第30話 幻の塔
洞窟の出口から外の様子をうかがう、間違いない、ここがガルーダの巣だ。
30平方メートルぐらいある岩棚の至る所に巣がある。
そして洞窟の出口に一番近い巣には氷漬けのガルーダが鎮座している。どうやらアブソルート・ゼロの直撃を食らったらしい。運の悪い奴だ。
「これがガルーダ? 頭だけニワトリっぽいね」
体は金色の体毛に覆われ、真っ赤な翼を持ち、頭にはニワトリみたいなトサカがある。この世界の上位鳥型魔物にはみんなトサカがあるらしい。食べると案外旨いのかも知れないな。
上空を何十匹ものガルーダが旋回している。警戒しているのだろう、襲いかかってはこない。
「琉架、石羽根を探そう。羽根の芯の部分がエメラルドみたいな石になってるヤツだ」
「りょーかい」
10分程の捜索で五つ見つけた。ジークは幾らでもあるとか言ってたが、思っていたより少なかった。もしガルーダからの攻撃を避けながら探したらもっと大変だったぞ。
「これだけあれば十分だよね?」
「あぁ、寒いしさっさと帰ろう」
「…………また、あの洞窟通らないとダメかな?」
最初は一気に飛び降りて帰るつもりだったが、ガルーダの群れに襲われ兼ねないからな……冷凍庫の中みたいに寒いけど我慢するしかない。
結局、山を下りた頃には日が暮れていた。
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「お帰りなさいませ、マスター、お嬢様」
「おかえり……なさい……」
ミカヅキと白が出迎えてくれた……美少女が出迎えてくれる日々……これは良いモノだ。
明日も頑張ろうという気になってくる。
「おう、戻ったか。首尾はどうだ?」
…………邪魔な筋肉が現れた、もう少し時間差つけろよ感動が薄れるだろ。
それに帰ってくるなり結果報告を求めるな。俺は企業戦士じゃないんだよ。
「はい、五枚ほど……これで良いんですよね?」
琉架が石羽根を差し出す。
「うむ、間違いない。しかしよく採ってこれたな? 大変だったろ?」
「神那のおかげでそれほど大変じゃなかったです」
「途中洞窟があったぞ、アレを使えばロッククライミングは実質500メートルほどだった」
「…………あの洞窟に入ったのか?」
「あ?」
「凄まじい臭いとトンデモナイ数の魔物が住み着いている……と聞いたんだが?」
何だ知ってたのか、確かにあのルートは人には勧められないな。
「神那が全部凍らせてくれたおかげで、何とかなりました」
「なんと……そんな手段があったのか……」
誰にでもマネできる事じゃないけどな。
「とにかくこれでオーブが揃う、後は中央大陸に赴いて幻の塔を起動するだけだ」
………………
「何!? 中央大陸だと!!」
「あぁ、世界の中心である中央大陸でないと幻の塔は起動できないんだ」
聞いてないぞそんな話は……留守番してようかな……
膝をつき項垂れる俺を、琉架と白が慰めてくれた……二人が居れば頑張れるかもしれない……あと一回だけだ……そうだ、琉架の膝枕を味わえるのも最後の一回だ……やっぱり行こうかな?
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「うぅ……死ぬ……」
船に乗って30分、飽きもせず今日もダウン。いつも大体30分が限界だな……おぇ……
「これ程とは……お前の船酔いは筋金入りだな。ここまで弱い奴は見たことが無い」
やかましい、俺だってここまでひどい奴マンガでしか見たことねーよ。
「おに~ちゃん…………大丈夫?」
白が俺の頭を撫でてくれる、いつもとは逆だ……弱っている時はこういう優しさがすごく嬉しい……
「お嬢様、マスターの介抱は私がやりますが?」
「うんん、いいの。船酔い中の神那のお世話は私がするって決めてるの」
「ですが…………いえ、分かりました。お嬢様にお任せします。何かあったらお呼び下さい。私はアレを突き落とすタイミングを見計らってますから」
ミカヅキがサラッと暗殺計画を漏らす。ジーク本人が聞いているのにだ……もはやワザとじゃねーかと思えるほどだ……またデコピン食らってるし……
学習能力が高いのか低いのかよく分からん奴だ……
「神那、要塞龍手に入るとイイね」
そう言いながらいつもの様に膝枕をして頭を撫でてくれる琉架……まさに女神の様な慈愛だ……薄汚れた俺にはこの真っ白な光は眩しすぎるぜ……
琉架の膝枕が味わえなくなるのは少々残念だが、この苦しみと琉架に迷惑を掛ける罪悪感は何としても無くしたい。要塞龍……絶対手に入れなければ……
