第20話 時由時在 ― フリーダイム ―
シルバーストーン財団本部ビル 最上階
― ゴリラ ―
霊長類最大の体を持つゴリラ、ゴリラ族ゴリラ属に分類される所謂ゴリラである。
その握力は成人男性平均のおよそ10倍、500kgf!! 驚きのゴリラである。
本来ゴリラは大人しく、自分に危害が及ばない限りとても平和的な生き物である。しかし、ここシニス世界に生息するゴリラは少々毛色が違う様だ。具体的特徴は女神の声に反応し、女神の体温を好み、女神の臭いで興奮する。とても攻撃的で変態的で凶暴な生き物である。
また、その攻撃性は女神に近づく♂に向けられ、実際その条件にあう筆者は手の骨を砕かれかけた、非常に危険な生物だ。
「くそ~~~! あのゴリラめ……露骨に俺のことを目の敵にしやがって……」
本日、ゴリラの巣に宿泊を強制された。彼方からの手紙により直接的な戦闘行為は避けられた模様、それでもしょ~もない嫌がらせを受けている。
例えば、俺に出された茶菓子のせんべいが割れていたり、夕食のデザートで俺のだけ苺が乗ってなかったり、風呂に入ったら灯りを消されたり、トイレに入ったら出てくるまでずっとノックをされ続けたり……
塵も積もればなんとやら……俺の中でストレスと殺意が膨れ上がっていく。
「くそ! 今までやられたちょっかいを全部ムービーに撮っておいて琉架に密告ればよかった」
認めたくはないが、俺とあのじーさんは似ている……恐らくじーさんに一番ダメージを与えるのは琉架に嫌われることだろう。証拠を持って密告ればきっと琉架は「めっ!」って叱ってくれるだろう…………少し見てみたい……
いいだろう、やってやるぞ! 俺を敵に回したことを……ゴリラごときが万物の霊長たる人類に喧嘩を売ったことを後悔させてやる!! 俺の持ちうる全ての叡智を駆使し、琉架に「めっ!」させてやる!!
…………あの変態ゴリラのご褒美にならなければいいんだが……
時間は深夜……ゆっくりトイレにも入れない為、この時間を待っていた。
薄暗い廊下を歩き大きな扉の前に差し掛かる、書斎だろうかその部屋から琉架の美声とゴリラのウホウホ声が聞こえた気がした。即座に盗み聞き開始。
奴が普通のお爺様なら俺だってこんな無粋なことはしない、しかし深夜に密室で琉架とゴリラが一緒にいれば事件の匂いしかしない。そうとも、俺は琉架を野獣の魔の手から守るために聞き耳を立てるんだ。
決して「ナニかゴリラの弱点でも見つからないかな」何て考えは無い、無いが音声は裁判でも貴重な証拠になるので録音開始。
気付かれないよう集音魔術を使う、何か聞こえるぞ?
『……爺様、本当に…るんですか? ……の、恥ずかしいで……』
『……のむ、琉架よ、老い先短いワシ……架の成長を……せておくれ……』
いきなりダンプカーに跳ねられた気分だ……待て待て、お…お、落ち着け……まだあわわ慌てるような時間じゃない。ここで飛び込めば誤解や勘違いで俺が恥をかくパターンだ! こんな見え見えのフラグに引っ掛かる俺じゃないぞ!
『……せめて、シーツを……服が……』
次の瞬間には扉を蹴破っていた。
バーーーーン!!!!
「なにやってんだ!!!! このクソジジイーーーーー!!!!」
犯行現場を目撃され驚愕の表情を浮かべるジジイ。そんなロリコンを無視して琉架の姿を確認するため視線を走らせる。琉架は今、あられもない姿をしているはずだ! コレは覗きではない、琉架をロリコンの魔の手から救うためにはその姿を確認しなければならない! そう、仕方なく琉架のあられもない姿を見なければならないのだ!!
しかしそこには琉架の姿は無い、居るのは必死にシーツで身体を隠している長い黒髪の幼女だ。ウィンリーと同い年くらいだろうか? 安心しろ、俺はロリコンじゃない。第二次性徴も始まっていない身体に俺のバスターソードは反応しない、そんなに必死に隠さなくてもいいぞ。
よく見るとこの幼女、琉架によく似ている……きっと4~5年前の琉架はこんな感じだったんだろう…………アレ? この子もしかして…………
ザワッ
背後から強烈な殺気が放たれる。瞬間的に前転で跳び離れると今まで立っていた場所に小規模なクレーターができる。ロリコンジジイのゴリラパンチが炸裂したのだ。あと0.1秒避けるのが遅れていれば俺は死んでいただろう!!
