第263話 第一魔導学院6 ~接触~
リリスがデルフィラに到着したのは、メルヴィンの報告から約30分後の事だった。
その時にはデルフィラ最終防衛ラインはとっくに突破され、そこには誰も居なかった……
……否
生きた人間は誰も居なかった。
防衛ラインは壊滅…… そこには干乾びた死体が点々としていた……
「…………」
遅かった…… いや、まだだ。
デルフィラの市内からは戦闘音が聞こえてくる、あの女はまだこの街に居る! まだ終わってはいない!
その時、遠くのビルに巨大な影が映った。
戦闘により発生した光が巨大な蛇の赤い影を映し出したのだ。
「マズイ…… 当初の予定は完全に破たんしてる…… あの女、既に大量の血液を手に入れてる……」
これでは勝ち目が無い…… だからと言って逃げる訳にもいかない。
期待は薄いけど今の内に勇者召喚の準備だけはしておこう。
ちょっと時間が掛かるし……
「これは覚悟を決めなきゃいけないか……」
リリスは一回大きく深呼吸すると、マリア=ルージュが居るであろう方角へ飛び出していった。
---
「うっ… うわぁぁぁーーー!! っ!!」
パァン!!
逃げ惑う兵士たちが次々と弾けていく……
そしてその血を啜りながらマリア=ルージュが悠然と歩いている。
(つまらんな…… もはや戦意も失ったか、所詮は最下位種族…… こんなモノか……)
そんなマリア=ルージュの後ろから付いて行くのが血色の大蛇。
血の池から体を出した完全な蛇の姿をしている、体長は100メートルを超えその巨体を使い街を破壊しながら進んでいた。
キィィィィィン
「ん?」
独特の甲高い音が空に響き渡る。
マリア=ルージュがそれへ視線を向けた時、空を飛ぶなにかから人がこちらに向かって飛び降りたトコロだった。
「大気叛整!! 『惑星衣・零』!!」
マリア=ルージュの周囲の空気が消え、ゼロ気圧空間が形成された。
しかし本人は意に介さず、何の反応すら見せなかった。
フワッ…… スタ!
「チッ! さすが魔王、まさか『惑星衣・零』で無反応とは……!」
惑星衣・零が解除されると、マリア=ルージュの髪が少し揺れた。
「大気操作能力…… お前がエリザベス・カウリーだな?」
「!? なんで私の名前を知ってるのよ!!」
「お前のコトを良く知る者から聞いたからだ」
「私を良く知ってる……? もしかして…… ちょっと生意気な男の子だったりする?」
「何の話だ?」
「違うならイイ…… いや、良くない! 私を良く知る者って誰!?」
「さてな…… 正体を明かさない事も契約に含まれるので言えない、ただお前とは面識があったようだが?」
(私のコトを良く知っていて面識がある人物? そいつが裏切り者で間違いないみたいだけどカミナ君とルカちゃんは除外されるか……)
「さて…… お前の能力は興味深い、特別に私の使途にしてやろう、さすれば更なる強さを得られるがどうする?」
「はい?」
(なに?今の…… ヘッドハンティング? かの有名な魔王様からお誘い請けちゃった? もしかしてバカにしてる?)
「誰がそんな誘いに乗るか! バカにしないで!」
「バカになどしていない、むしろ高く評価しての事なのだがな?」
「それがバカにしてるって言うのよ! こっちは命がけでもアンタを倒すつもりなんだから!」
「人族の寿命は長くても100年程度と聞く…… 今の美しい姿を永遠に留めておきたくは無いのか?」
(う……美しい? てへへ/// そうかな? …………いやいや、違う! 危な! 危うく騙される所だった! なんて狡猾な女なんだ!)
「生憎と…… 花の命は短いからこそ美しいと言うのが私の持論でね」
「そうか? 我は美しい花々を一年中愛でていたいがな…… 見解の相違だな、ならば仕方ない……」
「?」
「お前を我の使途に強制的に迎え入れよう、拒否はさせん」
「ふん! 出来るモノならやって見なさい!」
「ではお言葉に甘えて……」
ビシッ!!
(え? 何コレ…… 身体が動かない……? 声も出ない?)
「お前の身体の血液を停止した、ただし生命機能に不可欠な器官は正常に動いている、呼吸もできるし脳に酸素も送られているだろう?」
(停止したって……なに?)
「意識レベルが一定以上でないと強制使途化が出来ない、抵抗しても逃げても良いぞ? 出来るのならばな?」
身動き一つとれないエリザベスにマリア=ルージュが触れようとした…… その時……
「第2階位級 光輝魔術……」
「!?」
「『神剣・日輪閃光』シンケン・ニチリンセンコウ!!」
二人の頭上に巨大な光の剣が現れた!
「ッ!!」
マリア=ルージュは瞬時に距離を取る、それと同時に自分の前に血液の膜を作り出した。
そして今までマリア=ルージュが立っていた場所に光の大剣が突き立てられた!
---リリス・リスティス 視点---
第3魔王マリア=ルージュ・ブラッドレッドとの対面……
それは実に1200年ぶりの再会だった。
「どうやら第2階位級の光輝魔術は今日の妖魔族には有効な様ね? 満月の日にわざわざ出てきたのがアダになったんじゃない?」
「ほぅ、コレはまた懐かしい顔だな?」
光の大剣とマリア=ルージュの間にリリスが舞い降りた。
「久しいなリリス・リスティス…… よもやお前が直接出てきてくれるとは思っていなかったぞ?」
「ふん! こっちとしては二度と会いたくなかったんだけどね」
「それで? 何をしに出てきた? よもや我と戦う為に現れた訳ではあるまい? お前は裏から手を回すような小賢しい奴だったからな?」
余計なコトをぺらぺらと…… 何百年前の話をしてるんだコイツは!
