第190話 妖魔 vs 魔王“夜叉姫”
ネアリス大橋・南東地点
この場で破壊の限りを尽くしていた人狼は突如として消えた……
しかし、それとは別に非常に厄介な状況が起ころうとしていた。
「少々侮りが過ぎたというワケか……
この半年で色々な都市を潰してきたが、ここまで痛烈な反撃をもらったのは初めてだ。
コレこそがデクス世界の『魔法科学』の本領という事か……
或いは、今日偶々この場に厄介な者が現れたのか……
どちらにしても久し振りに本気を出せそうだ」
光の雨を受けて全滅したかに思われた敵の一人が、無傷の状態で歩み出てきたのだ。
「隊長…… あの男が上位種族、妖魔族です」
「人狼を一瞬で葬り去った攻撃を受けても傷一つ無いとはな…… だが、ヤツの手足となって戦う手駒は無くなった! 千載一遇のチャンスだ! 今こそ奴を滅ぼし反撃の狼煙とする!!」
「「「うおおおぉぉぉーーー!!!!」」」
壊走直前だった所へ、突如逆転のチャンスが舞い降りた。
この半年ほどの間、敵の圧倒的な戦力の前にデクス世界の人族は連戦連敗。
実際には何とか戦線を維持できていた場所もあったが、やはり常に押され気味だった。
だが今回は違う、何が起こったのかは分からないが、敵戦力のほぼ全てがが消え、残ったのは上位種族が数名……
今回は勝てる! 兵士たちはそう思った…… 思ってしまったのだ……
本当ならこの隙に退却するのがベストな選択なのだが、目の前の男から放たれる威圧感に誰も気付かなかった。
「敵は一人だ! だが決して油断はするな! 十分に距離を取り遠距離から仕掛けろ!
上位種族は古代魔術という未知の魔法を使う! 注意して掛かれ!!」
「ハッ!!」
そんなやる気になっている兵士たちを見ながら妖魔族の男は古の大戦を思い出していた……
「さて…… 全力を出すのはいつ振りだ? 1200年前の大戦時に鬼族と相対した時以来か?」
この男、妖魔族三大貴族 “左席” サダルフィアス家の当主に仕えているモーゼスと言う。
妖魔族は元来、自分たちより序列が下の種族を見下す傾向にある。
それは妖魔族が「自分たちこそが最も神に愛されていた種族」だと思っているからだ。
他の種族と違い、古代神族の血を直接受け継いだため、正当なる神の後継者だと思い込んでいる……
その為、無駄にプライドが高く、他種族を見下す為、好感を持たれる事が無い種族なのだ。
しかしそんな妖魔族の中にも変わり者は居る。このモーゼスはそんな妖魔族の中でも最も特異な存在である。
妖魔族の性質の一つに、下位種族をいたぶるという嫌な感じのモノがある。
それ故、得意属性である死滅魔法を好んで使い、相手を圧倒、もしくは苦しめるのだ。
もちろん妖魔族全てがそうなのでは無い、争いや蔑みを好まない者もいる。
だが戦場に出てくる妖魔族は押し並べてドSである……
変わり者のモーゼスも、例に漏れずドSだ。
ではドコが変わり者なのか? それはモーゼスが同種族の中で唯一あるモノを持っているからだ。
それは呪い…… 第一次魔王大戦でモーゼスは第4魔王スサノオから呪いを受けたのだ。
『魔法封印の呪い』…… その名の通り魔法が使えなくなる呪いだ。
この呪いにより、主に仕える騎士としての道は絶たれたかに見えた…… しかしこの呪いには副作用があったのだ。
それは自らに向けられた魔法攻撃を無効化するというモノ、つまり絶対魔法防御の身体を手に入れたのだ。
これによりモーゼスは騎士として生きる道を何とか残した、しかし魔法が使えない妖魔族は戦闘能力が低くなる…… それを補う為にモーゼスは身体を鍛えた。
元来 高い能力を持つ妖魔族は身体を鍛える事をしない、そんな中、唯一身体を鍛えたモーゼスは他の者とは違う強さを手に入れたのだった……
「今日は満月…… 俺が全力を出せる日だ。ツイてるな」
そう言った途端、モーゼスの身体は大きくなっていく……
身長は3メートル程…… それだけでなく、腕や足は先ほどとは比べ物にならない程パンパンに膨れ上がっていた…… 全体的に細い印象のある妖魔族としては有り得ない程のガタイの良さだった。
「な……何だアイツ!? アレが噂の古代魔術と言うヤツか!?」
「ま……惑わされるな! 的が大きくなったと思えばむしろ殺りやすい!」
「そうだ! 全員距離を取って遠距離から攻撃しろ!」
モーゼスを取り囲んでいた兵士たちが一斉に攻撃を開始した。
ダダダダダダッ!! パン!パン!
