第29話 要塞龍 ― フォートレス・ドラゴン ―
その日、ギルドセンターは朝から騒がしかった。
「なんか今日は外が騒がしいね、事件かな?」
「…………ソデスネ…………」
「…………しょとがうるしゃい…………」
「神那クンと琉架ちゃんは、いくらなんでも朝に弱すぎると思う……そんなんでよく学校通えてたね?」
無茶を言う、今は朝の7時だぞ? 立派な自宅警備員なら任務を終えて眠りにつく時間だ。人間が活動する時間じゃない……
見ろ、白だってまだソファーで丸まってるじゃないか、自分の尻尾をだき枕にして……
……いいなアレ……ってか、あの状態の白をだき枕にしてモフりたい……
「……先輩、外で騒がしくしてる奴ら皆殺しにしてきてください……」
「……神那ぁ殺しちゃダメだよ~……カミソリを口に入れて唇縫うくらいにしとかないと……」
「怖いよ、特に琉架ちゃんのプラン、超コワイよ……」
「マスター、私が騒がしい人間を暗殺してきましょうか? 大丈夫です。バレずにやり切る自信があります」
ミカヅキの頼もしい言葉……成長したなぁ……
「そうだな~、皆殺しはやり過ぎだから、見せしめにうるさい奴を何人か……」
「ストップ!! ホントに殺りそうだからヤメテ!! 死人が出たらもっと大騒ぎになるから!!」
ごもっとも、朝イチの先輩は冴えてるなぁ。いつものボケボケっぷりが嘘のようだ、実に頼りになる先輩だ……
ガチャ
「今戻ったぞ!」
「ジークさん! 良かった、やっとマトモな人が来てくれた!」
汗に塗れたテカる筋肉がマトモだと?
アイツはマトモじゃない、なにせ自分の相棒がマトモな状態じゃないんだからな。
アレがマトモならこの部屋はどれだけのカオス空間だったんだよ……
「今日はお早いお戻りでしたね、タオルをどうぞ」
「うむ、有難う。それとミカヅキ、タオルに毒針を仕込むのは止めろ。無駄だぞ?」
「…………ちっ!!」
どうやら日常の光景らしい、我がギルドも知らない間に随分殺伐としてしまったな……
「どうぞ、お嬢様。濃い目のコーヒーです」
「あ~ありがと、ミカヅキしゃん……あふ……」
寝ぼけ眼をコシコシする琉架は可愛いなぁ……俺の目が半分閉じててよく見えないのが残念だが……
「マスターはどうします?」
「俺はホットミルクで……」
「まだ寝る気か!……いい加減にしなさい!」
先輩のチョップを貰った……仕方ない……起きるか……
「それで? 外の騒がしさの原因は何だったんだ?」
「うむ、要塞龍・キャンデルが第12領域近海で目撃されたらしい」
「要塞龍? そのキャンデルってのは何だ?」
「マスター達は知らないと思うけど、要塞龍は世界に10匹しかいない希少なドラゴンなんです。
それぞれに名前が付いていて、キャンデルはその内の1匹」
ドラゴンか……俺の見たことのあるドラゴンといえば、足が多くて、砂漠に住んでいて、気持ち悪くて、……そして見るも無残な最期を迎えた百足龍だけだ……
もう少しカッコイイのも見てみたいな。
「それで? 珍しい龍が現れたからみんで見に行こう、って騒いでる訳じゃないよな?
まさか討伐するのか?」
「ハハハ! ヒトにどうにか出来る相手ではないぞ! アイツは!」
「…………どういう意味?」
「デカイんです要塞龍は。キャンデルは……どれ位でしたっけ?」
「30000メートルクラスだな、要塞龍では3番目の大きさだ。やはり海に住んでる奴はデカイな」
30000……メートル!? しかもそれで№3?
「上陸したら大惨事じゃねーか!!」
「そうでもないぞ、基本的には大人しい龍だ。人里には決して近づかないし、上陸するのも100年に1度あるかどうかだ」
いやいや30kmだぞ? 文字通り山だ。沖でクシャミすれば津波が起こるレベルだ、しかし危険が無いなら見物に行きたいな……
「問題なのは背中に住んでる龍だ。コバンザメならぬコバンリュウだな、もし上陸したら討伐要請が来るだろう」
………………嫌な予感がする、見物は止めとこう。
見に行ったら急に方向転換してこっちに向かってくる……とかありそうだ。
「陸上に住んでるやつもいるのか?」
「海洋種は5匹、陸上種は中央大陸に2匹、あと天空種が3匹いる」
「天空…………まさかずっと空を飛んでるのか?」
「いや、ずっと飛び続けているのは1匹だけらしい、ある人族の一族が所有しているみたいだな。
その一族は龍の背中に住んで世界の空を漂っているらしい」
まるっきり、浮遊大陸だな…………ちょっと待てよ? 人が乗れるのか?