まぁ確かに、その通りだったと言わざるを得ないんだけど……
「リズ…… 動ける?」
「え? あ、体が動く、だ…誰?」
「私のコトは良いから早く逃げなさい、光の大剣を使ってアイツの視界に入ら無いようにね」
「そんな事できない! 私にはこの街を守護する責任が……!」
責任感が強くて非常に良い事なんだが、今この瞬間、それは命取りになるし邪魔になる。
「アナタじゃアイツに勝てない、もう分かっているでしょ? 逃げ遅れた人達を連れてデルフィラから少しでも遠くへ離れるのよ」
ズズズズズ……
リズを説得している間に大蛇が逃げ道を塞ぐように三人を取り囲んだ。
「逃がすと思っているのか?」
ちっ! このままじゃマズイ! あの大蛇をどうにかしないと、マリア=ルージュと戦う事すら出来ない。
チラリと指輪を見る、まだ石の色は変わってない…… カミナはまだ南極で足止めを喰らっているのか……
肝心な時に役に立たない……とは言えないなぁ、コレは完全に私の作戦ミスだ。
まさかマリア=ルージュが単独で出張ってくるとは思いもしなかった。
仕方ない、呼んでみよう、最初から期待しなければダメだった時にも諦めがつく。
「『門を開きし者』、勇者召喚!!」
「? 勇者?」
目の前に真っ黒な球体を作り出した。
その球体の中から……
「ぅぉぉぉぉおおおおーーー!!!?」
「ペッ」って音が付きそうな感じで勇者がゲートから飛び出し、地面に顔面を打ち付けた。
その姿を見るだけで、「あぁ、やっぱり駄目か……」って気分になってくる。
「いつつ…… 一体なんだ? 何が起こった?」
勇者は鼻を擦りつつ周囲を見渡し、光の大剣の前に立つ私を目を細めながら見て……
「あ! お前はあの時の?」
「勇者様、とうとう刻が来ました」
「え? 何の話だ? とき? てか、ここドコだ?」
「あちらをご覧ください」
「?」
勇者の眼の前にいるのは只ならぬ気配を纏った妖魔族の女。
その女を見ると勇者の身体がブルっと震えるのが分かった。
「な……なんだこの圧力は?」
「彼女こそ全人型種族の敵、第3魔王 “紅血姫” マリア=ルージュ・ブラッドレッドです」
「だ……第3魔王? あ…あれが……!」
「今こそあなたは真の勇者になる刻が来たのです」
「そ……そうか…… お前が第3魔王マリア=ルージュ・ブラッドレッドか……」
勇者がマリア=ルージュを睨みながら立ち上がる……
その足は小刻みに震えている…… 武者震いだと良いんだけど、見た目が生まれたての小鹿みたいだ。
頼むから武者震いであってくれ!
「クッ… クックックッ、ハァーッハッハッハッ! まさか勇者を引っ張り出すとはな、全く、コレは予想外だったぞ? 中々楽しませてくれる」
「なぁにがオカシイ!? 第3魔王マリア=ルージュ!! 長い年月、数多の種族を苦しめてきた許されざる大罪! 今日ココで清算してやる!」
勇ましい言葉…… それとは裏腹に勇者はチョット内股になってる…… よもやトイレを我慢してる訳でもあるまい…… なんかダメっぽい……
まぁ時間稼ぎができればイイか、あの蛇…… あの女の武器である血液をどうにかする時間が稼げれば。
むしろその血液の処理が問題だ、何をどうすればイイのか検討もつかない……
「勇者様、あの大蛇は私がなんとかします、勇者様は心置きなく第3魔王と戦ってください」
「そ……そうか……」キョロキョロ
「どうしました?」
「いや…… いつものパターンだとアイツが俺の手柄を奪いに来るはずなんだが……」
別にカミナも好きで勇者の手柄を奪ってる訳じゃないと思うんだけどなぁ……
「彼は今 南極です、ココには居ませんよ」
「え? ココって南極じゃ無いのか? ココドコ!?」
あ~…… 勇者にはマリア=ルージュが南極にいるって教えてたんだっけ…… 説明するのが面倒臭い。
「ここはアルスメリア、南極からは何千kmも離れてます」
「そうか! つまりアイツはやって来ないって事だな!」
喜んでる…… この情報を聞いて喜ぶのは勇者だけだよ、私は不安でたまらない。
「第3魔王 “紅血姫” マリア=ルージュ・ブラッドレッド!! 2400年の長きに渡り虐げられてきた者たちの無念を晴らす為!! この49代目勇者ブレイド・アッシュ・キース・アグエイアスがその首を貰い受ける!!」
勇者は剣を天に掲げ宣言する!
「『我は勇者!! 生涯DTを貫く者なり!!』」
「ブフゥッ!!」
思いっ切り吹き出してしまった。
勇者に怪訝そうな顔で見られる。
「ど……どうした? 大丈夫か?」
「ゴホッ! ゴホッ! ゴホン! だ……大丈夫です、どうかお気になさらず…… それよりもマリア=ルージュから目を離さないでください」
「お……おう」
カミナぁぁぁ!!
なんてパスワードを設定してるのよ!! もし戦闘中だったら私死んでたわよっ!!
危なかったぁ、本格的な開戦前で九死に一生を得た。
「では改めて……」
「え?」
「『我は勇者!! 生涯DTを貫く者なり!!』」
ぶっ!!? くぅぅ~……ぅうっ!
手の甲を思いっ切りツネって笑いを堪える!
何でわざわざ言い直すのこの人? 私の周りは敵だらけか?