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レヴオル・シオン  作者: 群青
第一部 「異世界の章」
29/375

 閑話 勇者の挫折


閑話です。

少しだけ今後の本編に関わる会話等もあります。




---ブレイド・A・K・アグエイアス 視点---



「ハァ… ハァ… ハァ…」


 第12領域トゥエルヴの首都ガイア。その裏路地を一人の男が彷徨っている。

 何かに追われるように後ろを気にし、それでも休まずに走っていた。


「何で……何でこんな事に……」


 彼には今自分に起こっていることが理解できない。

 涙が頬を伝う。


「俺にはどんな困難にも負けない力が有る筈なのに……どうしてこうなった!?」


 彼こそが第49代目の勇者。ブレイド・アッシュ・キース・アグエイアス。

 この世界で唯一魔王を完全に消滅させる事が出来る能力(ギフト)を持つ存在だ。


「俺は…………一体なにを間違えたというんだ!?」



---



 ブレイドは二年前、15歳の誕生日に神の啓示を受け勇者の力に覚醒した。

 トゥエルブの辺境、名もない村に生まれ育った彼は、幼いころ魔族に両親を殺され猟師の真似事をして生きてきた。いつの日か魔族に……魔王に復讐するため体を鍛えていたのだ。

 覚醒はしていなくとも、勇者因子を持つ彼の成長は早く12歳の頃には村でブレイドに敵う者はいなかった。

 悪ガキではあったが、子供たちからは慕われ、魔物が村を襲おうものなら大人顔負けの戦闘能力を発揮し幾度となくピンチを救ってきた。


 そんな彼にも気になる女の子がいた。幼馴染のユリア・A・ゲインズ。10年前に母親と二人でよその国から流れてきたのだ。

 世界でも貴重な回復魔法の資質を持つ母娘で、ユリアの回復魔法は母親をも上回る精度を誇っていた。

 二人は大人たちに隠れ、村周辺の魔物退治などを行っていた。

 ブレイドが攻撃し、ユリアが守る。二人は正にパートナーだった。

 彼は思っていた、いつか二人で世界を回る冒険者になるのだと……そして世界で初めて魔王を倒すパーティーになるのだと……シニス世界の男の子なら誰しも憧れる物語の主人公に自分たちがなるのだと。


 だが現実はそんなに甘くない……二人の関係はある日突然終わる。

 ブレイドが勇者になったのだ。


 ブレイドは自らに魔王を滅ぼす才能が宿ったことを大いに喜んだが、村人はそうでは無かった。


 この世界にはこんな伝説がある。「勇者の生れた村は必ず魔物に滅ぼされる」……一種の都市伝説だ。

 もちろんそんな記録はどこにもない。過去には48人もの勇者がいたのだからそんな事もあったのかもしれないが、あくまでも噂の範疇だ。

 一説にはこの噂はトラベラーが持ち込んだものとも言われている。勇者が存在しないデクス世界に何故そんな噂があるのかは不明だ。


 啓示をうけた朝、部屋に現れた勇者専用装備、「ブレイブ・ブレイド」「ブルーロザリオ」を身に着け真っ先にユリアに会いに行った。

 一緒に旅に出よう! 魔王を倒す旅に!




「うぇぇ~! やめてよ、勇者と一緒に居たら私まで嫌われ者になる」



 人生最初の挫折だった。


 その後村人たち全員が別の村に移住してしまった。元々人も少なく不便な土地だった上に、例の噂が後押ししたのだ。


 ブレイドは幼馴染と帰るべき故郷を同時に失ったのだ。


 失意の中、旅立つブレイド……しかしこれで良かったのだと思う。自分のせいで故郷の村が滅ぼされたりしたら心が張り裂ける、その可能性が無くなっただけでも良かったのだと自分に言い聞かせた。

 彼はこの挫折を糧にし、立ち上がったのだ……


 しかしすぐに第二の挫折に見舞われた……


 勇者は自分の想像以上に嫌われていた。

 それは大きな町に行くほど顕著に現れた。どこに行っても厄介者、疫病神と罵られ、酷い時は石を投げつけられもした。


 ある町の入り口に張られていた「勇者立ち入り禁止」の張り紙に心を折られた。


「いったい俺が何をしたというんだ…………」


 もういっその事、剣と鎧を捨て勇者であることを隠して生きていこうか……そんな考えが心を過る。

 しかし彼はこの挫折をも乗り越え糧とした。


「そうだ……俺はまだ何もしていない……何もしていないのに諦めてどうする?」


 勇者が嫌われているならその認識を自分の行動で変えてやる!


