第295話 千夜の郷
全滅だった…… ミカヅキの懸念が的中してしまった。
央京には多くの宿が存在する、しかし我々を泊めてくれる宿は無かった……
例のアレだ、掟だ。
ココの連中はミカヅキを見ると入店拒否みたいなことしやがる、もしかしたらジークとネフィリムの筋肉コンビを見て恐怖したのかもしれないが……
しかし話を聞く限り「忌み子を宿泊させてはいけない」なんて掟は無さそうだ。
つまりこれはイジメだな、いや、そんな生易しい言葉では無い、差別だ、迫害だ、ヘイトだ。
「申し訳ございませんマスター…… 私のせいで……」
「……ミカヅキが謝る必要は無いよ」
いやマジで。
鬼族にとって掟は絶対、だがコレは行き過ぎてる感じがある。
掟とは魔王スサノオが定めた法律の様なモノだ、第4領域を守る魔王様の言うコトは絶対守らなければならない……
それにしたってやり過ぎのような気がする、恐らくだが…… 掟を破った者には制裁があるのだろう、そうでなければここまで過剰な反応があるハズが無い。
魔王スサノオの制裁…… まぁ…… 呪いだろうな。
きっとアレだな、子作り出来なくなる呪い…… どうりでみんな必死に守るワケだ。
掟を破りし者に呪い在れ…… これじゃまるで独裁者だな。
「私は何処かで野宿します、どうかマスターは宿に泊まり疲れを落としてください」
そんな事を言われて「分かった、じゃあまた明日な」なんて言えるハズ無い。
もし迫害されているのがジークなら俺は問答無用で宿を取って筋肉ダルマを放り出すけど、大事な嫁が言ったのなら話は別だ。
もういっその事、マーキングを残してティマイオスに帰ろうかな? また明日来ればいいや……
…………
しかし一度国外に出てしまったら、もう一度 羅刹口から入国しないといけない掟とか有りそうでなぁ。
鬼族の掟は理不尽なものが多そうだし…… 仕方ない。
「今日は割り切って『神魔制剣』の実験に費やそう。
ミカヅキにも付き合ってもらうからな?」
「っ! はい…… 何処までもお供させて頂きます///」
ミカヅキが頬を染め照れてる…… フッ…… 今の俺、きっと輝いている、イケメン率1.5割増し(当社比)だ。
「そんな訳だからジークたちはどっか適当に宿を取って休んでいいぞ?」
てゆーかどっか行け。
あ、ネフィリムが「感謝します!」って目をしてる…… お前のために言ったんじゃない、視界内に筋肉の塊を置いておきたくなかったからだ。
「ジ…ジーク、それじゃ私たちは……///」
「そんな訳いくか、仲間なんだからな」
オイコラテメー! 空気読めよ!
お前とネフィリムが夜の街に消えてくれればみんな幸せになれるってのに、なんでこんな所だけ義理堅いんだよ?
ソロプレーはお手の物だろ? そこにおまけが付くだけだ、だから遠慮せずにどっか行け、視界から消えろ。
「さすが…… ジーク、仲間……思いですね? ハハッ……ハァ」
ネフィリムが死んだ魚のような眼でジークを褒め称えている…… あいつアッサリ諦めやがった。
結局、町中で野宿決定。
せっかく都までやって来たのに…… ここなら魔物の襲撃は気にしなくていいけど、アホな鬼族が掟を拡大解釈して襲ってこないとも限らない。
『神魔制剣』でオオカミでも吹き飛ばせないレンガの家を作ってやる!
まぁいい練習になった。
---
--
-
翌日、都を素通りして八咫霊山へ向かう。
相変わらず周りからヒソヒソされたが石を投げられるようなことはなかった。
コレもきっと強烈な威圧感を垂れ流してる筋肉コンビのおかげだろう。
ヘルムガルドに来て初めてコイツ等が居て良かったって思ったよ。
央京を抜けるとそこには深い森が広がっていた…… あれ? 森林限界は? 木……あるじゃん。
「ここは呪樹海と呼ばれる場所です、スサノオ様の呪いにより地質が変化した霊域なんです」
「スサノオの呪いで不毛の土地に樹海が?」
メリット型の呪いか…… てか呪いって生物以外にも効果があるのか……
「この呪樹海は天然の迷宮になっていて、許可のない鬼族は足を踏み入れることのない場所です」
「迷宮か……」
取りあえず鬱陶しいヒソヒソは無くなるな。
しかし迷宮となると抜けるのに時間がかかりそうだな、ホープ呼びてぇ~
「ではココからは私が案内しましょう」
「え!?」
ネフィリムが? え~~~…… 不安だ…… アンタ地図読めるの?
---
--
-
3時間後……
迷いました。
コイツ糞の役にも立たねぇ……
「おい案内役! どうしてくれるんだ? このままだと目の前に八咫霊山があるのにまた野宿するハメになるぞ?」
山に向かって真っすぐ歩いても何故か辿り着けない不思議……
これが呪いの力か。
お前もしかして…… まさかとは思うが地図を見ずに山を目指して歩いてただけなんじゃないか?
