには何かキラキラした光が舞っている様に見える。
う~む、男はどうでもいいから、お姉さんの方と是非お近づきになりたいものだ。
おや? あのシッポは獣人族だな…… !? あ…あれは、幻の狸族!? 先輩の親戚だ!!
後で先輩に教えてあげよう! きっと喜ぶぞ!
しかしここは色々な種族がいて面白いな。ざっと見ただけでも有翼族、耳長族、獣人族、炭鉱族、妖精族、それに人族か……
さすがに上位種族や鬼族はいないが、もしかしたら人魚族も混じっているかもしれないな。
ミラは表に出さない方がいいかな? しかし実力は知っておきたいし、悩みどころだな。
さっきから目の端に誰かがアピッてる姿が映る気がする……なんか赤と青だ……
しかし心当たりは無い。よって無視だ。
白を抱きしめて温もりを堪能する。早く順番回ってこないかな?
後ろにも続々と人が並んでくる。こんな事なら明日の朝一にでも来たほうがすんなり申請できたかもな。
「おい、カミナよ」
「あぁ? 何だ? 俺と白のお楽しみタイムを邪魔する奴は何人たりとも許さんぞ?」
「変な言い方をするな、邪魔をする気などないんだが、あっちに…………いや、なんでもない」
いったい何なんだ?
ジークが視線を向ける方向から誰かが大声を上げながら近づいてくる気配がする。
盛りのついた猫並みにうるさいが、猫に文句を言っても仕方ない。奴らだって真剣なんだからな。
ただ余所でヤッてくれると有難い……
「やあ、霧島神那君。久しぶりだね」
反対側から声を掛けられる。話しかけてきたのはアーサー・ブラックマンだ。
「君たちのウワサはよく耳にするよ、獣衆王国との同盟や霧の迷宮の原因調査。それにランクS昇格だ」
どうやら草の根活動は耳に入ってない様だ。しかし無駄では無かったはずだ、そろそろ表舞台で実力を示すのも良いかも知れないな、そういう意味では今回の魔導書争奪戦は渡りに船かもしれない。
「どうだろう、君たちのギルドはもう十分に条件を満たしていると思うんだが……まだ、討伐軍に参加する気には成らないかい?」
渡りに船と言えばこっちもそうか……どうせそろそろ行こうとは思ってたからな。
「確かに人員は充実してきましたが、遠距離攻撃力に不安があったんです。今回この国に来たのもそれが理由です。
ただ、近々そちらへ伺おうとは思っていました」
「そ……それじゃ、討伐軍へ参加してくれるのか?」
「……はい、我々『D.E.M.』は魔王討伐軍への参加を表明します。
正式な取り決めについては、我々が魔導書を手に入れて、ガイアに帰還した後に行いましょう」
「は……ははは! なるほどライバルという訳だな! ならばこちらも手心を加えるつもりは無いぞ?」
「えぇ、望むところです!」
なんかこの人の言動は一々芝居がかっているな、釣られてこっちまで好青年風の受け応えをしてしまう。
これがナチュラルイケメンパワーか……大したカリスマ性だ。
「それと討伐軍への参加を心から歓迎するよ! ヨロシク!」
うぉ! 眩し! またしてもナチュラルに歯を光らせた! 自然体でこの好青年オーラ……俺には真似できそうにないな。
暑苦しい握手を交わすとアーサーは帰って行った。アレは敵じゃない味方だ、そう自分に言い聞かせる。
「何か……異常なまでに爽やかだった……ちょっと……気持ち悪い……」
白がそんな感想を漏らす。そうか必ずしも相手に好印象を与えるとは限らないのか……勉強になるな。
「よかったのか? カミナよ、そんなにあっさり決めてしまって?」
「あぁ、元々そのつもりだったからな。なにせ魔王は軍隊を持っている、それを押さえる戦力は必要不可欠だ。
俺は過程は気にしない、重要なのは結果だ。向こうも同じ考えだろう」
「そうか……ちゃんと考えているならそれでいい。ところで……」
「ん?」
「さっきからそこで、お前の話が終わるのを待っているヤツがいるんだが…………」
振り返るとそこには……
燃えるような赤い髪、胸部に鉄板を張っただけの無骨な修理痕のある青い鎧、マントを棚引かせ、背中には豪華な装飾の剣…………さっきこっちをガン見していた男だ。
何故か涙目だ。何だコイツ?
「キ……キ・リ・シ・マ・カ・ミ・ナァ~~~!!」
何か憎しみのこもった声で名前を呼ばれた、こちらも何か返答しよう。
「あのぅ! 横入りとかやめて貰えますか? ルールはちゃんと守りましょうよ! 人として!!」
俺はワザと周囲に聞こえるような大声で、ルールを守る重要性を説いてやる。
人間社会で生きて行くにはルールは守るべきだ、たとえ相手がどんなDQNでもそこは譲っちゃいけない。
すると男は周囲から睨みつけられる。そばにいるのは全員冒険者、ガチの戦闘員だ。
言わんこっちゃない、DQNがオラついてるからそういう目に会うんだ。これに懲りたら道の隅っこを歩くように心がけろよ?
「ち……違うんです! 割り込みとか横入りとかじゃ無いんです!
ただちょっと知り合いと話しているだけなんで!」
慌てて周囲に弁明する。さっきの声はとても知り合いに掛けるものじゃ無かった気がするが……
「お……おのれキリシマ・カミナ!! よくも!! よくもー!!」
「?? あの……どこかでお会いした事ありましたか?」
「なっ!!?? き…きさまぁ!!……アレだけの仕打ちをしておいて、よくもいけしゃあしゃあとそんな事が言えるな!!」
「はて? いったい何の事やら?」
俺がとぼけると、男はますますヒートアップ。顔が真っ赤になった。
やめろよ、男を見て顔を赤くするな。俺まで周囲からホモだと思われたらどうする!
