第273話 第3魔王 ~一つの終局~
---有栖川琉架 視点---
ピクッ
「!?」
ここはアリア地下坑道内。
さっきから引っ切り無しに襲い掛かってくる人狼の群れを退けながら進んでいる。
そんな時、何かを感じ、戦闘中にもかかわらず足を止め来た道を振り返る……
「…………」
「? ルカ…… どうしたの?」
白ちゃんが覗き込むように見てくる……
「今…… なにか…… 大切な何かが……」
「??」
なんだろうこの胸騒ぎ…… 胸がドキドキしてる。
何か良くないことが……
「!」
お部屋の窓の鍵かけ忘れた!
うぅ…… セバス達がいるから大丈夫かな? 嫌な予感がする……
嫌な予感と言えば神那は大丈夫かな?
なにせ神那は一人で敵の本拠地に乗り込まなきゃいけないんだから。
このγアリアですら敵の密度が異常に濃い、私たちは4人だから問題ないけど一人だったら結構大変だと思う。
虫の知らせ?
ナイナイ、相手が第3魔王ならともかく、魔族や人狼が相手なら数は関係ない……
…………
ホントに大丈夫だよね?
神那って魔王運が異常に良い…… というより、悪いから……
…………
どうしよう、ホントに嫌な予感がしてきちゃった。
「ルカ様?」
「ひゃい! あ…… コホン、どうしました? ミラさん」
「いえ、着きましたよ、突き当りに見える扉の奥です、あそこが恐らく玄室です」
玄室…… 正直入りたくない。
お墓みたいなものだよね?
とは言え、入らないワケにはいかない、それも早急に、こうしている間にも地上ではアリアの雨が降り出してるかも知れないんだから。
でもやっぱり、出来る事なら入りたくない。
敵が待ち構えているならミラさんとミカヅキさんだけに任せるってワケにもいかない。
…………? あれ?
「中に人居ない?」
玄室の中にはオーラが見えない、待ち構えているのはたった一人だけだ。
何かの罠?
仮にそうだったとしても入らなければならないが……
意を決して玄室へと続く扉を開く、なるべく視線は下へ向けて……
聖遺物を見ないように心がける。
奥の方に人の足が見える。
「ようこそ新世代魔王諸君、キミたちが来るであろう事は予測していたが、まさかこんな可愛らしい御嬢さんだらけとは思いもしなかったよ」
それはつまり魔王の威厳が無いって事だろうか?
うん、まぁ…… 無いよね? 威厳どころか自覚すら無いんだし……
「さて…… ココは素直に負けを認めよう」
「え? 降参って事ですか?」
慎重に視線を上げ相手の姿を確認する…… だ……大丈夫、良かった、聖遺物はどうやらちょうどこの人の陰に隠れているらしい。
そこに居たのは壮年の妖魔族男性、いかにも貴族風の出で立ちだ。
「キミたちをココへ誘き出すことには成功した、しかしそちらの方が一枚上手だったようだ」
え? 私たちって誘き出されたの? なのにそっちが降参するの? 一枚上手って何の話?
「新世代魔王をアリアに釘付けにし、その隙に下の街を滅ぼす算段だったのだが……」
「!」
それじゃ下は? サクラ先輩は? 伊吹ちゃんは?
「まさかもう一人魔王を引っ張り出してくるとは思わなかった」
「え?」
あ、リリスさん……かな? それとも神那が戻ってきたのかな?
「それも1200年間、決して表舞台に立とうとしなかった引きこもりの魔王を……
こんなモノ、予想できるはずが無い」
「引きこもりの魔王……」
もしかしてアーリィさん? そう言えばデクス世界に来てるって話だったっけ。
そっかぁ、神那が保険を掛けておいてくれたんだ…… さすが神那!
「それじゃ…… 負けを認めるという事はγアリアを明け渡すってコトですか?」
「それは出来ない、もう少し早ければそれも考えただろうが、今となっては手遅れだ」
「?」
「第7魔王の参戦によりルストナーダ家の命脈は経たれてしまった、もはや出来る事は一つしかない……」
そう言って妖魔族の男性は振り返り、私たちに背中を向けた……
ナニをする……あ
「ならばすべてを道連れに華々しく散るまで!!」
高密度の魔力を纏わせた腕を振り上げた!
その視線の先にあるモノは……!
バキイイィィィィン!!
何かが砕ける様な大きな音が玄室内に響き渡る。
「なに?」
彼は今、聖遺物を破壊しようとした、そんな事をされたらγアリアは浮力を失い落ちる…… 下には高天の街が広がっている、そんなコトさせるワケにはいかない!
「うえぇぇ~~~! ミ…ミラさんパス! お願いします!」
「え? え? え?」
ミラさんに青白い色をした人の足らしき物を渡す。
「これ…… 聖遺物……ですか?」
「うん、なんかブニッとしてたぁ~(泣)」
「いえ…… 感触の事じゃ無くて…… え?」
涙目になりながらハンカチで必死に手を拭く、別に汚いワケじゃ無いんだけどやらずにはいられない、あのブニッとした感触を少しでも拭い去れれば……と。
「御嬢さん…… 一体何をした?」
「うぅ…… 私には予知能力があるんです、だからあなたが聖遺物を破壊しようとしている事が事前に分かったんです」
コレは質問の答えじゃ無い、分かってはいるんだけど説明できない。
緊急事態とはいえみんなの前で『時由時在』の時間停止を使ってしまった……
うぅっ…… みんなの視線が突き刺さってる気がする。
やっぱり3人には話しておくべきかな? みんなの事、信頼してるし……
「あ…… 既に雨が降ってる…… 取り敢えず停止しますね」
そう言うとミラさんは青白い右足(膝下のみ)を目の前に掲げ唸り出した、ちょっと手こずってる感じだ、やっぱりコントロールが難しいんだろう。
「ちぃっ! させるか!!」
そんなミラさん目掛けて妖魔族の男が突っ込んでくる、最後の悪足掻き……だろうか。
ミラさんは忙しそうだし、私の方で対処を…… あ。
「闘気法『鬼気・清絶高妙』」
一瞬の内に私達の前に立ち塞がったミカヅキさんが正拳突きのような技を放った。
ドオオォォォーーーン!!
