第210話 第12魔王 ~試練~
「ふぅ…ふぅ…」
「はぁ…はぁ…」
神那と魔王リリスが作り出した誰も踏み込めない言葉の応酬が止んだ。
かれこれ3時間、ずっと喋り続けている…… 最初の頃はまじめに聞いていたけど、段々と雑談の延長線みたいになってきたので放置する事にした。
私たちは部屋に置かれていた応接スペースのソファーに座り、自分たちでお茶を入れて啜りながら二人の舌戦が終わるのを待っていた…… まさか3時間も喋り続けるとは思わなかった。
ただ時々 耳を立てると、雑談の中に相手を牽制するような言葉が含まれていた、もしかすると雑談に見せかけて非常に高度な話術が展開されていたのかも知れない。
「ふぅ…… 喉が渇いた、俺にもお茶くれ」
「はぁ…… 私にもお願い」
「あ……はい、ただ今……」
ミカヅキさんが入れてくれたお茶を二人は受け取り、半分ほどを一気に飲む…… 二人とも腰に手を当てている…… やっぱり似てるよ、この二人……
また増えるのかな? 例の禁域…… そういえばもう一人 魔王が増えるって予言があったっけ…… それがこの人、魔王リリス・リスティスなのかな?
「それで…… えっと、二人の話し合いは終ったの?」
「いや、さすがは第12魔王と言うべきか…… 手強い」
「そっちこそ、まさか20年も生きてない子供にここまで粘られるとは思ってなかったわ」
そう言うと二人は残りのお茶を同時に飲み干し、再び戦場へ戻っていった……
もしかして二人とも楽しんでない?
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その後、およそ2時間…… ようやく落とし所が見つかったらしい…… 私には交渉とか出来そうにないなぁ。
5時間もトークバトルするなんて絶対ムリだ。
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疲れた……
コレほど疲れる戦いは先代・第6魔王戦以来かな? アレはヤバかった。
第9・第10魔王戦は楽勝だったからな、久し振りに手応えのある相手だった。
疲労が乗っかった肩を回し、疲れをほぐす、白熱したトークバトルは肩がこるんだ。
「お疲れ様、それで…… どうなったの?」
琉架がソファーから立ち上がり、俺に席を譲ってくれた。
疲れた体に琉架の温もりがこもったソファーを頂けるとはありがたい。
俺のケツで琉架の体温をしっかり感じさせてもらおう。
ドッコイショっと……
「……ふぅぅぅぅぅ~~~」
まるで風呂にでも浸かった時のような声が出た…… あぁ…… 体中の疲れが溶け出していくようだ…… 主にケツから……
「結論から言うと、彼女の要求を一つ叶える、その代わりに彼女はこちらの質問に答える。
ちなみにこちらからする質問の数は無制限だ」
「んん? つまり向こうのお願いごとを一つ叶えないといけないって事だよね?
それって負けてない?」
そうだな、その一つのお願いごとで世界を滅ぼせるんだ、この説明だけだと完全に負けだ。
「ただし、要求を出せる相手は俺だけ、更に俺には拒否権が与えられる」
「拒否権?」
「そう、気に入らない要求は全部拒否できる。
もちろん拒否し続けてたら、こちらも質問できないけどな」
「要求を自分で選べるなら…… 勝ちかな?」
問題はどんな無理難題を言ってくるかだ……
もちろん拒否権がある以上、恐れるものは何もない。しかし、ならばナゼ彼女はこんな条件を飲んだのだろう? この条件は明らかに不利だ。
そこに今回俺たちが呼びだされた真の目的がある気がする。
まぁ、それでも真っ先に言ってきそうなのはやっぱり……アレかな?
「それではわたしの要求を言います…… マリア=ルージュを殺して」
「イヤです」
予想通りの事を言ってきた、なのでこちらも予定通りの答えを言う。
そもそも彼女自身も分かってるハズだ、拒否られる事は…… もしかしたらコレも交渉術の一種かも知れないな。
一番最初に無理難題を吹っ掛けて、その後徐々に要求の難度を下げる手法…… 詐欺師なんかが良く使う手じゃ無いのか?
