第199話 第三魔導学院5 ~集結・前編~
―― 中央校舎東口付近 ――
そこにはケモノの群れが群がっていた。
大きさは1メートル前後、大型犬程のサイズだが体が炎で構成されていた。
魔法生物『炎獣』、ゴーレムの一種であり体内に“核”を持っている。
そんな生物が群れをなして襲い掛かってきた!
「第7階位級 流水魔術『水弾』ウォーター・ブリッド!!」
「第5階位級 氷雪魔術『雪吹』コールドブレス!!」
ジュゥゥゥーーー!!
中央校舎を守る生徒たちが放つ魔術は炎獣に触れると一瞬で蒸発する、敵の侵攻を数秒遅らせる事しか出来なかった。
それどころか、攻撃されると炎獣はお返しとばかりに火炎魔法を放ってきた。
ボッ!! ドゴオォォン!!
「クソッ!! 校舎の火を消せ! 誰かもっと高位の流水系か氷雪系の魔術使いを呼んで来い!」
「無茶です! 今はどこも手一杯です! さっきから同様の要請が引っ切り無しに届いてます!」
「ここを突破される訳にはいかないが……それはどこも同じか…… 魔術攻撃の効き目が薄い以上 接近戦に切り替えるしかないか?」
「しかし接近戦は極力避ける様にと指示が……!」
「分かっている! しかしそうしなければ防げないんだ!」
如何に魔術成績上位者でも、実戦を経験している者は少なく、また慣れている者は殆んどいない。
このままでは直ぐに突破される、しかし自分たちの後ろには戦えない者たちが大勢いる、何としても止めなければならない。
そんな決死の覚悟を決めた時だった……
「『世界拡張 3:7』第4階位級 流水魔術『激流』トレンヴュート」
ドパァァァーーーン!!!!
横合いから突然大量の水が押し寄せ、炎獣の群れを押し流した!
「な……なに?」
「援軍……か?」
そこに現れたのは半年前に行方不明になっていた特別生の霧島伊吹と真っ白な少女だった。
「どう? おにーちゃん程じゃ無いけど、私だってこれくらいの事は出来るんだから!」
「イブキ…… 消えてないよ?」
「へ?」
水浸しになった地面には、野球のボールほどの大きさの珠が幾つも転がっていた……
その珠は高温を放っているらしくジュージューと音を立てながら周囲の水を蒸発させ水蒸気を発生させていた。
そしてその水蒸気が少なくなった瞬間、突如燃え上がり瞬く間に炎のケモノが再構築されていった。
「なんでぇ!? コレだけの水の量なら火事だって鎮火できるのに!!」
白が左眼の眼帯を外し炎のケモノを見る……
「アレは“核”から化学物質を出して燃焼してる…… 水を掛けるより極低温で凍らせる方が良かったかも……」
「むぅ…… せっかく白ちゃんに良いトコ見せようと思ったのに!」
そうこうしている内に炎獣は全て復活していた。
「白がやる…… イブキは周囲を見てて……」
「え? 白ちゃん?」
復活を遂げた炎獣が再びこちらへ襲いかかる!
『狐火・神楽舞』
炎獣と同じ数の純白の炎が現れ白の周りを舞い踊り始めた。
まるで自らの意思を持っているかのような動きを見せる白炎、それぞれが炎獣の炎に吸いこまれるように消えていった。
すると炎獣を構成しているオレンジ色の炎が白くなった。
『熱願冷諦』
パキィィィン!!
白がそう言葉を発した瞬間、炎は一瞬の内に凍り付き“核”を氷に閉じ込めた。
(やった…… 最後まできちんと舞えた……)
「おぉぉ!? ナニコレ!? 白ちゃんこんな事できたの!?」
「コレは『神楽舞』…… 狐族に伝わる操火の舞……」
「そーかのまい??」
「えっと…… 火を吸い取って魔力に変えて…… 別の効果を生み出すの……
以前は途中で消えちゃったんだけど…… 初めて最後まで舞えた」
「すっ…すっ…すっごいヨ!! 白ちゃん! こんな事できたなんて! おねーさんがご褒美上げちゃう!!」
バッ!! スカッ……
抱き付こうと飛び掛かってきた伊吹を白は冷静に躱した。
「むぅ、白ちゃん喜びを表現する時はハグするモノだよ?」
「はぐ? ってナニ?」
「抱擁の事だよ、これは親密さや愛情、友情なんかを表現するのに使われるの♪ と、いうワケだからもう一回改めて……」
「白はおに~ちゃんの所へ行くから…… イブキは予定通りこの建物を守って……」
それだけ言うと白は視線を走らせ、ある方向を見据えると迷うことなく走り去った。
「あ~ん、白ちゃんのいけずぅ!」
しかしその言葉は本人には届かなかった……
「おに~ちゃん……か、しかし白ちゃんはあんなゲスヤローのドコが良いんだろう?」
強さ……かな? 獣人族はイメージ的に強い者に惹かれる印象がある…… よくよく考えれば鬼族や人魚族にもそんなイメージがあるなぁ……
でも有翼族のウィンリーちゃんや耳長族のアーリィさんにはそんな印象は受けなかったんだけど……
う~ん…… 全く理解できない。
残る女魔王は第3魔王と第12魔王…… さすがに妖魔族出身の魔王は……無い……よね?