「なぁ、物知り賢者様、他の2匹は何処にいるんだ?」
「あぁ? 急に持ち上げるな気持ち悪い、何を企んでる?」
「ハッキリ言って、そのドラゴン欲しい!」
「ハァ!?」
「あ~イイね~、私も神那に賛成~」
半分寝ぼけてる琉架が賛成してくれた、それだけで百万の兵を得た気分だ。
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「要塞龍・天空種の1匹目、グランエディヴル。
さっき話した一族所有の龍、大きさは5000メートルクラスらしい、天空種は他と比べるとかなり小さいが、その中でも一番大きい」
5000メートルは十分デカいよ、他が桁違い過ぎるだけだ。
「要塞龍・天空種の2匹目、クラン・クラン。
大きさは1000メートルクラス。第5魔王が所有しているらしい、もしかしたら監禁しているのかもしないな」
まさかのウィンリーキタ! そういえば何匹か龍を飼ってるって言ってたな、だがあの子に限って監禁はあり得ない、きっと絶滅危惧種だから保護でもしてるんだろう。
「要塞龍・天空種の3匹目、ホープ。
大きさは要塞龍最小の200メートルクラス。かつては勇者の乗り物だったこともあるが、今は恐らく封印されているだろう」
今の話だと手に入れるのが一番簡単そうなのはクラン・クランだろう。ウィンリーなら頼めば貸してくれそうな気がする……もっともウィンリーと直接話せれば、だが。
空の上までウィンリーに会いに行く術がない…………
「その要塞龍ホープって所謂アレか? 不死鳥とか天馬とか飛行船的な?
空に向かって笛吹いたり、太鼓鳴らしたり、指パッチンすると現れる奴か?」
「どういう認識だ? 主人には忠実で魔法で呼び出す。しかし、決して人里には近づかないがな」
「よし! 決めた!! 我ら『D.E.M.』の次の目標は、『封印されし要塞龍・ホープを手に入れる!』 だ!!」
「えーと、マスターが何故そこまで熱くなってるのか分かりません」
「あ~~、空なら船酔いしないかもしれないからか、神那って船乗ると死にそうになるもんね」
ミカヅキが「そんな下らない事で……」って目をしている。
えぇい! ゲロメイドのクセにそんな目をするな! お前ならこの気持ち分かるだろ!
「おいおい、さっきも言ったが、いずれ勇者が使うことになるかもしれんのだぞ?」
「そういえば言ってたな、だったら尚更気にする必要ない。49代目の勇者はハズレだからな」
きっと今頃、人けのない山の奥で引きこもっているに違いない!
「はぁ? お前今の勇者を知ってるのか?」
「あぁ、どうせ後25年くらい使われないんだ、ならば俺たちで有効活用しようじゃないか!」
もしあのバカ勇者が使いたがったら、アリアまで乗せてって投棄してやろう。きっと喜ぶぞ!
「ちょっとまて、今の勇者はそんなにダメな奴なのか?」
「なんだ、ランニングしてて気付かなかったのか? 町中に手配書が貼ってあっただろ?」
ジークが黙って出て行った、手配書を見に行ったのだろう。マメな奴だ……
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ジークは戻ってくると一言、「アレは確かに駄目そうだ」とこぼした。
要塞龍についてはジークが詳しいみたいなので、旅の準備を丸投げする。
この賢者様、脳みそまで筋肉でできてる割にはやたら色んなことに詳しい。さすが齢500余歳、大したものだ。
「まずは幻の塔を起動せんとな……」
なぬ? 幻の塔だと?
世界中のどこからでもぼんやりと見ることができるが決して辿り着くことができない幻の塔。
たしかそんな風に習った、が、この世界に来て4ヵ月以上経っているが、そんなものは一度も見たことは無い。
何でもここ百年ほどは出現してないそうだ。
その塔が要塞龍ホープと関係があると言う事は、ここ百年ほどはヘッポコ勇者しかいなかったと言う事か……
勇者の評判が悪いのも納得だな。
もっとも今回の勇者の信頼失墜は、俺に原因があるのかもしれないが……
いや、俺は悪くない! 試練を乗り越えられない勇者が悪いんだ!
「塔の起動には勇者の遺物が必要なんだが……それが問題だな……」
「何だ? 勇者の遺物ってのは?」
「歴代勇者が身に着けた物だ。心当たりは有るが取りに行くとなると少々面倒だ」
何だと!? そんなモノが必要だったのか……しまった……この間、勇者が屍化した時にあの高そうな剣でも奪っておけばよかった。
「あ……それならコレって使えるかな?」
そういってミカヅキが玄関脇の納戸のゴミ袋(不燃物)から持ってきたのは青い金属片だった。
「これは?」
「え~と、たぶん勇者の鎧の一部……だと思う」
なんでそんなモノがウチのゴミ袋から出てくるんだ?
