第26話 勇者登場!・前編
およそ3週間ぶりに首都ガイアに帰還……
ギルドカフェのいつもの席で第三回定例会議を開催。
「………………」
リルリットさんの目が点になっている。視線の先には筋肉の塊……『賢王』ジーク・エルメライが貫録たっぷりで踏ん反り返っている。お前 なんか偉そうだな?
「あの……こちらの方が、えーと、噂の賢王様なんですか?」
「違います。ただの肉壁です。女性の方はあまり賢者と呼ばないでやって下さい。彼にとって賢者は忌むべき称号なんです」
「は?……はぁ……」
詳しくは語らない。年若い娘さんたちには理解できない苦しみを彼は抱えているのだから……
「それでは恒例の定例会議。今後の方針を決めていきたいと思います」
今回のクエストで幾つかの課題が解消された。
『仲間』の確保だ。
新たに加わったメンバー、ジークとミカヅキである。
ジークの戦闘能力は大体把握している。なにより回復要らずのガード職は、前衛型だらけの我がギルドでは重宝する。しかしこの賢王様は期待外れの部分もある。
「一つ課題が生まれました。我々ギルドの戦闘スタイルは近接寄り過ぎます」
「言われてみればそうだね、でも別にいいでしょ? 遠距離攻撃は神那クンと琉架ちゃんがいれば十分だし」
「皆さん誤解があるようですが、俺と琉架の一番強い距離は近接です」
そう、俺は能力値が低いから遠距離からの魔術戦には向かない。注意しないとすぐガス欠起こす。本来のスタイルは近・中距離型だ。
琉架に至っては近接戦闘ではほぼ無敵とまで言われている。
「え? そうなの? 私、琉架ちゃんが近接戦闘してるとこ見たこと無いよ?」
「え~と……昔師匠に「近接戦闘でお前に勝てる奴はいない」って言われたことは有ります」
ちなみに俺と琉架の師匠は引退した元・創世十二使の一人だ。
つまり元世界最強のお墨付きとも言える。
「期待していた賢王様が期待外れだったのが痛い」
「悪かったな、期待外れで」
しかし一つだけ良かったのは、この筋肉ダルマがEDだった点だ。コイツの性欲が爆発してウチの女の子たちに危険が及ばない事だけは良かった。この筋肉に襲われたら、抵抗は難しいだろうからな。
「ここで遠距離戦力として期待しているのは鬼族のミカヅキです」
「え? はい? 私?」
「鬼族は魔力が使えない代わりに「気」と呼ばれる力を使うと聞きます。実際どうなんですか? 「波ーーー!!」とか言って気弾を発射できたりしないんですか?」
ミカヅキは一人で霧の迷宮を出歩くだけの実力がある。出会った時からずっと気になってたんだ。俺だけがワクワクしている、他の人は少年マンガを愛読していないようだ。
「えっと……「気」って本来、身体強化に使うものです。こんな感じに……」
ミカヅキの右手が液体とも気体とも言えない光の粒子に覆われた。おぉ! これが「気」か! 確かに圧力を感じる。かなりの攻撃力を秘めているようだ。
「確かに「気」の扱いに長けた鬼族なら、気弾を飛ばせるけど、私にできるのはここまでです」
え? それだけ?
「そもそも「気」は魔力と違って、使用者の身体から数十cm離れると直ぐに霧散してしまうんです。だから気弾といっても気の塊を飛ばすんじゃなくって……使用者と気弾が繋がってなきゃいけないというか……常に「気」を放出し続けるというか…………」
相変わらず分かりにくい説明だ。要するにカメ○メ波は撃てるけど元○玉は使えないってことか。
……ってことは…………
「私も近接型ですね。角を伸ばせば5メートルくらいの中距離はいけますけど……」
新人は二人とも前衛だった。結局、俺と琉架が後衛をするのか……人材の無駄遣いなんだけどな……
しかし無い物ねだりをしても仕方ないので、納得する。
次に『D.E.M.』の金欠問題が解消された。
莫大な財宝を手に入れた我々は一生遊んで暮らせるだけの資金を得たのだ!
一気に勝ち組だ! 働かずに食うメシの美味いこと美味いこと。
これで駄菓子屋の商品を買い占めることも出来るし、スーパーで半額シールが貼られる前の弁当を買うことだって出来る!