そうそう第8魔王はすでに陥落してるんだった…… くそぅ!
「き……きみ、もしかして特別生の霧島伊吹か?」
「はい?」
話し掛けてきたのは初めて見る教師だった。
「そうです、霧島伊吹でございます。本日ココ第三魔導学院に帰ってまいりました。
事態が沈静化するまでココの防衛に当たります!
さっきのはちょっとミスっただけです、次は巨大な氷の塊を作り出して鎮火させてみせます!」
「あ……あぁ…… それは頼もしいんだが…… 今の女の子を一人で行かせて大丈夫なのか?
いや、只者じゃないのは良く分かったが……」
この人、第9魔王様の心配してる?
気持ちは分かる、白ちゃんは私より小さいからね……
「大丈夫ですよ、彼女は私より強いですから、将来的には私の義理の妹に……」
あ、違う、義理の姉だ…… 年下の姉…… はぁ…… おにーちゃんホント死なないかな?
「しかしコレから更に雨は強くなるハズ……」
「大丈夫! ウチのアホなおにーちゃんも帰って来てますし、お姉様……有栖川琉架センパイも帰ってます。
更に同じくらい強い人が他に二人も、だからこの雨も直に止みます」
「雨が止む? き……霧島神那と有栖川琉架が帰還しているのか?」
センセーの顔に一瞬だけ希望の灯がともったが、直ぐに顔を引き締めた。
私の言葉に信憑性が足りなかったのか…… いや、まだ安心できる状況じゃないからだろう。
個人的には魔王が5人も揃ってるんだ、何とでもなるだろうと思ってる。
しかしその事実を知らない人から見たら、ヒョロい男1人と美少女4人だ…… さぞかし頼りなかろう。
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その頃…… 校庭には巨大な氷の彫像が出来上がっていた。
巨人魔族を無力化するために氷らせてみたのだ。
以前の様に真っ二つにして殺すことは容易いが、今回はギャラリーが多すぎる。
今更学院の生徒にどう思われようがさして気にしないが、さすがにあの倒し方はグロすぎる…… 確実に生徒たちにトラウマを植え付ける事になる。
それなら形を崩さずに氷漬けにした方がまだマシだろう…… そう思ったんだが……
ピシピシ! パキィィィン!!
巨人魔族が氷から抜け出してきた。
「チッ! やはり『白冷神楽』じゃダメだったか、第3階位級 合成魔術の『極紅炎陣』を潜り抜けて来たんだからな…… 魔力をケチり損ねた」
もしかしたら氷雪系に弱いかなと思ったんだがそんな事は無かったな。
「グオオオォォォオオ!!!!」
巨人魔族が吠えながら全身に高密度の魔力を纏う、初めて見る魔法の使い方…… 恐らく古代魔術だろう。
もちろんやらせない。
「第2階位級 氷雪魔術『神剣・聖天白氷』シンケン・セイテンハクヒョウ」
上空には炎の渦があるので、かなり低い位置にほぼ水平の状態の氷の宝剣を作り出す。
氷の剣が解けるのを心配したのではなく、上空の炎の渦を消してしまうことを懸念したのだ。
「※※※※※※※※※※※※※※※」
巨人魔族は氷の宝剣を見ると慌てて詠唱に入る。
だが、遅い!
「穿て!!」
氷の宝剣は詠唱中でほぼ無防備の巨人魔族の胸に吸い込まれるように突き刺さった!
そのまま後方へ数十メートル飛び、身体を貫いた剣の先が地面に触れた瞬間、周辺を巻き込んで一気に凍りついた!
パキィィィン!!
何時ぞやのテリブル同様、氷のオブジェの出来上がりだ。
「「「………………」」」
歓声が起こらない…… ギャラリーは全員言葉を失っている。
まぁいい、歓声が欲しくてやってる訳じゃ無い、今はそれ所じゃ無いんだからな。
さて、次は……?
『ギャオオオォォォーーーォォ!!!!』
大きな声が町中に響き渡る! 空を見上げるとまたしても巨大な何かが炎の渦を突き破って現れる……
紅蓮赤龍だ。
しかし赤龍は降りて来ない、そのまま上空に留まり旋回していた。
「んん?」
赤龍はそのまま炎の渦を貪りだした。
「げっ!? 嘘だろ!? 喰うんじゃない!! 薄くなる!!」
地上からそんな事を言っても赤龍は止まるハズも無く、嬉しそうに炎を食べ続ける!
冗談じゃ無い! あの勢いで喰われ続けたら数分で『極紅炎陣』は消えてしまう、そうなったら雨の直撃を受けて学院があっという間に破壊され尽くしてしまう!
それだけじゃ無い! 魔物は学院の外にも溢れ出し、街を破壊し尽す!
