第189話 妖魔 vs 魔王“人魚姫”
「俺達はここから見てるから、まぁ大丈夫だとは思うけど、もし、危ないと思ったら援護するから」
「おに~ちゃん…… 心配し過ぎ……」
大丈夫だとは思うよ、3人とも魔王だし…… でも心配なんだ、もし怪我でもしたら…… あぁ! でも!
「如何に半不死身化していても、すでに弱点も分かってますから」
「安心して見ていて下さい」
そうだよな、ぶっちゃけ俺より強いかも知れない魔王少女だし、妖魔族の下っ端程度、赤子の手を捻るが如くだろう。
「わかった…… ただし決して油断はしないようにな?」
「ん……」
「畏まりました」
「分かりました」
まぁいいか、もしヤバかったら助けよう。3人とも将来的には俺の禁域に入る大事な体だ、傷モノになど絶対にさせん!
「えっと、みんな気を付けてね?」
「はい、それでは行ってまいります」
3人を擬似飛行魔術で送り出した……
………… 行ってしまった…… やっぱりちょっと心配だな……
しかし助けるのも状況を見極めなければな…… 信頼して無いって思われたくないし。
「リベンジマッチかぁ……」
飛び立った3人を見ながら先輩が呟いた。
「そう言えば先輩はリベンジしなくていいんですか?」
「そうねぇ…… “核”だけ取り出して渡してくれれば、ありとあらゆる拷問を駆使して、いたぶり殺してやる所だけど、満月の日のアイツ等と対峙するのは二度とゴメンね」
ビー玉サイズの“核”を拷問ってどうやるんだろう? 犬のウンコ着けたりするのかな? ゴキブリ100匹捕まえた箱に閉じ込めたりするのかな?
どんな反応するかちょっとだけ面白そうだな…… 想像しただけで身の毛もよだつからやらないけど。
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ネアリス大橋・北西地点
雪崩のような勢いで押し寄せていた人狼の群れは、突如降り注いだ光の雨に打たれ、灰となって消えていった。
絶体絶命のピンチに陥っていた守備隊は突如として窮地から救われた、しかし何が起こったのか解らず次の行動を起こすことが出来なかった。
しかしだからといって指示が来るのを黙って待っている訳にもいかない。
敵は全滅していなかったからだ。
人狼は全て灰になって消えた。
だが一人だけ事情が違う。
人狼を嗾けていた女が一人、光の雨に胸を撃ち抜かれたにも拘らず起き上がってきたのだ。
灰色の髪に切れ長の目、その数は3つ、妖魔族の指揮官の一人だった。
「やってくれたわね」
それは誤解だ、こちらにも何が起こったのか分からない。
その女がこちらに怒りを向けるのも無理は無いが……
シュゥゥゥ~~~!
心臓の位置に開いていた穴が、見る間に埋まっていく、ほんの十数秒の内に傷一つ無い元の状態に戻っていた。
胸の穴だけで無く身につけた衣服も元に戻っている、通常の回復魔術とは訳が違う。
ダメージは無いように見える、だが胸に穴が開いていたのだ、何の影響も無かった筈がない。
ならば今こそアイツを仕留めるチャンス!
一気に畳み込もうと生き残っている全員に攻撃指示を出そうとした瞬間……
「最下級種族に死をも上回る苦しみを……
死滅魔法『激痛波動』」
何かの魔法を使われた、その瞬間、全身の毛穴という毛穴に鋭い電極を突き刺され、高圧電流を流されたかのような激痛が襲った。
「ッガッ……!!!! ハッ……!!!!」
声にならない叫びが漏れだす、普通ならショック死してもおかしくない程の激痛。
むしろ何故自分がショック死しないのか不思議でならない。
気絶も出来ず、正気を失うこともない、正に死をも上回る苦しみだ。
その場にいる全員が「殺してくれ」と懇願する程の苦しみ…… しかし声を出すことも出来ない。
「ウフフ…… 気が狂うことも出来ないでしょ? コレこそが激痛波動の特性、敵を殺すのではなく苦しめる魔法よ。
まともに身体が動けば自殺することも出来るでしょうけど、魔法抵抗力の低い人族には無理でしょうね。
取りあえず私の兵を全滅させた罰として日の出までそうしてなさい、後1時間半ってところかしらね?」
「……ッ!!!?」
この苦しみを1時間半も!?
