第279話 別れの挨拶
「それで…… みんなはどうする?」
俺は嫁たちの自主性を尊重する、命令したり要請したりしない。
あくまでも自らの意思で決めてもらう。
下手に命令して嫌われたりしたら目も当てられない。
決して自分への愛情を図るための試金石にしてるワケじゃない、いやマジで。
だってそうだろ? もし誰も俺についてきてくれなかったら……絶対凹むモン!
「白はおに~ちゃんについてく……」
白が真っ先に表明し、俺に寄りかかり後頭部をムネに押し付けてグリグリしてくる。
あぁ、もう、可愛いなぁ!
白の俺に対する深い愛情を感じる、俺も愛情表現でお返ししよう。
白の頭を撫でまくる、あくまでも頭だけだ、他の部分はノータッチ、セクハラになるからな。
「うにゅぅ……」
実に幸せそうな声を出す…… あと伊吹、睨むな。
「はい、では私もご一緒にシニス世界に戻ろうと思います」
小さく手を上げて、次に表明したのはミラだった。
「あ、えっと…… 人魚族の事も気になりますし……」
取って付けたような言い訳などしなくてもいいのに…… 大丈夫、ミラの気持ちは分かってるから。
まぁアトランティスが気になるってのも嘘じゃないだろうけど。
しかし意思表明はそこで止まる、琉架とミカヅキが沈黙を守っているのだ。
ミカヅキは琉架の方をチラチラ見てる、彼女は俺のメイドであると同時に琉架のメイドでもある。
実際、俺よりも琉架を優先するよう教育を受けてるハズだ、つまり琉架の決定に従うってコトだ。
そしてその琉架はというと……
「…………」
指を唇に当てたまま、ジッとテーブルの一点を見つめている。
悩んでるようなら時間を上げても良い、ただしあまり余裕は無いが……
「琉架?」
「あ…… うん、神那はご家族に打ち明けるんだよね?」
「あぁ」
「そっかぁ…… 私もそうするべきかな?」
いや、俺と琉架は違う、何もそんな所で俺に付き合う必要は無い……
それよりも……
「琉架はどうする? デクス世界に残るのか?」
「え? なんで?」
なんでって言われても、琉架は俺と違って家族に愛されてるし、俺と違って家族を大切にする子だしなぁ。
「神那がシニス世界に移住するなら私も行くよ?」
一切の迷いや躊躇を見せずに言い切った! 当たり前でしょ? と言わんばかりだ。
悩んでいたのは移住するかどうかではなく、魔王化のコトを家族に打ち明けるかどうかだったのか。
「でもそうだよね…… やっぱり理由をちゃんと言わないと……」
「何なら打ち明ける時、一緒に居ようか?」
琉架が不安な時は近くにいて手を握っていてあげたい……のだが、自分で提案しといて何だがちょっと怖い。
何と言ってもあのジジイの身内だ、琉架の目の前でいきなりデビルズ・ナックル・ランサーは無いと思いたいが、その可能性も微粒子レベルで存在する。
「え? ホントに? アイサツに来てくれるの?」
ん? アイサツ? うん、まぁそうだな……
腹をくくるべきか? そうだなハッキリ言おう! 「娘さんを僕にください!」って。
ぶん殴られる覚悟はしておくか、その程度で済めばいいが……
「お嬢様とマスターがシニス世界へ赴くのなら、私もご一緒いたします」
最後にミカヅキが移住を表明、こちらもどことなくホッとした表情をしている。
今ここに俺のハーレムが完成した!
