第260話 第三魔導学院9 ~絶望編~
「第4階位級 生命魔術『超再生』ハイ・ヒーリング」
倒れた伝説にエルリアが駆け寄り即座に治療する。
黒田と武尊がその二人を守るようにデュートヘルムとの間に立った。
「貴様…… 一体何をした?」
「下級種族の疑問に一々答えてやる義理は無い」
「ちっ!! ナメやがって!!」
黒田が義手を掲げて攻撃態勢に入る…… そこへ……
「止せ、そいつにはどんな攻撃をしても無駄だ」
「? あ……あんたはD.E.M. のジーク……さん? 何か知ってるのか?」
「そいつの名はディートヘルム・ステンデル、マリア=ルージュ・ブラッドレッドの第1位使途だ、その能力は『業反射』、あらゆる攻撃をはね返す厄介な能力を持っている。
正攻法では絶対に倒せないヤツだ」
「『業反射』……だと? そんな……じゃあどうすれば……」
「ほぅ、人族如きが良く俺の能力を知っているな?」
「それは知ってもいるさ、昔痛い目に遭わされたからな」
「?」
「久しぶりだな? ディートヘルム・ステンデルよ」
「なるほど、どこかで会った事があったのか、だが生憎と記憶に無いな、最下級種族の事など記憶に留めておく価値も無いからな」
「その物言い…… 昔から全く変わらんワンパターンなヤツだ、だが覚えて無いのも仕方が無いさ、随分昔の話だからな、何千年も生きる妖魔族なら脳細胞が劣化してても不思議はない」
ピクッ
「それとも単純に物覚えが悪いだけかな? 上位種族は下位種族の事など気にも留めないからな。
しかしお前達より更に上位の龍人族や巨人族は昔の事もよく覚えていた…… ふむ、コレは一体どういう事なのかな?
やはり妖魔族は上位2種族より、頭のデキが圧倒的に劣っている……と言うコトか。
だから自称「神に最も近しい種族」の癖に3番目なんだ」
ピクピク!
ディートヘルムの眉間に深いしわが刻まれる。
『オッ…オイ! ジークさん! アンタなんで執拗にアイツを挑発するんだよ? てか今のアンタから霧島と同じニオイを感じるぞ?』
『うむ、それでいい、カミナが良くやる手を真似させて貰った、こうすればアイツの目を俺に釘付けに出来る』
『良くやる手…… 霧島あいつ! やっぱりワザと他人を煽ってたのか! いや、それよりも…… しょ……勝算があるのか?』
『いいや、全く無い、俺に出来るのは時間稼ぎだけだ』
『時間稼ぎ? ミーティングで言ってた少数精鋭部隊のγアリア制圧までか?』
『そう言うコトだ、ヤツの相手は俺が引き受ける、お前達は他の妖魔族の相手を頼む、半不死身の妖魔はまだ20人以上いるのだからな』
「死ぬ覚悟は出来たか? お前は俺の手で直に殺してやろう」
「フッ…… ならば俺も先に宣言しよう、お前は絶対に俺を殺せない」
「いい度胸だ、5分で終わらせてやる」
その言葉を聞いた瞬間、ジークの顔がどこぞの魔王の様に一瞬ニヤけた。
「ほう、言ったな? ならば5分で俺を殺せ無かったら自殺でもしてもらおうか?」
「イイだろう、上位種族の恐ろしさを噛みしめながら死ぬがイイ!」
(おいぃぃい! あの人まだ煽ってるよ! 勝算も無いのに何であんなに強気で出られるんだ!?)
そんなやり取りを見ながら黒田達は他の妖魔族の相手をする為に散って行った。
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レイフォード財団・大和支部 支部長室
「デュートヘルム!? なんでアイツがココに!?」
第三魔導学院から送られてくる情報はどれもこれも絶望的なモノばかりだった。
「そうか…… あの銀色の突撃艇は神聖銀製だったのね……
神聖銀の特性である特殊伝導体を利用して突撃艇全体を『業反射』で覆ったのか……」
ザックの両槍みたいなモノだ…… しかしこの技術はデクス世界特有のモノ、それもオリジン機関の一部の者しか知らない技術。
「裏切り者がいる事は分かっていたけど、こんな機密情報にアクセスできるのは高位研究者か……」
或いは創世十二使……
最終選定には自分も参加していたが、裏切りそうな人物に心当たりは無い。
「しかしあんな物を用意していたとなるとコレは明らかに計画的な犯行だ、γアリアとαアリアは……」
γは心配いらないだろう、新世代魔王が4人も行ってるんだから……
むしろαの方が……
カミナからのGOサインはまだ来てない。
「カミナ…… 大丈夫かな?」
こんな事なら温存とか考えないで自分も一緒に行けば良かったかな?
