第350話 黎明の子1 ~回収~
『キリシマ・カミナ…… お前のことはよく知っている……』
エネ・イヴェルトが口を開いた…… いや、そもそも根本的な問題として、魂に口はあるのだろうか? 見た目は霧の塊っぽいのにどうやって喋ってるんだアイツ?
そしてやはりと言うか何と言うか、知られてるんだ……
まぁ自分で言うのも何だが俺って結構世界的有名人だから。
知る人ぞ知る……だったのは今まで、塔を出たら名実共に世界一の有名人…… 魔王の悪名が轟いている事だろう。
『我が領地の生まれのくせに私に歯向かおうとする愚か者……』
「我が領地? 笑わせるな、ずっと放ったらかしだったじゃないか。
デクス世界で魔科学を興したのは第12魔王だ、もし信仰の対象になるならあっちの方が相応しい」
……と、言ってはみたが、リリスは信仰の対象には全く相応しくない。
暗躍魔王は下心満々でデクス世界を発展させたんだからな、それでも見た目だけなら……まぁ…… 大人気になりそうな美貌を持っているのではあるが……
『今は後悔している…… お前を勇者にしていればきっと今頃は全ての魔王が滅びていただろう……』
「冗談だろ? 勇者とか金貰ったってお断りだ」
世界の嫌われ者に誰が進んでなりたがるか! そんな役職貰って喜ぶのは余程の熱血バカだけだ!
だいたい仮に俺が勇者になったとしても魔王は全滅していないだろう。
少なくともウィンリーは無事だ、俺には幼女は殺せない。
『ふっ…… ふっふっふっ……』
「?」
なんか笑いだした、チョイキモだ。
『ヒトとまともに話すのは実に久しぶりだ……』
「…………」
会話に飢えてる? どんな神様だよ、今のご時世、魔王だって半数が引きこもりなんだ、もっと孤独を愛せよ! 確かに今まで話す相手が勇者くらいしか居なかったのなら会話に飢えるその気持ちも分からなくもないが……
いっその事、色々聞き出してみるか? 今ここで攻撃を仕掛けても効果は無さそうだし…… 魂ってどうやって消し去るの? 除霊すればいいのかな? あいにく霊能力者じゃないんだが……
それでも一応やってみるか? 倒せればラッキー♪ くらいの気持ちで、俺の先祖には陰陽師がいた可能性だってある、なんと言っても主人公なんだから!
ガンバレ遺伝子! 超隔世遺伝を見せろ!
「第7階位級 光輝魔術『閃光』レイ」
俺の放った閃光は白い影を貫いた!
しかし……
『無駄だ……』
「チッ! やはりか……」
白い影はその場でユラユラ動くだけで、何のダメージも与える事ができなかった。
由緒正しき農民バンザイ! やはり俺の祖先に陰陽師は居なかったらしい。
まぁいい、ウチが農民の家系なのは最初から分かっていたことだ、むしろ分からないのはコイツの方だ……
「エネ・イヴェルト…… なぜここに現れた? 魂のまま動き回ると消えるんじゃないのか?」
てか、さっさと消えろ。
『私がここに現れたのは…… 第3魔王に賛辞を送るためと…… 欠陥品の回収の為だ……』
「現状、敵対してるのにお褒めの言葉とか頂いてもなぁ…… それに欠陥品って……あ」
今この場には3人いる…… 3人……と言っていいのかどうか分からないが、この3人はある意味全員欠陥品だ。
身体を失ったにも関わらず魂の状態でフラフラしてる神様……
ハーレムとか本気で目指す倫理観の欠落した魔王……
そして何度魔王と戦っても絶対勝てない勇者……
どこかしら欠陥のある異常者だらけだ、そしてエネ・イヴェルトが回収するというのなら、その対象は1人だけ……勇者以外にありえない!
冗談じゃないぞ? せっかく勇者とのラストバトルというイベントを終わらせたばかりなのに!
『魔王殺し』を別の強い奴に与えられたら厄介だ!
相手が勇者ブレイドだから安全に戦えたんだ!
「勇者! 逃げろっ!!」
「??」
勇者に逃げることを促したが…… 手遅れだった。
だいたいアイツは俺の言うことを絶対に聞かない、もし逃したいのなら「その場から一歩も動くな!」って言ったほうが効果的だった。
それ以前にアイツは酸欠状態でまともに動けないんだよな……
今の勇者は覚醒状態だ、『強制転送』も『神血』も使えない、それどころか迂闊に触ることすらできない状態だ。
「主よ……?? 一体何が……??」
『何処までも愚かな……』
白い霧が勇者の身体から何かを吸い出し始めた…… それも白い霧の様に見える……
あれは魔王継承時に見えるミストの様なモノなのだろうか?
勇者システムは魔王システムの模倣…… その可能性は高い。
それが抜き取られたというコトは……
ジュゥッ!!
