第34話 海から来た者
首都ガイア南東区画
真冬にも拘らず冷たい雨が降っている。ただ立っているだけでも体力を奪う最悪の雨だ。
そんな最悪の状況の中、神那と琉架を除いた『D.E.M.』のメンバーが次々と押し寄せてくる敵の殲滅に当たっていた。
「あの、ジークさん……敵めちゃめちゃ来るんですけど……」
「うむ、予想外だな。主力部隊は何をやっているのか……」
え? 感想それだけ?
今は押し寄せる敵の処理は中距離攻撃手段のある白とミカヅキが受け持ってくれている。
私とジークさんは偶に抜けてくる敵を処理するだけだ。
白が持っている薙刀は『風薙』という名の魔道具だ。効果はその名の通り、一振りすると風域魔術のウインドカッターを発生させ、遠くの敵をも薙ぎ払う代物だ。
「フッ!!」
白の発生させた風刃をぬかるんだ地面を利用し、スライディングの要領ですり抜け距離を詰める敵がいる。
しかし体勢を立て直す前に白の刀で首を刎ねられる。
「さすが獣人族、身体能力が高い。実に頼もしい!」
一方ミカヅキは現在“完遂形態”発動中だ。
両手の指先から1cmほどの小さな角を生やし、それを投擲している。
これが世界でただ一人、角を自由に作り出せるミカヅキ専用の戦闘術だ。本来、鬼族の使う「気」は自分の体から離れるとすぐに消えてしまうが、ミカヅキ自身の体の一部でもある角になら「気」を纏わせて体から切り離しても長時間留まり続けるのだ。
この「気」の力で小さな角の破壊力や貫通力を極限まで高めて投擲している。
その威力は、44口径のマグナム弾に匹敵するらしい。
「招待されていないお客様はお帰り下さい」
“完遂形態”中のミカヅキは絶対攻撃を外さない。めっちゃ強い!
「何というか……“完遂形態”より“完殺形態”の方が合ってる気がする」
「ははは、言い得て妙、巧い事を言うな」
ジークさんに褒められた……あんまり笑えないけど……おっと敵が抜けてきた! 三匹だ!
「ジークさん!」
「うむ、行くか! 我々も負けていられないな!」
私はファイアナイフを発動させ、ジークさんは火蜥蜴を召喚する。
敵の弱点だ。白ちゃんに調べて貰ったから間違いない!
しかし雨の中では威力も半減する。コレが狙いだったのだろうか?
それに水属性の弱点は雷属性だと思ってた……もっとも今雷属性を使ったら私たちも感電しそうだ。
白ちゃんのギフトはそういう事情も酌んでくれるのかな?
とにかく今は粛々と仕事をこなすだけ……
しかし今はまだいい、全然余裕がある…………でも、いつまで続くのか…………
嫌な予感がする。きっとこのままじゃ終わらない…………そんな予感が…………
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冬の海で一人の男が大物を釣り上げたらしい……その獲物は人魚族だ!
― 人魚族 ―
海に住む下半身が魚の形態をしている女性だけの種族。陸に上がり下半身が乾くと人の足の形態に変化する。
人族の男とのみ交配可能で、生まれてくる子供は全て人魚族になる。ちなみにこの種族は全員美人である。
「あっ……あのっ……そんなにじっくり見ないで……ください」
セイレーン・M・リープス……
彼女は人魚だった。種族全員が美人の人魚族だ……なるほど噂は真実だったのか。
「に……に……に……」
「に? なんですか?」
「人魚! とったどーーーーー!!!!」
「ひゃあぁぁぁ!?」
突然大声を上げた俺にセイレーンが驚いたように暴れる。
おぉう、ピッチピチだ何という新鮮さ、実に美味しそうだこのまま食べちゃいたいくらいだ。
余計な調理は行わずそのまま皿に載せて提供すれば、今夜のオカズどころか一週間は余裕で食い繋げる。
そして多彩な調理を施せば、その味は無限大の広がりを見せてくれるに違いない!
では早速、最初に釣り上げた者の特権で摘まみ食い……もとい、味見をしてみましょう!
海の恵みに感謝を込めて! いただきます!
…………じゃねーよ!!
また暴走してしまった。今はそれ所じゃ無いだろ!! 海面に出ている胸から上が凍り始めた。
くだらない妄想のおかげで、俺の血潮は燃えつきるほどヒートしてるがそれも時間の問題だ!
数分もしないうちに俺の全身が震えるぞハート状態になるのは間違いない!
