第246話 呪い
妖魔族の亡命希望者…… そんな奴が本当に存在するのだろうか?
マリア=ルージュは裏切り者を許さないイメージがある、もしかしたら彼女はスパイか何か……
いや、マリア=ルージュがスパイを使うイメージが湧かない…… う~ん…… どっちだ?
「質問、キミはどこから来たんだ?」
『? アリアに決まってるでしょ?』
「そうじゃなくって、どのアリアから来たんだ? シニスアリア? デクスアリア?」
『うっ…… その…… シニスアリアが沈む前に一人で抜け出したんです……』
ピク!
あ、リリスのこめかみに青筋が……
「シニスアリアが沈む前? すると貴女があの岩っころを沈めたのかしら?」
リリスさんが怒ってらっしゃる……
そうだな、βアリアの特攻でリリスは宝物の多くを海の藻屑とされたんだ。
そりゃ怒って当然だな。
「フッ……フフフッ…… まさか損害賠償請求する相手が自分から転がり込んでくるとはね…… ウフフ♪」
いや、どう考えても無理だろ? さっき自分で言ってたじゃねーか、相手は平民出身だって、損害賠償を請求したって自己破産するくらいしか道は無いぞ?
頼みのサダルフィアス家の坊ちゃまもほぼ勘当状態みたいだしな。
取りあえず借金取りみたいな目をしているリリスは置いておこう。
「一人で抜けだして来たってコトは当然サダルフィアス家は与り知らない事なんだろ?」
『サダルフィアス家は…… 殆んど滅亡状態です……』
ん? 滅亡状態?
『魔王様から賜った兵の全てを失ったんです、責任は免れません。
そして一族全員がシニスアリアと共に沈むことを命じられたんです』
一族全員って…… それはもはやお家取り潰しって言うんじゃないのか?
「えぇ~…… それじゃまさか……」
『サダルフィアス家の血脈で残されているのは三人だけ……
“右席”ルストナーダ家の長女との婚約が決まっているコンラート様の弟のローレンツ様……
500年前に出奔したレオルス様……
そしてコンラート様の三人だけです』
あれ? それじゃあのアホ坊ちゃまはサダルフィアス家にとっては結構大事な人物じゃないのか? 何で見捨てられてるんだよ?
あ~いや、アリアの雨を全滅させられた時点でサダルフィアス家の未来は潰えていたんだ、つまり見捨てられたんじゃ無く、逃がされた……のかも知れないな。
う~む…… その坊ちゃま、死ぬまで解けない呪い付きになっちゃったって言ったら、この子発狂するんじゃないか?
余計なコト聞かなければ良かったな、打ち明けにくくなっちゃった、お宅の坊ちゃん生涯不能ですって……
「…………」ブツブツ
視線を戻すとリリスが隣でブツブツ言ってる、なんか魔女が呪いを掛けてるように見える、ちょっと耳を澄ませてみる……
「どうしてくれようか…… まず手始めに全身の生皮剥いで塩水に漬けこんで、弱火でじっくりコトコト煮込むか?
いやいや、それよりもアイツを私の使途にして屈辱的な命令を永遠に課すか? うん、そっちの方が面白そう…… ウフフ♪」
リリスがどっかで聞いたような罰ゲームを妄想している、完全に俺と被ってるぞ?