俺が砕いたのはアイツの精神で、直接的な物理攻撃はしてないぞ? そもそも何でミカヅキが?
「………………」
何か言いにくそうな顔をしている……あのバカ勇者との間に何かあったのかもな、追究しないでおこう。
「どうやら本物みたいだな……一体何があった? ブルーロザリオが砕かれるなど……恐竜とでも戦ったのか?」
「はは……は……」
あの作り笑いで何があったかだいたい予想できた。
恐竜ではなくキングコングの仕業だろう。
しかし勇者の鎧を砕くとは……流石は俺の天敵だ! ……いやいやライバルじゃねーって!
「後は四精霊のオーブだな」
来た! オーブ! 寝た子を起こすお約束のアレだ!
もしかして卵の状態で眠っているのを孵す為の孵卵器代わりか?
僕と契約して足代わりに馬車馬のように働いてよ…………なぜか白い悪魔が脳裏に浮かんだ。
だが四精霊と言ったか? まさか世界中回って集めろとか言わないだろうな? そんなこと俺にはできないぞ、マヂで船旅は勘弁して下さい……
「四精霊自体は俺が呼び出せるから問題無いが」
そうだった、こいつ精霊召喚術を使って『火精・サラマンダー』と『風精・シルフ』を使役してた。
ホッとした、脅かすなよ。
「問題は供物だな」
「供物?」
「うむ、火と土の供物は金で何とかなるが、問題は水と風の供物だ」
空飛ぶ乗り物を手に入れるためには、やはりお使いイベントは必須なのか。
「その供物とやらは何なんだ? それを聞いたうえで判断しよう」
「そうだな……火は簡単だ、大型の魔石を2~30個ほど集めて新鮮な火を起こして与えるんだ。
土はもっと簡単だ、ノームは金が好きだからな、財宝から適当な金製品でも与えればいい、一番金は掛かるが」
なるほど、ノームは金が好きはどっかで聞いたことあるぞ。
「水はこの辺だとユーディー水源の奥地まで行ってその場で供物を与える、手間は掛かるが危険は少ない」
ふむ、水は新鮮な水……じゃあ風って何?
「風はガルーダの石羽根が必要だ」
なにそれ、風だけ難易度高くね? いや……水だけ難易度低いのか?
「石羽根は巣まで行けばいくらでも摂れるが…………誰かロッククライミングできるか?」
できるわけねーだろ…………
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アビエル山脈
首都より南東へ300km、5000メートル級の山々が連なる山脈の一角に「ガルーダ山」という、まんまの名前の山がある。
ガルーダは単体でも非常に危険な魔物であるが討伐依頼は出ていない、理由は人族と生息域が被らないから。
わざわざこんな危険な所に来るのは勇者ぐらいのものである、その勇者もここ100年以上訪れていない。
「うわぁ~~~」
琉架が感嘆の声を上げる、目の前には3000メートルはある断崖絶壁が聳え立ってる。
歴代のヘッポコじゃない勇者はコレを登ったのか? バカ勇者には無理だろ……俺の与えた試練すら乗り越えられない奴には絶対無理だ!
「これは…………すごいな…………」
俺と琉架、二人だけでここに来た。二人っきりは久しぶりだ。
「どうしようか……もう夕方だけど、ちゃっちゃと登っちゃう?」
「いや、空飛ぶ魔物とかいそうだし、途中で戦闘してたら日が暮れかねない。一泊して明日の朝一から登ろう」
ちなみに他のメンバーにはユーディー水源へ行ってもらった。
そういえば出発する時、ミカヅキが妙なことを言っていた……
『お嬢様には男を近付けさせないで下さい。殺しても構いません!』……と。
構うわ!!
琉架を守ることは言われるまでもない!
しかしミカヅキは一体どうしたんだ?
まさかメイド修行で女主人の性欲処理術を習ってユリに目覚めたのか? だったら是非、見てみたい……琉架以外と絡んでいる所を!