「え~っと! えぇ~っと!」
ネフィリムは地図とにらめっこしてるが事態が好転する気配はない。
ダメだコイツ。
「ジーク」
「うぅむ…… 自分たちがいる場所がわからなければ地図の意味が無いな」
ですよね~
最初っからジークに任せておけばよかった、多分500年前にも通ってる道だからな。
こうなったら最後の手段、ミカヅキを連れて擬似飛翔魔術で飛んでいく……しかないかな? ジークとネフィリムは重すぎるから置き去りで。
血糸でも結んでおいてあとで引っ張ってやればいいさ、途中の木々をへし折り直線的に手繰り寄せることになるが…… 二人ならまぁ死なないだろう。
「あの…… 地図を見せてもらってもイイですか?」
「ん? あぁ、ネフィリム、ちょっと地図寄こせ」
「うぅ…… はい……」
ミカヅキに地図を手渡す。
周りをキョロキョロ伺いながら地図を確認している…… もしかして理解るの?
「大丈夫そうです、着いて来てください、集落まで案内します」
おぉ! ミカヅキさん頼りになる! 筋肉しかとり得の無い恋愛脳筋とはワケが違う!
しかし……
「ミカヅキは以前にもこの樹海に入った事があったのか?」
「はい…… 私の生まれ故郷ですから……」
生まれ故郷? その集落がか? もしかしてミカヅキのご家族とご対面か? しまった! 手土産持ってきてないぞ!
しかしこの樹海は許可のない鬼族は足を踏み入れることのない場所だった筈……
いや、そういえばミカヅキは鬼族の中でも特別な一族の出身だったか? たしか……
---
--
-
1時間後……
ミカヅキの先導で呪樹海を歩く、木の幹に人の顔のようなモノが浮き出ている、まさに呪われた森だな。
そんなキモい木が増えてきた…… 呪いの中心に近づいているのかも知れない、ミカヅキの実家ってこんな所にあるの?
ぶっちゃけあんまりココには住みたくない。
そんなことを思っていた時だった。
唐突に鬱蒼とした森に切れ目が現れた。
「着きました……」
そこには今にも森に飲み込まれてしまいそうな小さな集落があった。
「ここが?」
「はい…… 千夜の郷です」
小さな村だった、ヘルムガルドの他の街とは違い家は木造だった、これだけ木があるんだから使うよな…… でもなんか呪われた家になりそうで…… 絶対、壁とか天井に苦悶した人の顔とか浮かんでるよ。
家数もそれほど多くない、だが別に限界集落ってワケでもなさそうだ、若者や子どもの姿も見える。
あれもみんな千夜一族ってやつなのか…… ミカヅキの親戚みたいなものかな?
しかしなかなか足を踏み入れることが出来ない、都みたいにヘイトイベントが起こったらどうしよう?
ミカヅキも自分の生まれ故郷で迫害されたらさすがに傷つくよな……
そんな感じで村の前で二の足を踏んでいると……
「何者だ?」
鬼族の青年が声を掛けてきた。
両腕の上腕二頭筋から外側に向かって3本ずつ立派な角が生えている。
狭い道ですれ違いたくない相手だ、スッゲー邪魔そう…… 手を上げたら頭に角が刺さりそうだ……
「! お前は……まさか?」
「お久しぶりです兄様」
………… 兄様? ミカヅキのお兄さん?
「兄の千夜 暁です、正確には従兄ですけど」
「従兄……」
一族で暮らす村なら従兄を兄様呼びする事もあるか…… まさかミカヅキも妹属性持ちだったとは……
「ミカヅキ…… お前呪い降ろしに成功したのか?」
「………… いいえ」
「なっ!? お…お前正気か!? 忌み子が呪いを受けずに戻ったら、今度は咎人になるんだぞ!? そうなったら…… もはや庇いきれん!!」
咎人…… つまり掟破りの犯罪者か。
「大丈夫です兄様、私は呪いよりも上位の力を得ましたから……」
「呪いより上位?」
「スサノオ様は私を裁くことは出来ません…… 恐らく……」
「恐らく…… そんな不確かな言葉で死地へ赴くとは…… どうしようもない馬鹿だ!
……いや、今すぐヘルムガルドを出ろ! スサノオ様がお命じになられれば、俺はお前を殺さなければならなくなる! その前に! 今すぐ!」
お兄さんは言いたい放題だけど、ミカヅキの事を心配しているようだ、良かった。
身内の方がより強烈な迫害をしてくる可能性も考えてたが、ちゃんとミカヅキの身を案じてくれるらしい。
それに魔王スサノオはミカヅキを裁くことは出来ない、それは八大魔王同盟を敵にするってコトだ、たぶん第2魔王も味方になってはくれないだろう。
「兄様、私は…… いえ、私たちはスサノオ様にお目通りを願いに来ました、お願いできますか?」
「本気…… なんだな?」
「はい」
「………………
分かった、もはや何も言うまい、ついて来い」
お兄さんはそれ以上何も言わずに歩き出した……
どうやらようやく第4魔王スサノオとご対面できそうだ。
…………
山はすぐソコだけど、登るのかな? もうじき日が暮れそうなんだけど……




