第253話 魔王城 ディグニティ・後編
人がせっかく派手に登場したのに出迎え無し……
有難いコトなのだがこの静けさは不気味だ。
「無反応? そんなバカな……」
緋色眼を最大ゲインで開いても、生物のオーラは一切見えない。
全軍を移動させたという証言は真実なのかもしれないが、人っ子一人居ないのはおかしい。
これほど巨大な城だ、普通に考えればメイドなんかも何百人と居て然るべきだ、あのミューズ・ミュースでさえストレス発散用に一人は残していたのに……
こちらとしては都合の良い展開だが、話がうますぎる…… 主人公に都合よく物事が進む場合、それは絶対どんでん返しのフラグになっている。
俺はそんな場面を何度も見てきた…… いつもの如く主にマンガで。
一応トラップに警戒しながら進む、生物はいなくても罠くらい仕掛けてあるかも知れないからな。
もっとも落とし穴や吊天井なんかは緋色眼で良く見れば看破できる、オーラの色合いが微妙に違うからな。
しかしそういったモノが仕掛けられてる形跡はない、こんな荘厳な城に侵入者捕獲用のトラップとか似合わないからな、実に堂々とした佇まいだ。
城の正面出入り口近くの兵士の詰所らしき場所を覗いて見る。
やはりココももぬけの殻だ。
テーブルには食べかけの食事と飲みかけの紅茶…… まるでメアリー・セレストの様だ!
…………
いや、大袈裟に言ってみたけど、食事は冷め切ってるし紅茶に至っては凍ってる。
単純に食事中に呼び出されて慌てて出ていっただけかも知れない、むしろその可能性の方が高いだろう。
いくら室内とはいえココは南極だ、アツアツの紅茶がすぐに凍り付く事もあるだろう、まして数日放置されれば当たり前だ。
むしろ問題なのは片付ける奴が誰も居かかったのか?ってとこだ。
詰め所を出て、城の正面入り口から堂々と入城してみる。
「お邪魔しま~す、敵襲ですよ~、サボってると後で怖~い魔王様に全身の血を抜かれますよ~?」
反応は無い…… 完全に独り言状態だ…… ちょっと寂しい。
コツ…… コツ…… コツ…… コツ……
真っ黒な石で造られたアホみたいに長い通路を黙々と歩く、しかしエンカウントはしない…… ここホントに魔王城?
数百メートルも歩くと巨大な吹き抜けに出た。
「うぉ!?」
その空間は一言で言い表せば正しく荘厳であった。
内装は基本的に真紅と漆黒の二色で統一されており、所々に金の装飾が施されている。
吹き抜けの上の方から降り注ぐ幾重もの光の筋が装飾を浮かび上がらせ、圧倒的な神々しさを醸し出している。
この組み合わせは俺が例の病を発症していた頃にハマっていた色合いだ、神聖さと禍々しさが混在する空間…… コレを作った奴は天才だな。
このホールの一番目立つ場所、吹き抜けの中央奥に巨大な女神像が置かれている…… 光の加減も、周囲の色調も、全てはこの女神像を浮かび上がらせるための演出だろう。
まさかコレってマリア=ルージュの石像じゃないだろうな? 女神像って言っちゃったよ。
なんかどっかで見たような顔してるけど、ド偉い美人だ! やはりそうなのか? 美人なのか? なんで魔王女子は美人か可愛い子しかいないんだよ! それを敵に回さなければならない禁域王の身にもなってくれよ!
せめて最恐最悪最凶の女魔王は不美人であって欲しかった!
……てか、冷静になって見れば第三の眼が無い、この美人像はマリア=ルージュじゃない、まだ安心はできないが一まず良かった。
いや、自分がアイツと戦うことを前提に考えるのはやめよう、何故か思考がそっちに行ってしまう、俺はアイツとは戦わないぞ、いやマジで。
よく見るとホールの脇に魔力起動のエレベーターが設置されてる。
おぉ、やった! DIY感溢れる手作りゴンドラとは違う、作りは古いが立派な昇降機だ…… いや、これは敢えてクラシカル調にしているのか、確かにこれならこの城の調和を乱さない。
地下と地上で文化レベルに随分差がある、見た目はどちらもそんなに変わらないが産業革命前と後くらいの違いがある。
あぁ、もしかしてルートの民ってやつが妖魔族の平民階級だったのかな?
どっかにベルタの実家もあったのかも知れないな。
しかし貴族でもないくせに威張り散らしやがって、そんな劣等感を最下級のド底辺クソ種族にぶつけてたワケだ……
お前らも十分底辺じゃねーか、同じ底辺同士仲良くしようって気にはならないのかね?
あの性格じゃどこに出しても周辺住民とトラブル起こすに決まってる、やはりアイツ等はあそこに閉じ込めておいたほうが良さそうだ。
戦後処理に関してリリスに進言して置かなければならないな。
さて、とにかく立派なエントランスだ、格式も高く高級感も漂ってる。
ここに敵を呼び寄せるのは少々躊躇われるところだ…… だからこそ効果的とも言える。
このエントランスは何と言っても城の顔だ、例えばここで暴れまわって色々壊せばマリア=ルージュは黙って見てることなど出来ないだろう。
俺だって自分の部屋でミャー子が暴れたらつまみ出すくらいはする。
問題は何を壊すかだ…… あの女神像がマリア=ルージュ像だったら容赦なくぶっ壊せるのだが……
どこかに宝物庫とか無いかな? 運が良ければ俺専用武器が見つかるかもしれないし、中身を根こそぎ盗んでやれば嫌でも出てくるだろ?
