第207話 タミアラ
俺達の乗ったVTOLが第三魔導学院を飛び立ってから既に5時間以上経っている。
この機体の巡航速度がどのくらいか分からないし、そもそも目的地が何処かも分からない。
大体、俺達が押し込まれた客室には窓すら付いて無い。
客室内装はどっかの富豪が所有しているプライベートジェットの様な豪華な造りだ。
あのクッソうるさいエンジン音がほとんど聞こえない高い防音性、極上の肌触りと質感、お高そうな本革のシートに飲み物や軽食なんかを用意してくれるキャビンアテンダント付き、まさにファーストクラスって感じだ。
きっと有栖川家が所有しているプライベートジェットもこんな感じなんだろう…… 住む世界が違い過ぎる。
唯一、不満があるとすればキャビンアテンダントが男ってトコロだけか…… まぁ、別にイイんだけどね?
とにかく予定到着時刻が分からない、外の景色も見れない、映画は用意されてるが何時間もぶっ続けで観たいとは思わない。
ただしジークだけはさっきからずっと興味深そうに映画を見続けている、高級そうなシャンパンもガバガバ飲んでる、ついでにキャビアまで喰いまくってる…… まぁお前はどうでもイイよ、後で請求が来たら自分で払えよ? 店員さん、アイツだけ会計別で。
そんなワケで、D.E.M. 唯一のアダルト……と言うよりオールドのジークは空の旅を満喫している。
しかしその他の少年少女たちは違う…… 要するに暇を持て余してるワケだ。
まぁ、事前にこうなる事は予想できた、だからその対策も用意してきた。
と言っても、俺が持参したUNOをみんなでやってるだけだ。
「はい、ドロー2返し」
「ギャァァァーーー!!」
さっきっからセンパイ5連敗中…… 弱すぎる。
てか、琉架と白が強すぎる、能力禁止でやってるんだが一回も負けてない。やはり神に愛されてるのか? いや、神自身なのか……
ちなみに一位になった人は最下位の人に何でも命令できる権利が与えられる。
みんな良い子だからキツイ罰ゲームは科されない、良かったねセンパイ。
余談だが、俺が最下位になった時の罰ゲームは白のマットレスになるコトだった…… 要するに俺の膝の上にお座りだ…… 全然罰ゲームじゃ無かった。
ただその罰ゲームの後から、全員の真剣度が上がった気がする…… もし次に俺が最下位になった時、どんな罰が下されるのか…… 実に楽しみだ。
取りあえず先輩と伊吹を狙い撃ちして妨害しよう、そうする事により俺の安全は保障される。
「あ、色換え、青」
「お前ッ! ふざけんなァーーー!!」
そんな感じで空の旅を続けていた、そして先輩の6連敗が確定した時、どこかに着陸した振動を感じた。
「ん? 着いた?」
しかしCAは特に何も言わない、恐らくこのまま格納庫にでも運ばれて、そこでようやく降りられるのだろう。
そう思っていた時…… なんか…… ユラユラ揺れてない?
あ…… ちょっとヤバイ…… 気持ち悪くなってきた…… もしかして船に乗ってない?
しかしこのクラスの機体が降りられるのは空母クラスの大きさの船だ、なんでこんなに揺れるんだよ?
「? 神那? どうしたの?」
「………… おぇ…… ぎぼぢ悪い……」
「あぁ! 神那が船酔いしてる!?」
琉架の目には今の俺はさぞかし可愛らしく映っている事だろう…… おぇ……
「おにーちゃん…… どんだけ三半規管弱いの? こんな揺れてるか揺れてないか分からない程度で」
「神那クンがダウンしたから今のゲームはノーカン!」
いや、どう考えても完全に負けたじゃん…… ツッコむ元気も無いけど……
琉架に膝枕してもらっている間、僅かな音と振動で機体がどこかに収納されたのを感じた、燃料補給に立ち寄ったワケじゃ無いらしい…… つまりこのまま船で移動するのか? 来るんじゃ無かった!
しかしそう思ったのも束の間、しばらくすると揺れや振動は綺麗に治まった。
もちろん機体は飛び上がっていない…… どういう事だ? どこかの港にでも入ったのか? だったら始めっから地面に着陸しろよ!
