第36話 神撃
首都ガイア外縁部防衛線
そこでは現在、2000人以上の冒険者たちが第6魔王の眷属たちと戦っていた。
戦況は極めて優勢。即席のギルド連合は犠牲者を殆んど出していない。
……にも拘らず、少しずつ追いつめられている。
何故か?
敵の数が一向に減らないのだ。
戦闘が開始されて既に4時間以上経過している、全員の戦果を合わせれば余裕で4万の敵兵を討ち取っている。
「いくらなんでもおかしいぞ?」
「確かに最初よりは敵の勢いも落ちている、だが攻撃の波が止む気配が無い」
戦闘に参加していた冒険者たちは口々に異常を訴える。
冷たい冬の雨に打たれ体力も低下していく中、低ランクのギルドからは次々と犠牲者が出はじめた。
この謎の答えは南東エリアを担当する一つのギルドが見つけ出した。
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「妙だな……」
「え? 何がです?」
「幾らなんでも敵兵が多すぎる、しかも兵の質がどんどん落ちている……これはまるで……」
ジークは独り言を言うと、戦場のど真ん中で考え事を始めた。
ちょ……危ないって!
「ミカヅキよ、死体を撃て!」
「?」
「我らは一杯喰わされたのかもしれん!」
「ちっ……了解致しました」
ミカヅキの角気弾が敵の死体を吹き飛ばす。しかし飛び散ったのは死体の肉片ではない……
「…………泥?」
「やはり……そういう事か……」
「え? 何? それじゃ私たち今まで必死こいて泥遊びしてたの!?」
「そうではない、これは死体のすり替えだ」
「ど……どういう事ですか?」
「敵は傀儡兵、ゾンビ兵と言った方が分かりやすいかな? 死霊使いがいるな」
敵は私たちが作り出した死体を再利用していたのだ。
どおりで敵が減らないワケだ……
「傀儡兵を完全に倒すには、敵の体に埋め込まれている「傀儡の種」を破壊するか、炎で完全に焼き払うか、もしくは死霊使いを始末するしかあるまい」
傀儡の種とは3cm程度の植物の種に似た石だ。そんな小さな石を敵の体から見つけ出すなんて無理だ!
……と、思ったら……
「…………見つけた」
白が薙刀を手放し刀で一匹の敵の首下を斬った。
そこから真っ二つになった小さな石が転がり落ちた。
「うむ、それが傀儡の種に間違いない」
「すご……白ちゃんもしかして見えるの?」
「『目口物言』で見える……けど、このやり方じゃ無理……」
「え?」
「みんな入っている場所……違う…………一匹ずつじゃキリが無い……」
敵は数万、この倒し方ができるのは恐らく白一人、確かにキリが無い。
ならば炎で焼き尽くす…………それも難しいだろう、何せこの雨だ。きっとその事も考慮に入れて今日攻めてきたのだろう。
水の眷属でもある魚人には有利に働き、人族にとっては不利になる。もしかしたらこの雨自体、敵が降らせているのかもしれない。
だったら取れる手段は只一つ、死霊使いの排除だ。
「死霊使いを始末するのは無理だろうな」
「なんで!?」
いきなりダメ出し、自分で出した案なのに……
「死霊使いや人形遣いは普通前線には出てこない。まして相手は魚人だ、恐らくヴィエナ大河に潜っているだろう。あの濁った大河の中から見つけ出すのは不可能だ」
あぁ、詰んだねコレ……
「とにかくサクラよ、東側の部隊へ伝令に行ってくれ。我々の火力では無理でも、向こうになら高位の炎魔術の使い手がいるかもしれん」
「あ……そうですね! 分かりました、行ってきます!」
その後すぐにこの情報は全ギルドに伝わるが、少々遅すぎた。
最前線では炎の高位魔術による殲滅が行われているが、既に疲労が蓄積されているため、反撃に勢いがない。
すぐに魔力も枯渇してしまうだろう。
南東エリアでは白が少しずつ敵を減らしているだけで、結局食い止めるのが精一杯だ。
ドカーーーン!!
「え!?」
背後で爆発音がする。どこかのギルドが崩れたのだ。街への侵入を許してしまった!
気付けば遠くの方でも街の中から煙が上がっている。既にかなりの数が入っている!
「サクラ、白と二人で行ってきてくれ!」
「え? 私? 白ちゃんと!?」
「ここは我々で食い止める。白なら確実に敵の息の根を止められるからな!」
食い止めるだけで精一杯なのに二人も抜けて大丈夫なのだろうか?
いや、大丈夫な筈がない。だが、行かない訳にはいかない!
