第37話 ミラ・オリヴィエ
おはようございます。佐倉桜です。
私の朝は早い……ギルド内でも2番目だ。
1番のジークさんは日が登る前にランニングに出かける。おじーちゃんみたいに早起きだ。今朝も氷点下なのに元気な事だ、きっとあの人は100歳まで生きるだろう。(←※不老不死の呪いを知らない)
その日の台所はいつもと何か違っていた。
不気味なモノがある…… まな板の上だ…… 白い布がかけられているが、所々に赤いシミができている。
大きさは人の頭ほど……きっと神那クン辺りがイタズラで置いたのだろう……
私はこれでもホラーには強い方だ。彼もそれは知っている……つまりこれは何かの実験だ。
そう自分を納得させると不気味さも薄れてきた。
私は軽い気持ちで布を取り払う…………そこにあったのは…………
セイレーンの生首だった…………
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」
目が合った、腰が抜けた、先にトイレに行っておいて良かった……じゃなきゃ絶対漏らしてた!!
「先輩、ナイスリアクション!」
いつの間にか背後に元凶が立っていた。
「ぁ…………ぁぁ…………」
足腰が立たない上に、声まで出ない……だがそこでようやく気付いた。
神那の後ろに申し訳無さそうな顔をしたセイレーンが立っているのに……
「は…………はぁぁぁあああ!!??」
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先輩にめっちゃ蹴られた。
まあ、こうなることは予想してたから許容しよう。顔面グーパンで鼻の骨を折られなかっただけマシだ。
テーブルの上に置かれているのはセイレーンの首のレプリカだ。
首を隠している布を捲って中身をミカヅキが確認する。
「うわ……すご……超リアルだ……マスターは多芸ですね? もしかして死体で遊ぶ趣味とかありませんか?」
「んなもんあってたまるか!」
この1/1超精密セイレーンの首は俺が3日掛けて『血液変数』で作り上げたものだ。
本当は全身像を作りたかったが、その為にはセイレーンの全身を隅々まで観察する必要がある。しかし新加入したばかりの女の子にド直球のセクハラをするのは危険と判断し断念する。
実に残念だ……
もっともこれはくだらないドッキリの為に作ったんじゃない。
ちゃんと重要な目的があるが時間が足りないから仕方ない、全身像を作るには少なくとも2ヵ月以上掛かるだろうからな。
「随分と精巧に作り上げたな? 正直本物の首と見分けがつかんぞ?」
「まぁな、ホラー好きの先輩が腰を抜かすほどの逸品だから」
また先輩に蹴られた。
そんなに気にしなくていいのに……アレを見て漏らさなかっただけでも十分ホラーに強いと思うんだが、もしかしたら俺に負けた気分になってるのかもな。
「つまりこれでセイレーンの死を偽装しようというのか…………上手くいくのか?」
言いたいことは分かる。首だけなら体は何処だ? と思うだろうし、誰が殺した? とも思うだろう。
しかし例えデクス世界でも、この頭部は人のモノだと断定するだろう。DNAまでコピーしたんだからな。
「あとは第6魔王の人格に掛けるしかないな」
自分の娘に本当に興味が無く、ただのオモチャ程度にしか思っていなかったのなら、勝算はある。
首しか作る余裕が無かったからこそ全力を注いだ。この首だけでセイレーンが死んだと信じ込ませなければいけないからな。
解剖されてもいいよう脳みそのシワまで精巧に作った、もちろん本人の脳みそを観察するわけにはいかないので、昔見た資料映像を基に作った。仕上げにセイレーンのニオイ成分と血液をコピーして注入しておいた。
後はこの首を海洋投棄すれば偽装は完了する。
ちなみに琉架と白は決してセイレーンの首レプリカには近づかない。部屋の隅でこちらの様子を窺っている。二人が見たら気絶しそうだったから「見ない方がいい」と忠告しておいたのだ。
「そうだ、なにか偽名も考えといてくれ」
「偽名?」
「今後、セイレーンの名で堂々と生きていく訳にはいかないんだ」
我がギルド『D.E.M.』は色んな意味で有名だ。そのメンバーも当然目立つ。たとえ遥か遠くの海の底で暮らしていてもどこかから名前が耳に入らないとも限らない。
「そう……ですね……ではカミナ様にお任せいたします」
「え? 俺が?」
「はい」
俺はRPGで最初のキャラクターネーム入力画面で普通に3日ぐらい止まる男だぞ? 超難産型なんだ。ようやく名前を決めてスタートしても、3日ぐらいしたら「なんか……ちょっと違うな」とか言って一からやり直したりもする。それにゲームキャラは変な名前でも文句言わないが現実の人となると…………
