第22話 霧の迷宮
第12領域の東、ライアス平原。
鉄道がフィー半島まで通じていない故、ここまで1週間掛かった。国内移動にも拘らずだ……鉄道と古来街道のありがたみが身に染みる。
ライアス平原で一番大きな町、ギーザで馬車を借り走らせること丸一日。『霧の迷宮』に辿り着いた。
「霧と言うより……雲だよね? 山をスッポリ覆っている……雲だよね?」
「まぁ、どっちも水蒸気だし別にどっちでもいいでしょ、中に入れば霧だし」
先輩の疑問を適当に片付けて、外側から山の様子を観察する。確か山道は一本しか無いはずだが入り口はどこだ?
「おにーさん、あそこ。……キャンプがある」
白が指し示す方向に小規模な宿営地が作られている。山道の真ん前だ、なんて迷惑な連中だ。恐らくアレが『月下騎士団』(笑)だな。
「人が少ないですね、みんな山に入っているのでしょうか?」
キャンプにいるのは4~5人だけ、閑散としている。もしかして調査クエストってああやって何日もかけてやるものなのか?
俺たちはいつも通りのほぼ手ぶらだ、調査に何日も掛けるつもりは無い。
キャンプに近づくと……
「何だお前ら? 勝手に入って来るな!」
……なんてことを言われた、山道の真ん前にキャンプ張っといてこの言いぐさだ、随分とオラついていらっしゃる様子だ。
そんな姿を見て最近の自分の言動を思い出す。そういえば俺も最近少し調子に乗っていた気がする……
いかんな、冷静COOLキャラが売りだったのに反省しなければ…………よし決めたぞ。
目の前のオラついている人たちを教訓にして、オラは今日はオラつかないことにすっぞ!
「こんにちは、いや~今日も見事にガスってますね!」
ゼロENスマイルでフレンドリーに語りかけてみる……
「うっせーぞ!! ガキ共!! 消えろ!!」
…………フレンドリーは明日からにしよう、オラやっぱりオラつく事にすっぞ!
俺の目つきが変わったことに気付いた琉架が、とっさに俺の腕を掴んで抑えた。
えぇい! 離せ琉架!! こいつは俺だけならまだしも女神の事も罵倒しやがった!! 万死に値する!!
「おい、まて! こいつら例の『D.E.M.』だ!」
「あぁ? 何だそれ?」
「噂になってただろ! 十日も掛からずにAランクに上がったギルドだ」
留守番要員その2が話しかけてきた、残念、その噂は古い! 俺たちSランクですから!(ドヤ顔)
「あぁ、あのイカサマ連中か、何だよガキばっかじゃねーか! やっぱりイカサマしやがったんだな!!」
よし! ゴングは鳴らされた、絶対的な才能の差でイカサマかどうかを丁寧に教えてあげよう!
「神那! 駄目!! 落ち着いて!!」
琉架がしがみついてくる。あぁ、背中に柔らかい感触が……了解です。止まります。
「けっ! 見ろよ、女の尻に敷かれてやがる!」
留守番要員その1の罵倒はもはや気にならない、何故ならお前はむさ苦しい男の仲間に止められている。片や俺は美少女の柔らかい感触を押し付けられてる。
俺は紛うことなき絶対的な勝者だ! 勝手にキャンキャン吠えているがいい、その遠吠えも心地良い。
そんな至福の時に、山の方から悲鳴が聞こえてくる。10人ほどの集団が転がるように霧の中から飛び出して来た。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
「おい! 大丈夫か!? どうだった?」
「ダメだ、やはり城門を越えられない! 奴らあそこに巣を作っている様だ、数が尋常じゃない!」
ふむ、城門? 巣? ミノタウロスはそのあたりに大量出没するのか……
「早くしないと1番隊の装備じゃもう……」
「分かっている!! せめて中の連中とタイミングを合わせられれば……」
なるほど、1チーム取り残されてたのか、それでピリピリしてたと。だからって俺たちに強く当たるなよ……
琉架は未だに俺にしがみついているため強く当たっている、ありがとうございます。
今の俺は人と喧嘩する気はない。登山者のマナーに従い爽やかに挨拶して彼らの話の邪魔をしない様、通り抜けよう。
「アレ? その制服、もしかしてお前、第三学院の生徒か?」
……人違いです。友達の居ない暗い過去は捨てました。美少女に囲まれている今の俺が本当の俺です。ここはメタルのごとく逃げの一手で……
「いや~懐かしいな! 実は俺、卒業生なんだよ! 先輩ってやつだよな!」
素早く回りこまれた! 何だ今の動きは!?