 彼は気持ちを新たに勇者の風評被害が少ない小さな村々を回り、そこに住む人たちを助けていった。

 少しずつ着実に勇者の評判を改善しながら2年の歳月をかけ首都に辿り着いた。

 その頃にはいきなり石を投げつけられることは無くなっていた。


 そして首都の酒場で聞いたのだ、たった4人のメンバーで、2ヵ月も掛からずランクSまで上り詰めたギルドの話を……

 とても信じられなかった。ブレイドはたった一人のギルド『ブレイブ・マスター』を作り所属している。2年掛けてギルドランクはC。それでもたった一人のギルドとしては驚異的な速さである。

 最初はすごい奴らがいるものだと感心していたが、話を聞けば聞くほど怒りが込み上げてくる。


 あくまで噂で具体的な話は何も出てこないが、相当あくどい事をし不正でランクSになったという。

 不思議なことにギルドの知名度は高いのに、メンバーの名前は出てこない。出てくるのはギルドマスターの「キリシマ・カミナ」という男の名前だけだ。

 自分が苦労しているのに……とは思わないのが勇者だ。悪のギルマスが悪の計画のために不正を行っている!

 ブレイドはこれをチャンスだと思った。この街で一気に勇者の汚名を晴らす絶好の機会だ!

 悪のギルマス「キリシマ・カミナ」を倒し、自らの名を轟かせ、勇者として成長するのだ!!



 これこそが彼の人生最大の間違いだった…………



 聞けば先週この店の前を獣人族の女の子を連れて歩いていたらしい。時間は夕方、だとすれば買い物だろう。

 すぐに表に飛び出し、見晴らしのいい入り口の屋根の上に陣取る。酒場の店主に文句を言われたが少々の金を握らせ見逃してもらう。

 ブレイドは悪のギルマスを倒すことも重要だが、それを成したのが勇者であると喧伝するためにも、あえて目立つ行動を取るのも重要だと考えている。


 待つこと2時間……ようやく現れた! 情報通り獣人族の女の子を連れている!

 しかしその姿は悪のギルマスには見えない、仲良く手を繋いでお使いしている様だ。とても微笑ましい光景に映る、周囲の人々も同様の目を向けている。

 しかし視線を向けると目を反らされた気がした、偶然かも知れないが当たりかも知れない!

 とにかく声を掛けてみる……


「お前が『D.E.M.』のキリシマ・カミナだな!!」


 無視された……そのまま歩いて行く……ハズレか? いや……


「まてぃ!! 無視するな!! とぅ!!!!」


 彼らの後ろに着地し、もう一度名前を呼んでみる。


「まて!! キリシマ・カミナ!!」


 すると……


「人違いです」


 ハッキリと言われた、真っ直ぐに目を見据えて、まるで嘘など吐いたことが無いと言わんばかりの目だった。

 この目を見たらもうこう言うしかない……


「え?……あ、す……すみませんでした! どうぞ行ってください!」


 彼らはそれだけ聞くとそのまま去って行った、夕食に何が食べたいか話しながら……


「おかしいな、確かに……あれ~?」


 やはり情報が少なすぎたか、今日聞いていきなり出会えるなど出来過ぎている。

 ちゃんと情報を集めなければ。彼らには悪い事をしてしまった。これも教訓として糧にしよう。



---



 情報屋に金を払って調べて貰った。やはりあの男に間違いない! 信じられない! あんな曇りのない真っ直ぐな瞳で平然と嘘をつける人間がいるなんて……

 やはり悪のギルマスだ! 腸が煮えくり返る思いだ! いったいどれ程の悪事を繰り返してきたのか!

 先週と同じ時間、また奴は現れた!


「おまえ! おまえ!! おまえぇー!!! キリシマ・カミナァァーーー!!!!」


 奴は性懲りもなく人違いだと主張してくる! 何処までも人を小馬鹿にしてくる!


「もう騙されないぞ!! 情報屋にしっかり調べてもらったんだからな!!」

「情報屋? そうか……それでか……」


 奴は真剣な表情で考え込んでいる。やはり信じられん、こんな表情で人を騙せるはずが無い。何の準備も出来ない不意打ちならなおさらだ!


