第309話 トンネル
「うおおぉぉ~! 済まなかったのじゃカミナよ! ちょっとばかり張り切りすぎてしまったのじゃ!」
あ、なんかデジャヴ、前にもあったなぁ、こんなコト……
「大丈夫だよウィンリー」
俺達の目の前には谷底の道を塞ぐようにイノシシの死骸の山が堆く積まれている。
体長4メートル程のビッグボアは真っ二つになり絡まるように倒れていた。
流れ出た血が小さな川のようになっている、なかなか悍ましい光景だ。
「余が責任を持って吹き飛ばそう! えぇっと……」
「いいんだウィンリー、俺がやるから」
「へ?」
こんな狭い場所で竜巻を発生させたらこっちまで巻き込まれそうで……
ウィンリーは風の壁で防御できるから大丈夫だとは思うけど、今のテンパっている状態のウィンリーならベタなボケをかましかねない。
「『神血』」
俺の認識内にある血を操作する能力、血液だけを自由に動かせるサイコキネシスみたいな感じだ。
イノシシから流れ出した血、死体、肉片等々、ひと纏めにして浮かばせる。
「おぉっ! コレは!」
「あの女と同じ力……」
俺の『神血』に宿っている2つの力、『血液変換』と『血液操作』。
血液変換は使い慣れてるからいい、問題は血液操作だ、これが少々燃費が悪い。
ナゼだ? 確かに敵の体内の血液を直接操作できる能力は極悪だ、ぶっちゃけ敵が生物ならほぼ無敵だ、消費魔力が多いのも理解できる。
しかしマリア=ルージュが苦労していた様には見えなかった…… アイツの能力値はホントに低かったのだろうか? それとも使い方に何かコツでもあるのだろうか?
あの女が俺よりも魔力コントロール技術に優れていたとは思えない…… てかそれは幾ら何でもありえない。
もしそうなら『神魔制剣』を封印しておく理由がない。
そんなワケで2つの能力の融合版、遠距離からの非接触血液変換が使えなかった。
しかし『恩恵創造』によりこの能力の習得に成功した……
だが……
これが極端に燃費が悪い。
やはり何か秘密があったのか? あんにゃろう、ちゃんと引き継ぎしてけよ。
現状、『血液操作』だけでも無双できるくらい強いから必要無いんだが、使えれば確実に便利だからな、もうちょっと省エネできるよう研究してみる。
ただ…… 省エネって考え方は根本から間違っている気がする。
何か見落としが…… 何か忘れている気がする、それが一体なんだったのか……
「カミナよ! コレがマリア=ルージュから引き継いだ『深紅血』か?」
「厳密には少し違うけど…… まぁその認識で間違ってない……って、ウィンリーはこの能力を知ってたのか?」
「うむ、魔王界隈では有名だったからのぅ」
チッ! 俺の能力はネタバレ済みってコトか、あの女…… 自分の能力は隠せよ、常識だろ?
もっともそのおかげで事前に対策が取れたから文句を言う訳にもいかないが……
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谷を抜け、30分ほど走った辺りで車を止める。
「この辺りのハズなんだけど…… え~と…… 南緯24°11′…… 東経132°12′……」
「お? GPS使えるようになったのか?」
「えぇ、ただ未だに使える衛星の数が少ないからナビの精度がちょっと悪いだよねぇ……」
あの狂人の所為だな、全くロクな事をしない先輩だ。
しかたない、この周辺だというなら俺も緋色眼で周囲のオーラを観測してみるか、ただこの辺は起伏が激しいからどこか高い所へ……
「この辺は妙な風が吹いておるのぉ、アッチかな?」
「スンスン…… 向こうから…… 匂う……」
ウィンリーと白が同じ方向を見ている、有翼族の種族特性と狐族の鼻か…… 俺とリリスは人族だからそういった超感覚は有して無いんだよな、さすが……というべきか。
「だってさリリス、行ってみようぜ?」
「むぅ…… そうね、行ってみましょう」
リリスは若干悔しそうだ、気持ちは分かる……
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歩くこと5分…… 目的のモノはアッサリ見つかった。
何と表現すればいいのか…… 目の前には直径10メートル程の霧でできた球体があった。
「「ナンダコレ」」
リリスとハモってしまった、いや、ホントに何だか分からん。
「霧の塊のようにも見えるが…… 何だろう? 間欠泉でもあるのかな?」
仮に間欠泉があったとしても、霧がこんな形になるコト無いだろ? ナンダコレ?
緋色眼で見ても何も分からない…… いや、奥に何かあるのは確かなんだが、直ぐそこにあるハズなのに遥か彼方にある様な…… うん、分からん!
「白、頼めるか?」
「ん…… 見てみる……」
白が眼帯をずらす、そう言えば制御の方はどうなってるんだろう? 眼帯白もそろそろ見納めかな?
