第180話 廃墟
俺達の目の前には廃墟が広がっていた……
空は薄暗く、夜も明けきらない早朝といった感じだ、そして何故か頭上には美しくも不気味な血の様に赤いオーロラが見える……
崩れかけたビル…… ボコボコの地面…… カラスが何かに群がってる光景……
まさに絵にかいたような廃墟である。
脳細胞がフリーズした、取りあえずサバンナでは無いようだ。
運悪くどこかの紛争地帯にでも跳んでしまったのだろうか?
まさかこんな危険がデンジャーな場所に転移するとは思って無かった。
もしかして第三の異世界にでも来てしまったのでは無いだろうか?
何なんだこの世紀末な光景は…… 今にもその廃墟の影からモヒカンにトゲ付き肩パッドに火炎放射器を装備したヒャッハーな連中が改造バギーに乗って水と食料を奪いに来そうじゃないか……
まぁそんな奴らは指先一つで返り討ちにしてやるが。
とにかく落ち着け、本当にココはデクス世界か?
この崩れかけたビルはどこか見覚えがある…… デクス世界の建築物っぽい。
周りには時を同じくしてシニス世界から帰還した人たちが大勢いる、物理接触して無かったジークも無事について来てしまったらしい…… チッ!
それにチーム・レジェンドの連中もだ。一人だけ最初からこっちに居ましたって感じの違和感のない奴がいるけど…… あ、黒大根か。
あぁ、彼を見たら思い出した、何となく既視感があると思ったら、仮想訓練装置の廃墟ステージにそっくりだ。
…………で? ココは本当にデクス世界なのか?
「大きい建物がいっぱい…… でも、何で壊れてるの?」
「確かに…… ガイアともオルターとも違いますね……」
白とミラが周囲の建物の残骸を見ながら言う。
そうだ、シニス世界にはこんな高層建築物の密集地帯は存在しない、少なくとも俺の知る限りでは……
だからと言って第三の異世界の可能性は限りなく低い。
「か……神那ぁ…… ココって?」
「あぁ……」
とにかく場所を調べよう、考察はその後だ。
端末を取り出し、GPSを使って場所を割り出す…… え? エラー?
まさか本当に異世界…… いや、待て、携帯のアンテナが立ってる? ってコトは電波も来てるってコトだよな?
通話できるならデクス世界で間違い無いハズ…… よく似たパラレルワールドじゃ無ければな……
「あ、そうか、携帯」
「あぁ、私の携帯 契約切れてないかな?」
「そっか私も!」
デクス世界出身組が一斉に携帯を取り出し連絡を試みる。
俺も試してみるか…… あ~…… 掛ける相手がいない! 美容院にでも掛けてみるか?
---
「ダメ…… 出ない…… 家もお父様もお母様もお姉様たちも…… セバスチャンも出ない……」
セバスチャン!!? ホワイトパレスにはそんな名前のヤツが住み着いてるのか? 100%執事だな、間違いない!
「私は契約切れてた…… 2年だもんね…… 仕方ないよね?」
俺や琉架や伊吹と違って先輩は2年ちょい振りのデクス世界だ、仕方ないさ。
「私も…… 実家や友達、誰にも繋がらない……」
伊吹もか……
「俺の方もダメだった……」
今日が月曜日だからかもしれないけど…… 俺の行き付けの美容院は電話に出てくれなかった。これじゃ予約も出来ない、来店拒否じゃ無いよね?
てか、ホントにどこにも繋がらないのか? 念の為、確実に繋がるトコへ掛けてみるか。
………… 反応が無い、伊吹の所に掛けてみたんだが……
「おにーちゃんいつまで電話弄ってんの? おにーちゃんのアドレス帳はどうせ4~5件しか埋まって無いんだからそんなに時間掛からないでしょ?」
なぜお前が俺のアドレス帳の登録件数を知ってる?