「わかった…………考えてみる」
「お手数おかけして申し訳ございません。よろしくお願い致します」
こう丁寧に頼まれると断りづらい、あとセイレーンは美人すぎる、それも断りづらい要因だな。
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翌日、セイレーンと二人で空中デートを行う。
いや、デートというより散骨式っぽいな……俺が死んだらその灰を海に撒いてくれ……的な。
セイレーンは自らの手で、レプリカの首を遺棄しに来たのだ。
恐らく過去の自分との決別の意味を込めているのだろう。
ちなみにセイレーンは魔法使い風の格好をしている。コーディネートまで俺に一任するものだから俺の趣味が炸裂した。
全体的にダボ付いた服とローブを重ね着し下半身のラインを隠す。突発的に身体が濡れるのを防ぐため防水仕様だ、さらに万が一変身した時のためにロングスカートにしてある。上手く折りたためば周囲にバレないからな。
そして最大の特徴がムダに広い鍔を持つ巨大なトンガリ帽子だ。よく女魔法使いが被っているイメージが有るアレだ。
帽子の先っぽには『月影』という三日月型の石が付いている。人を目立たなくする効果がある魔導具だ。
本人は髪を切るつもりだったが俺が止めた!
髪は長い友達! 大切にしましょう!
こんな綺麗な髪を切るのは余りにも勿体無い。完全に俺の趣味で切らせなかった。どうやら俺はロングヘアが好みらしい。
重要な事だがちゃんとパンツは着用している様だ。これは推測だが、パンツをはいた状態で変身が解けるとパンツは破けてしまうのでは無いだろうか?
本来海の中で暮らしている人魚族は当然パンツなど履いていない、しかし人族の女として振る舞う必要がある彼女たちはパンツの重要性も理解している。
恐らく着のみ着のままで逃げ出して来たため、小さな布きれにまで気を配る余裕が無かったのだろう。
まったく、保護したのが紳士の俺で良かった。他の男に見られたらきっと今頃地下牢に監禁されてキモイ脂身男の慰み者になっていただろう。うん。きっとエロ同人みたいに。
そうこうしているうちに第11領域と12領域の間にある海の上に辿り着く、かつて俺が何度も死にかけた忌まわしき海だ。
セイレーンがいなければ空中放尿でもして恨みを晴らしてたトコロだ。
セイレーンがレプリカの首を持ち顔をしかめる。
「う……それにしても凄いクオリティですね……でも、そんなにソックリですか?」
「あぁ、普段鏡で見る顔とは左右が逆だから違和感を感じるんだよ。大丈夫、完璧な出来だから……それよりもこの海に遺棄すれば本当に第6魔王のところに行き着くんだろうな?」
どうしよう、でっかい魚に餌として丸呑みにでもされたら……いや、その程度ならまだいい、たまたま通りかかった漁船に拾われたら殺人事件になる、大騒ぎになるだろう。
なにせ美少女の首だ。俺だって犯人を八つ裂きにするため血眼になって探すぞ?
「えぇ、それは大丈夫です。あんな母でも海の支配者ですから……それに第12領域の近海なら確実でしょう」
そうか……そうなると心配事はやはり首だけってことになるな……
コレはもう賭けだな。
セイレーンが首を持って窓際に立つ。
「セイレーン・ミュース・リープスは今日此処で死にます。さようならお母様……
次に会うときは……きっと私たちは敵になっています」
セイレーンの別れの言葉。やはり母親との別れと言うより、今までの自分との決別の様に感じる……
「さようなら…………」
自らの首(偽物)を空へ放る…………そしてそのまま首は海へ消えていった…………
「………………ぐす」
一人涙ぐむセイレーン。俺が一緒に来たのは傷ついた美少女を慰めるためだけではない。
「さてセイレーン、お前は今日から「ミラ」と名乗れ」
「え? あ……偽名ですか?」
「そうだ、セイレーンの写し鏡……ミラーから文字ったモノだ」
「え?」
「自分の過去を全て捨てる必要は無い、今の自分を形作ってきた者は紛れも無くセイレーンだったんだから。
自分の嫌いだった部分だけをセイレーンに押し付けて、自分の好きだった部分だけをミラに受け継ぐんだ。
せっかく生まれ変わるなら、強くてニューゲームしたっていいだろ?」
「………………」
ポカンとされた……強くてニューゲームの例えがいけなかったか。
「わかりました……ミラ……新しい私ですね」
気に入ってくれたのかな? …………帽子が邪魔で表情が読めん……このコーディネートはちょっと失敗だったかもしれない。
「あの……ファミリーネームはどうしましょう?」
「え?」
考えてなかった……ゲームじゃそこまで要求されないからな……どーしよ?