ついでに言うとミューズ・ミュースとも被ってる…… そう言えばアイツも俺に似てたな……
ホントにこんな所はソックリなんだから。
「リリス、現実に戻ってこい、彼女の話を確かめる前に交渉材料の坊ちゃまの様子を見ておきたい、どこに居るんだ? アイツもここに運ばれたんだろ?」
「え? あぁ、隣の牢に居るわよ?」
隣に居たんか…… まぁそうか、この部屋は魔導師用の檻だ、檻が同じ場所に作られるのは当たり前だ。
数メートル歩いて隣の牢を覗いて見る。
『……………………』
居たよ居ましたよ、サダルフィアス家の存亡の鍵を握る男が……部屋の隅で膝抱えてうずくまってる。
完全に目が死んでる…… アレは全てを諦めた者の目だ…… 呪い付きでも強い妖魔族は居たんだが、貴族育ちのボンボンに逆境を撥ね退ける気概は無いようだ。
あんな状態の坊ちゃまを差し出したら怒るだろうなぁ…… やはり呪いはちょっと可哀相だったかな。
今更か…… 過ぎた事を悔やんでも仕方ない。
交渉に使うならアイツのコトは隠しておくべきだな、うん。取りあえず命に別状は無いって事だけ伝えておけば安心するだろう、嘘はついて無い。
「どうするのカミナ? アイツをあの女の目の前で殺す?」
リリスの発想がちょっと怖い、マジギレしてるよ……
「アイツを交渉材料に使えないかと思ってな、妖魔族の協力者がいると便利だ、特にアリアの構造とかを知るのに使える」
もちろん白の『摂理の眼』や、ミラの『神曲歌姫』でも調べられるだろうが、少々手間が掛かるからな。
「ただあの状態の坊ちゃんでは交渉に使えない、どうしたモノか……」
「交渉……ねぇ…… うん、それで行きましょう」
「は?」
リリスが何かを決心して歩き出す、向かった先はすぐ隣の牢。
「ベルタ・ヴェトクロ、取引をしましょう」
『取引?』
「コンラートを解放…… いえ、安全を保障してあげるわ、その後でアンタ達で勝手に子供でも作ってサダルフィアス家を再興させればいい」
『なっ!!? わっ…私は別に! そんなっ!!』
おや? 本当に坊ちゃまに懸想してたのかな?
しかしリリス、その交渉は危険だ、何と言ってもアイツは呪われてる、呪いは遺伝する可能性も僅かにある、更にお前は知らないだろうが呪いには副作用がある!
坊ちゃまはもしかしたら貴族から賢者にジョブチェンジしてるかも知れないんだ!
元々種族的に不老不死に近い妖魔族は繁殖能力が極端に低い、そこに呪いが加わり新たな不能不死者が誕生していても不思議はない。
それがバレたら交渉もクソも無い。
『まずは坊ちゃまに会わせてください! 無事が確認できなければ交渉はしません!』
当然そうなるよな? こちらから要求を出せば相手にもその権利が与えられる、このケースではまず第一に坊ちゃまの安全確認だ。
ところがだ、お宅の坊ちゃま色んな意味で無事じゃないんだよな…… どうするつもりだよリリス?
ピッピッピッ
リリスは何も答えず、壁のコンソールをいじってる。
すると―――
ガゴン……
部屋の壁の一部が開き隣の部屋への道が出来た。
え? 会わせるの? どんな反応するかな?
『こ……これは?』
「コンラートは隣の部屋に居るわ、どうぞ?」
『…… それじゃ……お言葉に甘えて……』
ベルタは警戒しながら隣の部屋へと移動していった。
しばらくすると声が聞こえてきた。
『坊ちゃま! あぁ! ご無事でよかったです!
坊ちゃまさえ無事ならサダルフィアス家は…… ?
あの……坊ちゃま? 聞こえてます? もしかして寝てますか?
