第353話 勇者死す
勇者は深淵真紅の切っ先を躊躇うことなく自分の心臓に突き立てた!
「がふっ!!」
勇者は大量に血を吐きだした……
この男、自分の胸に刃を刺すのにまったく躊躇しなかったな…… こんな時までアクセル全開とは……
あれ? 即死じゃない? 急所を外れたのか?
やはり勇者は簡単には死なないのか…… いや、コイツはもう勇者じゃないんだっけ?
「グッ…! ガハッ!!
ハァハァ…… わ……我が友カミナよ……」
とうとう下の名前で呼び捨てだよ、コイツ距離詰める時だけ電光石火だな。
しかし中継されてる以上この友情劇に付き合わざるを得ない…… 俺が始めたんだしなぁ……
…………
情に訴えかければ自殺してくれるかな?……って思いつきだったんだが、予想以上の効果にコッチが驚いた。
友達が死にかけている時ってどんなリアクションを取るのが正解なんだろう? 友達がいないから分からない…… てか、そんなシチュエーションに出会ったことがあるヤツのほうが少数派だろ?
ベタでいいか? 多分勇者もよろこぶ。
「ブレイド!! お前っ!! なんて事を!!」
「フッ…… いいんだ…… 友のために道を切り開く…… それもまた勇者の勤めさ……」
さっき勇者は死んだって言ってたじゃないか……
しかし満足そうな顔をしている、完全に自分の言葉に酔っている。
初めて出来た友達のために自分の命を捧げるとは…… ボッチも拗らせると行くとこまで行ってしまうんだな……
俺には琉架がいてくれて良かった、無駄に命を捨てずに済んで…… いや、俺も琉架の為なら命を懸けてもいいと結構ホンキで思ってたな。
ボッチとは死に至る病だったのか、危ない危ない。
「我が親友カミナよ……」
スッ―
勇者が血まみれの手を俺に向けて伸ばしてきた…… 握り返さないといけないのかな? 男同士ではあまり見たことのないシーンのような気が……
「ハァハァ……///」
わかったよ! やるよ! だからそんな恋する乙女のような目をするな!
ガシッ!
勇者の手を握る…… 気分は今夜が山田って感じだ。
「俺は…… 死ぬのか……?」
そのつもりで胸を刺したんじゃなかったのか? それとも意識が朦朧としてるのだろうか?
コイツは普段から浮世離れしてたからなぁ……
勇者の傷を確認してみる。
よく見れば胸のど真ん中を突いている、お陰で致命傷は避けられたのか…… お前の攻撃は何故いつも的を外す? 魔王相手に空振りしまくってたけど、まさか自分の心臓まで外すとは、どんだけ命中率のステータス低いんだよ?
しかしコレは……
「出血が多い、恐らく数分で出血性ショック死に至るだろう」
「そうか……」
未だに意識を保っているだけでも大したモノだ、さすが頑丈! 俺の勇者殺しシリーズでも仕留めきれなかっただけのコトはある!
俺は第1階位級の回復魔術だって使える、生きてさえいれば例え瀕死の状態でも完全回復させられる。
しかし今回はそれをしない、相手が勇者だからってのも理由の一つだが、勇者が死ななきゃここから出れないというのが大きい。
本当はコイツが死ぬのをゆっくり待っている暇はない、内心では傷口を穿ってタイムリミットを短縮したい気分だ、まぁキモい上に見られてるからやらないけど……
「俺は…… トゥエルヴの辺境の小さな村で生まれた……」
知ってるよ、地図にも乗ってないような村…… 確かカボチャ村だっけ?