しかし全く反応が無い所を見ると、電波自体が飛んでないんじゃないか? アンテナが立ってるのもエラーなのだろうか?
むしろ頭上のオーロラが怪しい、アレが何かしらの磁気異常を発生させて長距離電波をジャミングしてるんじゃないか?
俺だけならともかく、皆が皆、居留守されたとは思えないしな。
しかしこのままじゃ埒が明かない、ボロボロの建物の中を見ても居場所を特定できそうなモノは何も残って無い、略奪でもあったのだろうか? もしそうなら大和じゃ無さそうだが……
もし仮にココが紛争地帯なら一刻も早く国際連合に救助を求めなきゃいけない、4000名の帰還・移住者の中には非戦闘員のも多い……
そういえばガーディアンから支給された専用端末もあったな…… 忘れてた、充電してないや。
「仕方ない、ちょっと上まで行って見てみるか……」
「上?」
「擬似飛翔魔術で上空から周辺を調べてみる」
有名な建物や地形が見えれば場所の特定ができる。
見えなくても成層圏辺りまで登ればドコだか分かるだろう。空圧を掛ければ…… まぁ大丈夫だろう。
「神那、一人で大丈夫? 私も行こうか?」
琉架が同行を申し出てくれた、非常に魅力的な申し出だが、本当に大した事じゃない、ちょっと登って周囲を見るだけの簡単なお仕事だ、わざわざ女神の手を煩わせることはない。
「大丈夫、すぐ戻るから」
魔神器から魔力微細制御棒を取り出し、自分の周りに空気の壁を作り出す、更にウィンリーの羽根で重さを消し、風爆でペットボトルロケットのような勢いで飛び上がった。
わずか数秒で地上500m地点に達する、眼下に広がるのは破壊しつくされた巨大都市、何となくこの景色に見覚えがある…… 何かおかしい、今では見る影もないが、巨大な川に挟まれた島のように見える…… 規則正しく道路が作られ、所狭しと巨大なビルの残骸が立ち並ぶ……
まるで先進国のような……
どうしよう、嫌な予感が止まらない。
遠くには海が見える、海の近く…… まぁ普通だよな?
ビル群の中に長方形の森が見える…… アレって公園かな?
物凄く見覚えがある…… 世界最大のあの町に似ている。
ハッキリ言おう、似てるなんてモノじゃない、そのモノだ。
ここはアルスメリアの東海岸だ。つまり眼下に広がるボロクソの街はNYか?
バカな…… たかが半年程度でナニがあればこんな事になるんだ?
こっちでも世界大戦が起こったのか? しかし世界最大の国力を誇るアルスメリアの、それも世界最大の街がここまでボロボロになるって…… 普通じゃ考えられない。
もしかして時間軸がズレてるのだろうか? 100年後のアルスメリアにワープアウトした?
いや待て、半年前『門を開きし者』実験の際、アルスメリアの西海岸でαテリブルと遭遇しただろ?
あの時はアーリィ=フォレストが始末してくれたが、αテリブルは突然現れたんだった……
俺が華麗に眠らせた、あの人の良さそうなおっちゃんは何て言ってたっけ?
確か…… そう、南極でなにかが起こってαテリブルが大量に湧き出してきたって……
え? まさかその所為でこんな事になってんの?
αテリブルなんて大した敵じゃないと思って完全に放置してた。
魔王である俺基準では大きいだけのザコ敵という認識だったが、この認識は普通じゃなかったのか……
そんな敵が引切り無しに現れれば、大都市が滅びるのも不思議はない。
ヤバイ…… 俺の判断ミスでこんな愛で空が落ちてくるような世界を生み出してしまったのか?
