第230話 聖域
オリジン機関本部・最下層部、通称「禁層」は通路の幅が狭く死角が多い。
師匠はそれらを無視して進むから遭遇戦が多い…… アンタはパーティーの先頭に立っちゃいけない人だ。
まぁ、テンションの上がった師匠が率先して敵を倒してくれるから良いけど、本来なら迷惑な存在だ。
少なくともウチのギルドには加入させたくない人材だ、これ以上俺アンチは欲しくない。
それはそうと……
「師匠、生き残りの人たちはドコに立て籠もってるんですか?」
「最下層の大金庫室だ」
「最下層…… そこまで追い込まれて半年もよく生き延びれましたね?」
「なんだぁ? まるで死んでた方が良かった様な言い方だな?」
「邪推しないでください、純粋な疑問です」
鋭いな…… 暗黒神の神託か?
俺はただ半年前の時点でオリジン機関本部の底の底まで追い詰められて、よく生き延びたものだと関心しただけなんだが……
「運が良かったんだ、金庫室でたまたま神器『聖なる領域』を見つけたんだ」
「神器『聖なる領域』?」
「極端な話、その神器の効果範囲内に居れば永遠に生きていられるって代物だ。
能力値の高い人間が100人以上いたのも幸運だった、ローテーションで常時展開し続けたおかげで半年生き延びれたのさ。
聖域には魔物は入ってこれないからね」
そう言えば師匠がわざわざ左手の薬指に付けてる指輪も神器だったな…… 『戦神の加護』だったか? てっきり暗黒神の花嫁にでもなったのかと思ったよ…… あ、金庫室に収められてたのパクったな? これだからオリジン機関の関係者はモラルが無いって言われるんだよ。
俺達がこれからしようとしているのは窃盗ではなく奪還だ、パクリとは違う。
「師匠は金庫室に収められていた物を全て改めましたか?」
「あぁ、めぼしい物は大体な」
そう言って師匠は右腕を掲げ、左手の指輪を見せびらかし、そして腰に下げられた剣を叩いた……
おい! まさか全身神器だらけかよ!?
そんなに同時に使えないだろ?
「この右腕に巻かれている包帯は『封神帯』と言って神器すら封印できる力を持っている。
この左手の指輪は『戦神の加護』と言い、受けた傷を一瞬で癒やす力がある。
そしてこの剣、『真理刀』! コレは相手の肉体だけでなく、精神や魂なんかを同時に切ることが出来る神器!」
ドヤ顔で説明してくれたけど、神器を封印できる包帯を右腕の封印に使ってる理由が分からん、アレか? 「静まれ~俺の右腕よ!」……的な?
そんな自己満足に使うくらいならもっと有効活用しろよ、他に使い途があるかどうかは不明だが……
戦神の加護を使うのは今日が初めてなのかな?
12時間後にやって来る苦しみを知らない様に見える……
誰か教えといてやれよ……
真理刀も使えるんだか使えないんだが…… 幽霊退治には使えそうだな。
もっともカミナリ様には効果がなかったようだが……
全身ガッチガチの超激レア装備、全部揃えるには一体何億EN課金しなけりゃならないんだ?
そしてそんな超高級品をよくも「自分の物ですが何か?」って顔で紹介できるよな。
あれ絶対、盗む気満々だぜ? 拾って半年だから私のモノ! とか言い出しそうだ。
まぁ師匠はわかり易いからまだ良い、問題は他の職員たちまで盗んでないかだ。
通常の方法では読むことの出来ない記憶書をわざわざ確保する奴はいないと思うが、薪代わりに燃やされてたらどうしよう?
