第192話 包囲網
ネアリスの大都市での戦闘は終了した。
過程を無視し結果だけを見ればアルスメリア軍の勝利だ。
圧勝と呼ぶには少々被害が大きすぎるが、敵を全滅することが出来た。
完全なる勝利だ。
まぁアルスメリアと言うよりD.E.M. の勝利だな…… より厳密に言うと魔王同盟だが……
「…………」
もはや言葉も無い…… 圧倒的勝利だ。みんなかすり傷ひとつ負っておらず、全員が余裕を残しての勝利だ。
むしろ相手に同情する。
いくら上位種族の妖魔族といえど、完全上位互換の魔王が相手では、この結果は火を見るより明らかだった。
合掌…… まぁ運が悪かったと思って諦めてくれ。
「ねぇバカおにーちゃん」
「なんだいアホ妹よ?」
「結果は? この暗さじゃ両目視力2.0の私でもどうなったのか分かんない」
「うん、まぁ…… 大勝利だ。少なくともうちのコ達はな」
ネアリスの守備隊は壊滅から壊滅寸前になっただけマシと考えよう。
しかし……
少し早まったことをしたかもしれない、俺たち魔王同盟が魔王マリア=ルージュの手下を倒したのは完全に敵対行動になる。俺はこの期に及んでも尚、第3魔王と敵対する意思はない。
しかしアイツ等がわざわざ通信網を破壊してくれたから、今回のことはヤツの耳には届かないだろう…… 他の通信手段を奴らが用意していれば話は変わるが、バレなければどうということは無い!
今回の功績はリズ先輩にでも上げてしまおう。
創世十二使なら妖魔族を倒す事くらい出来るからな…… 満月の日で無ければ……だが。
しかし魔王マリア=ルージュがデクス世界を蹂躙するならいつかは倒さなければならないだろう…… 少なくとも世界中を破壊して回っているミニアリアは何とかしなきゃいけない。
全く! ダインスレイヴ(笑)は何やってんだ?
こんな時こそお前らの出番だろ? 今まで高給取りしといて、いざ本番になったらちっとも戦わない!
納税者が怒るぞ? 助走つけて殴るレベルだ。
ちなみに俺と琉架もダインスレイヴ(笑)の一員だが、俺達は働きまくってるので文句を言われる筋合いはない。
今回も壊滅寸前のアルスメリア軍を助けた。
俺がした事といえばナイフ投げたのと、アクセル全開にしてはぐれ人狼を轢き殺しただけだ…… しかし琉架は強化人狼の大軍を殲滅した。
これで文句言う奴がいたら「じゃあお前がヤレ」って言い返してやる。
「ん? 夜明けか……」
東の空が白んできた、日の出まで30分くらいだろうか?
だいぶ明るくなってきたし、俺達もそろそろ逃げたほうが良さそうだ。
混乱が収まらない内に車を拝借して街を出よう。
とは言えこの先のヴィジョンが全く浮かばない、どうやって大和へ渡ろう?
ハイジャックするしかないか? 言い逃れできないからやりたくないんだが…… 問題を先送りにしてもどうにもならない、そろそろ方針を決めないとな、ランダム要素が強いけど一度シニス世界に帰るか?
「神那、行かないの?」
「あぁそうだな、三人を迎えに行こう」
とにかく今日中に方針を決めよう、今は仕事を終えた嫁を迎えに行く、これも大事な禁域王の務めだ。
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擬似飛翔魔術を使いネアリス大橋まで飛んだ。
そこでは白が待っていた。
「おに~ちゃん」
「おぉ白、無事か? 怪我は無いか? どこか黒くなってないか? もし白の美白を穢したのならアノ真っ黒野郎を地獄まで追いかけていって制裁加えてやる!」
「ぅ…… 大丈夫…… 一粒も当たって無い……」
詳しく聞けば、あの真っ黒な魔法は死滅魔法『黒死滅病』と言うらしい、触れた者を致死率100%の病気にするとんでもない魔法だったそうだ……
遠くから見ていたが、人が何人も弾け飛んでた…… なんて魔法を使いやがる……
アイツが使った魔法もとんでもないが、そこまで詳細な情報が理解る白の『摂理の眼』も中々のチート性能だ。
俺の『跳躍衣装』がちょっとパワーアップした程度じゃこの差は埋まらないんじゃないか?
う~ん、やはり俺専用の新装備が欲しい!