YOUはSHOCK! 罪悪感が胸を締め付ける……
いや、俺は悪く無い、悪いのはこんな事をした奴であって、止められなかった俺に罪はない…… と、思っておこう。
---
「神那ぁー、お~い」
「…………」
「? どうしたの? 場所分かった?」
「いや…… 何と言うか…… NYだった」
「NY? は? それって世界最大の都市の事?」
「そう、その世界最大の都市……のなれの果てだ」
周囲に動揺が広がる、4000人のトラベラーのうち3500人は帰還者だ、もしかしたらこの街の出身者もいるかも知れない。
辺りからは「ウソだ!」とか「信じられるか!」なんて声も聞こえる、俺だって信じられないよ。
しかしどうするか…… この分だと国際連合本部も壊滅状態だろう…… 助けを求めるどころの話じゃ無い。
第1魔導学院はどうだ? たしか所在地はココから程近いデルフィラだったハズ、距離は150kmくらい…… 車で2時間ってトコロだ。
今回は正規ルートの帰還だし、ザックとノーラを頼ってみるか? 二人が無事ならイイんだが……
問題はこの4000人のトラベラーだ、俺が面倒見る必要は無いんだが…… そうだよ、ほっときゃイイじゃん、俺にはそんな義務は無い。
『ダインスレイヴ』の仕事はαテリブルを退治する事、一般市民の保護はガーディアンの仕事だ。
もっともそのαテリブル退治も全然やって無いんだよな……
「神那ぁ~ どうしよう?」
「とにかくココに居てもしょうがない、デルフィラの第1魔導学院まで移動しよう、あそこが無事なら何とかなる」
デルフィラまで壊滅してたらどうしよう…… その時は首都まで行くか、400kmくらいあるかな?
他の連中には自分の事は自分でしてもらおう、いくら俺でも4000人の世話は見きれない。
とにかく船か車を調達して島を出よう、どこかに無事なのも残ってるハズだ。
「おに~ちゃん……」
「ん? どうした白?」
「ここはデクス世界…… なんだよね?」
「あぁ」
「デクス世界には魔物は居ない…… ハズだよね?」
「ん? あぁ」
「それじゃ…… 野生動物かな? こっちに敵意を持ってるのが…… 潜んでるよ」
!? 慌てて緋色眼を開いて周囲を警戒する、この街がいつ壊されたのか分からないが、近くにテリブルが潜んでいても不思議は無かった!
しかしそれらしきオーラは見当たらない……
「おに~ちゃん…… 下だよ」
「下?」
しまった! 地下鉄か!
……って何だコレ?
足元には巨大なミミズみたいなのが這いずり回っているオーラが見えた、コレは……
ドゴォォォン!!
地下にいた巨大な何かが通気口を破壊しながら飛び出してきた、数は8匹!
その見た目は巨大な蛇だった。
「これは…… αテリブル? いや、どちらかと言うと……」
「ふむ、コレはヒュドラでは無いのか?」
……と、ジークが言う。正直、俺もそう思った。
αテリブルには決まった形は無い、最初期に現れた個体にはドラゴンタイプの奴もいたという。確かにヒュドラタイプがいてもおかしくは無いのだが……
コイツは魔物じゃ無いのか?
デクス世界の、それも世界一の大都市にこんなのがいるハズ無い!
フィクションなら分かる、どっかの研究所から逃げ出した蛇が下水道で巨大化したなんてシナリオ、B級映画にありがちだ。
この街の下水道には忍術を使う亀とか住んでるなんて話もあるらしい……
それでなければ天然トラベラーか? こっちの方がまだ可能性があるか?
っと、ヤバイ! 人を襲い始めた! いくら義務も責任も無いとはいえ、目の前で人が襲われてるのを放置するワケにはいかない!