マリンブルーとかオーシャンとか適当に付けておくか?
…………ダメだ! これは気に入らなくて一からやり直すパターンだ!
「あの……わたしが自分で付けてもよろしいですか?」
! 今まで流されるままだったのに……そうか、新しい自分だからか。
「もちろんだ。何かあるのか?」
「はい、オリヴィエと……かつて愛する人族の男性と添い遂げた人魚の名です。
実は子供の頃から憧れてた物語だったんです」
オリヴィエ……なんか船を引き戻す迷惑な呪いの岬の名前に似てるな……
まあいいか、こんな事知ってるのどうせ俺だけだし、なにより本人が気に入ってるならな。
そうだ! 万が一に備えて俺と愛の思い出を作ろう…………て、悲恋じゃねーか!
余計な事は言わないに限る……
「いいんじゃないか、オリヴィエ……響きも綺麗だし」
「はい! それではわたくし『ミラ・オリヴィエ』は今日からあなたに……じゃなくて、ギルドD.E.M.の一員として頑張らせていただきます! どうぞよろしくお願いいたします!」
こうして我がギルドは新たな綺麗所『ミラ・オリヴィエ』を迎え入れた。
フッ…………すべてが順調すぎて怖いくらいだ。
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ギルドセンター受付
「また、美少女の新メンバーですか……」
リルリットさんがため息交じりにつぶやく。
「なんでみんな「また」って言うんですか? ちゃんとむさ苦しい肉壁だって仲間にしたでしょ?」
「賢王様はメイドさんの付属品だったんでしょ?」
ギク! 何だこの人! エスパーかよ!?
「ぎゃ…ぎゃぎゃぎゃ……逆ですよ……肉を買いに行ったらオマケにコロッケが付いて来たんです……いや本当に……」
ホントだよ? 確かにミカヅキを見つけた後は賢王とかどうでもよくなってたけど……
だって考えてみろよ! 『俺のメイド』だぞ!? 健康な中学2年生が思わず憧れるのも仕方ないだろ!?
「動揺し過ぎよ、それで『ミラ・オリヴィエ』さんね、はい、登録完了です」
「ありがとうございます」
リルリットさんには無理を言って人族として登録してもらった。
こんな事件の後では人魚族の風当たりが強くなる、とか適当な事を言って。
また迷惑料を請求されるかもな。
「しかしなんで君の周りには良い子ばかり集まって来るのかねぇ?」
それは誤解だ、確かにウチのギルドには良い子が多い……しかし、俺同様薄汚れている女の子も確かに居るんだ。俺が汚れすぎているため比較すると綺麗に見えるが、我がギルドには確かに闇が存在する。
「日頃の行い……いえ、きっと神に愛されてるんでしょう!」
「ハイハイ」
自分で振っといてこの冷たい返し……うぅ! 何かに目覚めそうになる! この人は危険だ!
綺麗な頃の僕に戻れなくなったら困る。
「それで皆さんは今後、どうするんですか? またコツコツと草の根活動ですか?」
「それも大切な事なんですが、とりあえずはみんなで相談して決めます」
「そうですか、たまには討伐系の依頼も受けて下さいね。では『D.E.M.』のますますのご活躍を願っております」
ビジネストークのリルリットさんと別れてカフェのいつもの席に行く。
他のメンバーは自由行動中、そろそろ集合時間だがまだ誰も来ていない。
そこでふと思う、セイレーン改めミラの事だ。
これで正式に仲間になったミラだが、彼女は戦えるのだろうか? 勇者を倒すために育てられたんだ、戦えないはずはない。バカ勇者よりは強いだろうが……どれくらい?