それは死刑判決よりも残酷な宣言だった。
---ミラ・オリヴィエ 視点---
カミナ様とルカ様の擬似飛行魔術で下に降ろしてもらった。
一気に移動できるのは良いのだけれど、着地時、スカートを押さえておかないと大変な事になる。
それは取り敢えず置いておくとして……
眼下では惨劇が繰り広げられている、デクス世界の兵隊さん達が苦しみ悶えている…… 恐らく何かの魔法攻撃だろうけど、ちょっと苦しみ方が尋常では無い。
サクラ様が跳ね返した『激痛波動』かな?
妖魔族は全体的にプライドが高く、序列の低い種族を見下す傾向にある。
そして自分に敵対した者を苦しめて楽しむという性癖があるらしい……
そう言えば以前に出会った妖魔族の…… 確かロミルダさんと言ったか…… 私もあの人に目を付けられて虐められそうになった。
それにしたってやり過ぎだ、人が苦しむ所を見て何が楽しいのか? お母様にもそういう所があったから、あまり一方的に攻めることも出来ないけれど……
とにかく助けなければ……
「神曲歌姫 『譚詩曲』」
この唄は生命の機能を不活性化する停滞の歌、コレで苦痛を和らげることができるハズだ。
「……~♪ …~♪」
「? 唄?」
周囲に何処からか唄声が響いた……
すると今まで苦しんでいた兵士たちの表情が若干和らいだ。
「なに? これ……?」
「こ……これは……」
苦しむ人たちを見下し、楽しそうに笑っていた妖魔族の女性の後ろに舞い降りた。
「アンタ…… 何者だ? その服装はシニス世界のモノ…… それに人族じゃないね? その魔力の色は人魚族? にしては……
その顔もどこかで…… ミューズ・ミュース?」
ギクッ!?
この人、お母様を見たコトある? 確かに良く似ていると言われたけど……
「ちっ…違います! ミューズ・ミュースじゃありません!」
「ふ~ん…… よく似てるけどね、それじゃあ一体何者なのかしら?」
「え? あ~ え~と…… 私はD.E.M. のミラ・オリヴィエと申します」
「ミラ・オリヴィエ…… D.E.M. ? 確かシニス世界で最強とか呼ばれてた集団よね? なんでデクス世界に居るのよ?」
意外……でも無いのかな? D.E.M. の噂は浮遊大陸まで届いていたらしい。
下位種族に興味の無い妖魔族の耳にまで届いていたとは……
「それは当然、ゲートを潜ったからです、こちらの世界に用事があったモノで」
「ゲート? あぁ、なるほど、たまに人族以外の種族を見かけるのはゲートが開放されたからか。
わざわざこっちの世界にまで来て私たちと敵対するんだから愚かよね?」
シニス世界ではアリアは墜落した事になっていた。
それがデクス世界で災厄を振りまいてると知れば、みんなこっちの世界には来たがらないんじゃ無いだろうか?
「それで、貴女のお名前もお聞きしてもよろしいですか?」
「はぁ? 何で私が…… いや、本当にD.E.M. のメンバーならソコソコの大物か……
良いわ、私はベアーテ、アンタを殺す者の名よ」
あ…… この人好戦的だわ……
「ベアーテさんですか…… 今のを聞くとわざわざ訪ねるのも無駄な気がしますが、引く気はありませんか?」
「ある訳ないでしょ? それで? アンタは何しに現れたの? 私のお楽しみを奪ったのもアンタなんでしょ?
シニス世界からのトラベラーであるアンタが、コイツ等を助けるのか?」
「確かに私にはこの人達を助ける義理はありません、でも理由はあります。カミナ様がそれを望んでいるなら、私はあの方の力になりたい」
「…………」
「…………///」
「赤面するくらいなら最初から言わなければ良いじゃない」
「くっ…口に出したら想像以上に恥ずかしかったんです!///」
どうやら顔が赤くなってたらしい…… うん、そんな気はしてた。
まだまだ本人の前では言えそうにない……
「ふーん…… しかし人を助ける動機としては些か弱いんじゃないの?