ビートは思いつかない……
「セセセイレーンさん……もも申し訳ないのですが……わわ私の体を……きき岸まで……はは運んで行っては……いい頂けないでしょうか?」
彼女の腰を拘束したまま凍り付いていた腕をなんか離し、解放してやる。
「あっ……はい! すぐに! 頑張ってください!!」
あぁ……この子、良い子だなぁ。こんないきなり腰を掴んで「とったどーーー!!」とか叫ぶ漁師みたいな男の事を本気で心配してくれてる、言ってみれば俺は彼女の天敵みたいな者だろ?
……さっきの失礼な言動については後で謝っておこう。
あっという間に岸に着いた。さすが人魚、速い速い! 海から勢いよく飛び出して乾いた岩棚に着地する。
「か……神那ぁーーー!!」
琉架が岸まで下りて………………ブフォッ!!??
琉架は何故か下着姿だ!? 何で!? やっぱり俺は海の中で死んだのか!?
ここは天国か? 楽園か? 理想郷か?
駆け寄ってきた琉架はそのまま俺の頭を抱きしめてくれた。「ひゃん」って可愛らしい悲鳴が聞こえた。半分凍った俺の頭は地肌にはさぞ冷たかろう……それでも絶対に離そうとしないので、俺もその好意に甘える。火に当たるよりよほど体温上昇効果が望めるから。
いつかのウィンリーのように琉架の胸に顔を埋める……あぁ、生きてて良かった、神の国はココにあったんだ。
だがハァハァはしない、野獣先生も大人しい……琉架が大泣きしているからだ……
「ぅぐ……よ…よかったよぉ……っ……神那が……無事でぇ~……」
あぁ、琉架を泣かせてしまった……幸福感よりも罪悪感の方がデカくなる。
本当にゴメン……
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琉架の『土壁』の魔術で、即席の土のカマクラを作る。
広さは4畳程度、その中で火を起こし室温を上げ冷えきった体をじっくり温める。
きちんと煙突も作って一酸化炭素中毒対策も万全だ。
魔神器から取り出した3枚の大きめなバスタオルにそれぞれ包まって火に当たっている。
「………………」
「………………」
「………………」
会話が無い…………
琉架は落ち着きを取り戻してからこっちを見てくれない。目が合うとすぐに顔を逸らし頬を赤らめる。実に可愛らしい。
一方セイレーンは居心地悪そうにしている、自分が人魚族だとバラした事を気にしているのか? この世界で人魚族が迫害を受けているなんて話は聞いたことが無い。なんでこんなに落ち着き無さ気なのか?
「あ……あぁ!」
セイレーンが声を上げると彼女の下半身、魚の尾びれが変化し始めた。
完全に乾いたのだろう、だんだんと人間の足に変わっていく。
俺と琉架はガン見だ。失礼だとは思うがやはり気になる。
「う……うぅ……」
セイレーンは顔を赤くしている、人魚族は足の変化を見られる事に羞恥を感じるのだろうか?
そんな照れまくっている本人を余所に、彼女の足は人間のモノへと変わった。1分も掛からなかった。
どっちの足も美味しそうだ……じゃなくって……
完全に人族と見分けがつかなくなった彼女の足を見ていると、一つの疑問が湧く……
あのヒラヒラの服……スカートの下はどうなっているのだろう……
つい1分前まで魚の尾びれだったが、今は2本の足だ。その付け根はどうなっている?
見えればちょっと嬉しい「例の布」が装備されているのだろうか?
それとも彼女の髪色と同じく……青き衣をまといし者が舞い降りる「金色の野」が広がっているのだろうか?
彼女をこの格好のまま風の強い谷にでも連れて行って確認したい衝動に駆られる。
俺が紳士でなければ、神風を起こしてチェックしている所だ。もちろん俺は紳士だからそんな真似はしない。
そもそも彼女は俺の命の恩人だ、こんな事を考えるだけでも失礼極まりないのに……
死に掛けたせいだろうか? それとも琉架の生おっぱいに触れたせいか?
さっきまで花開く前のアサガオみたいに縮こまっていた癖に、今では大輪の花を咲かせている。
むしろ、俺のビックトルクはスタンピート寸前だ!(意味不明)
俺が懸命に自分の中の獣と戦っている中、琉架がおもむろに立ち上がり……
「神那を助けてくれて、本当に……本当にありがとうございました!」
琉架がセイレーンに頭を下げた。
いや……ちょっとまって……琉架が頭を下げる必要なんて……
「や……やめてください!