俺だって伊吹が俺の宝物庫を勝手に持ち出したら慌てて取り返すだろう。
例えばマリア=ルージュの私室とかか……
クローゼットやタンスを漁り、ヤツのパンツを仮面代わりにブリーフ一丁で「フォォォォーーー!!」って奇声を上げてエクスタシーしてれば確実に殺しにやってくるだろう。
俺だってジークが俺の部屋で同じことをしていたら地球外に追放して考えるのをやめさせる。
或いはアイツのベッドに潜り込んでその残り香を堪能しつつソロプレーに励んだとすれば、マリア=ルージュは人族を滅ぼす勢いで怒り狂うだろう。
俺だってリリスが俺のベッドでそんなことをしていれば、理性を失い襲いかかって大人の階段を登るだろう。
…………
色々とプランを考えてみたが、実行できそうなのは最初のミャー子案だけか。
だいたいこの広い城の中から宝物庫を見つけ出すのは至難の業だ、誰か一人でもヒトがいれば脅して聞き出すことも出来ただろうが、人っ子一人居ないんじゃそれも無理だ。
同様の理由でマリア=ルージュの部屋へ特攻するのも無理だ。
そもそも今アイツは自分の部屋にいるんじゃないのか?
少なくともアイツの寝室は城の最上層にあるはずだ。
こんなアホなプランを人目に付きやすいエントランスのど真ん中で、更に隙だらけで考えてたのに誰も出てこない。
本当にこの城、誰も居ないぞ?
とりあえずミャー子プランも保留して、昇降機で上を目指す。
アピールする相手も居ないのに一人で壁を殴るのも虚しいからな。
地下都市から地表へ出るのに使った昇降機と違って振動も無く乗り心地抜群だ。
アコーデオンドアから覗く巨大吹き抜けを眺めながら昇って行く…… なんか創業200年くらいの高級老舗ホテルに来た感じだ。
そんなトコ泊まった事ないけど、何となくそんなイメージ。
少し昇ると巨大な振り子がぶら下っていた、アレは免震装置だろう。
今は南極で止まっているけど、この浮遊大陸アリアは元々世界中の空を自由気ままに彷徨っていた、幾ら空圧領域があっても強力な自然災害、例えば台風なんかと激突したら大きく揺れる事もあっただろう。
きっとそういった揺れ対策だ。
そこまでするくらいならずっと雲の上に居れば良かったんだ、それだけ上空ならアリアの雨を降らせるのも容易では無いハズだ。
全く迷惑なヤツだ……
………………
…………
……
ずっと生物のオーラを探しているが一つも見つからない、この城マジで無人だぞ。
なんか嫌な予感がしてきた、まさかマリア=ルージュまで居ないなんてコト無いだろうな?
αアリアを囮にしてγアリアで奇襲を掛ける…… 有り得る話だ、俺ならそんな手段を用いるだろう。
ただあの天上天下唯我独尊女がそんな小賢しい手段を用いるだろうか?
………… 普通なら有り得ない、道を歩いていて行き止まりに入ってしまったら、壁をぶち壊して進むような女だ……たぶん。
しかし敵に魔王が複数人いると分かっていたら話は別だ。
まずは確認だ、居ないなら居ないで確認してから次の行動に移る。
幸い大和には門を開きし者で直ぐに帰れる、その後すぐにγアリアに乗り込んで嫁達を撤退させる。
そこからは当初の計画通りだ、取り巻きを排除してリリスに丸投げ、その隙にγアリアの聖遺物を押さえる。
うむ、完璧だ、ちょっと予定は狂うがやる事は変わらない。
「!」
遥か上の方にオーラが見えた、どうやら考え過ぎだったらしいな、取り巻きはいない、たった一人だ。
確認したらとっととリリスを呼んで……
…………
アレ? このオーラなんか…… ちょっとおかしいぞ?
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魔王城・ディグニティ 最上層階
― 魔王の居室前 ―
違和感の正体…… ココまで来ればイヤでも理解る…… このオーラは魔王のモノでは無い!
この扉の向こうに居るのは魔王マリア=ルージュ・ブラッドレッドでは無い!
ならば奴はどこに居る? まさか本当にγアリアに? だとしたら一刻も早く大和に戻らなければ!
だがもし…… γアリアでも無かったとしたら……? ヤツは一体どこに居るのか?
ならば答えを知っているであろう者に聞くのが早い。
魔王の居室でまるで俺を待ち構えているかのような何者かに、重要なコトだがコイツは魔王じゃ無い、だったら余裕だろ。
しかし第一位使途は厄介な能力を持っていた、たまたま俺は相性が良かったから敵じゃ無かったが、二位三位の使途が俺の相性の悪い能力を持っている可能性だってある。
魔王の居室に居る以上、恐らく側近クラスだ。
だから油断はしない。
男だったらフルボッコにして情報を聞き出す。
女だったら動けなくして尋問してイロイロして情報を聞き出す。
さあ、油断せずに行こう。
ゴゴォン……
漆黒と真紅の扉を開き魔王の居室に入る。
内部は神殿の様な作りになっており、天井は見えないほど高く全体的に薄暗い。
燭台には何を燃やしているのか紫色の炎が灯っている、如何にも魔王の部屋って感じだ、俺も中二の頃に魔王になってたらきっとこんな部屋を作ってただろう、ダンボールか何かで。
そんな暗黒心をくすぐる部屋の最奥、魔王の玉座の脇に立つ一人の男……
…………
またしてもイケメンだ、フルボッコ決定。
「ようこそ、魔王 霧島神那」
! どうやらまんまと誘き出されたのは俺の方らしい……