「皆様、お待たせしました」
その場で待っているとミラが合流してきた。
「おぉミラ、無事か? 怪我は無いか? どこか痛いトコロはないか? もしミラの柔肌にかすり傷一つ付けてたらアノサディスティック女を冥府まで追いかけていって制裁加えてやる!」
「だ……大丈夫です! 傷一つありませんから!」
ミラの相手は殺すより苦しめる事を優先するドS女だ、そのおかげかと言うか死亡者は出なかった。
相手を発狂させずに苦しめる魔法『激痛波動』の特性と、人族の魔法への抵抗力の低さから自殺すら許されなかったらしい。
死ぬよりキツイ目に遭ったかも知れないが、精神も崩壊せず五体満足で生き残れた…… 少なくとも黒死滅病に感染するよりは遥かにマシだろう。
「マスター、ただ今戻りました」
最後にミカヅキが合流した。
「おぉミカヅキ、…………無事に決まってるよな?」
「マスター、私だけあまり心配して貰えていない気がするのですが?」
「いや…… だってミカヅキ、戦ってたの分身体の方だろ?」
「あら? さすがマスター、お気付きでしたか」
だと思った。
「え? アレってミカヅキさんの分身体だったの? 緋色眼を通して見ても、全然見分けが付かなかった……」
琉架には見分けが付かなかったみたいだ、が、正直俺も目で見て分かったワケじゃ無い、戦い方から推測しただけだ。
ミカヅキの実力ならアイツに捕まる事など無かっただろうからな。
「それよりミカヅキ、それ…… 何を持ってるんだ?」
ミカヅキはコブシ大の光の珠を持っている、戦利品か?
「これは呪魂と呼ばれるモノです」
「ジュゴン?」
「呪魂…… つまり呪いの塊です、あの妖魔族の男、呪い付きだったんですよ」
「呪い? って、なんてモノ持ってくるんだよ!? ミカヅキ、それって直に触っても大丈夫なのか?」
「大丈夫です、少なくとも私に対しては……」
呪いとは基本的に死ぬまで解けない。そして呪い付きが死ぬと体から出てくる。ミカヅキの目的はそれを受け継ぐ事だった。
「私が呪い付きを仕留めた事により、この呪いには私に対する恨みが加算されました、つまり呪い自体が私を拒絶するんです」
そこら辺の理屈がいまいち良く分からない、恨みが加算されたならより強力になって殺した相手に憑り付くんじゃ無いのか?
どうも鬼族の文化ってヤツは分からない事が多い。
呪いにはルールがあると言っていたし、そういうモノだと思っておこう。
このルールのおかげでジーク殺すことも出来ず、自然死するのを待ってたんだったな…… もっともジークは死なないが……
「それでその呪いってどういうモノなんだ?」
「本人は『魔法封印の呪い』と言っていました、自分に加えられた魔術的要因が全て無効化されるみたいです」
完全魔法無効化…… 何か使い道が有りそうだが…… 例えばマリア=ルージュに呪いを掛けるとか…… もっとも魔王ってあまり魔法を使わないからな、俺と琉架は例外だけど……
そもそも呪いって魔王にも有効なのか?
気にはなるが試そうとは思わない、500年間呪いに苦しむ男を良く知ってるからな、ウチの息子まで引きこもりになったら困る。
「恐ろしい呪いだな、しかしそれを持って帰れば鬼族の掟ってやつも許されるんじゃないか?」
「どうでしょう? 呪いを持って帰るのと、呪いをその身に受けて帰るのでは全然違う気がしますが……」
言われてみればその通りか、じゃあこの呪魂どうする? こんな危険なもの捨ててけないし…… 持って帰って勇者にでもプレゼントするか? うん、悪くないアイデア。
ミカヅキが管理しててくれれば問題も無いだろうしな。
「とにかくそれは持って行ってみよう、どこかで使えるかもしれない」
「そうですね、どこかの筋肉に使用すれば、魔法が効かない より強固な肉壁が出来ます」
そのアイデアは無かったなぁ……
ジークに使えば精霊召喚は使えなくなるが、魔法を無効化する肉壁になる…… アリかも知れないな、ジークは元々回復魔法要らずだし、デメリットも少ない。
ま、さすがにちょっと可哀相だし、本人が望まない限りは止めといてやろう。
「さて、それじゃ行こうか、敵が攻めて来た橋の北側へ、あっちなら今は誰もいないだろうからな」
「あれ? おにーちゃんは兵隊さんに恩を売らないの? せっかく助けたのに?」
「いいんだよ、恩を売ったら印象が悪くなるだろ? 正義の味方は見返りを求め無いモノだ」
はっ、魔王が正義の味方とか笑える……
見返りも無く正義のために行動する奴こそ俺は信用できない、何か裏の目的があると勘ぐっちまう。
今の俺に車を頂くという真の目的があるように。
キィィィィィン
「ん?」
「この音…… 戦闘機の音?」
街の上を編隊を組んで戦闘機が飛んでいる、援軍にしては遅すぎるだろ? 後2時間は速く来いよ。
それとも、もしかしてリズ先輩が来ちゃったのかな?