「………… 何だろうコレ…… ゲート…… なのかな?」
「ゲート?」
「ん…… 向こうの世界…… シニス世界が見える、あの先は中央大陸の迷いの森に繋がってる……」
「なん……だと?」
ゲート? 黒くないよ? もしかして天然神隠しのゲートなのか?
「ほぅ、どっかで見たコトある気がしてたが、これは次元トンネルか…… 何とも懐かしいモノじゃのぅ」
「え? ウィンリー先輩、コレ知ってるの?」
「おぉ先輩! いい響きじゃ♪ うむ、遥か昔に見たコトがあるぞ」
「遥か昔?」
「うむ、終末戦争の頃じゃ、シニス世界に攻め込む時に通ったトンネルじゃな、ティマイオスもこのトンネルを通って向こうの世界に行ったのじゃ」
終末戦争…… 何でそんなモノが今ここに?
いや、それよりも何よりも…… 俺が散々苦労して作り上げたゲートって…… もしかして無駄だった?
あのゲートを作り出す為に魔王と戦いに行ったんだぞ? マジかよ……
このトンネルは恐らく相互通行可能だろう、ここを通って中央大陸の迷いの森から魔物が迷い込んできたわけだ、どおりで大量に現れるハズだよ。
アレだけ苦労したのに全て無駄だったのだろうか……?
あぁ…… このやり場のない怒りはドコにぶつければいいんだろう?
ちょっと勇者でも探しに行くか? 魔王の怒りは勇者にぶつけるのがセオリーだろ?
「はぁ…… くそっ! コレを使えば神隠し被害者も自由に帰ってこれる訳だな?」
「多分…… それは無理……だと思う」
「? なんでだ?」
「繋がってる場所が悪い、この先が迷いの森なら両世界の行き来に使うのは実質不可能でしょ」
迷いの森…… なるほど、確かにムリっぽい。
白のフォローで少しだけ救われた気分だ。
「それに…… とても安定してるとは言えない……」
「そうなのか?」
「多分…… そのうち消えると思う……」
そうか、それを聞いて安心した、何故なら俺は逃亡者、マリア=ルージュ様を崇拝する会の連中から命を狙われている。
相互通行可能な次元トンネルなんかがあったら俺が安心して暮らせない。
あと、ロリコンゴリラが再びこちらに舞い戻ってくる可能性もあるからな。
「……あ、もしかしてマリア=ルージュはコレを使ってデクス世界へ侵攻してきたのかな?」
もしこのトンネルが世界中どこにでも発生する可能性があるのだとしたら……
アリアが雲に入って行って出てこなかったなんて目撃証言もあるからな。
アイツの千里眼なら意図的に次元トンネルを見つけることも出来たかもしれない。
「リリス、そういうワケだ、それじゃそろそろ帰ろうか」
「ちょっ…ちょっとまって! コレをこのまま放置するワケにはいかないでしょ? 放っておいたら次々と魔物が流入してアウストレイリアの生態系が変わっちゃう!」
別にイイじゃん変わったって、だいたいこんな小さな穴から出てきた魔物が大陸の生態系を変えるには相当な時間が掛かる、そのうち消えるトンネルなんか無視してもいい気がするんだが?
大体今更そんなコト言いだしても手遅れのような気が……
「だったら土系魔術で外来種の流入を抑える壁でも作るか? いっそ埋めちまった方が早そうだが」
「出来れば破壊してしまいたいトコロなんだけどね……」
どうやって? 何かプランでもあるのか?
…………
あ
「白」
「ん?」
「ちょっと試してみてくれないか?」
「?………… ! 分かった……」
白が霧の塊の一歩手前まで歩み出る。
そして右手の指に光る爪を発生させた……
「『事象破壊』」
白の爪は空間をも破壊できる、その力を持ってすれば……
パキィィィィィン!!
甲高い破壊音と共に霧の塊は霧散していった……
「おぉ! 小っちゃいの! 今のはもしかしてジャバウォックから継承した力か!?」
ウィンリーも初めて見たのかな? 白の事象破壊に興味津々だ。
いや、それよりも……
何故こんなモノが突然発生した?
天然神隠しの正体がコレなら以前からも発生していた事になる、しかし未だかつてこんなモノの目撃情報は無かったハズだ。
仮に発生していたとしても、ほんの一瞬…… 認識する暇など無かったのだろう。
なのに今回はずっとココに発生し続けていた…… 或いは世界のどこかで同じようなモノが発生しているのかも知れない。
今まで無かったことが起こる……
俺にはその原因が “運命の刻” にあるような気がしてならない。
いよいよその刻なのだろうか?
どうか今度こそ巻き込まれませんように!