ミカヅキさんの腕には高密度の『気』を纏い、繰り出された拳の直線状にあった男の体に真ん丸な風穴を開けていた。
「ぐぐ…… そんな……」
あれ? 瞬時に体が再生しない、てコトは……
「……見つけた」
いつの間にか妖魔族の男の背後に回り込んでいた白ちゃんが何かを拾い上げている。
小さなビー玉の様な…… 妖魔の“核”だ。
「くっ…… やはり…… 魔王に挑んだのは間違いだった……様だな」
「そうだね…… さよなら『事象破壊』」
パキイィィィィン
摘まんでいた指先に一瞬だけ光る爪を発生させ、核を破壊した。
すると妖魔の男も空気に溶けるかのように消えていった……
他に伏兵がいる様子も無い、ずいぶん簡単だったけどコレで終わりでイイのだろうか?
たぶんγアリア制圧には魔王が2人もいれば十分だった、戦力の分配バランスを間違ったんだ、さっきの妖魔も言っていた、私たちはここへ誘き出されたんだと……
もしかして…… 南極ではもっと大変な事になってるのかな? せめて私だけでも神那についていければ良かったんだけど…… でもマリア=ルージュに近付けるのは神那とリリスさんの2人だけだし……
………… 2人だけ……
アレ? 私もしかして、今ちょっとだけ嫉妬した?
「ルカ様? この後は予定通りアリアを海まで動かしますけど……」
「あ、はい、よろしくお願いします」
むむ…… そう言えば前にミラさんと2人で第6魔王を倒しに行った後、様子がおかしかったことがあったっけ……
だ……大丈夫だよね? 神那! 信じてるからね!
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アルスメリア・デルフィラ
「カ……カミナァァーーー!!」
突然足元から現れた大蛇にカミナが丸呑みにされた。
「そんなっ! アレだけ大量の血液をどうやって地下に……ハッ! 地下鉄の坑道?」
「デクス世界は地下にモノを隠すには最適の世界だな、そこら中に空洞がある」
マリア=ルージュはその第三の眼で地下の空間まで捉える事ができたんだ……
いや…… それよりも……!
「カミナッ!!」
「叫んでも無駄だ、後は『尾を飲み込む蛇』の腹の中で細切れになって終わりだ」
「やっ! やめっ!」
「尾を飲み込む蛇…… やりなさい……」
…………
しかし血色の大蛇はピクリとも動かない。
「? 尾を飲み込む蛇?」
「え? ナニ?」
カミナを飲み込み、そのまま天に向かって直立している大蛇…… ナニか様子がオカシイ、マリア=ルージュの命令を受け付けていない様な……
次の瞬間、事態が急に動いた!
「なに!?」
「??」
マリア=ルージュが初めて焦りの様な物を見せた瞬間、血色の大蛇が突然、水の様な無色透明に変化した!
その中には……
「カミナッ!!」
バシャッ!!
大蛇は唐突に形を失い崩れ落ちた、そして大量の水が流れてくる……
「うわっ!?」
ドドドドドドド……
「これ…… やっぱり水?」
大部分の水は地下に流れ落ちたが、穴に収まりきらなかった水が周囲を押し流した。
当然意識を失っているリズと勇者が遠くに流されて行った……
「うおおお! 冷てぇー!! 失敗した!!」
「カ……カミナ」
ずぶ濡れになったカミナが私のすぐ隣に降り立った。
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ふぅ…… 上手くいった、だが失敗だ、もう少しよく考えるべきだった。
「貴様…… 何をした?」
マリア=ルージュが睨みつけてくる、とうとう怒らせてしまったかな?
「俺の能力は知ってるだろ? 血液変数…… 血を別の物質に変換できる能力だ。
この力を使ってお前がせっせと溜め込んだ血液を全て水に変換させてもらった。
お前が血を現地調達したおかげだ、もう少し時間が経過していたら俺の能力では変換できなくなってたトコロだ、時間制限があるモノでね」
でも別の物質でも良かったよなぁ…… 何もこんな真冬に水にしなくても…… おかげで凍え死にしそうだ、もちろん水にしたのにも意味はあるんだが……
意識を失ってたリズ先輩と勇者が少し溺れたかな? まぁ死にはしないだろう。
「そ……そんな事できるなら先に教えておきなさいよ! 心配したじゃない!!」
ベチッ!
涙目のリリスに叩かれた、女泣かせの本領を発揮してしまった。
仕方ないだろ? マリア=ルージュ本人を目の前にして能力の説明なんか出来るワケ無い。
それに血の大蛇を一匹に纏めて貰わなければならなかった、チャンスは一度きり、他の事に気を使う余裕が無かった。
「なるほど…… コレは一本取られたな」
マリア=ルージュが嬉しそうな顔をしている…… 敵が強くて喜ぶタイプか? 俺にはそう言った戦闘種族気質は理解できない。
しかしコレでアイツの攻撃力を大幅に削ぎ取ることができた。
次はあの鉄壁の防御力だが……
上手くいけばいいんだが。