とにかくアイツを仕留めないと!!
「第2階位級……ん?」
仕留めようと杖を掲げた瞬間、赤龍は突然食事を止め下を見た。
そして大きく息を吸い込んだ!
「やばっ!?」
ゴオオオォォォーーーォオ!!!!
広範囲を炭も残さず焼き尽くすフレイムブレスだ!
効果範囲が広すぎる!
ドジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!
その瞬間、学院の敷地をスッポリ覆い尽くすほどの大きな水の牢が形成された!
アホみたいな威力のあるドラゴンのブレスは水牢にぶつかり、凄まじい量の水蒸気を発生させ消滅した。
「おぉ、アレはミラの『大水牢』か…… 助かった」
いやマジで、来てくれなかったら魔宮へ移動が済んでる避難民以外は焼肉に…… いや、そんなもんじゃ済まないだろう、きっと消し炭にされていた。
肝心のドラゴンは水蒸気に巻かれて怯んでいる、こちらを警戒していて降りてこない。
食事を再開する前に落とさないとな……
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「ふぅ…… 間に合ったみたいで良かったです」
「あっぶないなぁ…… まったく神那クンは一体何やってるんだか?」
たった今 学院に辿り着いたミラが遠距離から展開した『大水牢』のおかげで、火の海に飲み込まれずに済んだ、結構きわどいタイミングだった。
「確か神那クンってチェリーちゃんの彼氏の男の子よね? 彼も居るのね?」
「……カレシ?」
サクラにミラと母親の視線が突き刺さる。
「違うから! ミラちゃん、そんな目しないで、誤解だから!!
あとチェリーちゃんって言うな!!」
「私は構わないんですよ? ただもしそうならちゃんと言って欲しかっただけで……」
「やめて! 変なフラグ立てないで! 私はハーレムメンバーに入る気は無いんだから!」
「も~♪ チェリーちゃんったらテレちゃって♪」
「あー!もう! なんで私の必死の否定の言葉を無視するのかな!?」
(少なくとも私はもっと誠実な男が良い、少なくとも本気でハーレムを作り出そうとしている禁域王はノーサンキューだ、そもそも魔王と一般人じゃ釣り合いが取れない)
「サクラ様?」ジト……
「だから…… ホント違うって…… とにかく私たちは大講堂に行くからミラちゃんはカミナ君の所に行ってあげて」
「………… 分かりました、そちらもお気を付け下さい」
「そっちもね、あぁ、それと伝言も……」
「伝言?」
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遠くからミラが小走りでやって来た、途中何度も男共に声を掛けられている…… まるでキャッチセールスみたいに少し移動するたびにだ。
ナンパされてるんだ…… 人の嫁を……! アイツ等この混乱に乗じて始末してやろうか? 現状を弁えろよ、今はそれ所じゃ無いだろ?
それともアレか? 生命の危機に瀕して子孫を残そうと性欲が肥大化したのか?
だったら俺もちょっとくらいセクハラしても許されるかな? んなワケねーか、そもそも俺の性欲は肥大化していない、元々持ち合わせている巨大な性欲を御する術は心得てる。
禁域王はそこらにいる木っ端モノとは違うのだ、この程度の事は生命の危機とは受け取れないのだろう。
そういう意味ではこの状況でミラをナンパできる奴らが少し羨ましい、俺もあれくらい堂々と迫った方が良いのだろうか?
しかし残念だったな、先代・第6魔王ならきっと乱交パーティーが開催されただろうが、新・第6魔王は身持ちが固いのだ!
…………多分、酒さえ飲んでなければ禁断の遺伝子が目覚める事は無い……ハズだ。
「カミナ様お待たせしました」
ミラが立ちはだかる刺客を躱し、ようやく俺の元に辿り着いた。
ここで抱きしめてズキュゥゥゥゥン♪って一発カマしてやれば、アイツ等にナンパされる事は無くなるかもしれないな…… そんなリア充レベルの高いこと、俺には出来ないけど。
「ミラ、先輩は?」
「あ、はい、サクラ様はお母様の避難に付き添ってあの大きな建物に行ってます。
サクラ様からの伝言で「大講堂は私が守るから神那クンはさっさと空のアレを始末しなさい」だそうです」
なんともまぁ、大変な要求を簡単かつ偉そうに言ってくれる、何様だ? あの後輩は。
まぁ、ムチャ振りも信頼の証と思っておこう。
そうこうしている内に赤龍に喰われ薄くなった空の渦から魔物が燃え尽きること無く降りてくる。
シッポの先が燃えているサルとゴリラの中間っぽい奴らだ、大きさは2メートル近くある、背中が丸まっていてその大きさだ、直立したら3メートル近くあるんじゃないか?
特徴は自らの属性を変える事が出来る、確か混沌猿とかいったか?
かなりの数が降りてきたが、幸いにもその殆んどが渦の薄いココ、校庭に降りてきている。
琉架とミカヅキと白が来るまでコイツ等を狩りながら待つとするか。




