第251話 ルート
「広いなぁ~……」
目の前に広がる城の街…… 大空洞程ではないが地下とは思えないほどの広さだ。
地面に僅かな傾斜がある、坂の下から上にいくしたがって城もどんどん大きくなっていく、恐らく住んでいる妖魔族の位に応じて高い所に居を構えているのだろう。
何とかと煙は……ってヤツだな、如何にも妖魔族らしい街の造りだ。
いや…… 妖魔族に限った話じゃないな。
金持ちってのは高い所が好きなんだよな、下々を見下ろし悦にいる為に……
しかしそうなると俺の禁域王宮はその究極系って事になってしまうのではないだろうか?
アレは実益を兼ねたものだから妖魔族とは違う……と思いたい。
「一番高い所にある城…… いや、アレは塔だな」
空洞内は中心が小高い山の様に高くなっており、その最も高い位置にある塔の天辺は空洞の天井に接していた。
「つまりアソコが魔王城・ディグニティへの道ってワケか」
天井を見上げてみる…… しかし緋色眼を用いても外を窺い知ることは出来ない。
アリアの船底同様、天井もまた分厚いらしい。
ベルタの話では魔王城・ディグニティはアリアの中心に聳え立ってるって話だったな……
どちらにしても更に上を目指さなければならない、ならばあの塔を使って登るか。
今回の俺の任務は隠密性を必要としない、目立ってザコ敵の目を引き付けて一網打尽にする、そんな仕事だ。
ならば敵と戦いながら堂々と中央突破! コレが一番目立つハズだ。
やりすぎるとマリア=ルージュに目を付けられそうでちょっと怖い…… いや、既に俺が侵入した事もバレてるのかもな。
いきなりラスボスが目の前に現れて一回戦を始めるとか勘弁してくれよ?
マンガではよく見るシチュエーションだが、それって100%負けイベントなんだよな、万が一そこで勝利できたとしても、実は「そいつは偽物だ」とか言って本物が出てくるパターンだ。
当然、二回戦目で負ける事になる、俺はそんなカマセ役やりたくないぞ?
そういう役目は勇者にこそ相応しい!
「ッ!?」
いつの間にか周囲には薄っすらと靄が掛かっていた…… これは霧か…… 油断したな。
囲まれてる…… それも相当な数だ。
周囲の霧が何人もの人の形を作っていく、20人以上いそうだな……
満月の日の妖魔族20人か…… 面倒な事になりそうだ……
…………来る!!
ペチン!
「おい、にーちゃん! どっから入って来たんだ?
その特徴の無いフォルム、もしかして最下位種族なのか!? そうなのか!? 俺初めて見たよ!!」
ガキにケツを叩かれ思いっ切り失礼な事を言われた、誰が無個性フォルムだ! 失礼な糞ガキめ!
てか、思ってたのと違うぞ? ナニ? このユルイ空気?
取りあえず失礼な糞ガキにデコピンで制裁を加えようと思ったが、それをすると額の第三の眼を潰してしまうので止めておく、さすがにソレは可哀相だ。
「お前何処から入り込んだ? 脱走か? まさかトラベラーじゃあるまいな?」
今気付いたが取り囲んだ奴らは全員ラフな格好をしている、最近の妖魔族のマストである軍服チックなおべべを着てる奴は一人もいない。
ここは妖魔族の居住区か……
「おい! 答えろよ最下級種族! もしかして言葉も通じないのか?」
ベシ!
………… 糞ガキに蹴られた…… よろしい、ならば戦争だ!
ガキ相手に大人げないって? 上等! 俺もガキだから問題無い!
大体俺は妖魔族を皆殺しにするためにココに送り込まれてきたんだ、ぶっ殺したとしてもその責任はリリスにある。
デクス世界の未来の為に俺は修羅になる! 血も涙も無い殺人マシーンだ!! 感情を殺してエスニック・クレンジングだ!! 汚物は消毒だぁー!!
「こら、よさないかラルフ」
「止めるなよじーちゃん! 言葉も理解できないようなド底辺最下級種族には奴隷の立場がお似合いだぜ!」
ベシ!
そう言って再度ローキックを喰らった……
何なんだこの妖魔族の嫌な部分を煮詰めて不純物を取り除き凝縮したような糞ガキは、コイツならガキの姿をしていても良心の呵責に苛まれることなくぶっ殺せそうだ。
やっちゃおうかな? デコピン。 もう可哀相なんて気持ちも湧かなくなってきた。
「見た目で判断するなといつも言っておるだろぅ、例え最底辺種族でも強いかも知れないだろ? 百万分の一くらいの確率で……」
「今日は満月だぜ! こんなクソ種族に第3位種族が負けるハズ無いだろ!」
ガキからジジイまでのべつ幕無しにクソヤローだらけだ、民族浄化待ったなしだな。
「止めろ!! この方は我々より上位の生命体だ! 無礼な言動は慎め!」
「お?」
周囲を取り囲んでいた奴らの中からイケメンが一歩歩み出てきた。
糞ガキと糞ジジイを静止してる、お前は見る目があるようだな…… だが遅い、妖魔族の滅亡は10秒前に決定した。
「何ビビってんだよ! こんなウンコ種族に!」
ベシ!
ローキック三発目…… 賽は投げられた。
まず手始めにこの糞ガキの“核”を抜き出し、トイレに流してやろう!
俺がワザとゆっくりした動作で魔神器から愚か成り勇者よを取り出そうとした瞬間……
ダッ!! バギィィッ!!!!
「ガッ!!?」
イケメン妖魔が物凄いスピードで距離を詰め、糞ガキの顔面を思いっ切り殴り吹き飛ばした!
背の低い糞ガキの顔面を捉える為の素晴しいアッパーカット!