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ラドンに到着後、宿を取り打ち合わせをする。
「それで? この後どこまで移動するんだ?」
「その必要は無い、中央大陸ならどこでもいいんだ」
「は?」
中央大陸ならどこでもいい……そういうものらしい……何でトゥエルヴじゃダメなんだと納得がいかないが、余計な手間が掛からないならそれに越した事はない。
まだ少しムカつく胃を押さえ納得する。
翌日
城塞都市ラドンの北に広がる森に入り、歩くこと1時間程……小さな泉を見つける。
「この辺で良いだろう」
いくらなんでも人里が近すぎる気もするが……
「本当はラドンの街中でも良いくらいだが、人に見られるのは良くないからな」
ジークは供物を備え呪文を唱え始めた。何語だかわからない、もしかしたら精霊族の特殊言語なのかもしれないな。
随分と時間がかかる、呪文を唱え始めてから30分は経っている。その間俺たちは次から次えと湧いてくる魔物の処理に追われていた。こんな事なら古来街道でやればよかった。
ロンリーウルフの群れが厄介だ、ロンリーなのに群れるなよ。
白が言うにはロンリーウルフはこの大陸に生息する狼に近い形をした魔物の寄せ集めらしい、今群がっているやつらも色も形もみんなバラバラだ。そんなやつらが寄り集まって一つの群れを形成しているのだ。
だからロンリーウルフの群れか。普通じゃ考えられないな、別の種族同士がきちんと連携しているなんて。
しかし、こうやって集団戦をしてみるとよく分かる。
やはり『D.E.M.』は遠距離攻撃力が不足しているな。俺と琉架がいれば確かに事は足りるが敵が魔族や使途になるとどうなるか分からない。美少女魔術師や美女弓使いがいたら積極的にスカウトしよう。
完全前衛型の賢者などもう要らんからな!
「よし、終わったぞ。俺の3ートル以内に寄れ」
琉架と白を守りながらジークの近くに寄る。すると……
……ジ…ジ……ッ ジジジッ…………
「な……なにこれ? 空間に何かノイズのようなものが走ってる……?」
「お…………おに~ちゃん」
全員に不安がよぎる。俺も不安だ……しかしある程度予想もしてた。
世界中のどこからでもぼんやりと見ることができるが決して辿り着くことができない幻の塔。
そんなものが成立するとすれば空間の歪みとか次元の狭間とか、そんなゲーム用語みたいな世界でこそだろう。
琉架と白の手を強く握る。どこかに飛ばされても繋がっていれば安心も出来るからな。
二人の柔らかい手の感触が俺を高ぶらせる。うむ、なんでもできそうな気がしてきた!
ジジジッ………… プツン!
魔物の血の臭いが充満していた森の中の泉の景色が暗転した。
……いや……いつの間にか目を瞑っていたらしい。血の臭いがしなくなった……ゆっくりと目を開けると崖に囲まれた場所に立っている。
琉架と白はまだきつく目を閉じている。近くにはジークと先輩とミカヅキも居た。
「琉架、白、二人とも目を開けてみろ。大丈夫だから……」
「う…………ん?」
「…………ん」
俺たちの居る場所は緑の少ない荒野、数百メートル先には巨大な塔が立っていた。
「あれが『幻の塔』……」
「そうだ幻の塔だ。何とも寒々しい場所じゃないか、まさに地の果てといった所か……」
さっきよりも気温が低い、周囲には生き物の気配は一切ない。一言で言い表すなら禁断の地だ。
世界地図で見たが、地の果てに禁断の地は実際に存在する、まさかそこに飛んだ訳じゃないよな?
「なんていうか…………寂しい所だね」
たしかに風の音すら聞こえない寂しい所だ、本物の引きこもりには最高の環境だぞ、誰もいないんだから。
誰かに心配してもらいたい、なんちゃって引きこもりには地獄だな。
もしかしてどっかに勇者来てない?
「ここにいるとこっちまで暗い気分になってくる。とにかく行ってみよう」
全員で移動を始める。琉架と白は未だ手を離さない、魔物もいない様なのでこの柔らかい感触を黙って受け入れる。うむ、苦しみを乗り越えてここまで来た甲斐が有ったというものだ。
「何か思ってたのと違う、精霊のオーブとか集めたし緑の多い春みたいな場所だと勝手に思ってた」
先輩が言う、確かにお花畑とまでは言わないが、もう少しマシな場所を想像してたな。
「見えてきたぞ、塔の入り口だ」
外周1kmは有りそうな巨大な塔なのに、入り口は普通の民家と変わらないサイズだ……てか、それよりも気になる事がある…………誰かいるんですけど…………
入り口の前には老人と思しき人物が座っている。門番か? もしかしたらミイラかも知れない。
「失礼の無い様にしろよ」
ジークがそんな事を言う。なんで? お前何か知ってるのか?
