第200話 第三魔導学院6 ~集結・後編~
―― 大講堂 ――
ココに入るのは実に久しぶりだ。
3年…… いや、4年ぶりくらいだろうか? もっともそれは大講堂に限った話じゃ無い。
学院自体、来るのは2年半振りなんだから。
そんな懐かしの大講堂に避難民である母を連れて入ってみた……
「ナニコレ?」
大講堂には所狭しと大きな機械が大量に設置されている、その機械と機械の間に多くの人が無理矢理詰め込まれていた。
なんなのコレ? こんなのがあったら入学式・卒業式で使えないじゃん。
物凄く邪魔なんですけど……
「これは仮想訓練装置だよ、佐倉君は見るのは初めてか」
「げ、天瀬…… 居たんだ……」
「それはそうさ、僕は寮生だからね、現状では他に行くアテも無い」
だったら外で戦闘でもしてくればいいのに…… と、言うのは酷な話か、きっと私より戦闘力低いだろうし……
せめて寮の自室に籠っててくれれば良かったのに、なんでこんなに人が居るのに私の近くに現れる?
「仮想訓練装置はその名の通り、仮想空間で戦闘訓練ができる装置だ。
もっともこれに慣れ過ぎると実戦では使い物にならなくなると言われている、あくまでも訓練と割り切って使う分には良い機械らしいけどね」
「仮想空間ねぇ……」
命の危険の無い戦闘訓練って役に立つのかな? もちろんゼロじゃ無いだろう、その為の『訓練』なんだから、しかし命の危険がある実戦で訓練通りの動きが出来る人って少ないと思う……
実戦はスポーツとは違う。
そんな大講堂の中には至る所にモニターが設置されており、やたら高い天井付近には巨大モニターが吊り下げられてる。
そこには外の光景が映し出されていた。
あ、あそこに映ってるの白ちゃんだ、あっちはミラちゃん……
この二人は色んな角度から映し出されている…… それってやっぱり美少女だから? まぁあの二人は目立つからね……
他にも神那クンや伊吹ちゃん、ギルド・レジェンドの他のメンバーなんかが映ってる、なんか帰還組ばかり映ってる気がする……
私も外に行けば激写されてしまうのだろうか? 余り映りたくないな…… 高等部の制服持ってないし……
「どうやらまともに戦えてるのは我々帰還組だけらしいね」
我々ってアンタ戦って無いじゃん。
私も人のコトは言えないけど……
ただ理由は何となく察しがついた、帰還組以外は苦戦してるんだ。そんなのを映せば避難民が不安を覚える、中にはパニックを起こす人なんかも出てくるかも知れない。
こんなにギュウギュウ詰めにされてる所でパニックなんか起こされたらケガ人が出る。
ようするに詰め込みすぎなんだ、乗車率200%って感じ。
「あの機械ホントに邪魔ね、あんなのがあったら肝心の避難民が入りきらないじゃ無い」
大講堂には既に入りきらない程の人が詰め込まれている、さすがに今からここに避難してくる人は居ないだろうけど、防衛に着いていた人が怪我をして運び込まれる可能性は有る。
「神那君の進言で少しずつ避難民を魔宮へ移動させている。ただアソコは入り口も狭いし、魔物も生息しているから完全に安全とは言い切れないんだよね、ま、今降ってきている敵に比べれば全然低レベルだからまだマシだけど」
「魔宮?」
そう言えば地下にそんなのが在るって言ってたな。
確かに浮遊大陸アリアの下に居るよりは安全そうだ。
…………
私もそっちに行っちゃおうかな?
イヤイヤ落ち着け、私は大講堂の入り口を守ろう。私にはそれだけの力がある。
ココで活躍しておけば…… もしかしたら2学年一気に飛び級出来るかもしれないし!
その可能性は限りなく低いが……
「「「おおおぉぉぉお!!!!」」」
大講堂内が急にざわめきだした、周囲の人たちは一様に天井付近の巨大モニターを見ている。
そこに映し出されていたのはウチの禁域王だ、巨大な猿っぽい魔物を一人で倒しまくってる。
手にしている武器は対11魔王戦でも使っていた中学二年生がお年玉で買ってきた様な武器『血刀・深淵真紅』だ。
分断剣はかなり大振りな剣だから、たくさんの敵を相手にする時は小回りが利かずに使い辛い。
彼は他にも二刀の魔導剣やバカ勇者のナイフを持ってたハズだがそっちは使わないのかな?