「なあ白、こいつ誰だか知ってるか?」
俺が後ろから抱きしめていた少女の顔を見て、男の顔は赤から青へと変わる。
ツートンカラーを器用に使いこなす奴だな……まるでタコだ。
なるほど、コイツはミラの敵だな! ミラの敵は俺の敵でもある。叩き潰しておくか?
「う~~~ん…………」
白は男の顔を見て何かを思い出したかのように、ポンと手をたたく。
「おに~ちゃん、この人アレだよ…………『シンセーホーケーユウシャ』」
白の声は元々小さいが、それでもこちらを睨んでいた周囲の冒険者たちにはハッキリ聞こえた。
そして睨みつける表情から嘲り顔へと変化する。
「ぐ……く……ぐぅぅ!!!!」
おーおー顔色が目まぐるしく変わっている。大丈夫か? 今にも倒れそうだぞ?
しかしコイツはなぜ逃げない? 戦略的撤退を知らないのか? そんな事では生き残れないぞ?
「あぁ! 思い出した! 首都でお尋ね者の張り紙が出ていたシンセーホーケーユウシャか!!」
当然、周囲に聞こえるよう大声で言ってやる。
「う……ぐぐ……うがーーーーー!!!!」
…………勇者は逃げ出した。
相変わらず心が弱い、何の改善もみられない……がっかりだ。
「おい……信じたくは無いが、今のはまさか……今世代の勇者なのか?」
ジークがげんなりした顔で聞いてくる。その気持ちはよく分かる。
「そう……あれが世界の希望、たしか49代目だったかな? 勇者様だ」
「カミナよ…………いったい何をしたんだ?」
「以前ケンカを売られてな、きっと俺を倒して成長しようとしたんだろう。
だから俺も心を鬼にしてヤツの尊厳を徹底的に踏みにじり、心をへし折ってやったんだが……どうやら乗り越えられなかったみたいだ。
まったく成長の跡が見られない。残念だ」
「アレが勇者とは…………世も末だな」
「あぁ、まったくだ……」
その後俺たちは小一時間ほど並んでから参加申請を済ませた。
しかし勇者は戻ってこなかった。
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俺たちがこの国を訪れたのが申請期限ギリギリだった為、王宮に近い宿は既に満杯だった。
しかし、貴族がターゲットの高級コテージには空きがあったため、金にものを言わせて借り上げる。やはり金の力は偉大だ。
「え~、魔導書争奪戦の予選は、3日後から始まるそうです。更に我々の出番は2日目……つまり4日後なので、それまでの間は各自自由時間とします。あまり買い食いし過ぎないよう注意しましょう」
「お休みってこと? お祭りで全屋台制覇が出来るかもしれない!」
先輩が何か闘志を燃やしている、食い過ぎるなって今言っただろ? 狸みたいに丸くなっても知らないからな?
「さすがマスター、有給一つくれないどっかの誰かとは大違いです!」
ミカヅキは一々俺とジークを比べてくる。以前の勤め先は余程のブラック企業だったのだろう。
しょっちゅう恨み節が零れ落ちてくる。
安心しろウチはホワイト企業を目指してるからな……一応。
「それで神那、予選って言うのは何をするの?」
琉架が真面目な質問をしてくれた。誰も聞いてこなかったらどうしようかと思ったよ。
「予選は各団体をランダムに8のグループに分けて、バトルロイヤル形式で行われる。各団体最大で3名の代表者を選び、最後まで生き残っていたチームの勝利だ」
「それでは武器や防具、魔法の使用制限はあるのですか?」
今度はミラからの質問だ、質問の内容で人間性がよく分かるな。
「制限は一切ない、どんな残虐ファイトもOKだそうだ。ただし相手を死に至らしめた場合はその時点で失格となる。もっともこの国は高位の治癒術師が多くいるので怪我は気にしなくていいらしい」
あと補足になるが、この国の王族は代々治癒魔術の資質が高いらしく、治癒術師を優遇する風潮があるらしい。だからよその国より治癒術師の質も量も上なんだとか。
「誰が…………出るの?」
白が小首を傾げながら聞いてくる。その仕草に思わずクラクラくる。俺の中にシスコンの鬼が誕生しようとしているのが分かる。
しかし白は真面目に質問しているのだ、こちらも真面目に答えるべきだ。
「それなんだよな……恐らく300人以上が入り乱れて戦う事になる、有象無象などあまり心配することは無いが、念のため俺と琉架、それとミラで行こうかと思う……如何でしょう?」
「私はいいよ~♪」
琉架があっさり了承してくれた。
「私で……いいのでしょうか?」
ミラは二の足を踏む、まぁ、理由は分かる。
「ごちゃごちゃと人の多い予選はあまり注目されてないらしい、大丈夫だよ。万が一の時に二人を守るために俺も出るんだから」
「う……あの……わかりました、よろしくお願いいたします」
「まだ丸3日以上あるんだ、その間に……そうだな……琉架に対集団戦における心構えとか聞いておくのもいいかもな?」
「そうだね、私の知ってる魔術戦術を伝授します♪」
「あ、はい……ルカ様、よろしくお願いいたします」
「う~ん……様は要らないのに」
ミラの心構えは琉架に一任しよう。年の近い女の子同士だしな。きっとそっちの方がイイ。
後は『アーク』と同じ組にならないよう祈ろう、叩き潰すと後々気まずいし……
後は……そう言えばこの国には今、バカ勇者がいるんだったな。
見つかったらまた絡まれるかも知れない……まあいいか、その時は適当にあしらっておけば。
アイツがウチの女の子にチョッカイでも出さない限り、本気で潰そうとも思わないしな。