私はただ自分が助けられた恩をお返ししたかっただけなんですから……」
こんな良い子達に囲まれて俺は一体何を考えているんだろう……
自制心が死にかけている自分を、心底申し訳なく思う……
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「アレは完全に俺のミスだ、油断しすぎた……」
今度は俺が頭を下げる、実際に油断していたのは事実だ。
「まさか第1使途があんなに手応え無いとは思いもしなかった。絶対二桁階位だと思ってたのに……」
「第1使途があれなら魔王も…………ってことは無いかな?」
さすがにそれは無いだろう。魔王の実力がアレに近かったらとっくに反乱が起きてる。少なくともウィンリーの力はあの魚介系使途の100倍はくだらない。……いや、もっとか……圧倒的な実力差があった。
「やっぱりあの程度ってこと無いよね……魔王の実力の参考にはならないか……」
「お二人とも一体何のお話をされているのですか?」
セイレーンが不思議そうに尋ねてくる、人魚族には人族の情勢なんて分かるわけないか。
「今、第12領域では魔王討伐軍ってのが組織されてるんだ。人に害のある魔王を倒すぞーって感じだ」
「魔王を…………倒す? そんな事が出来るのですか?」
「もちろん難しいが不可能じゃない……と、思っている。
その為にも俺たちのギルドは魔王の情報を集めているんだ」
「そんな……ことが……」
セイレーンがポカンとしている。
呆然自失……確かに荒唐無稽な夢物語みたいに聞こえるだろう。
在位2400年余り最強の座に君臨し続ける魔王だ。寄せ集めの冒険者に倒せるとは思えないのも仕方ない。
あれ? そう言えば彼女は第1使途に追われてたんだよな? それも殺す気満々の魚介類に……
もしかして……魔王の秘密を知ってしまったから…………とか?
いやいや、そんな都合のいい話があってたまるか!
魔王の情報を求めている俺たちの前に、たまたま魔王の情報を持った人物(美少女)が現れる。今時マンガでもなかなか見かけないご都合展開じゃねーか。
………………
でも一応聞いておこう、瓢箪から駒、事実は小説よりも奇なり、なんて言葉もあるし。
「セイレーンは何か魔王の事知らないか? 有力情報の提供者には礼も弾むぞ?」
「………………」
無視された……ちょっとショック……
「うん? どうかしましたか?」
「あの……お二人はギルド……冒険者様なんですよね?」
「はい! 私たちはギルド『D.E.M.』です」
「ギルド……魔王……情報…………礼?」
何かブツブツ呪文を唱え始めたぞ……まさか本当に情報を持ってるのか?
期待と不安が膨らむ。どちらかというと嫌な予感の方が大きいが……
「もし……もし私が、魔王に関する有力な情報を提供できたら…………お礼が頂けるんですよ……ね?」
いきなり礼の話し? 守銭奴にも見えないが何か欲しいのか?
あ……魔王に追われているなら欲しいモノなんていくらでもあるか。
「あぁ、嫌な言い方だが、我々のギルドは結構お金持ちだ。コネもそこそこ有る」
「い……いえ、お金は結構です! コネも私にはとても使えませんので……」
彼女は本当に何か知ってるっぽいぞ? と言う事は第6魔王関連か?
「わ……私が……第6魔王の情報を提供したら…………お二人のギルドの末席に加えて頂けますか?」
美少女メンバー!! キターーーーーーーーーーーーー!!!!
ご都合展開バンザーーーーイ!!!!
「それは提供される情報による……」
平静を装い某指令みたいに、顔の前で手を組んでみる。
本当はタオルもパンツも脱ぎ捨てて、裸踊りしたい気分だ!
「そ……そうですか……」
落ち込んでる!? し……しまった!! 平静を装いすぎたか! もっとウエルカム感を出せばよかった!!
フッキングを怠ってしまった、獲物が針を飲み込むまでは慎重にいくべきなのに焦り過ぎた。もしここでバラしたら一生後悔する! 逃した魚がデカすぎる!
「神那、話を聞く前からそんなこと言っちゃダメだよ」
琉架が助け舟を出してくれた! ありがとう琉架! 俺を助けてくれるのはいつだって君だ!!
思えば海の中で俺が熱を失わなかったのも、琉架との美しい思い出が有ったからこそだ!
あぁ女神様!! やはりあなたも俺の命の恩人だ!!
