第188話 妖魔族 ― ミスティカ ―
魔神器から投擲用スローイングナイフを取り出す、3本1セットで6,980ブロンド、2セット買うとオマケで1本ついて来るお買い得品だった。
取りあえず4セット購入し魔神器に突っ込んどいた、ちなみに魔道具では無い普通のナイフだ。
そのスローイングナイフを1本だけ取り出し構える……
指先を少しだけ切り、血を塗っておく。
「フン、さっきのやり取りを見てなかったのか? 飛び道具など効かないぞ?」
「それはどうかな? 試してみないと分からないだろ?」
確かに満月の日の妖魔族に投げナイフなんか効かないだろう、さっきの銃弾は霧化してたから貫通したが、今は実体化している、だが実体化しているのはガワだけだ、身体の中は未だに高密度に圧縮された霧のままだ。
一番簡単にアイツを倒す方法は日の出を待つことなんだが、日の出までまだ2時間は掛かるだろう、そんなに時間を掛けてられない、日の出を待ってたら下の戦場に居るアルスメリア軍は全滅する。
妖魔族自身もよく分かっているハズだ、満月の日に太陽光を浴びる事の意味を…… 当然だな、自分たちの事なんだから。
「フッ…… ならば好きなだけ試すがイイ、ただし自分の命が掛かっている事を忘れるな?」
さすがプライドの塊 妖魔族、どうやらこちらの攻撃を一発は無防備で受けてくれるらしい、扱いやすくて助かるよ、もっとも攻撃が効かなかった場合は即座に反撃はしてくるみたいだが……
反撃させなければいいだけの話だ。
妖魔族のプライド…… 上位種族の驕り…… 半不死身化の自信……
そういったモノの影響か体内を自由気ままに動いている“核”のスピードはかなり遅い、以前はハッキリ見えなかったが、今回はその姿を完璧にとらえる事が出来る。
とは言え、俺の投擲スキルではビー玉サイズの“核”を撃ち抜くことは難しいだろう。
空間認識能力が高くても、的確に的に当てる技術が不足している…… ダーツとかやった事ないし……
しかし今ならやれる。
「今からお前の心臓を打ち抜くけど、念の為聞いておく、降伏する気はあるか?」
「ハッ! 余り驕るなよ? 下級種族が!! お前が今生きているのは我がお遊びに付き合ってやってるからだ」
「それはお優しいコトで、ならばその優しさに免じて俺もこの一撃で決めてやる」
「クックックッ、良ぉく狙えよ?」
おーおー、増長しまくってるな、それは魔王相手に命取りだ。
せっかく侮ってくれてるんだから、ゆっくりとしたモーションで投擲姿勢を整える。
ナイフに塗った血を振動させ貫通力を上げる、そしてコントロールは二の次にして全力で投擲した!
ビュッ!! ッガアァァァン!!!!
「…………」
「…………?」
投擲とほぼ同時に妖魔族の背後から大きな音が響いた。
そこには柱に半分ほど埋まった小さな“核”と、それを縫い付ける形でスローイングナイフが突き刺さっていた。
「な…… バカな…… 一体何が……」
「良し! どストライク!」
「何をした? 何故こんなことに…… 何故“核”を……?」
「何故何故と五月蠅い奴だな? お前は驕りが過ぎたんだ、コッチは半年前に没落貴族のヴァルトシュタイン家に引導を渡してるんだよ、今日と同じ満月の日にな。
どうせこう思ってたんだろ? 相手は下級種族だ、自分は不死身化している、弱点など知る良しもあるまい、だって相手は最下位種族だもんな♪……って」
「ヴァルトシュタイン家…… フリードリヒを? バカ……な……」
ボシュゥゥ!!