「何か…… 空がキラキラしてるよ?」
「キラキラ?」
確かにどんどん明るくなる空にキラキラ光るものが浮いている、星じゃない、何か撒いてる…… 生存者が居る街にイキナリ毒は撒かないだろう、これは……
「もしかしてマジックチャフか? 実用化されてたのか?」
「マジックチャフ?」
「魔力を乱反射させて魔術を使えなくする反魔術兵器だ、反魔術領域に近い性質がある。
もっともあそこまで完璧に魔術を妨害出来るワケじゃ無いだろうが……」
これは妖魔族に対するモノじゃ無い、俺達を逃がさないようにするためのモノだ。
ダラス校長…… あのハゲ、本気か? 今こんなモノ散布したら負傷兵の治療も出来なくなるだろ?
それにこんな余力があるなら壊滅寸前だった守備隊に援軍出せよ。
もっともアルスメリア軍はネアリスの防衛を諦めてる感じだったが……
しかしコレは厄介だな、チャフが散布されてる範囲内では魔器・魔道具の使用も阻害されてる、魔力が乱反射する為、緋色眼も視界が制限される……
「嫌な予感がする、今すぐこの場を離れよう、ココは見通しが良すぎる」
今いる場所はネアリス大橋の上だ、更に屋外だから千里眼のノゾキ魔もいる。
ギュギギギィィィッ!!
今度はドリフト音が聞こえた…… 見れば橋の両サイドから機動兵器が凄い勢いで迫ってくる。
全高3.5メートル程の鉄製の兵隊、オルターで見た鉄騎兵と似た感じの人型機動兵器M・ウェポンだ。
数は10機ほどと多くない、しかしM・ウェポンなら人狼相手なら十分戦える、妖魔族は流石に厳しいだろうが。
更に都合が悪いことにこの機動兵器は有人型だ、つまり人が乗っている…… 下手に壊すとパイロットが潰れるんだよな……
『ザザ…… 全員動くな! その場で魔神器を捨て、腹ばいになれ!』
「はぁ?」
『ヒッ! て……抵抗するなら容赦はしない!』
ヒッ!……って言った? メッチャ怯えてるじゃん、取りあえず無視しても良さそうだが、完全に包囲されてしまった。
マジでお前ら来るの遅すぎだろ? もしかしてネアリスの守備隊を俺たちを釣る為の囮にしたのか?
「神那ぁ、どうするの?」
もちろん従うつもりは一切無い、ココで拘束されるくらいなら最初から逃げてない、もし向こうから攻撃してきたら正当防衛って事でやり返してやるんだが、やり過ぎないようにしないといけない…… ちっ! 面倒くせぇな。
キキィッ!
最後に現れたM・ウェポンの肩に、見覚えある人が座ってる…… リズ先輩だ。
「ようやく追いついた…… この街を襲っていた人狼と妖魔族を倒したのはキミたち?」
「まぁそうですね、リズ先輩は随分遅い到着ですね?」
「校長の指示でね、私たちの目的は敵の排除じゃなかったから……」
やはりか…… ネアリスは既に見捨てられたんだ。だったらせめて守備隊に撤退指示くらい出してやれよ。可哀想じゃねーか。
「それで? その物騒な兵器の銃口をこちらに向けた理由が本当の目的というわけですか?」
「うん…… 抵抗するなら射撃の許可も出てる…… だから大人しく捕まって欲しいんだけど…… キミたちはネアリスを救ってくれたみたいだし、ケガはさせたくない」
「お断りします」
「ハァ…… まぁそう言うと思ってたけど、それじゃこの後どうするつもり?
大和に戻る方法とか考えがあるの?」
痛いトコロを突いてくる、確かに今後の予定も立ってない。どうしたものか……
「悪いこと言わないからさ、大人しく投降してよ、疑いが晴れればコッチも大和に戻る為の協力ができるし……」
「残念ですがコトは一刻を争うかも知れない、のんびり捕まって取り調べを受けてるヒマは無いんです。
俺と琉架は前回の帰還時、オリジン機関に3ヵ月近く拘束されたんです、今捕まったらそれ以上の時間が掛かるでしょう?」
「はぁぁ~~~…… 仕方ないか…… じゃあ貴方達を力尽くで拘束します!」
リズ先輩の目つきが変わった……
どうやら本気にさせてしまったらしい……
仕方ない……か。
ならばこちらも推して参る。