美しい放物線を描いて飛んでいく糞ガキ!
放物線は美しい、しかし飛んでいく物体は美しくない。
だがその光景を見てちょっとだけスッとした、取りあえずエスニック・クレンジングは保留にしてやろう。
つーか、なんでお前は満月の日の妖魔族を殴れるんだ? 身体全体が霧化している今日の妖魔は物理攻撃無効のハズじゃなかったっけ? 妖魔同士なら打撃が通じるのか?
「申し訳ございませんでした、ラルフのご無礼は今の一撃でどうかご勘弁ください」
「…………」
今のアッパーは糞ガキを止める為のモノでは無く、糞ガキが俺に殺されるのを止める為のモノだった、コイツは他の奴らとは随分違うようだ。
「都市長…… 何でそんな奴に下手に出てるんだよ……」
吹っ飛ばされた糞ガキが起き上がって来た、一度破壊されたであろう顔面は既に修復されている…… そうか、別に打撃無効ってワケじゃ無いんだな、どんな外傷も本体に届かないってだけで……
じゃあ今のアッパーカットはただの茶番じゃねーか、制裁になって無い。
このイケメン、澄ました顔して舐めた真似しやがる…… ん? ちょっと待て、都市長って言った?
「お前は口を開くな、自分の城へ戻っていろ」
「でもこんなっ……!!」
「命令だ! 黙って従え!」
「…………っ ふんっ!!」
あ、糞ガキを逃がしやがった。
「さて…… 初めて見るお顔ですが…… 魔王様で間違いありませんね?」
ザワ…… ザワ……
周囲がどよめき立つ、そうだぞ恐れ戦け、お前達の上位互換、魔王様だ。
「……お前は?」
「申し遅れました、私は地下都市・ルートの都市長をやっておりますベルトラムと申します」
都市長? この二十代そこそこの若造が?
知名度だけで当選したタレント議員的なヤツか? 確かにマダムに人気出そうな顔してる。
むしろさっきの糞ジジイの方が都市長っぽい顔してた、性格は破綻してたけど……
「あぁ、ちなみに私は2000歳を超えてます、もう正確に自分の年齢を覚えていませんが……」
そうか、殆んど寿命を持たない半不死身の妖魔族は、見た目と実年齢が一致しないんだ、ウィンリーと同じ感じか……
もしかしたらさっきの糞ガキも100歳超えてたりするのかもな…… 100年以上も生きていてあの糞ガキっぷり、どういう子育てをしてるんだこの種族は?
「それで…… 恐らく新世代魔王であらせられる貴方様が、このルートにどのようなご用向きでしょうか?」
「白々しい…… 見当は付いてるんだろ?」
「それではやはりマリア=ルージュ様を倒しに来られたのですね?」
「残念ちょっと違う、それは別の奴の仕事だ、俺の仕事はアリアに居る邪魔な戦力を排除する事だ」
「なるほど…… そう言うコトですか……」
そう、要するに邪魔するならお前ら皆殺しにするぞ? ってコトだ、コイツなら意味も分かってるハズ……
「分かりました、では貴方に協力致しましょう」
「はぁ?」
協力? マリア=ルージュを裏切るのか? アイツのお膝元のアリアでか? とても信じられない。
幾ら目の前に自分たちを殺せる魔王が居たとしても、ここでマリア=ルージュを裏切るのは無理だろ?
今すぐにでもマリア=ルージュの能力で粛清されかねない。
「恐らく、こんな言葉は信じて頂けないでしょう、しかし我々はマリア=ルージュ様に忠義立てしている訳ではありませんので……」
「?」
「我々ルートの民には独自の自治権が認められています、言うなればこの街は独立国家なのです。
当然魔王軍とは何の関わりもありません」
要するに自分たちはアリアに住んでいる一般市民だと主張しているワケか……
だから虐殺するなってコトだな。
「言いたい事は分かった、しかしデクス世界では妖魔族の…… 魔王軍の為に既に何百・何千万という犠牲者が出ている。
自分たちは関係ないから見逃してくれと言われても、容易に信じる訳にはいかない。
そもそも異種族である妖魔族には適用される条約は存在しない」
「つまり少しでも危険があるなら排除しておいた方が安全…… と言う事ですね?」
ほう? よく分かってるじゃないか。
「お前達は下位種族を徹底的に見下し、ゴミのように扱っても良いと思ってるだろ?
さっきのガキがそれを証明している」
「確かに…… 我々妖魔族は他種族と相容れない存在です、それは生まれ持ったプライドの高さ故でしょう……」
プライドの高さと言うより、ただの傲慢だろ?
妖魔族より更に上位の存在である魔王に諂ってる辺りは小者っぽくもあるが。
ただまぁ……
俺の仕事、マリア=ルージュが使える“血”を片付けておくと言う役目に関して考えると、コイツ等を殺す必要は全く無い。
アイツがいる場所はまだ遥か先だ、たとえ能力の射程圏内であったとしてもアイツとの戦いでコイツ等の“血”が使われる事は無い、理由は簡単、距離が遠すぎるからだ。
例えばこの街からマリア=ルージュの元まで10kmの距離があったとする、『深紅血』はほぼタイムラグ無しに行使できたとしても、この街からアイツの手元まで“血”を10kmもの距離を移動させなければならない。
ハッキリ言って時間の無駄だ、魔王対魔王の戦いでそんな事をしている余裕があるとは思えない。
ついでに言うとこの糞種族に人質の価値は無い。
もしマリア=ルージュが追いつめられて「コイツ等を殺すから言う事を聞け」って言われたら、俺なら「勝手に殺せ」と言い返す。
だが…… 情報源としては使えるかも知れない。
コイツ等に本当にマリア=ルージュに対する忠誠心が無ければの話だが……