コイツ等を助けるってコトは、私と敵対するって意味なんだから」
強烈な殺気が放たれ、妖魔族特有の三つの目で睨まれた…… 少し怖い…… でも大丈夫、以前の私とは違うんだから。
「すぅ…… はぁぁ~~…… もちろん覚悟の上です」
「愚かだな、選りに選って今日の私に挑むとは…… 愚か者に苦しみを……
死滅魔法『荊棘拘束』」
無詠唱で放たれた拘束魔法、足元から無数の黒荊が何本も現れた。
相手を拘束すると同時に、トゲが肉に食い込みダメージを与えるエグイ魔法だ。
「神曲歌姫 『序曲』」
荊に拘束される前に自分の周りに超振動フィールドを展開する。
ヴヴヴン!! ザザザァァァーーー
黒荊は私に触れる前に砂になって崩れ落ちた。
『序曲』は任意座標を中心に半径1メートルの球状振動波を作り出す。
これと結界を作り出す『輪舞曲』を複合させて、自分を守りながら周囲に超振動による破壊空間を形成したのだ。
加減を間違えると自分が蒸し焼きになる危険があるが、神曲『煉獄』より使いやすい、神曲は攻撃と防御に非常に優れ、威力も高いが連続使用できないという欠点がある。
それを補うための複合能力だ。
当然、音速移動は出来ないけど……
「! 驚いた…… シニス世界最強とか言う戯れ言も、あながち妄言では無かったようね」
そう言うとベアーテは腰の後ろに吊るしていたちょっと装飾過剰な儀礼剣を抜き放った。
そのまま攻撃してくるかと思いきや、その場で何かブツブツと呟きだした。
「※※※※※※※※※※※※※※※※」
聞き取れない呪文…… 古代魔術だ。
妖魔族が使う古代魔術で最も有名なものが霧化魔術だ。
次第にベアーテの姿は輪郭がぼやけ、薄ぼんやりとした。
「ほら行くよ!」
そのままベアーテは攻撃に移る、まるで流れ星が尾を引くように、身体を蛇のように伸ばしながら迫ってくる……
これは身体を半分霧化しながら攻撃してきている?
「神曲歌姫 『円舞曲』」
ギィン!!
咄嗟に剣舞剣を取り出し敵の攻撃を捌きつつ、交差する際に反撃を叩き込む。
しかし手応えがない……
剣だけが実体なのだろうか? いや、服も霧化している以上、剣をインパクトの瞬間だけ実体化してるんだ。
今のはたまたま敵が剣を斬りつける瞬間に弾くことが出来ただけだ。
次はこうは行かないだろう。
「ふぅん…… 接近戦とか出来そうも無かったのに、結構鋭い動きをするのね?
でもその攻撃じゃ私は倒せない」
そう、満月の日の妖魔族を倒すには、太陽の光を当てるか“核”を破壊するしか無い。
しかし私の緋色眼では、敵の体内を動き回る“核”を見つけ出して破壊するのは難しい。
だったら肉眼で“核”が見えるくらい身体を薄くしてやれば良い。
ちょっとズルイけど…… 良いよね?
「神曲歌姫 『輪舞曲』」
「!?」
敵を覆い尽くす結界を作り出す、サイズは直径2メートルくらい、地面の亀裂から霧化して逃げられないように、地面ごと球状に展開した結界に相手を閉じ込める。
「なっ!? コレは!!」
ガギン!!
ベアーテは結界を剣で切りつけ破壊を試みる、しかし生憎その程度の攻撃では『輪舞曲』の結界は壊せない。勇者の雷神剣でもビクともしないんだから。
このまま日の出まで閉じ込めておけば勝ちだけど、相手は上位種族・妖魔族、未知の古代魔術で結界を壊されるかもしれない。
如何に物理攻撃を無効化する身体でも、全てを無視できる訳ではない。
以前、サクラ様は心臓と額の眼にナイフを突き立て焦がした、カミナ様は敵の身体を一時的にバラバラにした。
「神曲歌姫 『序曲』」
「こ……これは!? なに!?」
超振動の発生座標を結界の中心に設定した。
これにより結界内のあらゆるモノが振動する。
魔導魔術には炎でなく振動で熱を発生させるモノがあるという、超振動で熱が発生する事は私も知っていた、分子振動と呼ばれる現象らしい。
「なんなの!? この熱量!? か…形が維持できない!?」
「うっ……」
ベアーテの身体が所々膨らんでいく、熱すれば膨張するのは当たり前だ、身体の形が維持できなくなり、所々霧が吹き出している。
やかんから水蒸気が噴き出してるのと同じだ。
「こ…… こんな…… バカなことが……」
コン コロコロ……
地面に“核”が落ちた、身体の密度が減り支えきれなくなったみたいだ。
「そんな…… 何でこんな事に……」
「さようなら……」
“核”に超振動をぶつけると、一瞬の内に砂の様に崩れ去った……
「ありえ…… な…ぃ……」
ベアーテはその言葉を残し消え去った。