もっともコレはあからさま過ぎる、効果は見込めないな。
喋ってて感じたんだが、コイツ…… 俺に似てる気がする。
「それじゃ浮遊大陸アリアをどうにかして」
「意味一緒だよな? 断る!」
「だったらデクス世界から妖魔族を一掃して」
「恐らく全妖魔族がこっちに来てるよな? 一掃するってコトは妖魔族って種族を滅ぼす事だ…… 俺は優しい魔王様を目指してるのでお断りします」
「じゃあ私の部下になって、給料弾むから」
「イヤだ、金で釣ろうとしても無駄だぞ? こう見えても俺らは金持ちなんだ」
「それなら……」
だんだん不穏な空気になってきた…… またさっきみたいに牽制しあう会話が5時間も続くのだろうか?
いや…… 違うな、魔王リリスは待っているんだ、この意味の無い会話に俺がウンザリするのを。そして頃合を見計らって本命を叩き込むつもりだ。
理解る…… ヤツの考えが手に取るように理解る!
何故なら、もし逆の立場だったら俺も同じ手法を取るだろうから。
だったら無駄な手順は回避すべきだ、俺は相手が何をしてくるか理解してる、理解している以上それに引っかかってやるほどアホじゃない。
この部屋には時計がないし、窓の外から差し込む光も陰る気配がない、タミアラは他の魔宮と違って夜がないらしい、そもそも魔宮じゃないのかもしれないな。
しかしこの空間に夜が無かろうが、既に結構な時間だ。
休んでた他のメンバーはともかく、5時間も舌戦を繰り広げてきた俺の脳はお疲れだ…… それすら計算の上だったとしたら大した女だよ魔王リリス・リスティス。
「魔王リリス・リスティス……」
「ん?」
「本題を言え、意識誘導は俺には通用しない」
その言葉に彼女は一瞬目を見開き、俺の顔を凝視するが……
「…… ハァ…… やっぱりバレたか、仕方ないわね」
ようやく本題か。
「私の要求は………… 私と戦って」
「…………………… は?」
え? 今なんて?
「バトル、デュエル、言い方は何でも良い、私と戦って欲しい」
「それが…… 本題?」
「そうよ」
意味が分からん、完全に予想外だった。
魔王リリスは見た目から言っても武闘派とは思えない、それがこんなバトルジャンキーみたいなことを言っても普通なら信じない。
「あ~っと…… ナゼだ?」
「質問するなら先に私の要求を叶えてからよ」
そうだった、今の俺には質問する権利がない。
しかし戦う理由がない……
情報は知りたいし聞きたいことも多い、しかし命と引き換えにする程ではない。
そこまでするくらいなら別の方法を模索する。
「これだけは先に言っておくけど、命の遣り取りをするつもりはないわ」
「うん?」
「本気でやるつもりだけど…… 一種の模擬戦よ。
それにお互い相手を殺す訳にはいかないでしょ?」
……まぁ確かに、俺は魔王リリスを殺すワケにはいかない、殺したら情報が貰えなくなる、その逆は……どうかな?
「私がもしキミを殺したら、その直後に他の魔王たちに殺されて、キミの後を追うことになる」
うん、きっと俺の嫁達はかたきを討ってくれるだろう、ただ殺されるかどうかは分からんが……
ま、タダでは済まないだろうな。
「殺し合いじゃないんだな?」
「えぇ…… あなたの実力を示してもらう」
なんか召喚獣みたいなことを言い出したぞ?
つまりアレか? 「我の力を欲するなら我を倒してみろ!」ってヤツか?
ココで俺が彼女を打ち倒したらいつでも好きなときに呼び出して自由に使役できるようになるのか?
斬◯剣で敵を惨殺させたり、大津波を起こさせたり、口から100万倍フレアを吐かせたり出来るのか?
それとも奴隷のように扱えるのか? 夢が広がるな…… じゃ無くって、奴隷は要らない、既に一人 奴隷志望の魔王少女が居るからな…… これ以上は結構です。
「それで…… どう……するの?」
魔王リリスは不安そうな顔をしている…… そもそもどっちの不安だろう?
俺と戦うことの不安か、要求を断られる不安か…… それともあの不安げな表情も計算だろうか?