しかし随分と派手な立ち回りをしている、もしかして避難民たちに希望を持たせるために“見せる”戦い方をしているのだろうか? いや、違うな。きっとミラちゃんに良いトコ見せようとしてるんだ…… あの男はそういう男だ。
それが結果的に人々に希望を与えるなら…… まぁいいか。
「今は何とか抑えられているみたいだが、いつまで持つか……」
「うん?」
「君も見ただろ? NYの惨状を…… あんな大規模破壊をもたらす雨が数時間続けば何れ決壊する。
死にたくなければ出来るだけ早く魔宮へ避難した方が良い」
このマッドサイエンティスト、以外と良く見てる…… だがその心配は無用だろう、何しろこっちには魔王が5人も居るのだから……
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「ふっ!」
集団で襲いかかってくる混沌猿を真正面から迎え撃つ。
集団の中で突出した一匹に狙いを定め、突撃を受け流す形で通り抜ける、その際に深淵真紅で小さな傷を与える、髪の毛ほどの本当に小さな傷だがそれだけで十分だ。
混沌猿はそのかすり傷により動きを止め、倒れ、そして二度と起き上がる事は無かった。
今の深淵真紅は毒刀だ、琥珀色の液体でコーティングされている。
有機リン系化合物VX…… 所謂VXガスだ。
以前の『猛毒弾』ではガスは組み込まなかった、単純に自分が被爆するのが怖かったからだ。しかし魔王には毒耐性があるので今なら比較的安全に使用できる。
もちろん魔王以外にとっては皮膚にほんのちょっと付着しただけで死に至る超劇毒物だ。
だから数分で分解されて無毒化するようプログラムした血液を混ぜて使用している。
コレで事後処理も安心安全だ。
混沌猿は属性攻撃に対して高い耐性を持っているが、ステータス攻撃には弱い! と、思った。
まぁ、ここまで強い毒を使うと、魔王の様に毒を無効化できない生物は耐性なんてほとんど意味が無いけど……
仲間が倒されても混沌猿は怯むことなく突っ込んでくる、俺はその集団の隙間をすり抜ける様に移動し倒していく。
見た感じは達人が敵を最低限の動きで見事に斬り伏せているように見えるが、実際には毒殺だ。
そしてそんな俺をミラは手を組み、目を細め、頬を染めて見つめている…… 狙い通りだ! 今の俺は輝いてる!
その時、突然上空で動きがあった、ブレスを防がれ地表を窺っていた紅蓮赤龍が、コチラに狙いを定め急降下してきたのだ。
もしかして『大水牢』を使ったのがミラだと気付いたのだろうか? トカゲの分際で良く見ているモノだ。
いやいや、ドラゴンの中には魔法を使う種も居る、2400年前に古代神族が当時世界最強の生物に認定したのもドラゴンだった、侮る事なかれ。
しかし猿軍団とドラゴンの相手を同時にするのは骨が折れる…… ミラに手伝ってもらおうかな? ちょっと情けないけど……
そんな時、唐突に助けが入った…… そして俺の見せ場は終わった。
ピシュンッ!!
一瞬、本当に一瞬だけ空に光線が走った。
その光線は迫りくる赤龍の首の部分を薙いだ、するとその部分から突然炎が吹き出し頭が落ちた。
首から噴き出した炎はあっという間に全身に回り、炎に包まれたドラゴンの巨体は力を失い落下した。
ドゴオオォォォン!!!!
落ちた先は巨人魔族の氷のオブジェ…… そこに突っ込み爆発!
両生物ともバラバラになった、氷の宝剣のおかげで延焼せずにあっという間に鎮火した、上手い場所に落としたモノだ。これも予知能力で見たのかな?