「見ぃたぁなぁぁぁあああーーー!!!!」
ロリコンジジイがパンプアップして筋肉が膨れ上がっていく様に見える、いや気のせいではない! 確かに一回り大きくなった! 犯行現場見られ、目撃者を消すつもりだ!
「あ……あの……ちょっと……」
負けられない戦いがここにある!! 俺が負ければあの子も助からない。ゴリラと女の子の命が天秤にかけられたら、例え幼女でも俺は躊躇なく女の子を選ぶ!! 残念だがシニス世界のゴリラは今日此処で絶滅してもらう!!
「ふたりとも……ちょっ……まっ!」
周囲は二人の魔力と闘気が混ざり合い、まるで竜巻でも発生したかの様にめちゃくちゃだ!! 構うものか!! ここは俺の家じゃない!!
「小僧ぉぉぉ!!、見られてしまったからにはしかたないなぁ、ここで消えてもらうぞぉぉぉ!! 貴様の家族には、最後まで立派に戦ったとだけ伝えておいてやる!!!!」
「黙れ!! 性犯罪者!! こちらこそ手加減せんぞ!! 恨むならその歪みまくった己の性癖を恨んで逝け!!!!」
「だから! 話を……わっぷ!?」
勝負は一発で決めなくては! この嵐のような部屋の中では小さな身体ではいつまでも耐えられない! 一発で命を刈り取る!! 恐らく奴もそれを考えてる!!
「少しの間目を瞑っておるのだ! 害虫駆除の瞬間などお前の目に映すわけにはいかんからな!!」
「下がっていろ!! 大丈夫だ俺は絶対に負けない!! 正義は勝つ!!!!」
「もー!! だからっ! いい加減に……」
俺達は必殺の一撃を叩き込むため、お互いに向かって飛び出した。全ては俺にかかっている、ロリコンの存在しない平和で優しい世界の為に!! 未来への祈りと願いを込めて!! 唸れ右腕!! 轟け嵐!!
「くたばれ小僧!!!! 塵芥となれぃ!!!! 極限奥義!!!! デビルズ・ナックルランサー!!!!」
「弐拾四式血界術・壱式『超絶破壊』!!!!」
「いい加減にしなさーい!!」
目の前に小さな黒い壁が現れる、あぁ、琉架の停止結界だ。
ガン!!!!
勢いが付き過ぎていたため、避けようと思う間もなく額を強烈に打ち付け後ろに倒れる。停止結界は衝撃が100%こっちに返って来るからかなり効いた……
よく見るとゴリラも倒れ伏している……くそ……相打ちか……
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体にシーツを巻いただけの幼女は、8歳当時の琉架だ。『両用時流』で若返ったのだ、そんなことまで出来たのか……
改めて『時由時在』のチート性能に驚愕する。
実は最初からわかってたんだけどね。だから琉架がやめてと言えば素直に従う。ただちょっとはしゃぎ過ぎちゃった、テヘペロ☆
だって相手は本気で俺を殺しに来るんだから手は抜けないだろ?
「神那は知っているんです! 信頼して私が自分で話したんです! だから落ち着いて下さい」
ゴリラは琉架の停止結界で拘束されている。未だに暴れていて全く話を聞かない、どうやら野生の血に目覚めてしまったようだ。個人的には中央大陸にでも捨ててきたいんだが。
今も「ぐるる」と獣のような唸り声を上げている、人の言葉を忘れてしまったようだ……野生に返してあげた方がコイツも幸せなんじゃないかな?
などと思っていても決して口には出さない、琉架は家族を大切にするからな。悪いなじーさん、俺は琉架に嫌われたくないんだ。
「う~ん、どうしよ、神那ぁ」
「そうだな……何かショックを与えてみれば正気に戻るかもしれないな」
「ショック? 例えば?」
例えば……そうだな、俺が幼女琉架をお姫様抱っこして、ゴリラの周りをスキップするとか……ウィンリーみたいにほっぺにチューしてもらうとか……正気に戻るよりも先に血管が切れそうだな。
「あ! そうだ、一つだけ効果がありそうなのがある」
「え? え、どんなの?」
俺はその言葉に答えず無言で幼女琉架の頭を撫でる。
「え、え? ナニ!?」
「いいから、いいから、琉架はいつも通り照れてればいいから」ナデナデ
「あ……うぅ……///」
「小僧ぉぉぉ…………」
おぉぅ、地獄の底から響いてきたような声だ。
「その薄汚い手をどけろぉぉぉぉぉ」
薄汚いとは失敬な、誰かのイタズラのせいでさっきようやくトイレに行ったから、洗ったばかりだぞ?
