第354話 舞台裏
---佐倉桜 視点---
―― 大和 第3魔導学院 ――
私達はローテーションで迫りくる魔人の処理をしていた……
感情を持たず襲い掛かってくる魔人は非常に厄介だ、一匹づつ確実に急所を破壊しなければ止まらない、その上味方がやられても怯みもしない……
脳みそが無いんだから当然か。
アイツ等にやられた者は心臓を奪われ敵になる、ゾンビみたいな奴だがやってることは遥かにエグい、心臓抉り出すんだよ? 遠目に見ちゃったけどかなりキツイ…… そもそも心臓と半透明の仮想体って見た目がグロい。
きっと琉架ちゃんや白ちゃんだったら直視もできなかっただろう……
しかしその強さは行動パターンさえ分かってしまえば大した事ない、異世界経験者に言わせればB~Cランクの敵だ……
だからって……
だからって異世界経験者に防衛を丸投げすんな!!
仮想体を遠距離魔術で突破するにはちょっとしたコツがいる、一点に連続で魔術を叩き込み外側から少しずつ仮想体を削り心臓を露出させ魔術を当てる……
私の場合は遠距離魔術が苦手だから接近して直接ナイフを心臓に突き立てるだけ…… やることはさらにシンプルだ。
その分危険も多いし直接心臓を刺す感触はSAN値が下がる……
しかし学生組は見た目のキモさから遠距離から魔術連発でコスト度外視の攻撃を繰り返している……
確かにソレでも倒せる、しかし時間も掛かるし無駄が多すぎる……
魔術の一点集中は訓練とセンスが必要だからなぁ……
おかげでローテーションの分配が物凄く不公平だ、1時間の内45分は人数の少ない私達異世界組が担当させられている…… さすがに疲れてきた。
しかも集中しづらいんだよね…… なまじ余裕があるだけに、上空のライブ配信がスゴく気になる!
親しい男の子が(恐らく)世界同時生中継に出てるんだよ?
思わず視線がそちらへ吸い寄せられてしまう……
それと神那クン…… 分かってはいた事なんだけどさぁ……
『くそおおぉぉぉぉっ!!!! 『我は勇者!! 生涯DTを貫く者なり!!///』』
「ブフゥッ!!」
あまり笑わせないで……
世界にあんなことを宣言しなければならない勇者に同情しつつも思わず吹き出してしまった。
コッチも今けっこう大変なんだから笑わせないでよ!
神那クンが悪魔呼ばわりされる理由がよく分かった、ホント容赦ないんだから……
---エルリア・ヴァレンタイン 視点---
くっ……! ナゼか物凄く恥ずかしい!
空に映し出された勇者様の醜態を見ていると自分のことのように恥ずかしい!
アリア襲撃事件の際に行方不明になっていた勇者様……
仲間である私たちには一言も告げず魔王マリア=ルージュに挑み、いつもみたいにやられたらしい……
もうコレは仲間とは呼べないよね?
以前から霧島クンには勇者パーティーを抜けるよう忠告を受けていたけど、今まで先延ばしにしてしまった。
でももうそんな必要も無い気がする……
どうやって海を渡ったのか知らないけど、相談も何もなく1人で魔王に突っ込んでいった…… これは仲間とは呼べない。
……うん、これからはあの人のことは仲間とは言わないでおこう……
……だって恥ずかしいし……
---グレイアクス 視点---
勇者…… コレではどう見てもお前が悪者だ、勇者と魔王の名を前面に出してなお、お前の方が印象が悪いぞ…… ていうか、完全に悪役だ。
さっきから「死ね」だの「殺す」だのを連呼している、人前でそういう言葉を使うなと昔注意したんだが、どうやらこれっぽっちも覚えていないようだ……
仮に忠告を覚えていたとしても分の悪い勝負だ。
あの男は…… キリシマ・カミナは口先だけで勇者を殺すことだって出来るだろう……
うむ、勇者の仲間を自称するのはやめよう。
キリシマ・カミナが本当に魔王かどうかは別として、ワシまであの男に狙われたくないからな。
---タリス・パピオン 視点---
反魔術の小僧が魔王!
昔調べた時は魔力コントロールが上手いだけの人族だった…… それは間違いない、アレは魔王討伐隊結成前の話、あの時点で小僧は間違いなく人族だった!
しかし討伐戦後、魔王の力を継承し存在そのものが変質した!
調べたい…… 徹底的に調べたい!
もはや勇者に用はない!
勇者のデータは全て取り尽くした、さきほど生涯使うことは無いと宣言していた生殖器の大きさから、それを覆っている皮のたるみ具合まで計測済みだ!
次は魔王のデータだ! クックックッ!