「白ちゃん! 行こう!」
「………………」
白は動こうとしない、あれ? 私如きの指示には従えないかな?
フードを外し雨に打たれながら空を見ている。まるでアニメOPのワンシーンの様だ。
「あの……白様……私のようなゴミと行くのは大変ご不快とは思いますが、何とか我慢して私と行って貰えないでしょうか?」
「? 何でそんなに…………卑屈?」
白はチョイチョイと指を上に向けている。
なんだろう? 鉄骨が落ちてくるからそれに当たって死ねって事かな? ……て、アレ?
空を見上げると、雲から見え隠れする龍がいる、ホープだ。
「おに~ちゃん達…………帰ってきた」
おぉ! 我がギルドのツートップのお帰りだ! こっちが苦労していたのに、呑気にデートしてたかと思うと怒りが沸く!
タイミングも中途半端だ! こっちとしては有難いが、普通もっと大ピンチになってから現れるだろ?
「ふむ、どうやらこちらの事情も分かっているようだが、何故直接乗り付けたのかな?」
「はい?」
「要塞龍は人里近くには降りられないからな」
…………そうだった……あのアホギルマスゥゥーー!! 何やってんだ!!
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あと2~3分で首都の端っこに着く、既に煙が確認できる。
「神那、街中から煙が上がってるよ。雨のおかげで延焼はしてないみたいだけど、もう街にも侵入を許してるってことだよね?」
「お母様がまさかここまでするなんて…………」
正直俺も予想外だった、まさかいきなり戦争を吹っかけてくるとはな……
魔王とは自分の部下を捨て駒にする事をなんとも思わないのだろうか? 少なくともウィンリーはそんな子じゃなかったがな……
それともセイレーンにはこれだけの犠牲を払う価値が有るのか? しかし生死を問わない指示を出した以上可能性があるのは…………情報だろうか?
「アレは恐らく……死操魔法です」
「死操魔法?」
「はい、戦場で倒されることを前提に、あらかじめ兵の体に傀儡の種を植え付けます。そして死んだ兵士を操り、傀儡兵とします」
「傀儡ってことは……」
「はい、不死身の軍隊の出来上がりです」
なるほど、故に弱点対策の雨か……
「神那ぁ、どうしよ?」
俺の魔術じゃ無理だな、数が多すぎる上にこの雨だ……敵が一か所にまとまっていればまだしも……
やはりここは…………
「ここは琉架に任せてイイか?」
「ん? わたし? う~ん…………上手くできるかな? ここからだと射程が……」
確かに半径10km圏内では敵味方入り乱れての乱戦状態だ。だからこそ琉架にしかできない。
「事象予約を併用すれば射程・索敵は問題ないだろ?」
「あ……そっか、でも威力調整が……」
「それは俺が見極める」
「…………神那も手伝ってくれるの?」
「もちろん」
俺にできるのはサポートだけだが、女神だけを働かせる訳にはいかない!
そんな奴は信者失格だ! 俺が破門にしてやる!!
「そっか……じゃあ……あ、見られちゃってもイイの?」
「問題ない、現在高度1000メートル。識別なんてできないよ」
簡単な打ち合わせだけをし、戦場の中央付近上空でホープにホバリングさせる。
まだ上空の異変に気付いているヤツはいないみたいだ。もっともすぐに首都にいる全ての人が空を見上げる事になるが。
「あの……お二人は何を?」
「セイレーンはココで待っててくれ。敵兵を殲滅してくる」
「え……しかし、傀儡兵は簡単には倒せません! 傀儡の種を破壊するか、体を焼き尽くすか、あるいは操っている者を見つけ出してやめさせるしか方法は……」
「ああ、だから一番簡単な焼き尽くす方法を取る」
「………………え?」
それだけ言うと、俺と琉架は窓から飛び出し、ホープの巨体の腹側へ移動し前足に乗る。
「ふぅ~、始めます! 『対師団殲滅用補助魔導器』展開!」
琉架の周囲に何時ぞやと同じ巨大な砲塔がいくつも展開されていく。今回その砲塔が向けられる方向はほぼ真下で、放射状に広がるように配置されている。
さらに真下の戦場を琉架が覗き込み、事象予約で敵と味方を識別していく。
その隙にこちらは戦場の状況を確認する。敵の耐久値予測、効果範囲の計算、雨の影響。
せっかく敵を殲滅しても、街や味方に被害が出たらさすがに困る。
以前、獣衆王国で巨大なクレーターを作った時は、街を守る外壁があった。しかし今回は既に街の中にまで侵入している敵を撃たねばならない。
やり過ぎると死人が出る。
「神那、こっちは準備完了だよ。なるべく早くお願いね? 時間が経つと予測が変化するから」
「う~~~ん…………琉架、32.75倍ってできる?」
「う…………小数点以下か……できれば 32.5倍か33倍でお願いします」
だったら33倍か…………いや、32.5倍だな。
別に敵が1%やそこら残ってもイイよな。見せびらかすためにやるんじゃ無いし。
「琉架、32.5倍だ」
「りょ~かい!」
琉架は目の前に浮かび上がるオーブに手を添えて、そっと目を閉じる……
「第7階位級 火炎魔術『炎弾』ファイア・ブリッド チャージ32.5倍!!」
琉架の放った炎弾は、増幅装置付きの砲塔へ送られていく。
そして冬の冷たい雨を周囲の雲ごと吹き飛ばし、炎の雨粒を目にも止まらぬ速さで打ち出し続ける。まるでガトリング砲のように地上の敵を薙ぎ払う。
地上は地上で大混乱だ!