「分かった、受けよう」
「か…神那!? イイの!?」
今度は琉架が不安げな表情を浮かべる、いや、琉架だけじゃない、ウチの女の子たちは全員不安に思ってる…… ジークだけは平然としてるが。
確かに不安もある、殺し合いでは無いというが、何か大きな意味があるのは間違いない。
それが何かは分からない…… が、俺に不利益を及ぼす事はないだろう、迂闊なことをすれば七大魔王同盟を敵に回すだけだからな。
ただ念のため、琉架と白には能力を使って見張っといてもらおう。
何かあっても最悪を避けられるように…… 俺と魔王リリス、お互いの為に……
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―― シニス世界・第12領域 ――
気付いた時、俺達は何の変哲もない草原にいた……
だが分かる…… またしても神隠されてしまった……
ここはシニス世界だ、ようやくデクス世界に帰ったと思ったら、またしてもシニス世界に舞い戻ってしまった。
「あのさぁ…… ここって……」
「第12領域、北西、グラネウス大地…… 基本的に一般人が寄り付かない場所よ」
「一般人はどうでもいいよ、なんでココに来た?」
「あのままタミアラで始める訳にはいかないから…… あんな所で魔王同士がぶつかり合ったら絶対にマリア=ルージュに居場所がバレる」
まぁ納得できる理由だ、タミアラに限った話じゃない、デクス世界じゃ地球上のドコで始めようとも多分バレる。
転移してきた場所がくぼ地の真ん中だから周囲は良く見えないが、第12領域の北西ってそんなに僻地だったか?
だからって結局ココか、結局シニス世界なのか? もはや運命を感じるね。
「…………」
おっと! 空気が変わった…… 本気でやるって言ってたからな、これがリリス・リスティスの真面目モードか……
とは言えなぁ…… 恨みも無ければ敵でも無い相手に…… ましてや美少女と本気で戦えってのも酷な話だ。
出来ればもう二度と美女の串刺しとか見たくないしな…… うん、向こうが本気でもこっちまで本気を出さなきゃいけない決まりは無い。
手加減出来る相手かどうかは分からないが、できるだけ相手を無力化する戦法を取ろう。
「こっちはいつでもいいわよ、開始の合図はキミが出して」
魔王リリスは手ぶら状態で立ち尽くしている…… 無手か?
何も相手に会わせる必要は無い、こちらは魔力微細制御棒を取り出し構える。
そう言えばまたしても情報の無い魔王とやり合うハメになったな…… こんな事なら事前に白に能力を調べておいて貰うんだった。
「それじゃ始めようか…… ん?」
そう宣言した時だった…… 魔王リリスはどこからともなく二本のタクトを取り出した。
あれってもしかして魔力微細制御棒か? まさかの杖二刀流かよ……
そう言えばアイツはレイフォード財団の会長なんだ、創世十二使が持っている魔神器や魔導器を持ってて当たり前だったな。
既に装備で負けている…… しかしアレって二本同時に使える物なのか?
「第1階位級 火炎魔術『炎神』イグニス」
!?
その直後、魔王リリスの背後に炎の巨人が現れた!
体長20メートル、本当に炎の巨人だ!
「第1階位級だとぉ!?」
ヤバイ!! 見誤った!! そうだよ! 魔王リリスは伝説の「魔導の祖」本人!
この世に存在する全ての魔導魔術はアイツが創ったんだ! 第1階位級なんか使えて当然じゃねーか!
対する俺は未だ第1階位級の習得には至っていない…… 魔術戦は不利だ。
いや、落ち着け、俺には反魔術があるじゃないか…… 消せるかな?
俺が反魔術を使える事くらい彼女なら知ってるハズ…… 想定の範囲内じゃないのか?
ダメならその時考えよう、まずは行動あるのみ!
「反魔術!!」
パキィィィィィィン!!
俺の放った魔力は、炎の巨人に届く前に何かにぶつかり消滅した。
「これは……」
「無駄よ、炎神の周りには幾重にも炎の結界が張り巡らされている、反魔術ではコレを突破する事は難しいわ。
そうね…… 最低でも2秒以内に120発の反魔術を放たなければ炎神には届かないわ」
無茶言うな…… 出来るワケが無い。
コレはヤバいぞ…… 魔導魔術で俺が勝てない相手は初めてだ……