「うっ!? ぐわああぁっぁぁあぁ!!!!」
燃え盛る炎で勇者が焼かれだした!
チョット待てぇぇぇ!
「第3階位級 流水魔術『水神竜王』スイジンリュウオウ!」
魔術を使うと背後に体長5メートルほどのリヴァイアサンっぽい水の龍が現れる、その口から高圧の水流を吐き出し炎を消していく……
水神竜王とか仰々しい名前だが、実際のトコロは消火栓だ。
「ぐがっ!!? ガボボボボボボ!!!!」
燃えていた勇者の炎は無事に沈下した…… そして水圧で数メートル吹っ飛んだ……
魔術が効いた…… つまり覚醒顕現が終了したということだ。
『ナゼだ……』
「あ?」
『ナゼ勇者を助ける……? お前は魔王だろ…… 自らの命を狙った者をナゼ助けるのだ……?』
俺が勇者を助ける理由……
ナゼだろうか? 体が勝手に動いた? 俺は常々ウザイと思っていたアイツの事が案外嫌いじゃなかったのかもしれない……
…………
んなワケねぇーだろ!
勇者を助けた理由なんかただ一つだ! それはこの映像が全世界に中継されてるからだ!
本音を言えば勇者なんかどうなろうと関係ない!
ヴェルダンに焼かれようが、じっくりコトコト煮込まれようが、薄造りにされ皿に飾られようが知ったこっちゃない!
今まで、世界を救ってきた英雄である俺にしてきた数々の無礼を考えれば、むしろそうなって然るべきだ。
だがその様子をボケ~っと眺めているワケにはいかない、例え敵でも見殺しにするのは印象が悪い。
なので全世界同時生中継しているこの機会に「新世代魔王は良い奴」って印象操作を行なってるんだ、見捨てたら今までの苦労が無駄になる、だったらモノのついでだ、勇者の焼死を防ぎ、魔王の地位を向上させるイベントにしてやる!
要するに俺が勇者を助けたのは俺のためだ! 決してツンデレとかじゃ無いんだからねッ! フンッ!
まぁ単純に勇者が食材のBBQなんか子供には見せられないって理由もあるがな。
そんなグロテスクなクッキング番組をお茶の間に届けられるか!
でもせっかく向こうから質問してきたんだ、甘っちょろい綺麗事でも言っておくか。
「勇者は…… 歪ではあったが正義を信じて戦っていたからな……」
『それが理由か……?』
「いや、勇者は何度間違いを指摘しても何度も間違い続けた、終いには正義と信じて悪に加担するまでに至った…… 普通ならとっくに見捨ててる。
だがそれは、勇者が誰よりも純粋で誰よりも馬鹿だっただけだ、そしてそれを利用されてきたに過ぎない」
エネ・イヴェルトとか……
リリス・リスティスとか……
霧島神那とか……
そういったチョット性格がネジ曲がったヤツに利用されてただけさ。
だってバカだから操り易いんだもん。
「利用されていただけだから罪はない…… なんていう気はない、何度命を助けても俺を敵視することをヤメなかったヤツだ。
それでも…… 純粋に人類の為を思って戦ってきた男だ。
そして俺達は常に対立し続けてきたが、目指す未来は同じだったハズだ……」
『つまらん理由だ……』
ですよね~?
「あれ? よくよく考えたらコイツってしょっちゅう私怨で動いていた気が…… 俺が魔王だって気付いたのはマリア=ルージュとの戦いの時だった……
つまりずっと私怨で俺にちょっかい掛けてきたワケだ……
…………なんだ、助けて損した」
『…………』
エネ・イヴェルトはきっと今頃ポカ~ンって顔をしているだろう。魂だけだから表情には出ないだろうけど……
「さて、お前の質問に答えてやったんだから、こっちの質問にも答えろよ」
『質問?』
「魂のまま動き回ると消えるんじゃないのか?」
『あぁなるほど…… 私を完全に消し去る為の情報収集かね……』
勇者よりは頭が良いみたいだな、人を見る目は全く無いが……
『説明しても分からないと思うが…… 単純な事だ、この塔の中は外とは位相の異なる高位次元だ…… そして生命の元となる特殊なエーテルで満たされている……
そのエーテルから存在に必要な力を得ているからこうして存在していられる……』
「生命の元となるエーテル…… なるほど……」
エネ・イヴェルトの言う通り…… よく分からん!
しかも情報収集まで完璧に見透かされている、今の情報も正しいのかどうか……
マズイな…… もしかしてコイツって勇者より遥かに頭イイのかな? アイツを基準にして考えると大したこと無いように感じるが……
とにかくエネ・イヴェルトはココに足止めしておくべきだな、『魔王殺し』を回収したコイツを嫁達の元へ行かせるワケにはいかない。
そして出来る事ならば、コイツはココで滅ぼしておきたい。