「ミラの戦闘スタイルってどんな感じ?」
「え? 私のですか? そうですね……完全後衛型、魔術師タイプです。人魚族は水系統の魔法を無詠唱で使用できますからそれが中心です。ただ……」
「ただ?」
「相手が第6魔王の眷属だと水魔法が全く役に立たないとこの間学びました」
なるほど……だからタコの触手攻めにあっていたのか……ミラにとってエロダコは天敵だな。
別属性の魔道具をいくつか持たせとくべきか。禁書庫漁りの2ヵ月間に白にリストアップしといてもらったんだ。全員に振り分けも行わないとな。
「ちなみにミラの能力値ってどれくらいあるんだ?」
「のうりょ? あぁ、魔力量ですね? 正確な数値は分かりませんが、最後にはかった時はおよそ8万程でした。
きっと今は9万越えてると思います」
この年齢で9万越えは相当優秀だぞ? 琉架が桁違いだからそう感じないが、すでに成人女性の平均値を上回っているのか。
流石は魔王の一人娘と言った所か。最強の魔法使いを目指せるレベルだ。
これだけの能力値があれば琉架と同じ戦い方も出来るかもしれない。
そんな話をしていると……
「おまたせ~」
女の子たちが続々とやって来る。しかし筋肉がまだ現れない、まぁいいか。
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「ミラ・オリヴィエと申します。皆様改めて宜しくお願い致します」
「ミラ・オリヴィエ……うん、良い名前だね。よろしく!」
女の子たちが笑顔でトークする、男は俺一人だ。そんな優雅なひと時を過ごしていると……
「面白い情報を仕入れてきたぞ」
ジークは直ぐにやって来た、せっかくのハーレムタイムだったのに……しょーもない情報だったら逆立ちで首都一周させるからな?
もっともこの筋肉ダルマは喜んでやりそうな気がする。
「アルカーシャ王国で古の魔導書の封印が解けたらしい」
なんだそのつまらん情報は…………と、言いたい所だが、その魔導書ってなんだ?
シニス世界なのに魔『導』なのか? 魔『道』じゃなくて?
「ふむ、トラベラーや魔法に携わる者以外には馴染の薄いモノだろう。魔導書とは……」
魔導書とは……
魔道具に分類されるが、より正確には神器の一種と言われている。
この魔道具はその名の通り書物の形をしており、その中に記されている現象・効果を自由に選んで使用できる……つまり魔道具の詰め合わせセットみたいなものだ。
「つまりその魔導書を持つと言う事は……」
「そう、100の魔道具を持つのと同じ意味がある」
何と言う幸運、正に狙い澄ましたかのようなタイミング! ウチに高位魔法使いが加入すると同時にそんな情報が転がり込むとは! ご都合展開サイコーーー!! この賢王様は何気にいい仕事するから追い出しにくい。
とにかく何としても手に入れたい逸品だ、盗むか? “完遂形態”のミカヅキならこのミッションをやり遂げてくれる気がする。
琉架の時由時在ならもっと簡単そうだが、女神に泥棒の真似事などさせられない!
「きっと今頃は、この情報を手に入れたギルドが大量に押し寄せているだろう」
「ん? 何で? もしかしてその魔導書って貰えるの?」
「うむ、最も優秀な者にな。封印が解けるたびに繰り返されてきた大昔からの伝統だ」
なんだ、盗まなくてもいいのか、我々は優秀だから行けば貰えると思っていいな。
床を殴れば食事が自動供給されるくらいイージーなミッションだ。
「はい、質問があります。そのアルカーシャ王国って……どこですか?」
琉架が質問してきた…………そう言えば俺も知らねーや、どこだよアルカーシャ王国って?
「えっと、アルカーシャ王国というのは、第12領域トゥエルヴと第7領域大森林のちょうど中間にある島国ですね。領土的にはトゥエルヴに属しています」
ミラが丁寧に答えてくれた、そう言えば図書館漁りで得た情報に、かつて第12領域には複数の独立国家があったと記されていた、長い時間の中で少しずつトゥエルヴという巨大国家機構に飲み込まれていったと。
しかし、大きめの島にあった国だけは生き残ったらしい、今は4カ国が第12領域の周りに残っている。
アルカーシャ王国はその中の一つという訳だ。
「第12領域、4王国の中で一番大きな島にあり、その場所柄『大森林』との繋がりも強いんです。国の民も半数が耳長族なんですよ」
耳長族……誰もが思う仲間にしたい種族第1位の耳長族さんか。
我がギルドは毒舌美人オペレーターのリルリットさんが耳長族だから馴染みも深い。
長命種である耳長族の寿命は250歳前後、ウチの不能不死者に比べれば大した事なく感じるが、そんな長生きな種族が大勢集まれば魔王や大森林の情報も手に入るんじゃないか?
ここまで条件が揃っていれば行かない理由は無いな。
「どうするのだ? カミナよ。行くなら早い方がいいが」
「よし! 行こう! アルカーシャ王国へ!」