光線の発射もとは学院の外だ、だが確認しなくたって理解る、この攻撃は『天照』によるモノだ。
つまり女神が俺の元に帰って来たってコトだ。
それと時を同じくして、未だ百匹近くいる猿軍団で溢れた校庭でも異変が起きる。
東側と南西側から敵がどんどん駆逐されていく。
東側では白い影が敵の間をすり抜けると、俺の毒刀と同じように次々と敵が倒れていく……
白の『事象破壊』だ、軽く引っ掻くだけで相手を死に至らしめる…… 俺のVXソードより危険な能力だ。
南西側からやって来るのは場違いな感じのメイドさんだ。
しかし両手を振ると、近くにいる混沌猿10匹の頭が吹き飛ぶ……
アレは俺が入れ知恵したホローポイント角気弾だ……
ミカヅキの角気弾は貫通力が非常に高い、その為、ストッピングパワーに優れているとは言い難かった。
そこで相手を止めるよりも、一気に破壊してしまうデストラクションパワーを極限まで上げた射撃を提唱してみたのだが…… 頭が吹っ飛ぶのは予想外だった…… 完全にオーバーキルだ。
「おに~ちゃん」
白はあっという間に東側半分の混沌猿を全滅させて俺の元までやって来た。
そしてそのままの勢いで俺に抱き着いてきた! おぉう!? 白らしからぬ大胆な行動、人の目もあるのに白サンったらいつの間にこんなアピールをする様になったの?
ほんの僅かな時間でもおに~ちゃんと離れたのが寂しかったのかな? よし、結婚しよう!
「イブキが教えてくれた…… ハグ…… 親密さや愛情を表現するのに使うって……」
白が顔を真っ赤にしながら理由を教えてくれた。
超可愛い…… このままウエディングプランナーの所へ連れて行きたいくらい可愛い!
そして伊吹…… アリガトウ!
きっとお前は自分の欲望を満たす為にこの情報を白に与えたのだろうが、その恩恵を受けるのは俺だったな。
もう一度言う、ありがとう伊吹! 今度お礼に俺がハグしてやるからな? きっとスゲー嫌がるだろうけど……
それはそうと…… 白の頭を撫でながら聞いてみる。
「白、伊吹と実家の様子はどうだった?」
「ぅにゅ…… おに~ちゃんの家…… 誰もいなかった、もう避難したんだろうって……
イブキはダイコードーの東側を防衛してる」
避難済みか…… ならば大講堂にいるかも知れないな。
ならば今のトコロは無事だろう、取りあえず一安心だ。
「マスター…… あ」
「神那ぁ…… あ、神那が白ちゃんとイチャイチャしてる」
ミカヅキと琉架が合流した、この世界に今居る7人の魔王の内5人が一堂に会した。
そしてチョットだけ非難と嫉妬のこもった視線を向けられた、あくまでもチョットだけだ。
俺と白はこんな感じでイチャイチャする事が度々あるからな。
その直後、顔を赤くした白は俺から離れてしまった…… 照れてる…… 可愛い。だが少しだけ寒くなった気がする、可愛い白が見れたから今はそれで満足しておこう。
「コホン、実家の方はどうだった?」
「うん、お父様とお母様は居なかったけど安全な場所に居るって、実家にはお婆様とお姉様たちが居たけど守りの方は万全みたい……
本降りにさえならなければ大丈夫そう」
「そか、無事だったなら良かった」
それじゃ本降りになる前に片付けるとしますか。
とは言ったモノのどうしたモノか……
アリアの雨はまだ5時間以上続く、それをずっと防ぎ続ける…… それ自体はそんなに難しくない、魔王が5人も揃ってるんだからな、しかしそれは問題の解決にはならない。
あのミニアリアを何とかしなければ。
アレがβなのかγなのかは分からないが、それでも6千平方キロメートルもある巨大な岩塊だ、落とすという選択肢は無しだ。
あんな物を落としたら高天が地図から消える。
てか、あそこまでデカいと正攻法で落とすのは無理だ。ツァーリボンバクラスならイケるかな? 俺の核融合は核分裂反応を使用しないから放射能汚染の心配は無い…… いやいや、だからやらないって。
恐らくだが…… 浮遊大陸の心臓部はティマイオスと同様に聖遺物が使われているハズだ、他のアリアも…… 言ってしまえばラグナロクやギルディアス・エデン・フライビも同じだろう。
その制御を奪ってさえしまえば、海に静かに沈める事も可能だ。もっともあの広大な島の中から小さな聖遺物を見つけるのは至難の技だろう。
いっそ直接乗り込んで制圧してしまうか? アリアの雨さえ降っていなければ、それが一番確実だっただろう。
しかしこの手は使えない、ここを離れる訳にはいかない、離れている隙に雨が本降りになって街が滅ぼされたら目も当てられない。
かなり強引だし危険を伴うが、雨粒をすべて排除するのが一番合理的か……