そうだ! 今の財力なら我が妹の永遠の夢である、高級ケーキバイキング全種類制覇も叶えてあげられるぞ! 帰る時は財宝を幾つか頂いていこう。
「我々は人員確保と資金の確保に成功しました。そこで魔王討伐に向けて次の準備に入ります。リルリットさん、例のモノはどうなりました?」
「あ……はい、中央大図書館の禁書庫への立ち入り許可証の件ですね。来週には許可が下りる見込みです」
「そうですか、ありがとうございます。それではこれからしばらくは情報収集がメインになります。細かい事は来週改めて決めるとして、2~3日は休息とします。新人二人は引っ越しも終わらせといてください。以上」
定例会議が終了すると、琉架は一人で出かけて行った。恐らくゴリラに会いに行ったんだろう。
新人二人も自分に割り当てられた部屋へ向かった。
先輩も部屋へ戻って休むようだ。
俺と白とリルリットさんが残った。
いい機会なのでお土産を渡して媚を売っておく。この人には結構迷惑を掛けてるしな……
財宝の中から豪華なブレスレットを選んで渡す。指輪は危険だ! 俺は学習する男、二度と同じミスは侵さない。
「こ……こんな高そうなモノ……頂いてイイんですか!?」
「気にせず受け取って下さい。たくさん見つけた財宝の一つですから」
「そうですか……では有難く頂戴いたします。今までの迷惑料として」
…………また余計な一言を。
売れば一千万ブロンドにはなるんだぞ? 随分高い迷惑料だ。俺、そこまで迷惑掛けたかな?
その後は白とデートだ。武器を見に行くのに付き合っただけ、ともいうが…………
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一週間後……
この一週間で一つの事実が判明した。
ウチのメイドは本当に駄メイドだったのだ。そもそもミカヅキはメイドスキルを一つも持ち合わせていなかったのだ。
マジで役に立たねぇ……
ジーク曰く、ミカヅキはある日突然やってきて「あなたの最後を看取らせて下さい」と言って、半ば強引に居座ったそうだ。
だったら、家事でもしてろとジークが通販でメイド服を買い与えたらしい。
この世界に通販があったことに驚いた。恐らくクエストが出されるのだろうが、配送業者さんも大変だな。
とにかくミカヅキはメイドじゃ無かった。
どうしようかと悩んでいたら、琉架が提案してきた。
「私がメイドさんのお仕事、教えてあげようか?」
そう、琉架の実家には本職のメイドさんが何人もいる。まさに打って付けの人材だ。俺が仕込んだら歪んだエロメイドが誕生しそうだしな。ここは琉架に任せよう。
ここで今後の予定をおさらいする。
まず中央大図書館・禁書庫の蔵書量が膨大だった。言い出しっぺの俺が調べ物担当、ジークも色々調べたいと名乗りを上げた。薄暗い禁書庫で不能不死の筋肉ダルマと二人で調べ物……腐臭漂う悪夢の始まりだ……
琉架はミカヅキと秘密のメイド特訓。そっちは花畑のイメージだ。あぁ、俺もそっちに行きたい……
先輩と白はギルドの信頼回復のための人助け系のクエストをたまに受けてもらう。
「たまにでイイの?」
「はい、焦ってやると必死さがにじみ出て見下されかねないですからね。こういうのはじっくり腰を据えてやるべきなんですよ」
今後の予定は大体こんな感じだ、手分けして蔵書を調べ終わるのに恐らく2ヵ月ほど。
それまでは俺の悪夢とまったりした日々が続く。
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情報収集期間・第一週
― 1日の流れ ―
朝8時に強制起床。
金もあるし働かなくてもイイ、引きこもるための個人部屋もある、中には女神像が祭られているお楽しみ用の隠し部屋まで完備している。正直、日の出と共に眠りについて、昼飯時に起きる生活がしたい。他メンバーの手前仕方なく規則正しい生活を送る……ねむい……
朝、部屋を出るとだいたい汗でテカる筋肉の塊を見かける、朝っぱらから気が滅入る。何でも毎朝10kmランニングをしているそうだ、んま~健康的だこと……。汗を拭きつつ爽やかな顔で笑う……しかし筋肉が付き過ぎていて暑苦しいだけだ。
爽やかな朝を演出したいならお前は部屋から出てくるな。
午前9時、全員揃って少し遅目の朝食。
朝食の準備は先輩が受け持っている。琉架は俺に負けず劣らず朝が弱い。気合を入れなければ早起きできないそうだ。折角まったりした日々を過ごせるのに毎日気合入れさせるのも忍びないので、朝食の準備は先輩が担当している。
