第19話 再会
首都ガイア
オルフェイリア達の依頼を受け旅立ち、戻って来るのに3週間掛かった。正直これは異常なスピードだ。この世界本来の移動方法では恐らく片道でも半年は掛かるだろう。鉄道と古来街道の有難味を噛みしめる。
久しぶりのギルドセンターで依頼終了の報告をするとリルリットさんに呆れ顔をされた。何故だ? きちんと依頼をこなしたのに?
どうも早すぎたのがいけなかったらしい。他のAランクギルドも稀に獣衆王国に赴くことがあるらしいが、早くても往復に2ヵ月掛かるそうだ。それは掛かり過ぎだろ……確かに今回、俺たちは依頼理由もあって途中経過を無視し、スピード重視で依頼をこなした。仕留めた魔物も基本ほったらかし、途中にあった村や町にも立ち寄らなかった。普通はそんな事しない、だからこそたった3週間で戻ってきて成功報告してきたから信じられなかったのか……
もちろん依頼完了書類もあるから、信じないわけにはいかないだろう。ライオンキングの署名入りだぞ?
「はぁ、忘れてました……あなた達が異常だってことを……」
ため息交じりに酷いことを言う。だがそれでいい、『D.E.M.』が異常であればあるほど新人冒険者が真似をして無謀な挑戦をしなくなるからな……
その代償は他のギルドと連携が取れないって所か……
「それで、そちらの女の子が……?」
「はい、ギルド『D.E.M.』の新メンバー、如月 白です」
「まだ子供じゃないですか! まさか、可愛いからって誘拐してきたんじゃないでしょうね!? トゥエルヴでは奴隷売買は犯罪ですからね!」
知っています。奴隷に身を落としかけた獣人族のお姫様から聞きました。
何気にこの人は酷い事をズバズバ言ってくる。俺たちの事を犯罪者集団とでも思っているのだろうか? ……いや、自分が担当しているギルドだからこそ心配してくれているのだろう。……そう思っておこう。
取りあえず、2~3日休むことを伝え、白を連れてカフェに向かう。琉架と先輩が待っているので今後の方針を決めるのだ。
ギルドカフェ「坩堝」
「それでは今後の方針について決めていきたいと思いますが、皆さんの希望はありますか?」
「はい! 何と言っても仲間の確保! 早いうちに仲間になっておけば信頼関係も生まれるだろうし」
先輩の提案はもっともだ、俺も考えていた。
「そうですね、個人的には裏方仕事の出来る人が好ましいです。戦闘力は足りていると思うので、こちら側の世界出身者で探したいと思います」
反対意見は無い、魔王討伐後に白を一人ぼっちにしないための思惑もある。
「はい……みんな軽装……武器や防具も揃えた方がいい……と思います……」
今度は白からの提案、確かにいつまでも制服姿でいる訳にもいかない。そもそも第11魔王との戦いでは魔器が使えないから武器防具を揃えるのは必須だ。どうせなら最高級品を揃えたい。
「それも了解だ、相場を調べて金を貯めてからになるが…………まてよ、こっちには魔道具ってのもあったな」
魔道具とは最初から魔法が附与されているアイテムの総称だ。ウィンリーの羽根とは違い、魔力を消費するが本来使用者が使う事の出来ない魔法効果を再現できるものも多い。効果はピンキリだが、魔導を使えない白には是非持たせたいアイテムだ。
「店売りの魔導具には大したものは無いと習ったことがある……遺跡探索や迷宮調査の依頼を受けてみるのもいいかもしれないな……」
魔王討伐までにやるべき事はまだまだ多そうだ、秋になったらグルメ&レジャーも企画しよう。楽しみもないとモチベーションが下がるからな。
「はい!」
琉架が挙手する。何か浮き足立っている様に見える……こんな感じの琉架を前にも見たな……あ、そうか!