妖魔族の男のガワを構成した実体部分が消え、体全体が霧になって消えていった。
結局名前すら聞く暇がなかったな……
「スゴイ!スゴイ! 神那、今のどうやったの!? 全く見えなかったよ!!」
「ん? そうだな…… 今のは一種の消える魔球だ」
「き……消える魔球!?」
まぁ実際、本当に消えてた魔球だ。
超躍衣装の新式・強制転送で投擲ポイントから着弾ポイントの間をショートカットしたのだ。
以前の旧式・強制転送では運動エネルギーを無効化してしまい、攻撃に転用できなかった。それを改善してみた。
この転移投擲は文字通り目にも留まらぬ速さで飛ぶ…… と、言うよりターゲットが目の前5cmにあるようなものだ。
その距離で全力投擲すればどうなるか? そんなの避けられるワケ無い。
またこの転移攻撃は魔術にも応用できる、20メートル制限も無くなったからもっと遠くまでタイムラグ無しに着弾させる事が出来るのだ。
まぁ、戦術の幅が広がっただけで、パワーアップしたとは言い難いんだが…… ま、いいか。
ほぼ回避不能攻撃が出来るようになったと考えとけばいい。
「お……お前は一体何者だ?」
おっと、そういえばスナイパーさんがまだ居たな。
「え~~~と……」
「いや、それは一先ず置いておこう、助かったよ、礼を言う」
「礼は要らないよ、後で手の平返しされると虚しいし……」
「??」
「それより戦況はどうなってるんだ?」
窓から外を見下ろしてみる、この街も綺麗な碁盤の目状に町が作られている、大和の様な乱雑な感じは無い。
街の中心に大きな川が流れ、対岸は破壊し尽されていて、一本の大きな橋を取り合っている形だ。
……て言うか、既に橋は取られてる…… 大量の人狼が雪崩れ込んできている…… この戦場は既に負けてるぞ。
「こりゃすぐに撤退した方が良いぞ? 無事に撤退できるかどうかは謎だがな。
それよりあと2時間粘って日の出を待った方が生存確率は高いか?」
「命令が無ければ引くことなど出来ない!」
……まぁそうだよな、軍人さんは戦うのが仕事、そして命令は絶対だ。
個人の意思で好き勝手に離脱されたら戦いにならない、一人が勝手に持ち場を離れたせいで味方が全滅する事だって有り得る。
俺のような適当な人間には軍人という仕事は務まらない。
ましてや頭の固いハゲの下に付くとか絶対にお断りだ。
「敵の兵隊は人狼だけか? 指揮官として妖魔族が来てるハズだ、さっきの奴以外にも何人かは……」
「指揮官は残り3人だ、奴らは4人の妖魔族と8000~10000の人狼を引き連れて、月に一回色々な街を攻めているんだ」
スナイパーさんが教えてくれた、正体を知られて無いってのは色々やり易くっていいな。
「なるほど、つまり月に一回、自分たちの不死性が極まる時に人の領域を蹂躙しているのか……
プライドは高い癖に、やってる事は完全にチキンじゃねーか」
しかしやり方がヌルイ、本気度が感じられない。
まるでゲームでもやってるようだ。
「神那ぁ……」
「そうだな、ちょっと助けるか」
軍人さんがお国の為に必死に戦ってる脇で車泥棒とかしてたら流石に俺でもキレる。
ここは一丁、敵を殲滅してその後 堂々と盗もう…… 違う、報酬として軍用車Ⅱ世を頂こう。
「お前達は…… 一体何者なんだ?」
う~ん、スナイパーさんがここに居るとちょっと邪魔だな、この人の目の前で魔導器を使うと身元が割れる恐れがある、放っておいてもその内バレるけど、今バレるとウルサイ事言いそうだしなぁ……
ココは眠っててもらうか。
「あっ! あんな所にエリザベス特佐のパンツが!!」
「なにぃぃぃい!!!!」
プス!
「ウッ!?」
グラァ~…… ドスン!!