先輩は自分が「何も出来ていないんじゃ無いか」と気にしている様子だ。「そんなことないですよ、先輩は今までと何も変っていません」とフォローを入れたら蹴られた。何がいけなかったのだろう? 乙女心は難しい……
午前10時、中央大図書館に赴きひたすら地獄の読書タイム。
昼休みも休憩室で弁当を食いながら本を読む。本を汚さないように特別なガラステーブルで食事することを強制されるが、意外とコレが読みやすい。読書速度が落ちるのは仕方がないが……
午後4時、図書館から少し早めに引き上げる。
夕食は琉架とミカヅキが作ってくれる。女神の手料理を毎日食べられるとは……俺はなんて幸せな信者なんだろう。今度ゴリラじーさんに自慢してやろう。
……いや待て、そんなことしたらあのゴリラ毎日訪ねてくるかもしれない、ゴリラと筋肉が夜の食卓で競演…………それは勘弁して欲しいので、秘密にしておこう。
その夕食の食材の買い物が曜日ごとにメンバー全員に割り振られている。日曜日は休息日で俺の担当は月曜日だ。
買い物の内容は、その日その人の気分で決めていいそうだ。コレも秘密のメイド特訓の一環らしい。
しかしコレが非常に困る。どのおかずにどの材料がどれだけ必要か全くわからん。
俺の得意料理など「お湯を沸かして注ぐ」というものだ、高度なレベルの料理でも「湯切り」の工程が追加される程度だ。
なので月曜夕方は白とお手々つないでお買い物だ。下心は無いぞ、確かに白が知らないのをいい事に恋人つなぎをしているが……夕方のマーケットは人が溢れていて本当に手を繋いでいないとはぐれそうになるんだ。
ちなみに白の目利きは一級品だ。なにせ店主の思う素材の善し悪しが筒抜けなのだから。本当に便利な能力だ。
お使いのない日は談話室でダベって過ごす。
午後8時以降は自由時間だ。
最近、何だかんだで白と一緒にいる時間が多い。今も俺の隣に座っている、これは予想より速いがイイ傾向だ。そろそろ例の極秘プロジェクトの最終段階に入ってもいいかもしれないな。
俺の1日は大体こんな感じで過ぎていく。
問題が起こったのは情報収集の第二週目の月曜だった……
情報収集期間・第二週
月曜日・夕方
今週も白とお買い物という名のデートに興じる。
日がな一日、薄暗い地下室で、不能筋肉と一緒に過ごす毎日を送る俺にとって、貴重な癒やしの時間だ。この時間のために俺は頑張れる……
周囲から温かい目で見られる……どうやらデートと思われてないらしい。
……少女を早く大人にするための肥料ってドコかに売ってないですか?
白は口数は少ないが、決して無口ではない。話を振れば返してくれるし、自分で話題を提供してくれることもある。…………極稀にだが。
そんなおままごとデートを楽しんでいる時だった、それを見つけてしまったのは……
マーケットの入り口に一件の酒場がある。西部劇に出てくるようなレトロな雰囲気の酒場だ。その入口の屋根の上に誰か立っているのが見えた。…………嫌な予感がする。
今すぐ道を変えて迂回したいが脇道がない。人波の流れに逆らうのも大変そうだ。仕方ない……関わらないようにして通り過ぎよう。必ずしもトラブルフラグとは限らないからな。
男は腕組み仁王立ちで通りを歩く人をガン見している。周囲の人は変質者を見る目をしているがまったくお構いなしだ。なかなかいい根性しておられる。
燃えるような赤い髪、青い高そうな鎧(マント付き)を身に纏い、背中に豪華な装飾の剣を背負っている。顔はギリギリイケメンに分類されるレベル、随分と正義感の強そうな面持ちだ。
視線をこちらに向けてきた、瞬時に目をそらし白との会話を再会、俺はモブだ、一般市民だ、路傍の石だ、透明人間だ、雑草のようにドコにでも生えているそんな人間を装う。
…………にも係わらず…………
「お前が『D.E.M.』のキリシマ・カミナだな!!」
何か聞こえた気がする…………
気のせいだろう。今の俺は透明人間、しらすの中の小さいカニより見つけるのが困難な存在だ。
そのまま、振り返る事無く立ち去ろうとするが…………
「まてぃ!! 無視するな!! とぅ!!!!」
とぅ! とか言った。背後から鎧のガシャガシャ音がうるさい着地音が聞こえた。
「まて!! キリシマ・カミナ!!」
また呼び捨てにされた……てかお前さっきから「!」マーク使いすぎ、本当にうるさい。
無視したい所だが、それはさすがに無理そうなのでプランBへ移行する。
「人違いです」
振り返り相手の目を真っ直ぐ見据えてハッキリと宣言してやる。
「え?」
「人違いです。もう行っても宜しいでしょうか?」