「な……なんだ? 何かあるのか?」

「はい……どうやら誤った情報が流れているらしくて、先週も同じように声を掛けられたことがあったんです……」

「そ……そうなのか?」

「はい……とても迷惑してるんです……ですから貴方も、見た所とても高貴な騎士様の様ですが、情報屋などを頼らず自らの足で情報を集めた方がいいです。最近の情報屋はアテになりません」


 確かに俺は情報屋を信じ切っていた。その情報の裏付けもせず言われたことを鵜呑みにしていた……


「そ……そういう事だったのか……そうとも知らず何度も迷惑を掛けてしまった。本当にすまなかった!!」

「頭を上げてください。僕は全然気にしてませんから」


 彼は自分の事を疑っていた相手を一切攻めもせず許した。なんて出来た少年なのだろう、まるで聖人の様じゃないか。そうだ、こんな年端もいかない少年が……年下の女の子の手を引いて買い物をしている少年が悪のギルマスのハズ無いじゃないか。俺は一体何をやってるんだ。

 こんな事じゃ勇者の汚名を雪ぐことなどできはしない、もっとよく考えて行動するんだ。

 この失敗を教訓にするんだ!



---



 何度も何度も調べた、やはり間違いない。絶対にアイツだ!

 俺は肝心なことを失念していた。俺が今敵にしているのは悪のギルマスなのだと言う事を……聖人の顔をして人を容易く騙す、奴は謀りごとのプロだと言う事を。

 見た目に騙されるな! どんなに幼くとも、絶対的な悪は存在する! そんな悪を倒せるのは勇者である俺だけなのだ!!

 人を貶め楽しむ悪が今週も同じ時間に現れた!

 遠目でも間違えない、真っ白な髪の獣人族の女の子を連れている!


「キリシマ・カミナァァァァァ!!!! 今日こそ!! 今日こそ貴様を殺………………アレ?」


 ち……違う!? コイツじゃない!? コイツは獣人族じゃないか!? しかし良く似ている……アレ??


「あれっ……おまっ……え? キリシマ……カミナじゃ……ない?」


 顔は同じに見える……しかし……あの耳とシッポは作り物じゃない……一体どうなっているんだ??


「僕たち兄妹はこれから買い物をしないといけないので、もう行きます」


 声まで一緒だ……だが……種族が違う……


「本当は……キリシマ・カミナなんだろ? なぁ……」


 結局答えは返ってこなかった……



---



 一週間懸命に調べたが 結局、分からなかった……

 有り金のほとんどを使い複数の情報屋に調べさせ、自らも足を使って調べ回った。しかしあの獣人族の少年の正体は掴めなかった……

 まるで幻を追いかけているようだ、手応えがない。

 ここ一週間まともに寝てない、食事もろくに摂ってない、所持金も残りわずか……疲労困憊だ。立ち上がる気力もない……

 そんな状況でも奴はまた来る、いつもと同じ時間だ……


 まともに歩くことも出来ない身体を懸命に動かしヤツに這いよる……


「なぁ……お前が、キリシマ・カミナなんだろ? そうなんだろ? ……頼むよ……」


 懇願……

 今の俺に出来るのはそれくらいしか無い……さぞ無様に見えるだろう……だがそれも仕方ない、俺はコイツの正体を掴めなたった、この勝負に負けたのだ……

 だが最後の勝利のため一度の敗北は受け入れる……そして次こそは勝つ! それが勇者だ!

 奴が慈愛の微笑みを浮かべ俺の肩に優しく手を添えた。いつもの作り笑顔ではない! 俺はようやくコイツの心を動かすことが出来たのか? ならばコイツも更正の機会はきっとある!

 そして優しげな口調で語りかけてくる……


「勇者様、物乞いの真似事をするなら富裕層の多いステーション近くが穴場ですよ?」


 目の前が真っ暗になった……この世には決して光が届かない闇がある……

 コイツはそこの住人なんだ……その名は……


「あ……あ……悪魔……か?…………ぐふ!」


 悪魔……そう、コイツは人間の皮を被った悪魔だ!

 ……限界

 俺の意識はそこで途切れた……



---



 俺は自分の甘さを認識するべきだ……この世界には正攻法が通じない敵なんて幾らでもいる。この試練はそんな俺の認識の甘さを学ぶためのモノだったのだ!

 そうと決まればもう容赦はしない!! まずは生け捕りにして今までの所業を全て吐かせ、勇者を敵に回すことの愚かさを、その身に刻みこんでやる!!



 奴は現れなかった…………


 いつも同じ曜日の同じ時間に必ず現れていたのに、今日は深夜まで待ったが現れなかった……


「そういうことか……」


 奴は俺を徹底的に馬鹿にしているのだ!! 俺が押せば引いてみて! 俺が弱れば踏みつけて!! 俺が覚悟を決めれば馬鹿にする!!!