「あの目を見ろ、彼は龍人族だ」
― 龍人族 ―
世界創生にも立ち会ったとされる最古の種族。普段は人の姿をしているが本当の姿は巨大な龍である。
その力は他の種族のそれとは一線を画す世界最強の種族。金色に輝く目を持つ。
「あれが……龍人族……」
伝説の種族だ。一説には世界に10人も残っていないとまで言われている種族で、魔王に匹敵する力を持っているらしいが真相は不明だ。
「………………」
めっちゃ見てる、年老いているにも拘らずあの金色の眼光は人に恐怖を与える。
「なんだ……お前たちは……」
ファーストコンタクト! どうしよう、ちょっとビビってる自分が情けない!
ギルドメンバーが全員俺を見ている……やっぱギルマスなんてなるんじゃなかった……
魔王に匹敵する強者……しかし敵ではない。
ならば聞かれたことには正直に答え誠意を持った態度であたろう。
「おれ……こほん……自分はギルド『D.E.M.』の霧島神那。ここへは要塞龍ホープの封印を解きに来た」
「…………なんだと?」
ギラリ!!
怖!? この世界に住んでいるとジジイは強烈な殺気を纏う様になるのか?
もしかしてコレが圧迫面接ってヤツなのか? 今から就職活動が嫌になる……
たまにはフレンドリーなじーちゃん出て来てくれよ……
「なにゆえ要塞龍ホープを求める?」
「船酔いが酷いから空飛ぶ乗り物が欲しかったからです」
後ろから先輩とジークにどつかれた。正直に答え過ぎたか……でも嘘はいけないよ、俺の正直な気持ちだ!
「ここに至ってそんな本音を漏らしたのはお前が初めてだ……」
呆れられた……まあ普通なら、「魔王を倒すため」とか「世界平和のため」とか言うだろうな。
俺も取り繕っておいた方が良かっただろうか?
「そこの小さいのは復讐の為……とかどう思う?」
「……!?」
白が手を強く握ってくる。このじーさん、まさか人の心が読めるのか?
「そっちの黒髪の子は誰かの為にココにいるんじゃないのか?」
「え?……私?」
「そこの偽乳はただ帰りたいだけか?」
「に…せ……!! このジ……ジィ……!!」
「そっちの鬼娘は全然関係ない理由みたいだな」
「…………さて? なんのことやら…………」
「そして一番デカいの、お前の本音が一番意味不明だぞ?」
「………………」
何が言いたいんだこのじーさんは……俺の天使たちを貶めるなら許さんぞ?
ただしジークに関しては同感だ。不能は治したいけど不死は無くしたくない……意味不明というよりワガママだな。
「お前は随分と自分の欲望に忠実なようだな、そういうやつは嫌いじゃないぞ?」
ジジイに好かれても迷惑だ、この問答こそ意味不明だろ! さっさと龍寄越せ!!
「はぁ……100年以上も時間が過ぎると人も変わるものだな……昔は正義感に溢れた勇者しか訪れなかったのだが……」
ジジイが過去を懐かしんでいる。知るか! 時代は移り変わるんだよ!
49代目ヘッポコ勇者は暗黒面に落ちてしまったから、期待するだけ無駄だぞ?
「お前は心を読まれてなお、なぜそうも明け透けなのだ?」
「ジジイが気に入りそうな殊勝な心掛けの方が良かったとでも? 心が読まれると知っても思考なんて簡単に変えられないだろ。仮にできたとしても俺ならそんな奴は信用しない」
やはり読んでいたか……残念だ、コレが美少女だったら俺の中のエロ妄想をぶつけて赤面させてやったのに。
「お前!……なんて口のきき方を……!!」
「よい、もともとワシは門番でも何でもないんだからな、お前たちを止める理由も無い」
やられた!
これ見よがしにこんな所で待ち構えていたから、てっきり資質とか見極めるためにいるのかと思ってた。なんだ初めから無視すればよかったのか!
まてよ……じゃあなんでこんな所にいるんだ? 引きこもりには見えないが……
「ホープがお前らを気に入らなかった場合に、お前らを始末するためだよ」
ちっ! 心の声に反応するなよ。エロい妄想もできやしねー。
てか、何気に怖い事を言う……世界最強種族か……きっと俺たちを簡単に全滅させる事ぐらい出来るんだろう……怒らせない方がいいかな?