「神那、大丈夫?」
「あぁ…… なんとか…… うっ……」
何か動いている感じはするのだが、VTOLは完全に停止している。どういう事だ?
そんな時、ミラが一つの可能性を示唆してくれた。
「カミナ様…… もしかしたら海に潜ってるのかも知れません」
「潜ってる? え? この機体ごと?」
「はい…… いえ、確証はありませんが、そんな感じがします」
人魚族のミラが言うなら、その可能性が高い。
てか、一体どこに連れてくつもりなんだ? アトランティス…… いや、ムーか!?
それよりも海の魔物は大丈夫なのだろうか? 海上でなら戦いようがあっても海中ではまともに戦えない。
折角エロダコとのイベントバトルが発生しても、繰り広げられるのは18禁な世界じゃなく、潜水艦とタコの絡みだ…… どっちかというと怪獣映画だな。何の楽しみもない。
いや、大ダコと潜水艦の戦闘も鑑賞できれば映画みたいで面白そうだが、なにせ窓ひとつない部屋だ、中継もしてくれないだろう…… こうなるとただ艦を揺らす害獣だ。
戦うにしたって相手はジェット推進で海中を自由自在に移動できる、その上、戦闘、捕獲、陵辱、場合によっては射精まで、何にでも使える便利な万能触手……じゃ無くて足がある。
こっちは遠方から魚雷を撃つくらいしか出来ない、まぁ先制攻撃できればソレで決まりだろうが。
しかし相手は生物、コチラより圧倒的に小回りが利く。たとえ早期に発見できても攻撃が成功するとは限らない。
てか、取り付かれたら終わりだろ? もはやエンカウントしないことを祈るだけだ、或いはミラを艦の外へ『強制転送』することが出来るだろうか? 海の中へ移動…… 生命を欠損させない移動なら出来そうな気がする、もしエロダコが出てきたら何時ぞやの復讐も兼ねてミラに行ってもらおう。
なんて思っていたが敵の襲撃も無い、静かなものだ…… 動力音すら聞こえない。
無音潜航でもしてるのか? レイフォード財団会長は一体ドコに引きこもってるんだ? まったく、どいつもこいつも引きこもりに命賭けすぎだ。
その後しばらく潜航した後、前進したと思ったら停止し、少し経ったらまた動き出すを繰り返しゆっくり移動していった。
敵の目を逃れる為だろうか? まさか本当に海底に引きこもっているのか? 確かに海底なら簡単に見つからないだろうが、もし敵に知られたらかなりマズイ事になる、逃げ場がないからな。
どう考えても不便だ…… 一体何がしたいのか? 理解に苦しむ。
結局、空の旅から海中の旅にシフトして5時間以上移動する……
一日の半分近くを移動に費やすとはどんだけ遠くに来たんだ? もしかしたら場所の発覚を防ぐ為に大和の周りを回ってるだけかも知れないな。
無駄な努力をしてないでとっとと行けよ、ミラの『神曲歌姫』や白の『摂理の眼』で場所の特定なんか簡単にできるんだから。
「はい、ドロー4♪」
「イヤァァァーーー!!」
先輩が弱すぎてつまらん、頭いいハズなのに直感に頼り過ぎるから行き当たりばったりになる。次に機会があれば人生遊戯的なボードゲームを用意しよう。
ちなみにこの半日に渡るカードバトルの結果、俺は4人の女魔王のマットレスになることが出来た…… 余は満足じゃ。
ただ欲を言えば、もっと攻めても良かったと思うんだ…… 1分間抱き合うとか、脚を舐めるとか、ポッ○ーを両端から食べてくとか、とある禁域王のハーレムに入ると宣言するとか……
まぁ罰ゲームとしてソレをやられるとチョット嫌だけど。
---
「…… 何をしてるのですか?」
会長秘書のセリーヌ・R・シューメイカーが部屋に入ってきた時、その目に映しだされた光景は想像を絶するモノだった……
俺は大きなソファーにふんぞり返るように座り、その右太ももには白が頭を置き、反対側の左ももには琉架が頭を置いている…… つまりダブル膝枕だ。
ミラはその脇に座り、飲み物を作っている……と言ってもジュースをグラスに注いで氷を入れるだけだが。