「お爺様に会いに行ってもイイですか?」
「「おじいさま?」」
先輩と白の声が被る、前に行ったときはまだ二人とも居なかったからな。
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― シルバーストーン財団本部 ―
久しぶりに訪れた財団本部ビルを眺めて、先輩と白が言葉を失っている。
気持ちは分かる、高さだけなら獣衆王国の王城より高いからな。
「琉架ちゃんのおじ~さまって何者?」
「おっきい建物……お金持ち?」
「そ……そうじゃなくって! お爺様がこっちに来たのは3年前だから、財団の会長職は引き継いだだけだと思います」
恐らくその通りだろう、なにせ財閥総帥経験者だからな。打って付けの人材だったんだろう。
「どこにでもいる、普通のお爺様だと思いますよ? お姉さま達は私に甘すぎるって言ってましたが……」
話を聞く限り、琉架の家族は全員琉架に激甘な印象だけどな。しかしそれならそれで有難い、嫌な言い方だがこの権力とコネは使い道がある。
「これだけ立派な企業の会長さんなら、私たちのギルドの支援してくれるかもしれないね?」
「先輩、それは駄目です」
「へ? なんで?」
「ポケットマネーからの資金援助くらいならいいですけど、企業からのコネを使った援助は他のギルドからの反感を買います。ただでさえ『D.E.M.』は他ギルドに良くない印象を持たれてますからね」
「な……なるほど……そうかもしれないね」
もっともそれを逆手にとってやりたい放題する。って案もあるが後々の事を考えると控えるべきだろう。
そんな事を考えながら建物に足を踏み入れる。
ロビーは相変わらずの賑わいだ。
「すみません。有栖川十蔵様に会いたいんですけど……お戻りになられてますか?」
「あら? あなた達たしか前にも? 何と言うか……タイミングが悪いわね……」
居ないのか? また居ないのか? さんざんすれ違いを繰り返した挙句、どこかの街の宿屋で巡り合って舐めたセリフを吐かれるのか? そんな想像をしているとなんだか役立たずのイメージが付きそうだ。
「ご……ご不在なんですか?」
「あぁ、そうじゃないの。居ることは居るのだけれど……」
受付のお姉さんが言いよどむ、するとその時、奥のレストランの更に奥から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
「1万人難民事件の問題が解決しないうちに、さらにアレス壊滅でしょ? 会長は今もの凄く大変なのよ……」
レストランの方を見ながらお姉さんがつぶやく……
このシルバーストーン財団は難民支援を積極的に行っているらしい。たしかにタイミングが悪い、1万人難民問題にアレス壊滅問題、イライラしているところへ更に「すみません。難民100人追加でヨロシクです」とか言ったらキレるのも無理はない。
「あれ? 彼女は?」
「え?」
ついさっきまで隣にいた琉架がいない。周囲を見渡すとレストランに入っていくのが見えた。
「おっ…おい、琉架! 一人で行くなよ!」
「あ、神那、見てあれが私のお爺様」
そこにはゴツイじーさんが大声で怒鳴り散らしている姿があった。
ウソだろ!? ゴリラじゃねーか!? あれがこの可憐な美少女と血が繋がっている!?
DNAが実に良い仕事した。GJ! あのゴリラ遺伝子を後世に伝えなかったのだからな。
「じゃあちょっと行ってくるね、みんなはここで待ってて下さいね」
琉架はニコニコしながら行ってしまった……不安だ……あのゴリラの手に掛かれば、細い琉架の体など簡単にへし折られてしまうぞ。座っているのに琉架よりデカい。
俺の不安を余所に琉架はゴリラの視界に入らないようにコソコソと近づいて行く。そして真後ろに立つ。
向かいの席に座っていた部下らしき男女が琉架に気付いた。
「お……おい、なんだ? 君は……」
声を掛け、じーさんが振り向く前に琉架は次の行動に移る……すなわち……
「だ~れだ?」
じーさんの両目を後ろから塞ぎ、こんな可愛らしいことを言う。
「な…何なんだ君は……!!」
部下が立ち上がり琉架を捕まえようとした瞬間、ゴリラが吠えた、でっかい声で。
「まてい!!!!」
その場にいた全員がビクッとした。拡声器も使わずにこの声量、さすがボスだけのことはある。
「こ……この鈴が鳴るような美しい声音は……」
「こ……このわずかに伝わる暖かなぬくもりは……」
「こ……この花畑に迷い込んだようなフローラルな香りは……」
……最初は詩人っぽい事言ってたのにだんだん発言が変態っぽくなってきたぞ、本当に大丈夫かこのじーさん?
「えへへ~」
「ま……まさか……いや! ワシが間違えるはずが無い! この声音、この温もり、この香り……」
だから香りに言及するのはやめろよ。
「プリティー・マイ・エンジェル! 女神・琉架か!!」
ば……馬鹿な!? ここにも女神崇拝者がいた!? 俺があのゴリラと同じベクトルを持っている事実に最大級のショックを受け膝から崩れ落ちる!