 きっと今頃は、人通りの無くなった通りに立ち尽くす俺の姿を見て腹を抱えて笑ってるんだ!!

 生け捕りなど生ぬるい!! アイツはすぐにでも始末しなければ、人類(オールセトラ)にとって魔王以上の脅威になることは間違いない!!!!


 ……殺すしかない!!……



---



 奴が来た!! いつもの「何も知りません」って顔だ!! そんな顔が出来るのも今日までだ!! 悪魔の化身には今此処で滅んでもらう!!!! 勇者の怒りの一撃で!!!!


「キィリィシィマァ・カァミィナァァァ!!!!」


 剣を抜き奴との間合いを詰める!!

 ヤレヤレ、といった表情を浮かべてる、ムカつく!! なんて人を煽るのが上手い奴なんだ!!


「死ねぇぇーーー!!!! キリシマ・カミナァァァ!!!!」


 奴がドコからか鉄パイプを取り出した。馬鹿め!! そんなもので俺の剣が受けられるものか!!

 勇者の剣は巨大な岩も切り裂くんだ!!!!


 ガキン!!


 ば……馬鹿な!? あんな物で受け止めた!? いや、奴は人間の皮を被った悪魔だ! 何かし掛けていたんだ!!

 そうでなければ勇者の一撃を受け止められる筈がない!!


「貴様だけは絶対に許さんぞぉぉ!!!!」


 奴はいつも通り無表情だ、涼しい顔をしている。しかしその目は明らかに俺を見下し笑っていた!! くそぉぉぉ!!!!


 キン!


「俺はぁ……俺はぁ……お前の事がぁ…………」


 奴の余裕が崩せない。こうなったら命を賭けるしか無い!! 命を賭して世界の平和のために!!


「お前を殺して俺も死ぬ!!!!」


 !! 奴の顔色が変った!? 今の奴は明らかに動揺している!? 今まで何をしても涼しい顔をしていたのに……そうか、俺の命を賭けた攻撃は悪魔の心臓に届くんだ!!


 その時、俺と奴の間に一人の少女が立ちふさがった!


「お……おにーちゃんは……絶対……殺させない!!」


 俺には直ぐに分かった。コレは洗脳だ!! 何ということだ! この悪魔は洗脳した少女を盾に使いやがったんだ!! いつも少女を連れ歩いていたのは万が一に備えての保険だったのだ!!

 やっと納得した。この少女は盾であり、保険であり、普段の自分を隠すためのカモフラージュだったのだ!!

 完全に失策だ!! 先にこの少女を救い出すべきだった!!


 しかしその後、目の前で繰り広げられた出来事は理解できなかった。

 奴は唯一の武器である鉄パイプを捨てて少女を庇ったのだ。そして少女も悪魔を庇うよう身を震わせていた。

 何が何だか分からない!? 急に人の心に目覚めたのか? いや、コイツに人の心など無い! ならば何かの作戦か? 武器を捨てて少女を庇うことにどんな意味が?

 そこでようやく気付いた、夕暮れの大通りにも関わらず妙に静かなことに。


 周囲の人達が俺を糞虫でも見る様な目で見ていた……


「あ…………ぁ…………」


 ハメられた……俺はまたしても奴の手の平の上で弄ばれていたんだ……


「キャーーー!! アイツ人殺しよーーー!!」


 な!? ち……違う!! 誤解だ!!

 しかし反論の弁は俺の口から出てこない。分かっているんだ何を言っても無駄だということを……


「おい! 誰か警備隊……いや、国軍を呼んで来い!」

「アイツ! あの剣、あの鎧、勇者だぞ!!」

「勇者が武器を持たない兄妹を襲ってるぞ!!」

「疫病神め! みんなでアイツを取り押さえよう!!」


 何とかしなければ! 俺が2年掛けて積み上げてきたものが無駄になってしまう!!



 次の瞬間、俺は地獄に突き落とされた……



「この……この……『シンセーホーケーユウシャ』!!」



 何故に知ってる?


 周囲からの視線が変った、特に男から憐れみの視線を向けられる……

 もうダメだ……


「ぅわあああぁぁぁーーーーん!!!!」


 俺は泣きながら逃げ出した……その時の俺は世界一無様だっただろう……



---



「うわっ!?」


 ガシャーン!!


