第226話 仄暗い穴の底から
オリジン機関本部は大きくわけて3つのブロックに分かれている。
単純に上層、中層、下層だ。
更にその下に禁層と呼ばれる一部の者しか知らない層があるそうだ。
上層が地下1~15階、中層が地下16~30階、下層が地下31~45階、その下に禁層エリアがる、多分5階層分くらいだろう。
この3つのブロックはそれぞれ独立しており、直通で行き来する術がない。
一応防犯を考えての作りだったのだろうか? しかし地下で火事でも起きたら簡単には逃げられないだろ?
まぁ現代魔科学の粋を極めた施設で火事なんか起こらない自信があったんだろう……
だが第3魔王の攻撃はさすがに予想の範囲外か。
上層部にはオリジン機関の本懐である世界中から集められた子供たちが暮らす寮や、教室、訓練施設、ラボなどがある、そしてココには15階層ぶち抜きの巨大な吹き抜けがある。
この吹き抜けの周りには植物が植えられ、芝生の地面に花壇には花々、木々の木陰では息抜きをする職員や学生が多い、そんな憩いのスペースになっていた。
コレは地下で長いこと暮らす人たちの為のリラクゼーションスポットだ。
俺も琉架とよく利用させてもらった。教室にいるよりは気分が良かったからな。
特に何をしていたわけではない、ただ二人でおしゃべりしていただけだが、大事な思い出の場所でもある。
ちなみに夜になると、この憩いのスペースの茂みの奥では世にも珍しい花が咲くそうだ…… ハッキリ言うと若い職員の青姦が見られるらしい。
青空の下でもなければそもそも屋外ですら無いのに、ナゼか青姦って呼ばれてたな……
俺は観たことがないがな…… 夜間は学生に対する監視が厳しかったからだ。
性に興味津々な思春期真っ盛りの中学生と、ある意味一つ屋根の下で共同生活してるのに、ここの職員たちは性欲に忠実だ。
今にして思えば、オリジン機関にモラルを求めること自体が間違いだったのかもしれないな……
断っておくが、俺が夜の警備体制に詳しいのは、決して夜の生物観察に出てたからじゃない、俺は女子寮に……より正確に言うと琉架の所に遊びに行こうとしたからだ…… 遊びだぞ? 大人の遊びとかじゃなくって。
チキンハートな当時の俺にソレ以上のことなど出来る筈がない。
もっとも年が明ける頃にはお互いの部屋へ自由に行き来できるようになってた、他に生徒が残ってないから、俺達のストレス対策としてのお目こぼしだったのかもしれない。
ちなみに中層や下層にも規模は小さいが吹き抜けと公園があるらしい。
きっとそこでも夜な夜な性なるパーリーが開かれてたのだろう。
俺が足を踏み入れたことがあるのは中層の地下20階まで、そこから下は行ったことがない。
俺達は上層部の吹き抜けにやって来た。
地下に存在するこの吹き抜けは本来、1年中一定の気温に保たれ天気が悪くなることもない、非常に過ごしやすい場所……だったんだが……
今は自然の光が差し込んでいる……
上空から見た大穴はココに繋がってたのか……
木も花も草も枯れ果て、障害物のせいで大穴から差し込む自然光も光量が低い…… そして……
「な……何アレ?」
「…… ドラゴン?」
吹き抜けの天井部分に開いた大穴から絡まるようにして内部に侵入しようとしていた巨大なドラゴンの死体が飾られている。
数は3体、ギドラっぽい…… そんなに首は長くないけど。
死体というか…… まるで骨格標本みたいな骨オンリーだ。何故バラバラになって落ちないのかは謎だ。
「デカイな…… 巨龍の一種かな?」
妖魔族ってアークドラゴンが好きなのかな?