いきなり分厚い雨雲に穴が空き、天から前触れもなく凄まじい速度の空爆が始まったのだ。慌てふためくのも当然だ。
ドドドドドドドドン!!!!
「うぉぉおおぉ!? な…なんだ!? この世の終わりか!?」
「ま……魔王の新たな攻撃か!?」
「うわぁぁぁ!! し…死ぬ!!」
「な……何なんだ……この圧倒的な攻撃は……」
炎弾は一発も外れることなく、全て敵に命中しその体を焼き払っていく。
「うわぁぁ!! ちょ……クリフ!! これってまさか!?」
「あ…あぁ……コレは……対師団殲滅用補助魔導器か?」
「嘘でしょ!? あんなガキンチョ共にこんな真似が出来るなんて……!」
「これはお姫様の仕業か? なんて能力値だよ…………ははっ……これが味方なんだから頼もしいな……」
「…………私は逆に怖いけどね」
一方 首都南東エリア……
「スゴイ…………花火みたい…………」
「その反応なんだ……いや、確かに花火みたいだけど……」
白は尊敬の眼差しを空へ向けている。
「これは……凄まじいな……」
「これ……マスターとお嬢様が?」
以前に見た人面毒蝗殲滅時とは比べ物にならない威力と数の砲撃が降り注ぐ、炎弾に触れた傀儡兵は体の芯まで焼きつくされていく。もともとゾンビだから特に同情とかも無い。
ヒュッ ――― ボン!!
傀儡兵は自らの意志で逃げ出すことも出来ず、迫り来る火の玉を喰らう。例え自我があっても避けられる速度じゃない……
1分にも満たない、わずか数十秒の攻撃は首都の外は勿論、中に入り込んだ敵をも全て滅ぼしていた。
その日その時、首都にいたすべての人は一様に空を見上げていた。
防衛戦の維持も困難になったその時、突如空から敵にだけ降り注いだ神の炎を……
この炎は人族と街には一切の被害を出さず、敵だけを滅ぼしてくれた。
炎の雨が上がった後、未だに雨雲にはポッカリと大きな穴が空いているが、ソコには何もなかった……
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「どうだった? 建物とかに被害出なかった?」
「あぁ、大丈夫だ。街にも人にも被害は出てない」
要塞龍の部屋に戻り、状況を確認するが今の攻撃による人的被害は無い。
ホッと一息つく二人をセイレーンは呆然と眺める。
(この二人は本当に人族なのだろうか? あまりにも規格外すぎる……)
一方は簡単に第一使徒を倒し、片やもう一方は数万の兵をあっという間に殲滅する。
しかもまだまだ余裕が感じられる。こんなこと上位種族でもなかなか出来るモノじゃない。
「あ、そうだセイレーン?」
「え? あ……はい? 何ですか?」
「もし雨の中を歩いたら、足の変身って解けちゃうか?」
「あ……少しくらいなら平気ですけど、全体が濡れると元に戻ってしまいます」
「そうか……傘持ってくるの忘れたんだよな……仕方ない止むまで待とう。
やっと乾いた服をもう一度濡らすのはゴメンだ。
どうせすぐに止む、この雨雲も魔法みたいだからな」
二人はあくまでマイペースだった。
(すごいなぁ……もし私にアレだけの力が有ったら……)
きっと復讐に力を使う……どうして二人はこんなに平和な顔ができるのか……
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「で? 神那クンがまた美少女を拾ってきたわけだけど……」
「先輩……捨て犬みたいに言わないで下さい。更に言えば拾ってきたことも無いです」
ギルド『D.E.M.』の会議室。
何故か俺が尋問を受けている。違う俺は無実だ! 冤罪だ!