大きな的に弾丸が吸い込まれるように次々と放たれる! しかし……
「銀製の弾を飛ばす武器…… 銃と言ったか、人狼相手なら効果はあっただろうが……」
モーゼスは銀の弾丸が全弾命中しているにも拘らず、完全に無視しながら歩を進める。
「くっ!? 全然効き目が無いぞ! 誰かグレネードか高位魔術を!」
「全員 防御姿勢を取れ! 第3階位級を使う!!」
敵を取り囲んでいた兵士たちが素早く安全域まで下がり、一人だけ残った兵士が魔術を放った!
「第3階位級 火炎魔術『神炎御魂』カミホノミタマ!!」
「む?」
放たれた神炎御魂は、周囲の建物ごと敵を破壊……しなかった。
キュィィィィン!
「な……なに!?」
確かに魔力は攻撃変換され放たれた、しかしその魔力が現象を起こす事は無かった。
モーゼスに触れた事により、魔術は無かった事にされたのだ。
「ふむ、やはりこの呪いの前では魔導魔術も魔法と同じか…… 他に攻撃手段は無いのか?」
「何なんだ…… コイツは……」
「無いのならお前らを殺し援軍を待つとするか、出来れば一瞬の内に人狼を全滅させた相手が良いな」
ガシッ! ボゴォ!!
モーゼスは野球のアンダースローの様な投球フォームで足元の瓦礫を抉り飛ばしてきた!
瓦礫の散弾は大きさはまちまちだが最大の物は50cmを超える、そんな弾が実際の銃弾と変わらない速度で飛来する。
防御魔術を使用する間も無く兵士たちは瓦礫弾の餌食になった。
ドドドドドドドドッ!!!!
アルスメリア軍は戦局を一瞬で覆されてしまった……
「うっ……」
「ぐ…… クソッ!」
「ガフッ!!」
「うん? なんだ? まだ殆んど生きてるじゃないか、そうか身体強化魔術と防具のおかげか。
しかし生かしておいても動けそうも無いな…… 止めを刺しておくか」
敵は無慈悲にも追い打ちをかけてくる、そんな時だった!
モーゼスが一番手前に倒れていた兵士に手を伸ばした瞬間……
ズドドドドッ!!
あと数cmで指が触れるという所で、モーゼスの右手の指がすべて吹き飛んだ!
「ナニ!?」
自分の足元近くの地面に何かがめり込んでいる、コレが自分の指を吹き飛ばした何かなら発射位置は正面方向、地面から少し高い位置からだろう。
そう思い顔を上げた瞬間!
目の前には人の足が迫って来ていた!
バキィッ!!!! メキッ!! ビキビキッ!! ボンッ!!!!
突如現れた何者かに顔面を蹴られ…… 頭が吹き飛んだ。
---ミカヅキ 視点---
妖魔族の男がデクス世界の兵士を圧倒している、やっぱりマスターとお嬢様が特別なだけでデクス世界の人族全てが強いワケじゃ無いんだな…… 分かってはいたんだけれども。
正直な所、私はデクス世界の人がどうなろうと、どうでもイイ。
しかし今回だけは戦いのモチベーションを上げざるを得ない、相手が何時ぞや煮え湯を飲まされた妖魔族だからだ。
しかもソレだけじゃ無い、その男は今までに見て聞いていた妖魔族の印象から大きく外れる。
身長は3メートル近くあり筋骨隆々のガタイ、圧縮された巨人族だと言われても、全く疑わないだろう。
そして何故だろう……? アイツを見てると心がざわつく…… アイツを殺せと本能が叫んでいる気がする。
それも其の筈、身長こそ大きく上回っているが、あの筋肉質なフォルム…… ウチの筋肉賢者にソックリだ!