ミカヅキは伊吹の足を抑えており、その霧島伊吹は腹筋中。
そして部屋の隅では先輩が泣きながらスクワットをしていた。
コレはまるで王様と奴隷…… いや、王様とハーレムとその他って印象だな。
あ、一人だけ我関せずといった感じでジークは映画鑑賞していた。
「これは一体何事ですか?」
「あぁ、ちょっとした暇つぶしですよ、気にしないでください。
それより着いたんですか?」
「え……えぇ……」
「ふぅ~……! ようやくか」
全員がノソノソと立ち上がる、そして凝り固まった筋肉を解すように肩やら腕やらを回している。
ただし先輩と伊吹は例外だ、二人は今まで運動してたから……
「うっ…うっ…… もうウニョなんて二度としない… ヒック…」
「お姉様と白ちゃん強すぎ…… もっと二人が苦手そうな奴じゃないと…… コンピューターゲーム的なやつとか?」
実に憐れだ…… 神に愛されないということは、人生の負け組と同義だ。
俺か? 俺は当然勝ち組だ、何回かマットレスになったがソレ込みで勝ち組だ。
「おいジーク、いつまで映画観てる? 到着したぞ」
「う~む、あと少しなんだが……」
ジークは今、海外のホラー映画を観てる、実は主人公が既に死んでいるというどんでん返しがある古い映画だ。
そんなのを観てるせいで琉架と白が俺にくっついて離れない…… 実にいい感じだ。
しかし映画鑑賞が終わるまで待つワケにはいかない。
「その映画のオチは実は主人公が……」
「カミナよ、この世には決して許されない事もあるのだぞ?」
おぉう!? ジークにマジ殺気を飛ばされた!
コイツが今まで怒りを向けた相手は魔王くらいのモノだったのに…… まぁ俺も魔王だから普通か……
ネタバレは止めておこう、こんなことで筋肉に粘着されたら嫌だから。
しかし随分と映画にハマったな。DVDショップを店舗ごと買い占めてコイツを放り込んでおけばウチで面倒見る必要なくなるんじゃないか?
悪くない…… 金はあるからな。
「取りあえず停止しておけ、後で続きを見ればいいだろ」
「ふむ、仕方無いな……」
残念そうだ…… デカイ図体でションボリしてる、例えるなら……夏バテしたクマだ。
自分で言っといて何だが、本当に夏バテしたクマにしか見えん。
「宜しい……ですか?」
「はい、宜しいです、お願いします」
セリーヌ女史に案内されVTOLから降りる、てっきり巨大潜水艦の格納庫の中だと思っていたが、どうやらソレすらこちらに教えたくないらしい。
機体には飛行機や客船に乗り降りする時に使われる搭乗橋の様なモノが接続されている、当然、窓一つ無く外は見えない。
「ずいぶんと慎重だな、そこまで秘密にしなきゃいけない事なのか?」
「仕方ありません、ココは特別な場所ですから」
「特別?」
「…………」
あ…… 黙秘だ。
そっちがそのつもりならこっちにも考えがある、帰る時にはここの秘密を全て白日の下に晒してやる!
そのまま窓も扉もない薄暗く無機質な鉄板の通路をただただ真っ直ぐ歩く、景色の変化も何も無いので会話が生まれない、セリーヌ女史も相変わらず沈黙を守っている。
彼女はあくまでも俺達を連れてくるのが仕事で、ガイドの真似事はしてくれないのか……
まぁ右も左も鉄板しか見えないからな…… ガイドのしようが無い。
ただ一つ妙な点は、壁の向こう側にオーラが見えない点だ。
たとえ無機物であっても、土や岩でもオーラを持っている、しかしそれらを見る事が出来ない……
壁の外側が真空の宇宙とかなら分かるんだが…… さすがにそれはあり得ない。
しばらくすると前方に明かりが見えてきた。
1kmくらい歩いただろうか? それにこれは……外の光?
「うぉ…… 何だコレ」
そこには四角錐(ピラミッド型)の空間が広がっていた……
「改めまして、ようこそD.E.M. のみなさん。
ここが『第7プレイス・タミアラ』です」