没落貴族もアークドラゴンをペットにしてたし……
しかし本部施設に入ってから確認できた生物の死骸はコレが初めてだな……
「妙……ね」
「え? 何がですか?」
「外にはアレだけ大量の魔物が溢れてたのに、本部内はもぬけの殻状態…… こんな事になってる理由がわからない」
確かにリリスの言うことももっともだ。
ただし説明ができない訳じゃ無い。
単純な話、オリジン機関本部の中と外で指揮系統が違うんだ。
魔物はそこまで言うこと聞くかわからないが、魔族ならある程度コントロールできるはず。
ただこの説にはいくつか問題がある。
一つは指揮官の問題だ。
この説が正しかった場合、魔族を指揮するものがいる。
つまり使徒の存在だ。
或いは妖魔族か……
もう一つの問題は本部を壊滅、もしくは制圧した魔族と指揮官がドコに行ったのか?
予想だが魔族は最下層、つまり禁層に居るのではないか?
つまり何かしらの目的があって動いている。
最下層に立て籠もっている生き残りを狙ってるのかもしれないが、もしかしたらオリジン機関が溜め込んだ力ある遺跡を狙ってるのかもしれない。
例えば門を開きし者……とか?
さすがにソレはないか、マリア=ルージュが門を開きし者の記憶書の行方を知っていたとは思えない。
それならオリジン機関秘蔵の神器狙いのほうが可能性が高い、俺だっていい加減専用武器がほしいんだ、第3魔王がソレを求めても不思議はない。
ホントにコレが目的じゃないだろうか?
まぁ、あくまで予想だ。
全然関係ない理由かもしれないし、もしかしたら内部の敵は既に撤収しただけかもしれない。
だがもし、この予想が正しかった場合、最下層には生き残りがいて、しかもその中に師匠が生存している可能性も出てくる……
うわぁ~い…… やったね~…… ちっ!
俺専用の装備もついでに探そう、ソレくらいの特典がなければモチベーションが上がらない。
正直、今すぐ帰りたい……
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周囲に魔物・魔族が一切いないからスムーズに歩を進める。
念のため警戒しつつ破壊され尽くした思い出の地を探訪する……
なんか胸くそ悪ーぞ。
「そう言えば施設内の電気って生きてるんだね? こんなに破壊し尽されてるのに明かりが残ってる」
「あぁ、この施設の最下層には完全自動制御の原子炉があるからね、未だに電気が供給されてるんだよ」
なぬ? 原子炉?
「おい、原子炉は大丈夫なんだろうな? 俺達はきっと放射能の影響も受けないだろうけど、爆発なんかされたらただじゃ済まないぞ?」
当然施設ごと吹っ飛ぶ、地下大金庫諸共だ。冗談じゃねーぞ!
「大丈夫よ、原子炉は地下大金庫の次に頑丈に作られてるから、未だに破壊されて無いってコトは、破壊できなかったって事でしょ?」
「今まさに破壊しようとしてる所かもしれないだろ?」
「わざわざ原子炉なんか狙わないと思うけど? 今爆発したら外にいた魔族たちももれなく全滅するんだから」
確かに…… だが奴らが原子炉がどういうモノか知らずに破壊しようとする可能性は有る。
急いだ方が良いのかな? 今更って気もするが……
しかし上層のエレベーターは全て破壊されてる…… ならば……
「もう一回飛び降りるか…… 吹き抜けから」
「警戒が疎かになるけど良いの?」
「緋色眼を使えばある程度は見通せる、それにおそらく上層には敵はいない」
「その根拠は?」
「通路に僅かにホコリが溜まってる、しばらく誰も通って無い証拠だ」
「はぁ~…… カミナって掃除とかにウルサイ亭主関白になりそうだね?」
なるワケねーだろ、ウチの可愛い嫁達を叱りつける事など俺には出来ない。
禁域王は愛を振りまく存在であって、躾は専門外だ。やるとすればミカヅキやアーリィ=フォレスト辺りとプレイの一環でだな。
ガチは無い。
琉架の重力制御で速度を落とし吹き抜けを飛び下りる。
なんか飛び降りるのが当たり前になったな、飛行機が空中分解しても着陸とか心配する必要すらないね。