坊ちゃま~~~?』
坊ちゃまの返事は無い…… まるで屍のようだ。
『お、お、お、お前らぁーーーっ!!!! 坊ちゃまに何をしたぁーーー!!!!!』
「落ち着いて、私は彼に何もしていない」
リリスは堂々と無実を主張する、まあそうだな、お前は何もやってない、やったのは俺たちだから。
「そうなったのはただの精神的衝撃によるモノ、外傷によるモノじゃないわ」
『一体…… 坊ちゃまに一体何が起こったんです!?』
「呪いを受けたのよ」
『の……呪い!? 呪いって鬼の?』
「そう、死にまで解けないって言う鬼の呪いよ」
『そ……そんな…… 坊ちゃまは一体何の呪いを?』
「さあ…… 生憎そこまでは……」
あ、誤魔化した、確かに魔力枯渇の呪いは前の持ち主が妖魔族の戦士だった、どういう経緯で呪いを受けたか突っ込まれると説明が難しくなるからな。
『そんな…… 死ぬまで解けない呪いなんて…… これではもう……』
呪いは基本的にデメリットになるが、極稀に有用なモノもあると言う、しかし正体不明の呪いが運よく良い呪いであるなんて可能性はほぼゼロだ。
サダルフィアス家は終わったって思ってるんだろうな。
「そこで取引よ」
『?』
「私に忠誠を誓うならコンラートの呪いを解いてあげる」
!? 呪いを解く!? そんな事ができるのか!?
思わずミカヅキの方を見る。
「……ッ」フルフル
首を振っている、鬼族であるミカヅキも解呪の方法など知らない。
『坊ちゃまの呪いを…… でもそんな事が……』
ベルタもまた俄かには信じられない様子だ。
「おいリリス」
「ん? なぁに?」
「お前…… 呪いを解けるのか?」
「まさか、解けるワケ無いでしょ? 死ぬ以外に無いって言われているモノなのよ?」
こいつ…… 交渉で堂々と嘘ついたのか? まぁ俺もたまにやるけど……
「私には呪いを解くことは出来ないけど、呪いを掛けた本人なら解呪もできるんじゃないかと思ったの」
「呪いを掛けた本人?」
今回、坊ちゃまに呪いを掛けたのはミカヅキだ…… いや、違うな、そういう事じゃ無い。
魔力枯渇の呪いを創り出した奴って事か…… そう言えば呪いってどうやって発生するんだ? どっかで聞いた気もするんだが思い出せない。
「呪いを生み出したのはスサノオよ、第4魔王 “鬼神” スサノオ。
呪いとは彼のギフト『呪い移し』により生み出されてるの、まぁ普通の人は知らない事だけどね」
呪いは第4魔王が生み出してる…… そして本人なら呪いを解除する事ができる…… なるほど、根拠は無いがその可能性が高い気がする。
つまりそれはウチの不能不死者の呪いも解けると言う事か!
しかしそうか、呪いとは魔王が創り出していたのか…… そんな話を聞くと解呪した時に劇的な変化が起こりそうな気がしてくる。
そうだよ…… 前々から不思議だったんだ、俺のギルドに何故筋肉のバケモノが取りついているのか?
こうは考えられないだろうか?
昔々、500年前…… とある国のお姫様が悪い魔王に呪いを掛けられた、その呪いは「不滅筋肉の呪い」その呪いによって美しい姫は醜い筋肉のバケモノへと姿を変えた。
その事を悲しんだお姫様は醜い自分の姿を人に見られたくないと思い、深いダンジョンへと潜り人々の前から姿を消した……
そして時は流れ500年後…… 姫が消えたダンジョンに、一人の英雄が現れた。
その英雄は姫に掛けられたおぞましき呪いを払う、するとそこにはかつての美しい姫君の姿が……!
うん、イイね! 探せばどこかにそんな昔話がありそうだ!
この説なら俺のギルドに糞筋肉が居座っているのにも説明が付く!
…………フッ
ナイな、そんなコトあり得ない。
この筋肉の正体が女の子であったとしても、今更そんな目で見れない。
だいたい解呪の条件が王子様のキスとかだったらどうするんだよ? 俺は嫌だぞ?
はぁ…… 取りあえずあり得ない妄想は止めておこう。
もし王子様のキスが必要なら勇者でも気絶させて持ってきて強引にさせよう。
だが今の話…… 何となく違和感を感じた気がする…… 重要なコトじゃ無ければ良いんだが。