「お爺様、私の話を聞いて下さい」
復活したゴリラを、調教師の琉架が躾る……じゃなくて必死に説得する。
所要時間、実に1時間。全く聞き分けのないエテ公だ。だが俺には分かる、このじーさんはとっくに理解している。こいつが琉架の言葉を疑うとは思えないからだ。単純に納得できないんだ、そして俺を認めたくないんだ。
ようやく落ち着いたみたいなので、ついでに俺にしてきたイタズラも琉架に密告る。すると琉架は「もう、そんな事しちゃダメですよ」と言って、「めっ!」ってしてくれた。あぁ、コレが観たかったんだよ。ようやく俺は勝利を確信した。ゴリラ如きが俺に挑むなど1億年早いんだよ、じっくり進化してから出直すんだな! フハハハハ!
ちなみに琉架に「めっ」されてた時、じーさんの口元が少し緩んでいた……やはりご褒美だったか……
余談だが、琉架が8歳児の姿だったのは、じーさんが神隠しに遭って見る事が出来なかった琉架の成長を見たいと頼み込んだためだった。見逃したドラマじゃないんだからそんな事にギフト使わせるなよ。全く困ったじーさんだ……しかし、気持ちは分かる。相当溺愛していたみたいだからな、これだけは変態とは断じないでおこう。
「もう一度聞くが、琉架よ本当にコイツは信用に足る人物なのか?」
「はい、私は神那の事を一番『信頼』しています」
琉架がハッキリと宣言する。ヤバイ、超ウレシイ。俺も琉架の信頼に答えるよう日々努力することを誓う。
「ぐ……くぅ……ぅぅう……」
ゴリラがウンコを我慢するような苦悶の表情を浮かべている。投げつけられないうちに退散しよう。
不快な事も多々あったが、最後は気分爽快スッキリだ。今日は良く眠れそうだ。レコーダーのスイッチを切りほくそ笑む、今の俺はさぞかし悪い顔をしている事だろう。
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翌日、俺と先輩と白だけでお暇させてもらう。琉架もじーさんも3年ぶりの再会だ、水入らずで過ごさせてあげよう。
昨夜の事で俺はスッキリしたがじーさんはストレスを大量に溜め込んでしまっただろうからな。発散させないと爆発しかねない、まぁ琉架が癒してくれるだろう。その為にも、俺たち……と言うより俺がいない方が良いだろうからな。
「それじゃ琉架、色々と宜しくな?」
「うん、わかった。任せといて」
琉架と別れた。じーさんは見送りに来なかった、当然か……
その後、武器屋・防具屋でウィンドウショッピング。相場を調べるためだ。
「参考までに白はどんな武器を使えるんだ?」
白は赤炎猪と戦った時も素手だった。あの時は先輩が仕留めてくれたが、さすがに素手はないよな。
白は周囲を見回しながら一つの武器を手に取る。日本刀……刀だ。和服を着てるし、スイカ割の時に見せた技からして、もしかしたらと思っていたが……やはりそうか。
しかし武器カテゴリーの中でも刀はかなりお高い。今の手持ちじゃ足りない……元々今日買うつもりは無かったし出直しだな。
あ、そういえば……琉架が近接戦闘用の刀の魔器を持ってたな、あれを一時的に借りる…………無理か。あれは琉架用に調整されてるから、魔力をドカ食いするんだよな……
何は無くとも『金』か……防具の事も考えないといけないし、生活費も必要だ。俺一人なら幾らでも貧乏生活できるが、成長期の女の子にひもじい思いをさせる訳にはいかん。
最悪の場合は、昨日の夜に録った例の音声を編集し「孫に変態行為を強制するロリコンジジイ」の会話を捏造して金をせびろう。会長職という地位にいる人物だ、嫌とは言えまい。
「クックックッ」
「ん? どうしたの急に悪の皇帝みたいな顔して?」
「何でもありませんよ、それより俺はギルドセンターに行くけど、二人は……」
「私たちも一緒に行くよ、今日からしばらく白ちゃんは私と一緒に事務所に泊まってもらうから」
そうだった、俺も宿を手配しなきゃいけないんだった。とはいえ、白は先輩の所に泊まるのか、ちょっと残念だが俺は白と相部屋してはいけない気がする。
妹みたいに思っているつもりだったのだが……自分を慕ってくる美少女を毒牙にかけ無いよう自らに暗示をかけているのか?
俺は紳士だよな? 決してヘタレじゃ無いよな?