「え!? ちょ……神那クン? 大丈夫!?」
「……だから称号……女神だったんだ……」
先輩は心配してくれて、白は納得して、俺は愕然としている。
「えへへ~、女神じゃないけど正解です♪」
琉架が顔を見せると、今さっきまで鬼の形相で怒鳴っていた表情が、好好爺のそれに変わる。
「うぉぉおおおーーーーー!!!! ワシの天使がやってきたーーーーー!!!!」
琉架を抱きしめて頬ずりしまくってる、やめろゴリラ、鯖折りしてる様にしか見えん。本当に折られそうで見ててハラハラする。
「うぅ~お爺様、苦しいですよ~」
「おぉ、スマン、スマン。大事ないか?」
琉架を解放すると座りなおして膝の上に乗せる。
「はい。大丈夫です。鍛えてますから」
琉架がムン!と胸を張る。その姿はまったく鍛えられているように見えないが嘘ではない。俺たちはオリジン機関で鍛えられたからな。
「おぉおぉ、大きくなったの~ワシの琉架よ。もう13歳じゃからの~」
「お爺様はお変わりない様で安心しました」
琉架の一言一言にいちいちプルプル震えている、あのプルプルは遺伝だったのか? ちくしょうカワイイと思ってたのに少しショックだ。しかし3年ぶりの孫との再会だ。仕方ないか……
「あ……あの、会長?」
ここでようやく部下の男が声を掛けた。放っておけば一時間ぐらいこんなやり取りが続きそうだったからな。
「なんじゃ!?」
超睨んでるよ! 部下の男が倒れた。気絶したんだ……マジかよ……凄まじい眼力だ!
「そ……そちらの御嬢さんはまさか……」
部下その2の女性が恐る恐る問いかける……
「ワシの最愛の孫じゃ、3年ぶりにワシに会いに来てくれたのじゃ! という訳で、後の仕事はお前たちの方で片付けておけ」
サラッととんでもないことを言う。無理だよ、一人気絶してるんだぞ? 女の方も気絶しそうだ。
「駄目ですよ、お爺様。お仕事はちゃんと責任をもって最後までやらないと」
女神がゴリラを諌めている。恐らくこの世界であのゴリラをコントロール出来るのは琉架一人だけだろう。
「ぐ……むぅ……琉架が言うのであれば仕方ないのう……おいお前、3日分の仕事を全部持ってこい! 1時間で終わらせるぞ!」
また無茶を言う、しかしこの気合いの入りようなら、もしかしたら本当に……
女は慌てて走り去る、執務室にでも行ったのだろう。そして琉架に後ろを向かせて気絶している男を蹴り起こす。このじーさんホントにイイ性格してる。
「琉架はこのラウンジで食事でもして待ってておくれ、なにを頼んでもいいからな」
「はい。お爺様もお仕事がんばってください」
琉架がじーさんに手を振りながら笑顔でこちらへ戻ってくる。その背後でじーさんの強烈な眼光がこちらに向かって放たれる。いやん、超睨まれてる。あれは俺たちへ向けられているのではない……俺個人にガンを飛ばしてるんだ。理由は推して知るべし。
「なんて言うか……琉架ちゃんのおじ~さんって……すごいね」
確かにすごかった、アレは力で相手をねじ伏せる完全武闘派の眼だった。そして琉架に近づく害虫をあらゆる手段を用いて抹殺するロリコンの眼でもあった…………完全に目を付けられた、俺は近日中に暗殺されるかもしれない。今のうちに血でダイイングメッセージを書く練習でもしておくかな「犯人はゴリラ」って……
「それじゃ皆さんお昼にしましょう! お爺様が好きなモノ頼んでいいって♪」
「おぉ~さすが太っ腹! 大財閥の会長さんは違うね!」
「何頼んでもイイ……の?」
はは……最後の晩餐か……いや、俺は負けんぞ!! 来るなら来い!! でも、出来ることなら来るな!!
じーさんは俺たちが見えるポジションで仕事を始めた、時折こちらを見てくる。
琉架を見ているのか……俺たちを監視しているのか……俺に殺意を飛ばしているのか……
そしてきっかり1時間で仕事を終えた。……いや、ホントに終えたのか? 部下二人の顔はまるで死刑囚のような絶望の顔だぞ? もしかして丸投げされた? しかし女神を信仰しているこのじーさんが琉架の言いつけを破るとも思えない。ひょっとしたらこのじーさん、超ハイスペックゴリラなのかもしれない。
俺はとんでもない化け物を敵に回してしまった……
…………あれ? 俺なにか悪い事したっけ? そうだよ、堂々としてればいいんだ。いきなり孫の友達を殺したりしないだろう……きっと……
「琉架~~~~♪」
ゴリラがバックに花畑を背負って駆け寄ってくる…………キショ
「お爺様~~~♪」
そしてまたしても鯖折りスタイル。だからやめろって、美女と野獣にしか見えないから。
「お爺様、紹介します。こちらが私たちのギルド『D.E.M.』のメンバーです。左から佐倉 桜さん、学院の先輩でもあります」
「さ……佐倉 桜です……よろしくお願いします」
先輩が自分の名前の予防線を張らなかった、どうやら驚き戸惑っているようだ。
「そうかそうか、琉架の祖父です。よろしく」
先輩と握手している……あ~、コレって来ちゃうかな? お約束のイベントが……
「その隣が如月 白ちゃん、つい先日、仲間になった狐族の女の子」
「よ……よろしく……です」
緊張しているのか警戒しているのか……ピンと伸びたシッポがそれを如実に表してる。
「狐族とは珍しいのう、よろしく」
白と握手している隙に俺は自分にこっそり身体強化魔術を掛ける。なにせ相手はゴリラだ、人間の手なんか簡単に握りつぶせるだろうからな。
「そして最後が私の友達、霧島 神那」
「ほぉう?」
さ……殺気が膨れ上がった!? ヤバイ、気圧されるな!!