 路地裏のゴミ箱をひっくり返しその中身をモロに浴びる。


「うぅ……神よ……いくら試練でも……あんまりです……」


 負けた……完全敗北だ……俺は全てを失ったんだ、あんな悪魔に関わったばかりに……自分の最大の秘密をも暴露された。奴はなぜ知っていた? 本人以外知り得ない秘密をだ。

 恐ろしい……奴には人知の及ばぬ恐ろしい力が有る……

 情けないが震えが止まらない……完全に心が折れてしまった……

 もう一度あの悪魔と相対したら、俺はきっと今みたいに無様に逃げだすだろう……


「49代目勇者はもうおしまいだ……」


 帰る故郷もない……どこか人の居ない山の中にでも引きこもるのも良いかも知れないな……

 ネガティブな考えばかり浮かんでくる。



 そんな時、彼に立ち上がるための力をくれる神の御使いが唐突に舞い降りた……



「あの……だ…大丈夫ですか?」


 こんなゴミにまみれた俺に優しく手を差し伸べてくれる女性がいる。

 その姿は夕陽の後光を纏っていて、女神のように美しい……

 長く艶やかな黒髪……肌は透き通る様な白……幼いながらも気品を感じる目鼻立ち……


 正に女神……ドストライクだった。

 勇者のバキバキに折れた筈の心は急速に力を取り戻していった!

 それは正に一目惚れだった!!


「俺のパートナーになって下さい!!!!」

「ひゃっ!?」


 差し出されていた手を掴もうとしたら、引っ込められてしまった。急に大声を出して驚かせてしまったのだ。

 いかん、運命の出会いに興奮しすぎてしまった。彼女は隣にいたメイドの影に隠れてしまった。

 メイドを連れている? 高貴な生まれなのだろうか?


「し……失礼しました、自分は……ぅが!!??」


 自己紹介しようとした瞬間、彼女の頭上から巨大な腕が伸びてきてブレイドの顔面を鷲掴みにした。


「あがっ……ぐぁ!?」

「まったく……どうして琉架の周りには、こういう屑虫が集まって来るのか……」

「お……お爺様!?」


 少女の名はルカ、そして今まさにブレイドの頭を握りつぶそうとしているのがその祖父である。


 左腕一本でブレイドを吊し上げ……


「よいかミカヅキよ……貴様の使命を決して忘れるなよ?」

「イ……Yes, sir!!」

「お爺様!? いったい何を……」

「ミカヅキ」

「Yes, sir!!」


 ミカヅキは琉架の頭を自分の胸に抱え込み外界の情報をシャットアウトする。


「ぅむ? むぅ~~~?」

「よろしい、貴様の使命は琉架の身辺警護……琉架に近づく屑虫を皆殺しにすることだ!」

「は……はい!! りょ……了解であります!!」

「うむ。ではその処理方法を実践して見せよう……」


 右手で拳を握ると濃密な闘気が放たれる。


(あれ? 人族(ヒウマ)は「気」を使えないはずだよね? なんだろ? イメージ映像?)


「極限奥義…………」

「ぎ……が……ぐぁぁぁ!!??」


「デビルズ・ナックルランサー!!!!」


 メキメキッビキッ!! バキンッ!!!!


 ゴリラのような老人が放った拳は、勇者の鎧「ブルーロザリオ」の胸部を破壊した!


「ぐはぁぁぁあああぁぁぁ!!??」


 ブレイドは遥か彼方に殴り飛ばされた。


「ふしゅぅぅぅ~~~」

(コワイ……オジイサマ……コワイ……)


「…………ミカヅキよ、失敗したメイドには罰が与えられるのが暗黙のルールだ、心しておけよ?」

「ヒィィ…イ……Yes, sir!!」

「ぷはっ! あ……あれ? 今のヒト…………は?」

「何か急用が有るとかで行ってしまったよ。ははは」

「? そうなんですか?」


---

--

-


 ― 数日後 ―


 月のない夜、闇夜に紛れる様にして一人の男が首都を離れる。

 2年も掛けて積み上げてきた信頼全てを失った男、勇者ブレイドである。


「これは試練だ……俺は決して諦めない……いつの日かあの悪魔を倒し、そして…………」


 彼の脳裏には一人の少女の姿があった……


「…………ルカさん…………」


 お爺様らしき老人にそう呼ばれていた少女の名だ。

 いつか必ず彼女を…………


 しかし勇者は知らない、彼の言う「悪魔」と「女神」の間には、他人には計り知れない深い信頼があることを……

 彼の進む道は地獄に繋がっている…………




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