お前など知らん! 俺の先輩はここにいるAA の先輩だけだ。
「あれ? もしかして池上先輩ですか?」
サクラサクラ先輩がどうやら知っている人らしい…… トラブルの予感が……
「先輩の知り合いですか?」
「直接の面識は無いけど、昔クラスの女子がキャーキャー言ってたわ。バスケ部のレギュラー……だったかな?」
なるほど、さっきの動きはバスケ部仕込みか。名前を聞いて納得できた、さぞディフェンスに定評があったのだろう。
「君らアレだろ? 一万人神隠しの被害者」
「私はそうです。こっちの二人はその次の被害者なんです」
「そうか……お互い大変だな。しかしこんな所で何をしている? まだ、こっちに来て半年も立ってないだろ?」
「私たちもクエストを受けたんですよ。『霧の迷宮の原因調査』を」
「なに? この依頼は最低でもギルドランクBが必要だぞ? もしかしてその獣人族の女の子が高位冒険者なのか? とてもそうは見えないが……」
この先輩は随分察しが悪い。脳筋なのか?
「おい! そいつらに関わるな! 例の『D.E.M.』だ」
留守番要員その1が親切に教えてくれる。だがお前だってさっきまで知らなかっただろ? なんで偉そうな口ぶりなんだよ、戦力外のくせに……
「『D.E.M.』!? わずか十日程でAランクに上がったギルドか?」
「あぁ、スミマセン。我々は先日Sランクに上りました」
ザワッ
キャンプの空気が変った。何だこの空気? 格上と知って怯んだのか? ならば好都合だ、この隙にはぐれの如く逃げ出そう。
「ちょっとまってくれ!!」
また回りこまれた!? 流石はディフェンスに定評のある池上だ。彼はプレイヤーとしての能力が相当高いらしい。
「君たちに頼みがある!! 我々の仲間を助けて欲しい!!」
「お……お前正気か!? そんなガキ共に助けを求めるなんて……」
「俺は2番隊のリーダーだ! その俺が彼らに助力を求めるのが最善と判断したんだ! お前らは黙っていろ!!」
そうだそうだ~オラついてるだけの雑魚は黙ってろ~!
しかしさっきとは打って変わって真剣だ、恐らく後輩に情けない姿を見せたくなかったんだろう。
しかし今の困窮した状況を覆してくれる存在なら真摯な態度で頼み込む。
彼は良いリーダーだな、状況をよく理解できてる。プライドなど無視して助けを求めるのは正しい判断だ。この人には好感が持てる。
「神那……」
「神那クン?」
我がギルドのエースとお笑い担当は彼らを助けたいようだ、全くお人好しだな。
しかし、我々もSランクに上がった以上、そろそろ悪い噂を取り払いたいのも事実だ。Aランクギルド『月下騎士団』(笑)に恩を売るのも悪くない……
「分かりました。その依頼引き受けましょう。それで俺たちは何をすればいいんですか?」
「すまない、助かるよ。我々は補給が済み次第もう一度、討伐に向かう。それに同行してほしい」
「………………同行? それは止した方がいいと思いますが……」
「なぜ?」
「いや……だって……」
周囲に目を向ける。そこにいる月下騎士団のメンバー全員が睨んでくる。
さっきの様に罵声を浴びせる奴はいないが、明らかに敵視しているのが分かる。
「こ……これは……」
「ご覧の通りですよ。ここで強権発動して同行しても、あなたの立場を悪くするだけです。そもそもまともに連携取れないでしょうしね」
この調子じゃ乱戦になったら俺たちごと攻撃されかねない。俺と琉架はともかく、霧で視界が悪い中じゃ先輩と白が危険だ。
もし万が一、うちの女の子に傷でも付けられたら、俺はミノタウロスに味方して月下騎士団を全滅させてしまうかも知れない。
「俺たちは先に向かいます。別の方法を考えるか、敵の数を減らすか、行ってから考えます。別行動の方がいいでしょう」
「…………どうやらそのようだ。こちらから頼んでおいて……すまんな」
こうなることは分かってた。別のギルドとの連携はまだ早い。
「と、いう訳で、悪いんですが地図を写させてもらっていいですか?」
霧の迷宮はその名の通り、霧の濃い場所と薄い場所がおよそ一週間で別の配置に変わってしまう。そのため正確な地図はその度に作り直さなければならない。
今さっきココに着いた俺たちには当然、地図なんてない。
「そうだな、協力してもらう以上、それくらいは提供させてもらう」