「ジーク!」
「なんだ?」
「仮にあれが魔物のヒュドラなら弱点は何だ?」
「凄まじい再生能力を持っていると言われているが、傷口を炎で焼くと再生能力を失うと言われている」
なるほど、こっちの伝説と一緒だな。
ヒュドラはシニス世界においてはかなり上位の魔物だ、種類に応じて多少の差はあるが基本的にAランクの魔物だ、正直、チーム・レジェンドじゃギリギリだろう。
つまり今回のトラベラーの中にあのレベルの魔物を相手にできる者は、俺達以外にはいない。
だったら……
「第2階位級 火炎魔術『神剣・紅蓮焔墜』シンケン・グレンエンツイ」
上空に現れた巨大な炎の神剣を8つに分割する、1つ十数メートルの炎の神剣を高速回転させ円盤状に変形させる、コレで斬ると焼くを同時にやってやる!
「切り裂け!」
8つの円盤がそれぞれ別の首目掛けて襲い掛かる!
ヒュドラの首は一本一本が独自の意思を持ち、炎の円盤から各々の判断で逃げ出す。
そのスピードは極めて速く、正に変幻自在の動きを見せる……が捉えられない速度じゃない。
ズドドドドドドドドッ!!!!
炎の円盤は全ての首を同時に切り落とした!
切り落とされた首はしばらくビチビチと元気にのた打ち回ったが、切断部分から炎が全体に廻りあっという間に消し炭になった。
本体側も切断面から火が廻り地下へと消えていった。
「「「お……おぉぉ……!」」」
周囲から驚きと戸惑いの声が聞こえてくる。
称賛や喝采は起こらない、圧倒的すぎて恐れられてる感じか…… 思い返せば近年、俺を褒め称えてくれたのは嫁達だけの様な気がする、そんの事は無いんだろうけど、どこか畏怖の念のようなモノが感じられた。
別にイイけどね? もう諦めたよ、俺は英雄にはなれそうもない、だって魔王だし。
「カミナよ、気を抜くのは早いぞ」
「あん? 焼切ってやれば再生はしないって言ったのはジークだろ?」
「ヒュドラには不死身の9本目の首が存在する」
「9本? あ」
そうだった、アイツはヒュドラであって八岐大蛇じゃないんだ、勘違いしてた。
「琉架! 空圧を最大範囲で展開するんだ!」
「え? う…うん! 第7階位級 風域魔術『空圧』コンプレス チャージ100倍!」
琉架の作りだした空気の壁が、数百メートルのドーム状空間を作り出した。
危なかった…… ヒュドラと言えば強力な毒のブレスを持っているハズ、そんなモノを使われたら俺たち魔王と不能不死者以外全滅だ。
案の定、地下からは毒ガスが溢れ出した、しかしそれは琉架の空気の壁に阻まれて地上に出て来れない。
空圧の範囲外、数百メートル先に紫色の煙が見えた…… 毒々しい色だ。
ガラガラガラ……
毒の煙に触れた建物が崩れ出し、所々地面が陥没している…… 人間があんな物を喰らったら骨も残さず熔けそうだ。
きっとジークも溶ける、放っておいてもその内復活するだろうが…… そして残されたのは五人の魔王だけ…… 服も溶けて全員全裸になるだろう…… ふむ、あの毒を解析して血液変数で作れるようにしておこうかな?
おっとイカン、思わず妄想に花を咲かせてしまった。
「不死身と言ったらジーク、どうやったらヒュドラを倒せる?」
「地中深く埋め、重石を置き封印するしかないと言われているぞ」
どっかで聞いた方法だな…… あ、俺が巨人族を生き埋めの刑に処した方法か。なるほど、ヒュドラ退治でも有効な封印方法だったのか。
「全員このブロックから非難しろ! ここら辺を崩してヒュドラを封印する!」
後は簡単だ、ノウハウがある。
全員避難が終わったら『強制転送』でヒュドラを地中深く埋めてやる、その後ダメ押しに琉架の『星の御力』でギチギチにプレスしてやる。
実に簡単な作業だ。
将来この街の復興作業の時に、間違って掘り起こされなければいいんだが……
一応、『ヒュドラ封印中につき、掘るなよ? 絶対掘るなよ? フリじゃ無いからな?』と書いておいた。
コレで安心だ。