勇者のパーティー
ギルド『ブレイブ・マスター』の歴史はここに潰えた……
ギルマスである勇者のあずかり知らない所でヒッソリと解散したのだった……
---二宮伝説 視点---
霧島の放った魔術が凄まじい……
何だあの絨毯爆撃みたいな魔術は? 今まで見せてきた魔術とは根本的に威力が違う、有栖川の『対師団殲滅用補助魔導器』に匹敵する…… もしかしたら上回るかもしれない!
あれが魔王の真の実力だとでも言うのか?
仮に霧島が本当に魔王だったとしてだ…… アイツに勝てる奴がこの世に存在するのだろうか?
…………
アイツと学院で再会した時、結構喧嘩腰で話してしまった……
神隠しに遭った後は割と普通に接していたと思うんだが……
あとでお礼参りとかに来ないだろうか? 来たら確実に死ぬな……
運命兄さんは殺されるかもしれないな…… ゴメン、俺に止める術はない。
一応、命だけは奪わない様懇願してみるか…… 話くらいは聞いてくれる気がする。
アイツが昔の事とか気にしないタイプであることを祈ろう。
---霧島伊吹 視点---
勇者が死んだ…… いきなり自殺した。
いや、まだ死んではいないか、しぶといなぁ……
現場でナニが起こっているのかは誰にも分からない。
おにーちゃんと倒れた勇者と心霊写真に映り込んだ白い影みたいなのが何やら喋っていたようだが、さすがに会話の内容までは聞き取れなかった。
その後しばらくして、突然勇者が自殺したのだ。
でも私には何となく分かる、アレ絶対おにーちゃんが自殺に追い込んだんだ。
追い込んだ……と言うよりは、誘導したと言うべきか…… 勇者がなんかやたら良い顔してる…… 感無量とか大願成就って顔してる。
一体どんな口先の魔術を使ったのか? どうすればあんな無駄に爽やかで良い顔して自分の胸を刺せるのか? 絶対現場で「もう思い残すことはない」とか言ってるよ。
禁域王が持つ最大の武力はその凶悪な能力でも、世界最高峰の魔力コントロール技術でもなく、人の心を弄び自分の思うとおりに操る悪魔的頭脳だ。
たぶん今まで倒された魔王も、そんな風にしておにーちゃんにイイように操られ不利な行動を強いられ倒されてきたのだろう。
やっぱりおにーちゃんは魔王に成る可くして成ったって感じだ。
そしてそんな魔王の弱点をこの世で一番多く知っているのはこの私、霧島伊吹だ! この立場、利用しない手は無い!
---高槻涼子 視点---
勇者…… わりとイイ男ね? かなりバカっぽくて熱血臭いけど、そこは野性味にコンバートできる。
!!?
あぁっ!!?
霧島センパイと勇者が手を握り合って見つめ合ってる!!
これは交渉次第で許可が貰えるかもしれない!! 魔王の後ろ盾を手に入れれば我が『腐海』が世界を制する事ができる!!
「クッ♪ クックックックックッ……♪」
---新聞部部長(名無し) 視点---
涼子が気持ち悪い笑い方をしている…… またよからぬことを企んでるらしい、コイツを押さえなければ! ヘタすれば世界が滅びるぞ!
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---佐倉桜 視点---
それは突然の出来事だった……
その時…… 大和の空に…… いや、世界中の空に魂の叫びがこだました……
『キッ… キッ… キリシマ・カミナぶっ殺ぉーーーぉぉぉす!!!!!!』
ナニが起こったのかはよく分からない、死んだと思った勇者が突然起き上がり、なにかブツブツ言っていたと思ったら突然……
だが勇者の怨嗟の叫びだけはハッキリ聞こえた……
「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」
「プッ……ククッ……♪」
その場にいる人達は一様に呆然としながら空を見上げている、その中で私だけが笑いを堪えられずにちょっと吹き出してしまった。
勇者対魔王の戦いはまたしても魔王の勝利に終わった、それでも今回は割といい勝負をしていた気がする。
ナニが起こったのかは分からないが勇者は神那クンの攻撃を完全に凌いでいた、今までの彼らを知る者から見れば信じられないような光景だった。
特にあの炎のミサイル…… 多分『神剣・紅蓮焔墜』だろうけど、威力がとんでもないことになっていた。
アレはもはや大量破壊兵器レベルだ、あの魔術一つで街一つを潰すことだって容易いだろう……
いや、今さらか…… 彼はずっと前から核融合とか使ってたし……
それは個人で核兵器を所有しているのと同じ意味だ。
あのアホの子だった神那クンがここまで強くなるとは……
誰よりも早く彼の才能を見抜き、彼を育て上げた私の慧眼っぷりよ!