「そうだな……ゴメン、言い方が悪かった。俺たちの仲間になってくれるなら大歓迎だ」
「あぁあ…謝らないで下さい! でも…………本当によろしいんですか?」
「もちろん! 本当は新しい仲間を探すのもギルドにとっては重要案件だったんだ」
美少女で治癒魔術使いで美少女! 断る理由が無い!
もしこの勧誘に失敗したら俺は一週間は寝込む自信がある!
そもそも彼女は命の恩人だ! その願いを無下にはできない!
「あ……ありがとうございます。……えっと……それではよろしくお願いしま…………す?」
「ああ! よろしく!」
「新しい仲間! うん! ヨロシク!」
ここに新メンバー、セイレーン・M・リープスが新たに仲間に加わった!
他のメンバーの承諾は要らない、何故なら俺はギルマスだ。美少女加入に文句は言わせない!
……まぁ、誰も文句なんか言わないだろうけど……
「それでは正直に話しますが…………私は第6魔王を倒……いえ、殺したいんです!」
いきなりヘビーだ。
ヤンデレの愛ぐらい重い一撃がきた。思わず警察に助けを求めるレベルだ。
しかも美少女が殺したいって、ブサイクの勘違いコスプレ並みに似合わないぞ……
「えっと……その……誰かご家族を殺されたりしたの?」
「…………はい、父を…………」
要するに復讐か、白と同じ……
「いつか自分の手で敵を討ちたいんです。あの女……『第6魔王 ミューズ・ミュース』を……」
『第6魔王 “歌姫” ミューズ・ミュース』
男癖の悪い、いわゆるビッチ魔王。
見た目は完璧で絶世の美女。しかし暇さえあれば人族の男を攫い、気に入れば自らの居城で奴隷として飼い、飽きれば海の中に捨ててくるを繰り返している。
全世界の海である第6領域「大海洋」、1000年以上の昔に沈んだ大陸「アトランティス」に居城を構えている。
オリジン機関でも要注意魔王としてよく名前が挙がっていた。
魔王には二つ名の他に多くの異名を持つ者も多いらしい、第6魔王は「世界一美しい」とか「美の極致」とか……そんな異名がつく程の美女らしい。
それほどまでに美しいのなら、殺しちゃう前に是非一目見てみたいものだ。
…………見たいだけだ! それ以外の感情は持ち合わせていない!
しかし、「男殺し」なんて異名まであるやつだ、俺は役に立たんかもしれんな。
あるいはジークみたいな不能不死者なら、あるいはホモなら……
……アレ? 今の説明、何かおかしくなかったか?
「なぁ、セイレーンは父親を第6魔王に殺されたんだよな?」
「……はい、そうです……」
人魚族は女性だけの種族、男は存在しない。つまり父親は人族……
確か適齢期を迎えた人魚は人に化けて男に近づき子種だけ貰って海へ帰る。そんな行きずりの恋、アバンチュールみたいなライフスタイルを取っている筈だ。男にとっては美人とひと夏の恋を経験できる、天使みたいな種族のハズ、俺の所にも来ないかな? なんて思ったものだ。
なかには人に紛れて一生添い遂げた……なんて話もあるらしいが、基本的に男は種馬扱いだ。
そんな状況でどうして父親が魔王に殺されたんだ?
魔王に気に入られて連れて来られたのがたまたま生き別れた父親だったのか?
それとも魔王の奴隷だった父親と母親が逢引でもしてたのか? 魔王のお気に入りと? それこそ有り得ない!
しかしこのライフスタイルでは人魚の娘が父親を知っているとも思えないし……
ウソをついている様子は無い、しかしどうにも状況が分からない。
分からないなら聞けばいい、セイレーンに疑問をぶつけてみる。
すると……
「あの……これから話すことはお二人の胸に留めておいてほしいのですけど……」
「ん? 秘密にしておいて欲しいってこと? うん、わかった」
「あぁ、こっちも了解だ」
「ありがとうございます。すみません情報を提供するとか偉そうなことを言ったくせに……」
「いいから、いいから、気楽に行こう。仲間なんだから」
「あ! ……はい、えっと…………私の父は…………先代の勇者だったんです」
………………は?
「そして母を倒そうとして返り討ちにあって捕まりました」
………………おい!
「父が奴隷になり、その5年後に私が生まれました」
………………まさか!
「さらにその5年後に、用済みとなった父は……処分されました……」
………………それじゃ!
「ちょ……ちょっと待ってくれ……それじゃセイレーンってもしかして……?」
「うぅ……はい、私の名前はセイレーン・ミュース・リープス……
第6魔王 ミューズ・ミュースの一人娘です」