人違いである事を端的に伝え、誠意を持って対応する。例えハリボテでも誠意さえ見せれば大物芸能人だって動かせるはずさ。
「え?……あ、す……すみませんでした! どうぞ行ってください!」
赤髪の青年は素直に謝ってくれた。うむ、悪い事をしたら謝る。俺も鬼じゃない、迷惑料は請求しないでおこう。リルリットさん並みの迷惑を掛けられた訳じゃないからな。
「それじゃ白、行こうか?」
「え……っと……おにーさん?」
「今日はオムライスが食べたい気分だが、白はどうだ?」
「!…………白も……食べたいです!」
空いてる手で白の頭を撫でつつその場を去る。後ろから「おかしいな、確かに……あれ~?」という声が聞こえたがもちろん無視だ。
これが俺と奴の初めての出会いだった。
情報収集期間・第三週
月曜日・夕方
今日も一日中活字漬け、目がシパシパする。禁書庫の蔵書は膨大だ、もう三週間も調べているのに魔王に関する情報はほとんど見つからない……このまま何も見つからないまま終わるかもしれない……そんな可能性が出てきた。保険として古代エルフの廃都の情報も一緒に調べよう。
「おにーさん…………ダイジョウブ?」
俺の荒んだ心に白の優しさが染み渡る。きっと白の50%は優しさで出来ているんだろう。後の49%は可愛さ、残り1%がモフモフだ。
「あぁ、大丈夫だ。白の優しい言葉で俺はまた生き返るから」
「??」
こんな感じで今日もまた、周囲からの温かい目で見守られながらマーケットへ続く道を歩く。
また見つけちゃったよ…………赤い髪に青い鎧…………奴だ!
先週と同じく酒場の屋根で腕組み仁王立ち。
今日も俺でない俺を探しているのかと思ったが、どうやら違うらしい。先週より表情が険しい。たぶん嘘がバレたのだろう。
こんなに疲れているのにバカの相手は御免被りたい。……が、この道を通らなければマーケットにはいけない。遠回りをして反対側から向かう気力もない。
ならばこのまま進んで、適当にあしらうのが最善策か……
まったく面倒くさいのに目を付けられたものだ。
「このまま…………行くの?」
白もヤツを発見したようだ。不安気に聞いてくる。そんな白の頭を優しく撫でながら語りかける……
「大丈夫。何があってもおに~ちゃんが守ってやるからな」
もはや慣れたモノだ。十八番の爽やかスマイル歯光り付きでキメる。
それを見て白が頬を染め照れる。うむ、実に可愛い。
ここ三週間ほど、俺は白に自分の事を「おに~ちゃん」と呼ばせるための刷り込みを行ってきた。そろそろ効果が出始めた。もうひと押しできっと白は俺の事を「おに~ちゃん」と呼んでくれる。
うは! 漲ってきた! 景気づけにバカをコケにして遊んでやろう。
奴がこちらに気付いた。俺を見て瞬時にヒートアップ。
「おまえ! おまえ!! おまえぇー!!! キリシマ・カミナァァーーー!!!!」
俺たちの前に飛び降りてくる。もう特徴は分かってるんだから、最初から下で待ってろよ……
「やっぱりお前がキリシマ・カミナだな!? よくも謀ってくれたな!!!!」
「いえ、人違いです。誤解です」
今回もキッパリ否定する、さすがにもう信じないだろうが……
「もう騙されないぞ!! 情報屋にしっかり調べてもらったんだからな!!」
「情報屋? そうか……それでか……」
俺は訳アリ顔を作って少しうつむく。それだけでバカはすぐに釣れる。
「な……なんだ? 何かあるのか?」
「はい……どうやら誤った情報が流れているらしくて、先週も同じように声を掛けられたことがあったんです……」
先週、声を掛けてきたのも、お前にそっくりな赤髪・青鎧のバカだったがな。
「そ……そうなのか?」
「はい……とても迷惑してるんです……ですから貴方も、見た所とても高貴な騎士様の様ですが、情報屋などを頼らず自らの足で情報を集めた方がいいです。最近の情報屋はアテになりません」
ごめん情報屋さん、意味もなく信頼を貶めてしまった。でもこれに懲りたら人の情報で商売するな。
「そ……そういう事だったのか……そうとも知らず何度も迷惑を掛けてしまった。本当にすまなかった!!」
腰が90度曲がった見事なお辞儀だ。
「頭を上げてください。僕は全然気にしてませんから」
僕とか言っちゃった……おぇ
「それにしても、情報屋のオヤジめ~!! よくも勇者を騙してくれたな!!」
…………ん? 何だって?
「……もしかして……勇者様なのですか?」
「お! そうだった失礼した。俺の名はブレイド! 49代目勇者ブレイド・アッシュ・キース・アグエイアスだ!!」