道中の魔族はカミナ一人に押し付ければ良かったし、マリア=ルージュ戦でもカミナを強引に引っ張り出せば良かった。
いや、それよりも今危機的状況にあるのは第三魔導学院の方だ。
「やっぱり私が行くべきか……」
しかし今ノコノコ出ていくのはマリア=ルージュの思惑通りって感じがする…… それは何かムカつく!
まぁ感情論は置いておくとしても、やはりマリア=ルージュが確認されるまでは迂闊に出るべきでは無い。
第三魔導学院の防衛に当たっている人材はみんな優秀だ。
しかし今日は満月…… あの人材の中に妖魔族の“核”を的確に破壊できる者がいるだろうか?
難しい気がする……
「あぁ! こっちが罠にハメたつもりだったのに、逆に罠にハメられた気がする!」
もう少しだけ状況を見極めよう。
今はみんなを信じるしかない。
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第三魔導学院の校庭の片隅で、武尊と妖魔の一人が向かい合っている。
「フッフッフッ…… とうとうこの日がやって来た!
半不死身状態の妖魔! お前らの情報を手に入れた時からどう戦うかシミュレーションに明け暮れてきた!
上位種族を倒した戦士というステータスの為に、我が糧となるがイイ!」
「…………」
相手は呆れた面持ちで武尊を見ている。
「知っているぞ? 満月の日、お前達は身体を霧化させあらゆる攻撃を無効化できる……
あぁ、それは非常に厄介な特性だ、生半可な戦士では太刀打ちできないだろう……
お前はこう思っているだろぅ? 「人族の子供に自分が倒せるはずが無い」……と。
残念だったな、お前は運が悪い! この寒極の支配者 朱雀院武尊と当たってしまったのだから!!」
「……ハァ、よく喋るな? 付き合いきれん」
妖魔は儀礼剣を構えると一気に距離を詰めて斬りかかってきた!
ガキン!!
「?」
「ふん! 無駄だ!」
武尊の目の前にある目に見えない壁で妖魔の斬撃は防がれていた。
「『天五色大天空大神』!!
対妖魔用封印奥義!! 『永劫の棺の守護者』!!!!」
妖魔の周りに見えない壁が隙間なく展開された。
「これは……」
「フハハハハ!! 霧化したお前の弱点は小さな“核”だけ! それを見つけ出し破壊するのは至難の業だ!
ならばこちらの土俵で戦えばいい、この永劫の棺の守護者は妖魔を閉じ込める為に特別頑丈に作り出した壁だ! その強度は厚さ20cmの高硬度チタン合金に匹敵する!!
あとは約6時間放置しておけば、勝手に日の光にさらされてお前は終わりだ!」
「なるほど…… 確かに有効な戦法だな」
「ふふん! 人族を侮り過ぎたのがお前の敗因だ! これから6時間、自分の人生を振り返り反省と懺悔を繰り返すがイイ!
では俺は失礼する、お前の仲間達も永劫の棺で眠りにつかせねばならんからな」
武尊が永劫の棺に背を向け、次の妖魔に向かおうとした時だった。
ドジュゥゥゥゥ!!!!
「どじゅぅ?」
何かが溶ける様な音がした、振り返ると妖魔の男が普通に立っている、永劫の棺は跡形も無く消え去っていた。
「え?」
「悪く無い作戦だった……
だがお前は何も分かっていない、お前の前にいる男は第3位種族 妖魔族だという事を……
最下位種族如きがどんな小細工を用いても決して埋める事の出来ない差があるという事を……」
「バ…バカな!!? 厚さ20cmの高硬度チタン合金レベルの壁だぞ!? 力技や熱でどうにか出来る代物じゃ無い!!」
スッ―
妖魔の男が右腕を突きだす、その腕にはモスグリーンの靄のようなモノが纏わりついていた。
「死滅魔法『大腐食』、この腕はあらゆるものを腐らせる……
本来 流動的な空気は腐食させ難いのだが、今回はカチカチに固められていたからやりやすかったぞ?」
「…………ウソ~」
「この魔法を生物に使ったことは無かった、きっと酷い匂いがするだろうからな……
だが良い機会だ、お前で試してみるとしよう、喜べよ、初の被験者だぞ?」
「ちょっ!! ちょっと待て!! きっと死ぬほど臭いぞ!? 考え直せ!!」
武尊は恥も外聞も関係無く逃げ出した!
しかし妖魔の男は見逃してくれそうもない……
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校庭の別の場所では運命と妖魔族の女が向かい合っていた。
「『業火之鎧』!!」
運命の身体から炎が激しく吹き上がる!