睡眠針で華麗に眠らす、そのまま真後ろに倒れていった。ヘルメットのおかげで後頭部は無事だろう、しかしうまい具合に座らないな? そして口が無くならないな…… まだまだ修行が足りないって事か、はやくドヤ顔で探偵を名乗れるようになりたいものだ。
それにしても予想以上の好反応、リズ先輩ってなにげに人気あるなぁ。
取りあえずその件は置いておこう、しかしこんな古風な手に引っ掛かるとは…… 男ってホントバカだな。
「おにーちゃん?」
おっと、バカはここにも一人いた、女の子の前でやるネタじゃ無かったな。妹からの評価がまた下ってしまった。
「コホン、琉架、人狼を始末してくれるか?」
「ん、りょーかい!」
琉架が魔神器を取り出す。
「『対師団殲滅用補助魔導器』展開!! IFFオート、超長距離砲撃モード! 敵個体数7560」
敵は8000~10000って言ってたからな…… あんまり減って無いみたいだ、やはり魔族化している分シニス世界で見た奴より強力なのかもしれないな。
「第7階位級 光輝魔術『閃光』レイ チャージ20倍 アクティブホーミング!!」
砲塔から放たれた7560本の光線が弧を描きながら眼下に見える街へ降り注いでいった。
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一方その頃ネアリスの守備隊は、敵の猛攻と支援射撃の停止により進退窮まっていた。
このままでは一時間と持たずに全滅する所まで追い詰められている、そんな時、唐突に空が光に覆われた。
ドコからか飛来した大量の光線が敵だけを撃ち貫いていく。
「なっ……!! なんだ…これはっ!?」
光線は一発も外れること無く敵の胸を貫いていく、ある者は屋根の下にいた…… ある者は川の中にいた…… ある者は敵に組み付きもつれ合っていた……
しかし光線は人や建物には一切の被害を出さず、敵だけを屠ったのだ。
時間にして僅か数秒…… たったそれだけの時間で、今まで自分たちを数時間に渡って苦しめてきた人狼が消え去ったのだ。
もしココがガイアだったら「フルムーンの神撃」とか言われて、奇跡認定されていただろう。
後には何も残っていなかった……
まるで夢でも見ていたかのように…… ただ破壊された街が敵がいた事を証明しているようだった。
「な……なんだコレは? 援軍が来たのか? それとも新しい魔導兵器か?
そんな話は聞いてない…… こんなことが出来る人間が存在するのか?
或いは…… 神……か?」
ガラッ……
「フン! ヤッてくれたな」
「!?」
すぐ近くの崩れた建物の瓦礫の上に、一人の男が立っていた……
青い軍服に額の第三の眼、妖魔族の指揮官の一人である。
「お前たちはコレを狙って時間稼ぎしていた訳か、まんまと嵌められた、おかげで兵は全滅だ」
実際はココに居る誰にも真相は分からない。
「だが後1時間もあれば、最下級の人族など俺一人で皆殺しに出来る、このままでは主に顔向けができん、お前たちにはこの場でキッチリ死んでもらう」
「……ッ!!」
まだ戦いは終わっていなかった。
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「全弾命中したみたいだな」
眼下に広がるネアリスの街を緋色眼で確認する。
川の辺りに溢れかえっていたオーラは綺麗サッパリ消え去った、戦場から離れた場所に居たはぐれ人狼も残らずだ、アレが一匹残っているだけでも一般人には対処できない程の脅威だからな。
俺のパトリシアもヤツの所為で死んだ……
「うん…… 全弾命中したけど、3人は残っちゃったみたいだね」
「それは仕方ない、大軍相手の超長距離射撃でビー玉サイズの“核”を撃ち抜くのは流石に無理だろう」
体内の何処に隠されてるか分からなければ尚更だ。
そうなると残った妖魔族を処理しに行かないといけないな、半不死身の上位種族一人でも残っていれば、人族の軍隊を相手にするくらい容易だろうからな。
日の出前に全滅も有り得る。
「ちょっと行ってくるか」
「お待ちくださいマスター」
「ん?」
「その役目、このミカヅキめにお任せ頂けませんか?」
「へ?」
「はい、白も」
「え?」
「あ、それでしたらわたくしも……」
「はい?」
残党狩りの面倒臭い役目を、新人魔王のミカヅキ、白、ミラが請け負うと立候補してきた。
「マスターとお嬢様が戦っておられるのに、私がただ見ているだけ……というワケにはいきません。
それに妖魔族には多少の因縁があります、リベンジマッチです」
戦ってるって言っても、琉架はともかく俺はナイフ投げただけだしなぁ……
しかしリベンジマッチか、確かに俺達が合流した時、嫁達は妖魔族にイジメられてた、だからその仕返しに没落貴族を思いっ切り馬鹿にして叩き潰したんだが……
ミラは別として白とミカヅキは魔王化後、未だ実戦を経験していない。
確かに手頃な相手かも知れないな……