俄然やる気が沸いてきた!
リベンジマッチのつもりだったが、ストレス発散も兼ねさせて貰おう!
妖魔族の男が倒れている兵士に手を伸ばす、止めを刺すつもりだろう。
個人的にはどうでもイイが、マスターとお嬢様が助けると決めたのなら、それに従うのがメイドである。
「角気弾・5連射!!」
発射と同時に飛び出す、そして先に敵に到達した角気弾が敵の指を全て吹き飛ばした!
発射角から私の位置を推測した妖魔族の男が顔を上げた瞬間、全力でその鼻先に殺すつもりの全力トゥーキックを叩き込んだ!
バキィッ!!!! メキッ!! ビキビキッ!! ボンッ!!!!
頭が吹き飛んだ…… やった、取りあえずリベンジ一つ目 達成。
以前は貫通するに至らなかったが、今回は貫通に留まらず、あの太い首を引き千切って遥か後方へ吹き飛ばす事が出来た。
普通の生き物ならコレで終わりなんだけど……
モクモクモク……
首を失った妖魔族の男は、欠損した部分から真っ白な霧が湧き出してくる。
霧は直ぐに形を作り、瞬く間に頭部を復元して見せた。右手の指も同様だった。
「……チッ!」
しぶとい奴……
「フハハハハ! とうとう現れたな、我は妖魔族三大貴族 “左席” サダルフィアス家、守護騎士が一人 モーゼス・シュトルンク!
さあ名乗るがイイ! 我と戦うに相応しい力を持つ勇者よ!!」
誰が勇者だ! あんなのと一緒にするな! 心外だ!
「フゥ…… 私はギルドD.E.M. のミカヅキと申します」
「D.E.M. ? 聞いたコトがあるぞ! いや、それよりその姿……メイド? いやいや、それよりもその角、鬼族か!
何と言う僥倖! 我が人生で最強の相手、“鬼神” スサノオを思い出す!!」
ピク!
「スサノオ様と戦った事があるのですか?」
「前大戦の時にな、手も足も出なかったが……」
「スサノオ様と戦って生き延びたという事は、もしかして呪い付きですか?」
「あぁ、『魔法封印の呪い』を受けた」
魔法封印の呪い!? 超欲しい! 以前ならそう思った事だろう。
今となっては無用の長物だが、魔力を持たない鬼族にとってこれ程デメリットの少ない呪いは他に無い!
あぁ! もっと早く出会えていれば…… もっとも当時の私では、妖魔族相手に気付かれずにアサシネイトする事など出来なかっただろう……
それにマスターたちにも出会えなかった…… そう考えればコイツの存在を知らなかったのは幸運と言える。
でも何となくムカつく…… コイツの言動のせいだろうか? それとも見た目のせいか? 何故筋肉質の男はこうも私の精神を逆撫でするのか?
「さあ! 殺ろうか! 鬼族の家政婦よ!!」
む!
モーゼスは体格を生かし、上方から突き落とすような大振りのテレフォンパンチを繰り出してきた。
それを外側に回転しながら避けると同時に回し蹴りで伸びきった右肘の関節に踵を叩き込む!
メキ…… ボンッ!!
モーゼスの右肘から先が吹き飛んだ!
「メイドとお呼び下さい」
「ぬう!? 凄まじい攻撃力! さすが「気」を操りし種族!!」
そう嬉しそうに叫んだモーゼスは、今度は左腕を振り上げた…… どうやら見た目通りの脳筋らしい。
私は軽く飛び上がり、相手の腹の部分に足を掛け、サマーソルトの要領で今度は左腕を蹴り飛ばした!