手描きの地図を携帯で撮影させてもらう。それだけでオラつき男がわざわざ聞こえる声で「ちっ」と言ってきた。だからお前が作った訳じゃないだろうが。
「それじゃ俺たちは先に行きますんで」
「あぁ、君たちも十分に気を付けてくれ、俺たちも1時間後に再び山に入る」
俺たちはいよいよ霧の迷宮に足を踏み入れた。
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これは……思っていた以上に霧が濃い。
白のギフトで所見殺しも難しいか……魔物が出ても影しか見えないぞ。
白にギーザで買った安物の刀を渡しておく。今はこれで我慢してくれ。
試しに風圧魔術で霧を吹き飛ばしてみるが、ほとんど意味が無い。地面から常に吹き出しているかの様だ。まるで人間の欲望の様に際限がない……今上手いこと言ったな。
「ここって山全体が古代遺跡なんだよね? 霧のせいで全然調査が進まないっていうくらいだから、そこらへん適当に掘ったら何か出てこないかな?」
「おそらく城門とやらの向こう側でなければ、何も出ないんじゃないですか?」
先輩が子供みたいに残念がってる。せっかくお姉さん風の格好をしているのだからもう少し凛とした佇まいをですね……
「おにーさん、おにーさん」
「うん?」
「正面からミノタウロスが来る……数は……3匹くらい……」
「え?」
正面を見る、相変わらず霧で真っ白だ。今の所なんの気配も感じられない。
しかし、白が嘘や適当を言うとは思えない。念のため警戒しつつ正面に立つ……すると…………
突然だった。物音ひとつ立てずに霧の壁からミノタウロスが3匹飛び出してきた!
「うおぉぉぉ!? マジかぁ!?」
白の警告により予め正面に張っておいた目に見えないほど細い血糸に牛男が3匹、仲良く絡まる。
ビ……ビビったぁ……おのれ牛男め、よくも俺の『強情者の面の皮』を剥ぎ取ってくれたな!!
こいつらがただの牛なら焼いて食っちまう所だが、体がムキムキマッチョだから食欲が全く湧かない。牛タンだけでもイケないものか? いや……ムキムキマッチョにディープキスされるみたいで気持ち悪い……
ミノタウロスが暴れている、無駄だよ。その糸は単分子ワイヤーを編みこんだものだ、切れる筈が無い。
「それにしても白、よくコイツ等の接近に気が付いたな? 全く気配を感じなかったぞ?」
「気配は私も分からなかった……でも音が聞こえた。それにニオイも……」
白の獣耳がピコピコ動く、可愛い……そういえば獣人族は四つの耳で音を拾うから聴覚が優れた種族だったな。加えて狐はイヌ科の動物だから鼻も効くのか。
殺す前に白に弱点を確認してもらう。どうやら首らしい、そういえば首を斬られて倒された伝説があったような気がする。
白がどんどんハイスペックになって行く、おにーさんは何も出来なくて肩身が狭いよ……
せめてもと、格好よく敵を切り裂いてそのまま血糸で火葬してやった。
「それにしてもこの霧、やっぱりおかしいね。なんだか気配を遮断されてる感じがする」
ちなみにこの世界で言う「気配」とは、魔力の流れの事を指し、生き物の体から微量に流れ出る魔力を感じ取り気配と認識している。したがって、魔術資質の高い人物ほど「気配」をより正確に感じ取れる。つまり……
「この霧は魔術によって作り出されている『霧の結界』って訳か……」
「でもこの霧って500年前からずっと消えないんだよね? 魔法陣とかかな?」
「あるいは…………賢王様か…………」
「賢王様って人族じゃないのかな?」
確かに人族よりも寿命が長い種族も多い、特に上位3種族は魔王より長く生きている個体がいるとも言われている。賢王が長寿種の可能性もあるが…………あくまでも可能性だ。
「まぁ、会えば分るさ。行こう。白は何か気付いたら教えてくれ、頼りにしてるぞ?」
「…………うん」
その後、山道を地図を頼りに歩いて行く。かなりの頻度でミノタウロスが襲撃をかけてくる、白のおかげで奇襲はまのがれているが数が多い。
この山ではかなりの数が生息しているらしい。そういえばメスのミノタウロスが見当たらない。そもそもタウロスが牡牛の意味だっけ?
え? それじゃこいつらどうやって繁殖してるんだ? もしかして♂同士で腐った事してるのか?
ムキムキマッチョな牡牛2匹が絡み合っているビジョンが浮かぶ……吐き気がする……ヤバイ、貞操の危機なんじゃないのか? すまない! ホモ以外は帰った方が良いかも知れない!