「幼いころに両親を失い身寄りを無くしたが、小さな村だったからな、村人全てが家族のようなものだった、そんな家族に助けられ俺は生きてきた……」
えぇ~? 急に語りだしたぞ? まさかこれから勇者ブレイドの半生の物語りを聞かされるのか? ケツカッチンだからマキでお願い。
「俺は幼いながらも村で一番戦闘能力が高かった、その力で村を魔物から守り恩返しをしていた。
こう見えてもガキ大将ポジで結構みんなに慕われてたんだ」
今もガキ大将のまんま大きくなりましたって感じだがな……
「だが…… 俺が勇者に選ばれたことにより、幸せな幼少時代は終わりを告げた……」
話を聞いた限りじゃそれほ幸せな幼少期じゃないようだが…… それは人それぞれか。
どうでもいいけど、お前なんか元気じゃないか? さっきまでゴホゴホ言ってたのに…… ホントにこの後死ぬんだよな? ちょっと不安になってきた。
「勇者の生まれた村は滅びるという伝説のせいで村人は全員出ていってしまった……」
あぁ、その伝説って大和からのトラベラーが持ち込んだってウワサだな、古典的なRPGではよく起きるイベントだ、勇者の故郷焼き討ちイベント。
俺の持ってたRPGでも八割はその手のイベントがあった。
「俺は故郷と家族を同時に失った……」
あれ? 例の幼馴染は含まれないのか? お前のトラウマのやつ。
因みにあのお姫様、アルカーシャ王国国王の隠し子だったらしいぜ? 理由は知らないが辺境の名もなき村に身を隠していたことがあったとか…… それがお前の故郷のことだったんだろう。
要するに最初からヒロインにするには分不相応だったワケだ、ゲームじゃないんだ、どれだけ「いいえ」を選んでも「そんな、ひどい…」の無限ループで無理矢理ついてくる都合の良いお姫様なんかいるワケない。
「それから俺の人生は不幸の連続だった……」
勇者が遠い目をしている…… 不幸自慢でも始める気か?
「街を歩けば石を投げられるのは当たり前、子供達に「鼻血出させた奴が100点な!」って言われた時は走って逃げた…… 走りながら止め処なく流れる涙を堪える術は無かった……」
oh……
「飯屋に入ればスープにガッツリ指が使った状態で運ばれてくる、店主は熱いのを我慢しているように見えたなぁ…… ちなみに料理に髪の毛等の異物混入率は7割を超える、文句を言っても取り替えてもらえないからそのまま食べた、さすがに毒が入っていた事は無いし、髪の毛やハエ程度ならもう気にならなくなった……」
…………っ!!
「宿に入れば通常料金で馬小屋へ案内され、しかも高確率で夜になるとお隣さんが出産を始めて一睡もできない、何故か毎回足を引っ張るのを手伝えと駆り出されたからな…… 生命の誕生を目撃できるのは感動的なんだが、5回10回と続けば飽きる、そして朝には体力が回復するどころか消耗している……」
うっ!!
「薬草10枚セットを買うと、一番上と一番下が本物の薬草で、中の8枚が雑草という確率が高すぎて、今では薬草は1枚づつ買うようになった、ちなみに間に入っていた8枚がタイマの葉だったことがあって衛兵につかまり拷問を受けたコトもある、どうやら運び屋と間違われたようだ、街から街へと旅をしていたからな……」
「………… お…… おぅ……」
あまりにもの不幸体験に同情の涙を禁じ得ない!
ゴメン勇者、しょーもない不幸自慢が始まるのかと思ってたけど、正に格が違った。
予想を遥かに上回る不幸! 俺はてっきり「1日1回ハトのフン爆弾を食らう」とか「パンを落としたらほぼ100%の確率でバターを塗った面が下になる」とか「タンスの角に足の小指をぶつける」程度だと思ってた……
…………
お前よく勇者を続けられたな? 心が強いのか弱いのかよくわからなくなってきた。
むしろ俺から受けた仕打ちなど、お前の人生から見れば普段の光景だったんじゃないのか? なぜ俺にだけあれ程の殺意を向けた? 本当に理解できない。
「こんな不幸だらけの人生だったけど、最後に信頼しあえる親友を得た…… そしてその親友の為に俺の命を使えるんだ…… 悔いは無い……」
…………ヤバイ。
どうしよう? もの凄い罪悪感が……
こんな人生を歩んできて更に最後は魔王 霧島神那の口車に乗せられて自殺で終わる…… ワールドレコードレベルの不幸のオンパレードだ。
お前の人生悔いだらけだろ? てか悔いしかないぞ!