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中層・地下16階、ここにも戦闘の痕跡はあるが、上層と比べると軽微だ。原形を留めている。
しかしココもエレベーターが壊されている為、自力で降るしかない……
上層はともかく、ここのエレベーターはもしかしたら撤退する職員が壊したのかも知れないな。
魔族にエレベーターの使い方など分かるハズも無いが、エレベーターシャフトは近道になってしまう。
………… 余計なコトしやがって。
確かにそのまま放置しておくわけにはいかないからな。
地震や火事と違って外へ逃げ出す事ができないから仕方ない、外は大雨だったんだから……
「ここもエレベーターは壊れてるんだね…… それじゃ……」
「階段を使うしかない、北と南に一箇所ずつある、そっちまで埋められてないとイイんだが」
中層の吹き抜けは上層よりも規模が小さいから飛び降りショートカットが使えない。
最悪の場合は『超躍衣装』で移動するしかないが、魔力の無駄だし、電気が生きているってことは監視カメラも動いてるかもしれない……
いっその事ダンジョンマスター・ジークに習って床をぶち抜いて進むか? それもアリかも知れないな、どうせオリジン機関本部の復興はほぼ不可能だ。
とにかく階段に行ってみよう…… と、思ったんだが、少し歩くと床に大穴が空いていた、どうやら魔物がやったらしい、この分だと階段も埋められてるっぽいな。
無駄に歩かずに済んのだが、下の階の床は抜けてない…… 直通じゃない。恐らく何処か別の場所に穴が開いているのだろう…… その穴を探して歩けってか? 嫌だよ面倒臭い、監視カメラの死角で自分で穴開けてやる。
「ねぇ神那、何か引きずったような跡があるよ?」
「ん?」
言われてみれば床に茶色い筋がうっすら残ってる……
血の跡……だろうか?
魔族たちの食料代わりに運ばれた職員のものかもしれない。
消えかかっているのはその後を大量の魔族が歩いたせいかもしれないな。
つまりコレは道標だ、この跡についていけば自ずと魔族の元へ辿り着けるだろう。
俺達の目的は魔族の殲滅ではなく記憶書なんだが、最下層を目指すにはこの道標に従うのが近道か……
ちょっと気持ち悪い道標だが、ありがたく使わせてもらおう。
しかし…… やはり魔族は底の方に溜まってるようだ、まるで汚泥だな。
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道標に従い中層エリアをクリア。
相変わらず敵の姿はない。
そんな状況は下層エリアに入った途端変わる。
今までとは打って変わって大量の魔族が下層エリア全域で彷徨い歩いている。
全体的にやせ細っており、明らかに飢えている。
目がギラついてる……
実際、最初に出くわした魔族は俺達を見た途端……「ヒャッホーイ!! エサだ!! エサだ!! いっただっきま~す!!」……って感じで襲い掛かってきた。
琉架を食べてイイのは俺だけだ、汚泥ごときに髪の毛一本くれてやる気はない。
もちろん性的な意味でだ…… まだ「待て」の状態だけど…… よだれを垂らしながら「良し」を待ってる、お前等なんかに誰がやるか!
当然、その魔族は『猛毒弾』で音も立てずに瞬殺した。
近くの部屋に死体を引きずって隠れる。
「なんで…… こんなに飢えてるんだろう?
まさか半年以上飲まず食わずだったワケじゃ無いよね?」
いくら魔王の力を帯びているとは言え、さすがにソレは無いだろ? こいつらはあくまで生物なんだから……
「恐らくだが…… 定期的に共食いをさせられてるんだろう…… ただし満腹にはさせず常に飢えている状態にして」
もしくは生け捕りにしてある人間をエサにしている……か。
「なんの為に?」
「ん?」
「だって、外に出ればいいだけでしょ? 何で飢え苦しみながらココに留まるの?」
「それは当然、目的があるからだ、その目的は……」
もしかして…… ホントに生存者が居るのだろうか?
あぁ…… 嫌な予感がする…… 俺たちを敵と思って襲いかかる師匠の姿が脳裏に浮かぶ。
師匠は「とりあえずぶん殴ってから相手を確認する」スタイルだからな……