そして重要な事だが、どうやらココの金庫室にも俺専用の魔剣とかは無さそうだ…… 少なくとも師匠のお眼鏡には叶わなかったからな……
一体何処に在るのやら俺の愛剣は……
いや、それよりも気になるのは俺達がその聖域に入れるのかどうかだ…… 俺達は魔物じゃないけど魔王だからな……
「師匠、原子炉の方はどうなってるんですか?」
「げんしろ?」
「最下層にある筈ですよね?」
「そんなのあるのか? いや、この施設って原子力で動いてたのか!?」
どうやら知らなかったらしい…… まぁ俺も知らなかったしな。
「原子炉はきっと大丈夫よ、アイツ等金庫室しか襲ってこなかったし」
それは奴らの目的が金庫室にあるからか? 或いは単純に生き残りがそこに立て籠もっていたからか……
やはり後者かな? オリジン機関の関係者でも大金庫の事を知ってるのは限られる、創世十二使である俺ですら知らなかったんだからな。
クリフ先輩くらいになれば知ってたのだろうか? まぁクリフ先輩とシャーリー先輩が内通者だった可能性はゼロだ。
ただの勘だがそれは絶対に無い。
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オリジン機関本部・最下層
目の前にはバカみたいにデカい金庫がある…… しかしその扉は結構ボコボコだ、頑張れば壊せそうなくらい……
「聖域を発動する前に結構攻撃されたからね、後ちょっと攻撃されてたら突破されてたかも知れないわね」
……と言う事らしい、結構ギリギリだったんだな。
さて…… この聖域に俺たち魔王が入れるのだろうか? “女神” 有栖川琉架は問題無いだろう。魔王だけど女神だから、きっと光属性だ。
問題は俺とリリスだ…… 明らかに闇属性だからな……
そう言えば師匠も確実に闇属性だよな、何となく大丈夫な気がしてきた。
「ちょっと待ってなさい、聖域に立ち入る為の許可を出させてくるから」
「立入許可?」
「この聖域は発動者の許可した者しか入れないのよ、つまり逆を言えば魔物でも魔王でも許可さえあれば立ち入る事ができるのよ」
それを聞いて安心した、聖なる結界に顔面打ちつけずに済みs……
「冥府の底に蠢く者よ! 希望と絶望を背負いし者よ! 忘れ去られし偉大なる神リアネス・ウルト・レヴォルディアの名において命じる! 我が前に立ち塞がりし地獄の門を解錠せよ!! 我が名は闇と影を司りしエネ・シルヴィア! 今! 地獄の扉は開かれん!!」
「…………」
「…………」
「…………」
急にどうした師匠? 何か悪いモノでも食べたのか? それとも電撃の後遺症か?
突然意味不明な言葉の羅列を叫びだした…… コイツは手遅れだ…… エネ・シルヴィアって誰だよ? 新種の魔導書か?
「ちなみに今のは合言葉ね♪」
イタタタタタ!
聖域の扉を開ける合言葉がなんで暗黒の呪文詠唱なんだよ! 自分の趣味押し付け過ぎだ!
ゴゴォゥン!
金庫室の扉は内側から開かれた……
痛い呪文は別問題として、合言葉の効果はあったのか…… しかし如何にボコボコにされていても立派な扉だ、ましてココは金庫室、あの合言葉は中まで聞こえたのか?
「シルヴィア教官? 今日はずいぶん早いお帰りですね、脱出を試みるのではなかったのですか?」
「状況が変わったわ! コレよりエグゾダス計画を発動する!」
「また計画変更ですか…… はぁ…… まぁいいんですけどね……」
顔を覗かせた男は疲れたため息を付いた、予定が変わるのも日常茶飯事らしい。
そう言えば師匠の訓練は外の天気で変わることが多かった、雨が降ると外に出たがるんだよ、きっと雨に打たれながら空を見上げたいんだな…… そして学生はそれに付き合わされる。迷惑な話だ。
「あれ? そちらは?」
「私達が待ち望んでいた者達よ、とにかく立入り許可を」
「わ……わかりました、少々お待ちを……」
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金庫室の内部はとても広い空間だった、一般的な学校の体育館の5倍はありそうだ……
手前の方には駅のロッカーに似た棚が幾つも並んでいる、高さは天井近くまであり、全て透明なカギ付きの扉が付けられている。
奥の方に行くほどロッカーのサイズは大きくなり、最奥では魔王城・ローン24年残しがスッポリ収まる程のサイズになっていた。
その中に入っているのがデクス世界で発見された力ある遺跡や神器なのだろう。
この中のどこかに本物の門を開きし者の記憶書が収められてる。
「…………」「…………」「…………」
「…………」「…………」「…………」
そんな金庫室の中にオリジン機関の生き残りが200名以上いる。
しかし全員地べたに座り、力無く項垂れてる…… 金庫室内部の空気は諦めで満たされていた。
無理もない、半年も救援が来なかったんだ、心が折れるには十分すぎる時間だ。
「喜べみんな! ついにこの時が来たぞ!」
そんな中で唯一元気な師匠がでっかい声を上げる。
「救援だ! ついに神が動いたのだ!」
確かに女神様は動いたが、アンタが信じてるのは暗黒神だろ? 喜ぶのは中一の学生だけじゃねえか?