ガシッと握手を交わす……ミシ……骨がきしむ音が聞こえる……
痛ってーーー!? しまった!! ゴリラの握力を見誤った!?
「琉架のお友達か……どうぞ夜露死苦?」
今、夜露死苦って言った!? 絶対 “夜露死苦” って言ったぞコイツ!! ここで引いたら殺られる?
「ど……どうも、琉架の男友達、霧島 神那です。夜露死苦!!」
周囲に濃密な殺気が渦巻く、あ、白が倒れた。気絶しちゃった。先輩が白を抱え怯えている。琉架だけは何にも気づかない様子でニコニコしている。なんでゴリラの殺気に気付かないんだ?
「ん? いつまで握手してるんですか?」
「そう……だな……」
「はは……そうですね……」
やっと万力から解放された、オテテの感覚がない……くっそ~~このジジイー!!
「ワシの家に部屋を用意しよう。今日は泊まっていきなさい、もちろん「お友達」も一緒に……」
なん……だと……?
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シルバーストーン財団本部ビル 最上階
「高ーい、広ーい、さすがにすごいね!」
確かに凄い、豪邸と言ってもイイだろう。このフロアだけで俺の実家の敷地面積を上回っている。
「今まで苦労したことだろう、ゆっくりしていくといい」
冗談じゃない! こんな殺人鬼がいる場所に居られるか!! 俺は自分の部屋に帰らせてもらう!!
……って言いたい。分かってるよ、言った奴は必ず死ぬんだろ? ここは決して一人になってはいけない、常に誰かと一緒にいるんだ。
「そうだ! お爺様にお土産と手紙があったんだった」
「て……手紙?」
おや? じーさんの顔色が変わったぞ?
琉架が魔神器から何かを取り出し始めた。どんどん出てくる……あれは、銀の延棒? 何十本あるんだ?
「銀の延棒50本とお婆様からのお手紙です。もし神隠しに遭ったら必ず探し出して渡すようにと言い付かっていました」
「そ……そうか、ありがとう琉架よ……」
明らかに動揺している、ボス猿の様に振る舞っていたのが、嘘のように大人しくなった。
あのゴリラ、好物は琉架のスメルで弱点が嫁だったのか……変態ジジイめ、帰ったらお婆様に言いつけてやるんだから!
「困ったことがあったらメイドに言いなさい……」
じーさんがフラフラしながら部屋を出て行った。余程の事が書いてあったらしい。とにかく命の危機は回避されたみたいだ。だが、あのじーさんは要注意だ。常に警戒しておこう。
「どうしちゃったんだろう……お爺様……」
琉架は相変わらず呑気だ、どうやら本当に何があったのか理解していないようだ。
その後、何故かメイドさんに採寸された。俺以外が……まだ何か企んでいる様だ……
「琉架」
「ん? なぁに?」
「琉架に『D.E.M.』のギルマスから指令を与えます」
「! はい、何でありましょう!」
琉架が乗ってきた、手の平をこちらに向けるちょっと可愛い敬礼ポーズをとる。
あのじーさんは色んな意味で危険だが、そのコネクションは使い道がある。本来なら琉架の肉親を利用するみたいで気が咎めるが、あのゴリラなら別にイイだろ。もし機嫌を損ねたらバナナでも買い与えてやる。
「琉架のお爺様に、獣衆王国との同盟の根回しをお願いしてください。それと、例の組織の捜索も頼みます」
「あ、そうだね……はい、承ります!」
よし、後は明日の朝まで生き延びることに全力を尽くそう。ゴリラは夜行性ではないはずだが、ここは奴の縄張りの中だからな。
ここに自称探偵の少年や、自称探偵の孫が訪れない事を祈ろう。