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ギルドセンター本部
ギルドカフェ
カフェの一角に琉架を除いたメンバーとリルリットさんが集まり、定例会議なんてものを開いてみた。
「新しいメンバーを見つけたいんですが、どうすればいいですか?」
「『D.E.M.』はAランクギルドなんですから、ギルドセンターで募集するか、街で勧誘でもすれば直ぐに見つかりますよ」
「いや、キャラメイク出来るならともかく、汎用キャラは要らないです」
「キャラメ? ……汎用??」
種族、年齢、性別に始まり、髪の長さ・色、顔つき、背の高さに肌の色、そして何より職業。
そういったものを自由に決められるなら、是非やってみたい。俺みたいな人種はきっと理想の嫁を作り出すだろう。
しかしココは現実だ。神でもない限りそんな事は出来るはずがない。
「つまりですね……何と言うか、即戦力……色々な事が出来る人が欲しいんですよ、Aランク・Sランクでも活躍できるような人材が」
「うっ……随分とまたハードルを上げてくれますね」
「白みたいに優秀な人材が偶然見つかるなんて幸運はそうそう起こらないでしょ。やっぱり狙っていかないとダメだと思うんです」
白のシッポがパタパタ振られてる……優秀って言われたのが嬉しかったのかな?
「でしたら……おススメはしませんが、王連授受でも探してみますか?」
オーレン・ジュジュ? 若手の映画俳優か何かか?
「王連とは戦闘に関する一つの技能を極限まで鍛え上げた人に与えられる称号です。王連授受は称号を持つ人達の総称ですね」
「ふむ……例えばどんな人が?」
「そうですね、有名な所では……
剣術を極めし者『剣王』レヴィン・C・シルバーソード
槍術を極めし者『槍王』シュタイナー・A・アッシュランス
魔法を極めし者『魔法王』ラケシス・W・ネクロノミコン」
「魔法王…………魔王じゃ無いんですね」
「まぁ、理由は説明するまでも無いでしょう」
剣王、槍王、魔法王……魔法王がいいな、女の子っぽいし。いや……ババアかもしれないな。魔法を極めし者だぞ、ババアの可能性・大だな。
うん、王連授受に若さは期待しないでおこう。
「質問、その王連授受の人達はこの街に居たりしますか?」
「えぇ、剣王と槍王はこの街に居住しています……ただ……」
勝手なイメージだと山奥で修行して、弟子が何十人もいて、規律正しい生活をしていそうなんだが……街に住んでるんだ……騙された気分だ……
「もうドコかのギルドに入ってるの?」
「と言うより、自分たちのギルドを作ってます。『剣王連合』『槍王騎士団』どちらもギルドランクSですよ」
ド直球な名前だな、捻りの欠片もない、まったくセンスのない奴らだ……なんて言えない、なにせ我々は『機械仕掛けの神』なんだからな。
「リルリットさん、他に誰かいないんですか。首都に住んでないヒトで?」
「う~ん……個人的には弓王をオススメしたいんだけど、難しいだろうな……」
「ん? なんで?」
「弓術を極めし者『弓王』シルヴィア・G・スナイプアロー。実は弓王は歴代、耳長族から輩出されています」
リルリットさんが嬉しそうに語る。同じ種族だからか? もしかして知り合いとか?
「大森林のどこかに存在する耳長族の隠れ里の防衛にあたっています。まず見つけることが出来ないでしょう……」
「古代エルフの廃都じゃ無くって? リルリットさんはその隠れ里の場所をご存知ですか?」
望みは薄いが一応尋ねてみる。
「隠れ里の外に住む者が隠れ里の位置を知るわけないじゃないですか」
やっぱりそうですよね~
「それじゃ他には居ないですか?」
「一人……王連授受じゃないけど、人々から『賢王』と呼ばれるヒトがいます……」
「賢王…………賢者か?」
「はい、その人物に遭遇した人達はみんな「最強の賢者」だと褒め称えるほどらしいです」
ふむ、最強の賢者……故に賢王か。それほどの人物ならなぜ王連授受に数えられないんだ? 魔法王と被るからだろうか……
「やっぱり賢王って言ったらアレですか? 攻撃も回復も全ての魔法を使えたり、俺みたいにダブルスペルと合成魔法とか使えるんですか?」
「何ですかソレ? ……と言うかちょっとまって……あなた、ダブルスペルが使えるの?」
「………………言ってませんでしたっけ?」
別にダブルスペルが使えることは隠してなかったんだが、本当に忘れてた。そしてリルリットさんはため息を吐きつつ呆れ顔をする。
「……ようやく理解できました……たった1ヶ月でランクAに登れた理由が……」
何だこんな簡単な事で信じてもらえるなら、もっと早く言っとけばよかった。
「それでその賢王ってどういう人なの?」
「私も噂の又聞きで詳しいことは分からないんですが……召喚魔法の使い手らしいですよ?」
召喚魔法!? 魔導には存在しない系統魔術か! てか、この世に召喚魔法って実在したのか!!
これは期待できるぞ、賢王なら戦闘力もさる事ながら、膨大な知識を有している可能性が高い。その中にはきっと魔王に関する情報もあるはず。
「神那クン、決まった?」
「あぁ、賢王に会いに行こう」