部屋の住民がノロノロと顔を上げる、その行動すら面倒臭いといった感じだが、それでも救援という言葉に反応したのだ。
そしてその救援がヒョロ男一人と華奢少女二人と知って再び項垂れる…… なんて失礼な奴らだ。
確かに見た感じ頼りないのは認めるが……
「……? ま……待て、その二人…… まさか霧島神那と有栖川琉架か?」
「霧島……神那?」
「有栖川……琉架?」
全員が再び顔を上げ始めた。
さすがにオリジン機関本部だな、数年前までココにいた俺と琉架を覚えている者も多い。
「そうだ! 私の最後にして最強の弟子たちだ!
この子らはたった3人でこの最下層エリアまで降りてきたのだ!」
「「「お……ぉおお!!」」」
今まで死人みたいな顔をしてた奴らの顔つきが変わった。
俺の名前を聞いてこんな顔する奴は珍しい。
うぇ!? とか ぎゃー!? とか言われたことなら幾らでもあるんだが……
「さぁ全員脱出の準備をしろ!
光溢るる外へ! あの懐かしき故郷へ!」
「「「おおぉーーー!!!!」」」
皆さん盛り上がってらっしゃる、すぐに外に出れる訳でも無いんだが……
『リリス、使徒リーマンと連絡取れるか?』
『シトリー……? あぁ、メルヴィンの事ね、ゲートを使えば声だけを伝えることくらい出来るけど』
『それじゃトリスタン先輩に救助隊を出すように要請してもらってくれ。
生き残りの中にシルヴィア・グランデが居るって言えば、救助隊を出さない訳にはいかないから』
『あぁ、そうね、私のネームバリューよりは効果が見込めそうね』
そう、師匠が生きてるのに救助隊を出さなかったら後で大変な目に遭う。
現役の創世十二使ならバカでも分かる方程式だ。
「それでどうする神那? 今すぐ行くか?
今回の脱出計画はお前が指揮しろ、私もお前に従う」
それはどうかな? 俺の指示なんか無視して敵に突っ込みそうで……
シルヴィア・グランデとはそういう女だ。
それにまだこっちの用事が終わってない、勝手に進めないでくれ。
「脱出は半日後にしましょう」
「却下だ! 手を拱く理由がない! 最大戦力で正面突破だ!」
さっそく俺の指示なんかガン無視だよ、何が「私もお前に従う」だ。
最初から師匠を御せるとは思ってなかったよ。
「師匠には…… えっと後10時間後くらいに、さっきの2倍のダメージが襲ってくるんですよ?
さすがに動けないでしょ? 聖域の中にいれば…… まぁ、死ぬことはないですし」
「2倍のダメージ?? 一体何の話だ??」
やはり知らないのか、周囲にいた研究者っぽい格好の奴らが一斉に視線をそらす。
師匠相手に怖いもの知らずというか、命知らずというか…… よくやるもんだ、俺は助けないからな?
俺は丁寧に『戦神の加護』の性能を説明してやった。
逆上してこっちに襲い掛かってくることが無いよう、細心の注意を払って……
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「うがぁぁあーーー!!!! お前らーーー!!!! なんてモノ持たせるんだーーー!!!!」
「ギャーーー!!」
師匠と研究員たちの鬼ごっこが始まった…… いや、違うな、師匠から逃げられる筈がない、コレは一方的な虐殺だ。
ま、聖域内なら死なないし放っておこう。