第191話 妖魔 vs 魔王“神眼”
ネアリス大橋・西側
「な…… 何が起こったのだ?」
橋を越えてきた大量の人狼と戦っていた兵士を避ける様にして、光の雨が降り注いだ。
光が収まった時、自分たちを押し潰そうとしていた人狼の群れは跡形も無く消えていた。
「た……隊長……」
「分かっている! 理由は分からんが今こそチャンスだ!」
敵は消えた…… 橋の前に倒れたビルの残骸の上に佇むただ一人を除いて……
恐らく全体の指揮を執っていた妖魔族だ。
既に戦況は逆転している、つまりアイツさえ殺せば、こちらの勝ちだ。
この戦場で最大の激戦区だったネアリス大橋・西側には、既に立っているのもやっとの兵士しかいない。
しかし後一人なら! 今までは人狼が壁になってあの男に攻撃が届くことは無かった、だが今なら届く!
「全員踏ん張れ! ココが勝負の際だ! アイツにトドメを刺した奴は勲章モノだぞ! ついでに俺が今日の飲み代を全部払ってやる!」
「ハハッ! そりゃぁイイ! 何としてもアイツを倒して隊長の貯金を使い切ってやる!」
「「「うおおおぉぉぉぉぉ!!」」」
ガクガクと震える足に鞭打って、兵士の半分が遠距離から集中砲火を掛け、残りの半分が距離を詰める。
兵士たちは知らないが、この攻撃は満月の日の妖魔族にかなり有効だ。
銃弾は半不死身化している妖魔族にダメージを与える事は無い。
しかし大量の銃弾を浴びせかければ、体内に隠された“核”を捉える可能性がある、一発でもまともに命中すれば本当に勝てるのだ。
しかし妖魔族の本体である“核”の存在を知る者は少ない、シニス世界であっても極僅かだ、ましてやデクス世界で知っている者など皆無だろう。
兵士たちが銃撃を受けても微動だにしない男を見て「この攻撃は有効では無い」と思ってしまっても仕方のない事だった。
そして銃撃が止んだ…… 遠距離攻撃が無駄だと思い込んだ事と、近接攻撃が得意な者たちが男に接近したからだ。
「全員一斉に掛かれ! ヤツの注意力を分散させるんだ!」
扇型に展開した兵士が6人、各々得意とする得物を構え、一斉に襲い掛かる!
「はぁ…… 余程先に死にたいらしいな……」
今までただ呆然と立ち尽くしていた男が小さく溢した……
「死滅魔法『黒死滅病』」
妖魔族の男の右腕が黒く染まった……
それを見て兵士たちは訝しむが、勢いは止まらない! ただその異様な雰囲気を発している右腕を避ける様に攻撃を叩き込もうとする!
「……ふん」
すると突然、それまで棒立ちだった男が動いた! 凄まじいスピードで自分に一番近かった兵士の顔面を鷲掴みにした!
黒く染まった右腕で……
ガシッ!!
「うぐっ!?」
顔を掴まれた兵士の頭は、男の右腕と同じ様に黒く染まっていく…… 頭、首、身体、腕、下半身…… 着ている服、身に着けている装備、手にした武器…… その全てがあっという間に黒く染まってしまった。
その異様な光景を目撃し、兵士たちは止まらざるをえなかった。
「うっ…… がが……!」
全身を黒く染められた兵士アーマンがピクピクと痙攣を繰り返しながら呻いている……
「ア……アーマン!! き…貴様、何をした!? アーマンを放せ!!」
「放せだと? ふん、ならば好きにするがイイ」
そう言うと妖魔族の男は、声を掛けた兵士の前にアーマンを放り投げた。
「ア……アーマン!!」
「よせ!! 迂闊に触れるな!!」
アーマンに駆け寄ろうとしていた兵士を別の兵士が止めた。
「ほう、少しは賢明な奴がいたな」
「貴様! アーマンに何をした!!」
「死滅魔法『黒死滅病』…… 触れた者を黒く染める病を齎す魔法、その致死率100%だ」
「致死率……100%だと!? ふざけるな!! 今すぐ魔法を解除しろ!!」
「無駄だ、一度感染したら私にも止める事は出来ない……」
「ぐ……ががぁ!!」
全身真っ黒に染まったアーマンが苦しそうにもがいている…… しかし助けるどころか触れる事すら出来ない。
「そんな…… アーマン……! 貴様ぁぁぁ!!!!」
「そう慌てるな、黒死滅病に感染した者には面白い特徴が現れる、ほら、始まったぞ?」
「なに!?」
「ひゅー! ひゅー!」
アーマンの呼吸が荒くなっている…… 真っ黒に染まっている為よく分からなかったが、最初に触れられた顔面部分が膨らんでいるように見える。
「アーマン! しっかりしろ!! クソッ! ダメ元だ! 誰か生命魔術を使える奴を……!」
「おいおい、どこに行くつもりだ? ココからが面白いんだろ?」
「なに!?」
「ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ヒギッ!!」
激しくなっていたアーマンの呼吸が止まった…… 確認は出来ないが恐らく……
その時だった、死んだアーマンの頭が一瞬の内に数倍の大きさに膨れ上がった!