確かにスカートの中はしっかり見てしまった。だが、パンツは見ていない!
陪審員の皆さん! それでも僕はパンツを見ていないんだ!
パンツは見てないが、もっとド偉いモノを見てしまったのは秘密だ…………
やっぱり俺、有罪だ……
「わ……私はセイレーン・ミュース・リープスといいます」
「ミュース…………だと?」
ジークが「ミュース」の名前だけで答えに辿り着いたようだ。正直驚いた。さすが500年生きた賢王だ。
「もしや人魚族か?」
「は……い、ミュースは母の名です……」
「そうか……まさかこんな所で人魚姫に出会えるとは……長生きはしてみるものだ……」
長生き……コイツが言うと重みが違うな……
「ん? 何の話ですか?」
セイレーンが意を決した様に自らの正体を明かす。
「私は第6魔王 ミューズ・ミュースの一人娘です」
「は……?」
「え……?」
「??……」
「「うえええええぇぇぇぇええぇぇぇーーーーー!!!!」」
大絶叫! まぁ、コレが普通の反応だよな。
「か……神那クンが拾ってきた子犬がとんでもなかった件について……」
先輩が混乱している。だから犬じゃねーって、捨て魚……いや逃げ魚か……うん、た○やきくんみたいな存在だな。そう言えば俺も釣り上げた時、食べようとしちゃったっけ……
一方、爆弾発言をしたセイレーンはというと……
「え? あの……ちょっと……」
白とミカヅキがセイレーンのほっぺたをツンツンしてる。いや……その子は魔王じゃないから。
「しかしどうするつもりだ? カミナよ?」
「ん?」
「今回の第6魔王の侵攻はもしかすると……」
まぁ、この状況であれが偶然だと思うやつはいないよな。
「あの……お母様の真意は分かりませんが……きっと、私のせいです……」
十中八九、間違いないが、もしかしたらただの暇つぶしかも知れない。
実際、首都を攻め滅ぼすほどの戦力じゃ無かった。どちらかと言うと消耗戦。だからあまり自分を責めないでほしいが……
しかし相手が消耗戦を仕掛けてきたと言う事は……
「このままここで、この娘を匿うとまた侵攻してくる可能性があるぞ? 今回はお前たちのおかげで事なきを得たが、次は魔王自身がやって来ないとも限らんぞ?」
「っ!!」
分かってるから無駄に不安を煽るなよ。
責任を感じて美少女が逃げだしたらどうするんだよ!
俺は1000人のおっさんの命より美少女一人の方が大切だ! 美少女の命は金より重いんだ!
「それに関しては、俺に考えがある」
「ほぅ? それはどんな?」
「セイレーンには死んでもらう。なんて言うのか……死を偽装してもらう」
「え?」
「もちろんセイレーンがそれで良いならだけど」
「替え玉を立てるというのか? しかし、相手は血の繋がった肉親だぞ? まして第6魔王だ。騙せるとは思えんが……」
「それは俺に任せといてくれ。それでセイレーンはどうだ? 世間的に死んだことになるけど……」
「私は構いません。逃げ出した時に野垂れ死ぬ覚悟はしました……ちょっと覚悟が足りなかったですけど……」
まぁ、デクス世界と違ってこっちは戸籍とか適当みたいだし、別人になって人生再スタートもそんなにハードル高くないのかもしれないな。
ならば俺も全力で死を偽装しよう。正直急がないと第2陣とかやってきそうだから。
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翌日……
トゥエルヴ中がお祭り騒ぎだった。昨日の事件についてだ。
のちに……
人々はこの神の御業としか思えない事件を『エクリプスの神撃』と呼ぶようになった。
人族は神に見放されていない! 神は我々の味方だ! …………と。
エクリプス教会というシニス世界の巨大宗教が勝手に『奇跡』認定していた。
なに勝手にやってんだよ。確かに女神の御業だけど……
「エクリプスって…………誰?」
新聞を読みながら琉架が眉をひそめる。まぁトラベラーである俺達には馴染みが無いからな。
「何か手柄取られたみたいだよね? 神の御業って……」
「これで証明されましたね。お嬢様が神に等しい存在だと……」
「そう言えば称号が…………女神」
「やぁめぇてぇ~~~~~!!」
顔を赤くして逃げ出した琉架は俺の後ろに隠れる。あぁ、可愛いなぁ! もう!
こうして琉架は人族に永遠に語り継がれる伝説になった。