……今更か……
「一つ忠告しよう、最初に入る者は心の綺麗な者にしろ。つまりお前以外だ」
「…………それはアドバイスどーもアリガトウ、ついでに余計な一言も」
心が綺麗な者…………一人しかいないじゃないか…………
「じゃあ琉架、よろしくお願いします」
「え?…………なに?…………私なの?」
我々は多かれ少なかれ心に闇を抱えている。琉架しかいないんだよ。
「よい……しょ……」
扉を開けるとよどんだ空気が溢れだしてくる、約100年ぶりに開かれたからだろう。
琉架を先頭に塔に立ち入る、中は薄暗いが完全な闇ではない。目の前には巨大な何かがある。
「なんだろ……これ?」
白が縋り付いてくる、見えてるのか? 少し震えている様だが……
だんだんと目が慣れてきた……そこにあったのは巨大な龍の頭蓋骨だった。
「こら! ジジイ! 死んでんじゃねーか!! どーゆうことだ!!」
「本当に明け透けだな……案ずるな、塔が起動している間ホープは決して死なない」
塔が起動している間? じゃあ……
変化は突然だった、僅かに浮かび上がった頭蓋骨はまるで逆再生の様に瞬く間に受肉し始めた、塔の中で逆立ちするような体勢で体中の骨が浮かび上がっていき、内臓から復元されていく……
やばい……これちょっとしたホラー映像だ。
案の定、琉架がこっちに逃げてきた。俺の腰に抱き着き目を閉じて震えている。ありがとう要塞龍ホープよ……
1分も掛からず要塞龍は生前の姿を取り戻した。
デカい……頭だけでも20メートルは在りそうだ……
「え?……あ、はい……そうです……」
琉架が突然独り言を始めた……きっと俺たちには聞こえない声で要塞龍と話しているんだろう。……俺の腰に抱き着いたまま。もう一度言う、ありがとう要塞龍ホープよ……
「あ……ありがとうございます! よかったね神那♪」
いや……いきなり話振られても全然わからないです。
「え? 私しか聞こえてなかったの?」
あぁ、きっと乙女にしか聞こえない声なんだろう、ユニコーンみたいな……
なんだよ……淫獣の類か? こいつ……
「驚いたな……勇者以外でこいつと心を通わせる者がおったとは……」
ジジイはどうやら俺たちを始末するつもりだったらしい、デンジャラスジーサンだな。
しかし俺の女神の清浄さに恐れをなしたようだ。驚いたか! コレが女神だ!!
「とにかくこれで要塞龍ホープはお前さんらのモノじゃ、精々乗り物酔いしない事を願っておるよ」
それは俺も切に願っている……
「それじゃちょっと怖いけど乗ってみようか?」
「あ……その前にちょっといいですか?」
琉架が携帯を取り出した……まさか……
「写真一枚だけ撮らせてください!」
相変わらずのマイペースだった。この子は大物になるな……
みんなで記念撮影、最初は怖いと思ったけど、案外ノリのイイじーさんだった。
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「おおおぉぉぉーーー!!」
「すっごーーーい!!」
「ひぃっ!!」
塔の先端から弾丸のような勢いで空へ飛び出した。
俺たちはホープの延髄付近にある部屋に乗り込んでいる。要塞龍はこんな感じで人が乗り込むためのスペースが用意されているらしい。
一体どういう生き物なんだ……乗用に造られた生命みたいだが……誰が造ったんだ?……やはり龍人族なのだろうか? それとも別の何かが……?
その後ゆっくりと旋回して塔の根元へ着地する。
「よいか、注意点は幾つかあるが、細かい事はそこのデカいのに聞け」
は? なんでジークに? あぁ、心を読んだのか。
500年も生きてると脳筋でも賢者になれるらしい。
「それからたまには遊びに来い、こんな所に住んでると寂しいからな」
門番でも何でもないんだから勝手にどっか行けばいいのに……龍人族……謎の種族だな。
「おじーちゃん、いろいろお世話になりました! 今度来る時は何かお土産持ってきます!」
特にお世話にはなってない気がするが、琉架はおじーちゃんっ子だからな、なんていい子なんでしょう。
あのじーさんもどうやら琉架の魅力にメロメロのようだ。
俺が「幼女キラー」なら琉架は差し詰め「老人キラー」だな。
…………
これじゃまるで殺人鬼だ。やっぱ今のナシで!
こうして俺たちは物語の終盤で手に入れるような空飛ぶ乗り物を早い段階で手に入れた。
そして俺は船酔いから解放されたのだった。