「ほら? 弾けるぞ?」
次の瞬間、アーマンの頭は弾け飛んだ、10メートル四方に真っ黒に染まった肉片を撒き散らしながら。
ビチャビチャビチャ!
「グアッ!!」
「クッ!!」
「あ…あぁ… ま……まさか!」
近くにいた兵士たちはその肉片をモロに浴びてしまった。
当然すぐ近くにいた妖魔族の男も同様だったが、全く気にする素振りも見せてなかった。
「あぁ、もう行って良いぞ? 生命魔術を使える奴に助けて貰うんだろ? 急いだ方が良いぞ? クックックッ……」
妖魔族の男の愉快そうな笑いを見て兵士たちは全てを悟った……
自分たちも黒死滅病に感染している事を…… 生命魔術では助からない事を…… 自らの命が後数秒で終わる事を……
味方の所へ戻る訳にはいかない、アーマンと同じように弾け飛び病を伝染してしまう。
「貴様……だけは!!」
せめて刺違えようと……
せめて一矢報いようと……
懸命に足を動かそうとするが身体は動かない、致死の病はすでに全身を蝕み、先のアーマンと同じく体を黒く染めていた。
「黒死滅病はもう少し潜伏期間が長ければ面白い魔法なのにな……」
「貴様……! 貴様だ…け…は……」
黒死滅病に感染した兵士たちは全員、全身を黒く染めてその場に倒れた。そして……
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
全員感染ヵ所が破裂し、周囲に真っ黒な血の海を作り出した…… その中心に居る妖魔族の男は感染者の肉片を浴びたにも拘わらず、そんな形跡は一切見せず綺麗な姿のまま立ち尽くしていた。
「クックックッ…… ハハハハハハハッ!!」
ただ右腕だけが黒く染まっていた……
「な……なんだアレは……」
目の前で起こった惨劇は兵士たちの恐怖心を極限まで高めていた。
情けの欠片すら無い無慈悲な攻撃…… 戦場である以上、それは当たり前の事だが…… この所業は余りにも残酷だった。
「さあ、まだまだコレからだぞ? お前達は主から賜った我が兵を皆殺しにしたのだ、その報いは受けてもらうぞ?」
「ヒッ!!」
兵士たちは恐慌状態、中には腰を抜かしている者もいる、とても戦える状況では無い。
「戦意喪失か…… まあ仕方あるまい、所詮は最下位種族だ、そのまま怯えながら死ね」
そう言って妖魔族の男が右腕を突きだした瞬間だった。
「雷刃」
ズバァァァン!!
真上から声が聞こえたと思った瞬間、その腕目掛けてイカヅチの刃が降ってきた!
直前に殺気を感じていなければ直撃していただろう。
「これは!?」
「??」
男と兵士たちの間に一人の少女が舞い降りた……
髪も肌も、全身が真っ白で、和服に身を包んだ少女だった……
---如月白 視点---
妖魔族の男の目の前に着地する。
「あれ?」
男はいつの間にか数メートル後方へ移動していた、捉えたと思ったけど避けられたらしい。
「白い獣人族? 何故こんな場所に獣人族がいる? 何者だ?」
「…………」
「いや待てよ? その耳とシッポは狐族か? するとお前は…… 白弧か?
アイツが何時かお前達が現れる可能性を示唆していたが…… そうか、とうとう現れたのか」
「??」
あの人は独りで何を言ってるんだろう? 独り言なのか白に話し掛けてるのかよく分からない……
「それで? 白弧の少女よ、お前一人か? 仲間も来ているのだろう? 魔王殺しのD.E.M.」
「? 白達の事…… 知ってる?」
「シニス世界で噂は聞いていた、魔王を二人も倒したと……」
? 二人? あ…… 3人目、4人目、5人目の事は知らないんだ……
……ま、いいか。
「まさか獣人族の小娘一人で我と戦うつもりでは無かろう? どこかに隠れているのか?
噂のキリシマ・カミナ、アリスガワ・ルカ…… この二人の実力を見てみたかったんだがな?」
プライドだけは無駄に高い妖魔族がおに~ちゃんとルカの名前を知ってる…… ちょっとだけ誇らしい……
「おに~ちゃん達は近くで見てる…… でも、わざわざ出てくる必要……無い。白だけで十分」
「なに?」
あ、怒った。プライド刺激しちゃったかな?