もし女暗殺者とか来たら、とっ捕まえてミカヅキに尋問させてみよう。もうじき年末だから、ヘッポコ勇者がお歳暮として送ってきてくれるかもしれないな。
俺もお返しに包茎手術できる病院を探しておいてやるか。
近くの田舎村に一泊する、宿はツインの2部屋だけの小さなものだった。どうやって相部屋にしようかと考えていたら、琉架の方から提案してくれた。
俺の自惚れじゃ無ければ昨日から琉架はご機嫌だ。それだけでこの怠いお使いイベントも気合が入る。
その日は夜遅くまでお喋りしていた、毎日顔を合わせるのに何を話すことがあるのか……他愛もない話で夜更かしした。
翌日、思いっ切り寝過ごした。起きたら昼前だった。
二人揃って朝が弱いからな、こういう事も有るだろう……
「遅くなっちゃったね」
「構わないさ、俺達なら2~3時間で登りきれるだろ?」
3000メートルの断崖絶壁を見上げる。ガルーダは地上2000メートル付近に巣を掛けるらしい。
「じゃあ打ち合わせ通り私が先に行くね?」
ウィンリーの羽根を使ってひとっ飛び、軽く20メートル以上跳び上がる。
その様子を下からじっくり眺める。勿論スカートの中身が丸見え…………なんて事は無い。
てか、スカートじゃない。
もうすぐ12月だ、寒いんだよ。この辺は標高も高いし雪もチラついてる、さらに2000メートルも登るんだ、防寒対策ぐらいするだろ?
まあ、真夏でも流石にスカートでは登らないか……
俺も琉架に続いて跳び上がる。
俺達が二人で来たのはこの力を使うと周りがウルサイからだ。
前に使った時も先輩に質問攻めにされた、誤魔化すことに労力を使うぐらいなら最初から見せなければいい……と思ったからだ。
前回先輩には、重力の話から空間の歪み・光の話を経て、相対性理論に至り、最終的には宇宙の神秘について熱く語った! 先輩は相対性理論の辺りでギブアップしたが、正直自分でも何を言ってるのか分かってなかった。もう一度説明するのは無理だ。
誤魔化すのも楽じゃないんだよ。
琉架が上の敵を殲滅しながら登る、俺はそれ以外の方向全てを警戒しながら登る。
今はまだいい、余裕がある。
「第7階位級 火炎魔術『炎弾』ファイア・ブリッド チャージ20倍 拡散誘導」
琉架の炎弾がコウモリ型の魔物を吹き飛ばす。ブラックバットと呼ばれる魔物だ、羽根を広げても1メートル程のコウモリ……ハッキリ言って雑魚だ。
俺たちは崖を蹴りながら登っている。しかし、ガルーダが出てきたらさすがにマズイ、平均10メートルもある怪鳥だ。かつての勇者はこれを自力で登ったのか?
「神那! 洞窟があるよ!」
「なに?」
ブラックバットが居たから大きめな洞窟は有ると思っていたが……なるほど……
「琉架! 入ってみよう」
「う……うん」
洞窟の天井は5メートル程ある、しかし臭い! コウモリの糞が溜まっているのだろう。ここは歩きたくない。こんな所で火炎魔法使ったらメタンガスに引火しそうだ。
「神那…………クサイ…………」
琉架さん、俺が臭いみたいな言い方しないで……分かっていても軽くショック受けるから……
「どうする? ここを行くのが多分、正解ルートなんだろうけど……」
「無理……呼吸が出来ない……足元が蠢いてる気がする……ごめんなさい、無理です……」
滅多に弱音を吐かない琉架がギブアップ宣言、俺もこれは無理だ……
ならば環境に優しくないコトしちゃうか、この洞窟に生息する生物には悪いけど、俺は聖人じゃないからな。
「琉架、俺のそばに居ろよ、全部凍り付かせる」
「う……うん!」
「第3階位級 氷雪魔術『白冷神楽』ハクレイカグラ × 第3階位級 風域魔術『鳴風神威』ナリカゼカムイ
合成魔術『絶対零度』アブソルート・ゼロ」
全てを凍らせるせる波動を放つ。
波動に触れた者は全て白い煙を噴き出し、そのまま洞窟の隅々まで行き渡る。
この洞窟に住んでいるであろう、コウモリや昆虫を氷漬けにしていく、俺はいま超大量虐殺をしているのかもしれない。だが気にしない、夏に蚊取り線香を焚くようなものだ。アレだって蚊だけを殺す訳じゃないからな、人間とはそういう業の深い生き物なのだ。
外を見ると崖の至る所から、白い煙が勢いよく吹き出している。思った通り上の方まで通じている様だ。
1分も掛からず氷の世界の出来あがり。足元に積りに積もったウンコの山もカチンコチン、臭いも消え清浄な空気が満ちている。スバラシイ…………しかし体感温度は-50℃、超寒い!
「かか……か、神那……こ…ここ、通る……の?」
「だ……だ大丈…夫、空気の……断層作るから……その中にいれば……さ…寒さも…防げる」
帰る時には解凍していってやろう、こんな高地の洞窟じゃ永遠に凍り付いてそうだからな。
瞬間冷凍したから、運が良ければ生き返るだろう。
二人で身を寄せ合い、震えながら上を目指す。…………やっぱりコレやり過ぎだったかな?