「我が人生最高の親友カミナよ……」
ヤメテ! 枕言葉がどんどん重くなる! ほんの数分前まで殺す殺す言ってたクセに! いつもの勇者に戻れよ!
「後は…… 頼……む……」
「ブッ…… ブレイドッ!!?」
勇者の手から力が抜け、そのまま床へ落ちた……
え? いきなり? 死んだの? ウソだろ?
シュゥゥゥゥン―――
僅かな音と共にフロア内の空気が動いた…… 空間閉鎖が解除されたようだ……
どうやら勇者の心臓の停止に呼応するシステムだったらしい……
「はぁ…… 勇者ブレイド…… お前は本当に悪運が強いな……」
エネ・イヴェルトの言う「どちらかの死」が、心臓の停止だというのが幸運だった。
これがもし「オーラの完全消失」だったら手の施しようが無かった。
その状態から死者を甦らせる事ができるのは神族の蘇生魔術のみ、だが今の状態なら俺でも蘇生は可能だ。
普通ならこんな事はしない、魔王が勇者を甦らせる義理は無い。
だが……
「今回だけは特別だぞ?」
コイツの話を聞いて迂闊にも同情してしまった、決して初めての男友達だから……とかじゃない。
勇者は自害に深淵真紅の切っ先を使った、この血を使って修復を行なう。
本来、回復魔術とは細胞分裂を促進させ自己治癒力を強化し傷を癒す、だから年寄りとかには効果が薄いケースがままある。
第1階位級の生命魔術『命神』なら、ヘイフリック限界とか無視して傷を癒せるが、そもそも心臓の細胞は殆んど細胞分裂しない。
だが血液変換で新しい心筋細胞を作ることが可能だ。
…………
しかしココで勇者を甦らせたら勇者はきっと俺との熱い友情の虜になるだろう…… それはかなり鬱陶しい事態だ。
上手い具合に俺たちの友情をぶち壊して関係をリセットできればいいんだが……
---ブレイド・A・K・アグエイアス 視点---
「うっ……」
?? 生き……てる?
もう二度と見る事の無いと思っていた光が網膜を刺激する……
俺は…… 生きてるのか? 俺の意識は確かに闇に飲み込まれていったハズなのに……
周囲には誰の姿も無い…… 親友の姿も…… 最高の親友カミナが俺を救ったのか?
胸に感じていた痛みも今は無い。
「アイツめ…… 味な真似を……」ニヤリ
色々失うモノの多い戦いだった…… しかしその代わりに掛け替えの無いモノを手に入れた!
俺の生涯の親友を!!
「ん?」
胸に何か違和感を感じる…… 自分で刃を刺した辺りだ、傷跡が残ったのだろうか? しかしこれは俺とカミナの友情の証となるだろう!
そう思うと愛おしさにも似た感情が沸く、傷跡をインナーの上からそっと撫でる……
「んぅっ!///」
変な声が出た…… 何だこの感触は!?
ビリッ!!
慌ててインナーを破り確認する!
そこにあったモノは…… イヤに綺麗なピンク色の円と、その中心に小さな突起…… 恐る恐る突いてみる……
ツン
「アフン♪///」
この感触…… 間違いない!!
「なっ!? なっ!!? なっ!!!? なんじゃこりゃぁぁぁあああっ!!!!?」
勇者の胸には感度良好なピンク色の第三の乳首が出来上がっていた!
ちなみに乳輪が直径6~7cmあり、そこから毛が数本にょろっと伸びている……
「キッ… キッ… キリシマ・カミナぶっ殺ぉーーーぉぉぉす!!!!!!」
49代目勇者ブレイド・アッシュ・キース・アグエイアス……
色々な意味でここに死す―――