ボンッ!!
「ぐっ!?」
更に間髪入れずに追い打ちをかける!
私は両手に「気」を集中させ、左手を相手の下腹部に添える…… 無駄にデカいからこの位置になった、股間には触りたくなかったもので……
そして右手をそっと左手の上にかざし、両手の「気」を一気に相手の体内に流し込み爆発させた。
「闘気法『鬼気・画竜点睛』」
ドゴオオォォォン!!!!
モーゼスの背中の大部分が盛大に吹き飛び、大量の霧が吹き出した!
「ぐあああぁぁあ!!!?」
「気」による攻撃は、例え物理攻撃を無効にしていても相手に届く、とは言え満月の日の妖魔族を倒すにはやはり“核”を破壊しなければならない、しかし私の緋色眼では未だに敵体内の“核”を見つける事は出来ない。
なので敵の身体を大きく吹き飛ばせば“核”が排出されるかと思ったのだが…… 残念、ハズレだった。どうやら別の位置にあったらしい。
ちなみに今使用した「闘気法」とは鬼族に伝わる戦闘術だ、生憎と私は追放された身であるため習ってはいないが、子供の頃に見た技を自分なりに再現してみた。
案外上手くいったなぁ。
「流石は鬼族、不可思議な戦い方をする…… しかし弱点が見えた!」
「弱点?」
そう言うとモーゼスは片足を大きく上げ、反動を付けてそのまま勢いよく地面を踏んだ!
ドオオォォォン!! グラ……
一瞬地面が波打つように感じた、局所的に小規模な地震を起こしたのだ。
相手もパワーだけなら巨人族に匹敵するほどあるのでは無いだろうか?
「うっ!?」
思わず体勢を崩す、文字通り足元をすくわれた形だ。
その隙に私の身体に霧が纏わりつく、吹き飛ばした両腕から出たモノだ、それは直ぐに腕の形を取り、気付いた時には両手できつく締め上げるように拘束されていた。
私は持ち上げられ、足が宙に浮いている…… その姿はまるで雑巾でも絞るかのようだ…… コレは少しマズイ……
「お前の技は「気」にばかり目が行きがちだが、最も重要なのは下半身だ! お前の攻撃の起点は全て下半身から始まっている、故にこうして下半身を封じられるとどうする事も出来まい!」
脳筋のクセによく見ている…… 悔しいがコイツの言う事は正しい、ウエイトが足りない私は下半身をしっかり使わないと大した威力の攻撃が出来ない。
仮に今、両腕が自由でもコイツの拘束を解くことは出来ないだろう…… 本当に筋肉賢者みたいで腹立たしい!
以前の私だったらこの状況は詰みだっただろう。
「あぁ、そうか、こんな使い方もあったのか……」
「うん? 何の話だ?」
「私の眼では貴方の“核”を見つけ出す事が出来なかった…… でも……」
『一つの眼で足りないのなら、もう一つの眼を用意すれば良かったんですね』
「!?」
その声は男の背後から聞こえた…… 目の前にいる鬼族の少女と全く同じ声だった。
そしてモーゼスが振り向こうとした瞬間……
ドシュッ!!
何かが自分の首下を貫いた!
その先端には貫かれたコアが縫い止められていた……
「な……なにが……?」
モーゼスが無理矢理首を回し背後を見る…… そこには鬼族の少女と瓜二つの少女が立っていた。
その少女の手の平からは細い角が伸びており、それが自分の“核”を貫いていた。
「……双子?」
「まぁ似たようなモノです」
「そうか…… 敵が一人とは……限らなかったのだな…… 迂闊……だっ……た……」
ボシュゥゥゥ!!
その言葉を最後にモーゼスの身体を構成していた霧が吹き出し、そして消えていった……
その場には呪いの珠が浮かんでいた。
「コレが呪いの珠…… 初めて見た…… もっとも私が直接殺したからこの呪いは受け継げないけど……
今更必要も無いし」
ココに放置する訳にもいかないので、念の為回収しておく。マスターの指示を仰ごう。