しばらくすると、目的地の城門が見えてきた。この辺に巣があると言っていたし、自分たちの周りに血糸を張り巡らせる。
「あ……来た……いっぱいいる」
白が警告してくる。相変わらず全く見えない、いや……さっきより周囲の霧が濃くなった気がする。
「ぶもおおおぉぉぉおおお!!!!」
霧の中から大量に現れる。しかし血糸により蜘蛛の巣に囚われた虫の如くその場で止まる。そのミノタウロスをよじ登り、飛びかかろうとした奴も絡まる。またその次も…………
おいおい、いくらなんでも多すぎだろ? 何百匹いるんだよ!?
あっという間に、俺たちを丸ごと覆うミノタウロスのドームの完成だ。
俺は素早く傘を取り出し、全員を抱き寄せた。下心じゃない、大量のよだれの雨が降るからだ。
「……!……!!」
白が鼻を押さえて涙目になっている。気持ちは分かる、鼻が曲がりそうな悪臭だからな。牛のげっぷが地球の温暖化につながるとか聞いたことがあるが、たしかメタンが含まれてるんだったか……
何という恐ろしい攻撃、まさに数の暴力だな。『月下騎士団』(笑)はよくこれだけの数のミノタウロスと戦って生きて帰ってこれたな? ギルドランクAは伊達じゃないらしい。
「うぅ……おに…さん……」
ヤバイ、白が見る間に弱って行く!? 俺たちでもキツイ匂いだ、白にとっては殺人級か! 確かにいつまでもここに居たら酸欠になりそうだ、何とかしないと……
「琉架……結界をだのむ……鋼鉄人形の時と同じ要領で行ぐ……」
「ちょ……神那クン、大丈夫なの? あんな規模の爆発起こざれだら、か弱い私は簡単に死ねるよ?」
「ぞのだめの結界です、規模も抑えます。匂いごと全部吹き飛ばす!」
「全員、目と耳を塞いでしゃがんでてぐれ!」
本当は必要ないけど念のため、白には聞かれてしまうかもしれないな……俺の黒歴史……
「じゃあ始めます……『停止結界』!!」
「弐拾四式血界術・拾八式『縛導陣』爆導索!!」
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山全体が震えるほどの爆発が起こる、その振動は山の麓に居た月下騎士団のメンバーにもハッキリと感じ取れた。
「な……なんだ!? この爆発音は!?」
「ま……まさか、彼らがやったのか?」
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上手くいった。地面もほとんど抉れてない、外方向へ指向性を持たせた爆発が功を奏したようだ。周囲の木々が根元から折れてしまったが仕方ないな。
そのまま城門を抜ける。ミノタウロスの襲撃はまだ続いているが、さっきみたいな大群は来なくなった。
白が生き生きとミノタウロスの首を刎ねて行く、臭いの恨みを晴らすかのようだ……好きにさせておこう。
城門を抜けてしばらく歩くと人がいた。恐らく『月下騎士団』(笑)の1番隊だろう。
「な……なんだ君たちは? どこから入ってきた? さっきの爆発は?」
「俺たちはあなた達の救出を依頼されたんです。ただギルド内で意見が分かれていたみたいなので、俺たちだけ先行してミノタウロスを減らしておきました。今から30分後に2番隊が城門に攻撃を開始します。1番隊はそれに合わせて打って出て下さい。それで脱出できるはずです」
それだけ告げると、俺たちは歩を進める。
「ま……まってくれ、君たちは一体?」
「……俺たちはギルド『D.E.M.』。あなた達と同じクエストを受けているので調査してきます」
そう、これでいい、必要以上に恩は売らず速やかに立ち去る。評判を回復させるには人助けが一番効果的だ。
不良が子供やお年寄りを助けただけで、「実や良い奴なんじゃないか?」と思われるのと同じだ。
実に馬鹿馬鹿しい。
たった一つの善行の影にどれだけの悪行が隠れているか見ようともしない。
表紙だけが綺麗でも中身はエロとグロの官能小説みたいなものだ、少し読めばすぐ分かる。
いかんいかん、話がそれた。要するに綺麗な部分だけを人に見せればいい、それで悪い噂は無くなる。もともと俺たちは悪い事はしてないからな。表紙も中身も美しい、なにせ女神がいるのだから。
嫉妬によるレッテルを張られていただけだ。
「それでは当初の予定通り調査を始めます。まだミノタウロスが大量に生息していると思われますので、白を中心に警戒しながら進みます。第一目標は賢王の発見」
「りょ~かい!」
「…………」コク
「了解しました!」
こうして俺たちは『霧の迷宮』の調査を再開した。
賢王と呼ばれる人物の抱えた深い闇を、悲しい歴史を知ることも無く…………