…………
ずいぶん前から完成していた気もするが……な。
「チョット待った!!」
突如、伊吹が待ったをかけた。
まぁ言いたいことはだいたい分かる……
「私も…… 移住します!」
「お前はダメ」
「ナンでよ!!」
「理由は言わなくてもわかるだろ?」
息子の魔王化を親へ伝えるメッセンジャー役はついでだ。
伊吹は俺と違って両親に可愛がられている、俺は居なくなってもそんなに気にしないだろうが、伊吹はそうはいかない。
未成年の子供が二人も同時に居なくなったら親は悲しむだろう…… てか伊吹を連れてったら俺が文句言われる。
「分かってくれ伊吹……」
「むぅぅぅぅぅぅ!」
決して俺の禁域に血の繋がったお邪魔虫の居場所は無いって理由じゃない。
ま、実際、邪魔以外のナニモノでもないんだが……
「両世界間の移動は簡単にできるようになったんだ、長期休みに遊びに来たっていい。
だからお前はデクス世界に残れ」
伊吹が頬をフグみたいに膨らましてる……
アレは不満はあるが受け入れたって顔だ。
ふぅ…… 第一関門突破だ。
しかしコレは琉架のトコロにも言えることだ……
お義姉様たち怒るかなぁ? 怒るだろうなぁ……
下手したら暗殺者を差し向けられるレベルで怒るだろう。
しかし今回の移住は里帰りが容易だ。
ぶっちゃけ週イチで返ってくることだって出来る、今までの神隠しよりずっとマシだ。
琉架が魔王化を打ち明けるなら、お義姉様たちをティマイオスに招待したっていい、但しジジイ、お前はダメだ、禁域の美観を損ねる。
「ふむ、では俺もシニス世界に戻るとするか」
「あ? あ……」
忘れてた! 視界の端に映る壁かと思ってたが、コイツが居たんだった!
シニス世界が産んだ究極タンク、賢王ジークが!
「いや…… お前は付き合わなくていいんだぞ? 魔王じゃないし……」
「ふむ、しかしデクス世界での魔王の脅威は去った、戻るのも道理であろう」
「いやいや、お前映画を気に入ってただろ? シニス世界に戻ったらもう見れないぞ?」
「そうか? 両世界の行き来は容易になったんだ、入手するのも簡単だろ?」
「お……お前には俺の実家と…… 伊吹を守って欲しかったんだが?」
「何から守れと? もう脅威はないだろ?」
この野郎、ハッキリ言わないと解からないのか?
邪魔なんだよお前は!
「……………………」
ジーーーーーーーーー
伊吹が超睨んでくる…… 妹の心の中が手に取るようにわかる。
『押し付けんな! 持って帰れ!』って思ってる、間違いない。
くそっ! こうなったら第2魔王と取引してジークを引き取ってもらおうかな?
ジークも喜ぶ、ネフィリムも喜ぶ、俺も喜ぶ、誰も不幸にならない。
ヤツの要求通り第3魔王マリア=ルージュを倒したんだから、それくらいの対価をもらっても良いよな?
そんなワケで我々魔王同盟+肉壁の今後の方針が決まった。
近日中には街を離れることになる、各々準備に取り掛かってもらう。
と、言ってもシニス世界出身組はこちらに根付いて数ヵ月、特に準備も必要ないだろう。
完全に俺と琉架待ちだ。
かく言う俺も特に準備する事は無い、重要なデータの抽出、ハードディスクの破壊も完了した。
ならば別れの挨拶をするべきか…… デクス世界で俺が別れを告げるべき相手…… 一人しか思いつかない。交友関係の狭さが有りがたい様な悲しい様な……
---佐倉桜 視点---
今日も疲れた、ここのところずっと学院の掃除を手伝わされてる……
こっちは病み上がりだというのに容赦ナシだ、まぁ後遺症も何も無い健康体なんだけど……
あの日……
妖魔族の攻撃を受けた私は意識を失った、気がついた時にはすべてが終わっていた。
またしても魔王に助けられた、今回は第7魔王様…… 第11魔王様は来てくれなかった様だ。
もうちょっと早く来てほしかったなぁ…… もちろん助けてもらったことには感謝してる、私の精神は結構危ない状態だったらしいし、アーリィさんが治療してくれなかったら脳死しててもおかしく無かったそうだ。
苦しかった記憶は有るのだが、あまりにも一瞬だったからよく覚えていない、コレは幸運なことなんだろう。
でもやっぱりもうちょっと早く来てほしかった!