「あら珍しい、身体変化系の炎使い? 初めて見たわ」
「ハアアァァッ!!」
運命はそのままの状態で敵に襲い掛かる。
「おっと……」
妖魔の女は回避行動に移る、次の瞬間!
「第4階位級 身体強化魔術『第4強化』フォース!!」
運命は突如身体強化を掛け一気にスピードを上げ、回避直後で体制の整わない女に追撃を放った!
「うっ!?」
しかし第三の眼を持つ妖魔族は死角を突かれる事はほぼ無い、何とか回避に成功するが無傷とはいかなかった。
ブシュー!
女の腕は炎に焼かれ、体内から霧が吹き出していた。
「あらあら……」
「ふぅ…… どうやらその体が熱に弱いというのは本当だったらしいな?
俺の得意属性の炎で全身を構成する霧を膨張・破裂させてやる!
そうすれば後に残った“核”を破壊するなど造作も無い!」
そう言うと運命は再び業火を纏い、女に向かって高速で突撃を掛けた!
「ふふっ、本当にお馬鹿さんね? 私の反撃を全く考慮に入れてないんだから。
死滅魔法『荊棘拘束』」
その瞬間、運命の足元から黒い荊が無数に伸びて身体に絡みつく!
「ぐあああああぁぁぁあ!!!!」
「やっぱり、その炎ずっとは出しておけないみたいね? もうちょっと火力があれば黒荊を燃やし尽くせるのに?」
ボタボタボタ……
黒荊が身体をきつく拘束し、大量の血液が流れ出し、少し動くだけでも激痛が走る。
「くっ…… 業火之鎧・属性付与魔術『火炎』併用!」
巨大な炎が運命を包み込み、黒荊を焼き尽くした。
「はぁ、はぁ、ぐっ!!」
「ふふっ♪ その傷じゃ走り回るのは愚かまともに動くことも出来ないでしょ?
ここからは私の死滅魔法の実験台になってもらおうかしら? さっきの炎で抵抗してもイイのよ? その方が面白そうだし」
「く……っそ……!!」
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レイフォード財団・大和支部 支部長室
「やっぱり駄目だ、普段の日ならともかく満月の日の妖魔族には勝てない……」
やっぱり自分が行くしかない……
被害を最小限に抑えようとγアリアを最速で攻略する為に4魔王を投入したけど、こんな事なら一人くらいは地上に残しておけば良かった。
そんな時だった―――
プルルルルル…… プルルルルル……
ここ半年以上聞く機会が無かった独特の電子音が響き渡る。
音の発生源はリリスの制服のポケット、携帯電話からだった。
「え? ……ナンで?」
スケジュール管理に使ってたから常に充電はしてたけど、何で突然?
恐る恐る出てみる……
「…………はい?」
『リリス様!!』
突然大声で名前を呼ばれた、聞き覚えのある声だ……
「メルヴィン? ナンで? どう言うコト?」
窓から空を見上げてみると、ずっと出続けていたオーロラが消えていた。
「理由は後でも良いわ、メルヴィン、ちょうど良かった、今からあなたを第三魔導学院に転移させるから妖魔族共を皆殺しにしてきてよ。
デュートヘルムはちょっと難しいかも知れないけど、他の奴らならどうにかなるでしょ?」
『リリス様、それどころではありません! 緊急事態です!!』
メルヴィンの様子がオカシイ……
「ナニ? 一体どうしたの? こっちも結構シャレにならない状態なんだけど?」
『現れました……』
「? ナニ? 報告は正確に!」
『アルスメリア首都・DCに第3魔王マリア=ルージュ・ブラッドレッドが現れました!!』
……………………
「はあっ!!? 首都!? なんでっ!? だってアイツは南極に……!!?」
『今ヤツはデルフィラ方面へ真っ直ぐ向かっています……』
「デル……フィラ……? ま……まさか……
ーーーッ 私もすぐに向かいます! あなたは周辺住民の避難を! 兵もいりません、全ての生物をデルフィラから退去させなさい!!」
『し…しかしヤツは既に……』
「これ以上犠牲を出さないのが貴方の仕事よ! 直ぐに動きなさい!!」
『りょっ…了解っ!!』
プッ―――
久し振りに繋がった電話はアッサリと切れた。
「完全に裏をかかれた…… あの女、既に大量の血液を手に入れてる……」
このままでは勝ち目が無い…… 本当に勇者の活躍に期待しなければ…… それに……
「高天市の事はルカ達に任せるしかない」
γアリアに妖魔族が居ないなら、制圧の時間をある程度は短縮できるハズ……
あとは祈るしかない、私には私の戦場がある。
アルスメリアへ……