「だったらお前を黒く染めて、引き摺り出すまでだ!」
そう言うと真っ黒な右腕を天に掲げた……
何かの魔法? ちょっと得体が知れない…… 何となく触りたくないし…… 気持ち悪い。
「仕方ない……よね? まだちょっと早いんだけど…… この程度の相手なら…… 何とかなる」
「なに?」
徐に左眼の眼帯を外す…… まだ完全に制御は出来ないけど、一応相手は上位種族…… 念の為。
「何だ? その眼は?」
白の左眼は他の魔王の緋色眼とは違う…… 他の人達は緋色をしているが、白の場合は輪郭部の緋色から瞳孔部分の蒼色へ、色彩が変わっていくグラデーションカラーだ。
訓練を始め、少しずつ慣れていくと同時に変化していった。
今まで何人もの魔王を見てきたが、こんな緋色眼をした魔王は一人も居なかった。
一人だけ仲間ハズレかと思ったけど…… おに~ちゃんがコッチが恥ずかしくなるくらい過剰なまでに褒めてくれたから気にならなかった。
「この眼は真理を見通す眼…… まだ訓練中だけど、貴方の事も…… 大体理解る」
「フッ…… 何を言い出すのかと思えば真理とは…… 随分と大袈裟では無いのか?」
「別に信じなくてもイイ…… サダルフィアス家 護衛騎士団 序列5位のアルノー・アモン」
「!?」
あの腕は死滅魔法『黒死滅病』…… 触れた者を黒く染め死に至らしめる病の魔法……
本来は術者自身も感染の恐れがある非常に危険な魔法…… それを半不死身の特性を利用して自分を感染源にしているんだ…… 触れる者すべてを死に誘う最悪の魔法。
おに~ちゃんは魔王には毒耐性があるって言ってたけど…… やっぱり触りたくない、気持ち悪いから。
「なるほど…… 確か白弧は『真理を記す者』と呼ばれていたな?
どうやら…… ただのデマカセというワケでもない様だ。
ならばこちらも相応の対応をさせてもらう」
しかしアルノーは右手を天に掲げたポーズのまま動かなかった…… でも理解る…… 既に攻撃が始まっている。
肉眼では捕えられない程、薄く細かい霧の粒子を拡散している、今が昼間だったら何とか見えたかも知れないが、夜明け前の暗い中、黒い病魔の霧は普通は見えない。
魔王以外には。
霧の粒子が一粒一粒独立していては『事象破壊』で一気に破壊する事は出来ない…… それとも一つの魔法攻撃と認識してればイケるのかな?
この辺りはまだまだ研究の余地がある…… どちらにしてもあんな危険な霧をバラ撒かれるのは困る。白はともかく他の人達は霧の粒子一粒でも死に至る可能性がある。
まだ生きてる人も沢山居るし…… 場所をかえさせて貰おう。
スッ――
両手をアルノーに向けて掲げる。
右手の親指と中指に光の爪を発生させ溜めを作る、そして左手を右手首に添え、左中指にも光の爪を発生させた。
「? 何をしている?」
「ちょっと後ろに…… 下がって貰います…… 空間震!」
ドゥン!!!!
「なっ……!?」
事象破壊で空間を破壊し衝撃波を発生させ、周囲の瓦礫や霧の粒子をアルノーごと後方へ吹き飛ばした。
自分に向かってくる波は左中指の爪で相殺した…… 上手くいった、まだ片手では撃てないけど、何とか形になった。
「ぐっ!? 何だ今の衝撃波は!?」
吹き飛ばされたアルノーはネアリス大橋の真ん中辺りまで飛ばされていた…… そこには……
ヒュォォォーーー
川風が吹いていた。
「こ……これは!?」
「この風の中では…… こっそり霧を操作する事も出来ない……でしょう?」
「貴様……!! まさか本当に!?」
アルノーの顔にはハッキリと焦りの色が浮かんでいる。
「ならば直接触れるまでだ! 死滅魔法『黒死滅病』!!」
アルノーが魔法を重ね掛けした、すると右腕を覆っていた黒色が体へと広がっていく……
数秒と待たずにアルノーの全身は真っ黒に染まっていた。
「如何に獣人族の身体能力が優れていようとも、今の我から逃れる事は出来まい!!」
そう言うとアルノーはこちらに突進してきた、それも凄まじいスピードで。
流石は上位種族…… でも……
「視える……」
時間がゆっくり流れているかの様に、相手の動きがスローモーションで視える……
ルカみたいに未来が見える訳じゃ無いけど、相手の思考から次の行動が予測できる……
これが『摂理の眼』……
ずっと使ってると頭痛がしてくるのは、白がまだこの恩恵を使いこなせていないからかな? でもこの程度の相手なら問題無い。
「『事象破壊』」
パキィィィーーーン!
すれ違いざまにアルノーの両腕と胴体に『事象破壊』で傷を付けた、たったコレだけだけど、もう終わりだ。
「なっ…!? 何だコレは!?」
傷のついた場所から『黒死滅病』は解除され元の色に戻っていく。
それと同時に傷から生命力が勢いよく吹き出し消えていった。
パキパキパキ……
傷は全身に広がり、もはや身体を構成する事も出来なくなってきた。
「何をした……? 何をしたんだ! 貴様ぁぁぁ!!」
おに~ちゃんならこんな時、どやっ!って顔しながら種明かしするんだろうけど、誰かに聞かれたら困るから黙っていよう。
「…………」
「くっ…… くそぉぉぉーーー!!!!」
ボシュゥ!!
コン! コロコロ……
アルノーの身体は風に溶けるように消えていった……
残された“核”も砂の様に崩れ、風に吹かれ消え去った……