まぁ今回ばかりは仕方ないか、神那クンの方もかなり大変だったみたいだし、結局 第3魔王マリア=ルージュは神那クンが倒したみたいだ。
そんな彼は戦闘終結から2週間近く経っているのにまだ帰ってきていない。
それはつまり学院の片づけを手伝ってくれないという事だ……
もっともそれは彼に限った話じゃ無い、特別性は一人も見かけない…… 明らかに区別されてる…… 私も頑張ったんだけどなぁ……
「ただいまぁ~……」
疲れた体を引きずり我が家へ帰ってきた。
D.E.M. で色々仕事を押しつけられてた時に比べれば全然マシだ、少なくとも家に帰ればダラけられる。
「おかぁさ~ん、ナニか甘いモノちょ~だい、エネルギーが切れかかってる……」
「あぁ、お帰りなさいチェリーちゃん」
「お帰りなさいチェリー先輩」
……………………は?
「チェリーちゃんのカレシ君が来てるわよ?」
「イヤだなお母様、先ほど説明したじゃないですか? カレシじゃ無いって、僕のような人間はチェリー先輩には相応しくないと、それに僕には心に決めた人が……」
「アラそうなの? 残念ねぇ、これで孫の顔が見れると思ったのに……」
「なぁに先輩の魅力(と財力)を持ってすれば、イケメンのカレシなんて幾らでも作れますよ、むしろ向こうが放っておかないですよ」
「アラアラお上手ねぇ、お茶のお代わりいかが?」
「ハハハ事実ですって、頂きます」
第11魔王がウチの母親とケーキを食べながらお茶を啜っていた…… ナンダコレ?
「あら? チェリーちゃんどうしたの? そんな所で固まって?」
「チェリー先輩着替えてきたらどうですか? 先輩の分のケーキも買ってきてありますよ?」
「そ…そ…そ… その名で呼ぶなぁぁぁああーーー!!!!」
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先輩に家の外に引きずりだされた、チェリーちゃんがマジギレだ。
「霧島神那!! キミって男は!!」
「先輩落ち着いて下さい、先輩って家ではチェリーちゃんって呼ばれてるんですね?」
「ウガアアアァァァアア!!!!」
先輩は頭を掻き毟って身悶えてる…… ちょっと怖い。
しかし考えてみればこのあだ名も当然だな、名字と名前が一緒なんだ、自分の娘を呼ぶときに自分の名字を言うのも変な感じだろう。
だから桜…… つまりチェリーブロッサムから取って「チェリーちゃん」と呼んでいたんだ……
もっと早く知っていれば、もぉっと面白いことになっていたのに…… 残念だ。
「その名で呼ぶな!! 次に呼んだら殺す!!」
「大丈夫ですよ、コレから先、そうそう呼ぶ機会も無くなりますから」
「は?」
「今日はお別れを言いに来たんです」
「は? は? ………… え?」
俺は魔王同盟+αの移住の件を話した、先輩との付き合いも結構長いからな、話しておかないといけない気がした。
「みんなで移住…… もしかして魔王の事バレちゃったの?」
「まだ疑惑の前の前くらいの段階ですがね、色々突っ込まれる前にデクス世界を離れる事にしました」
「それで良いの?」
「構いません、みんなも了承してくれました」
「私は誘わないんだ?」
「誘ったら一緒に移住しますか?」
「するワケないじゃん」
「ですよねー」
「でもまぁ、二度と会えなくなるってワケじゃ無いんでしょ?」
「えぇ、チョクチョク帰ってくると思います、こっちでは神隠しに遭ったって事にするつもりですし、擬態すれば問題無くコッチをうろつけます」
それでも何かしらの理由で正体がバレる可能性は有る、そして俺は堂々とハーレムを形成したい。
故の移住だ。
「そっか…… ん、コホン、神那クン一度しか言わないからね?」
「?」
なんだ? まさか愛の告白でもするつもりか? まいったなぁ…… コレだから禁域王は……
………… まぁ…… 無いな。
「神那クン、キミのおかげで私はこうして元の生活に戻れました。
キミに命を救われた事だって何度もある…… だから……
今までありがとうございました」
「…………」
ちょっとビックリした、先輩がこんな真面目に感謝してくるとは思わなかった。
思えば今までこんな真面目に感謝された事って無かった気がする……
「こちらこそ…… あの時ギルドセンターで先輩に会えて良かったです」
だから俺も真面目に感謝の気持ちを伝えて先輩と握手を交わした……