第163話 チュートリアル
七大魔王同盟が設立された歴史的会議から2週間の時が流れた。
正直ヒマを持て余してます……
最近、引きこもり気味だ…… 俺もいつの日か、俺みたいな奴に「引きこもりの魔王」とか「ねくら魔王」とか「どーてー魔王」って呼ばれる日が来るのだろうか? 嫌過ぎる…… しかし因果応報だな。
ここ2週間で出かけたのは一度だけ、3回目の異世界間ゲート開放の時だ。
折角の夏なんだから女の子達を連れてバカンスにでも行きたい所だが、それ所じゃ無い……
理由は簡単、白とミカヅキの緋色眼制御とギフト訓練が予想以上に難航しているからだ。
二人の訓練は琉架とミラが担当している。
二人とも緋色眼制御に苦労した経験から色々とアドバイスをして上げられるのだ。
俺は大した苦労も無く制御してしまったから、彼女たちの気持ちが分からない…… この時ばかりは才能の塊の自分が恨めしかった…… 実に申し訳ない。
白は『摂理の眼』の影響でどうしても魔力が安定してくれないらしい。コレばっかりは他の魔王には分からない悩み、白特有の悩みだ。
どうにもギフトが強すぎるみたいだ、正直訓練以前の話だ、日常生活に影響でまくりだ。
苦労している白を見てると何とかして上げたいのだが…… そうだな、どうせ暇を持て余してるんだ、白の為に一肌脱ごうじゃないか。
白の問題点はやはり摂理の眼だ。コレが緋色眼と相性が良すぎるんだ。
目を瞑ればオン/オフが可能になるが、当然視界が半分塞がれることになる。
慣れればどうという事は無いのだろうが、それでもやはり不便だろう、死角が増えるのもいざという時困る。
つまり摂理の眼を抑制できれば良い、つまり外から入る信号を弱めてやれば良い、しかしどうやって?
信号を弱めるといえばサングラスのようなモノか、そういえばアーリィ=フォレストも左眼に片眼鏡をかけていた、もしかしたらアレは緋色眼の機能を拡張させるデバイスなのかもしれない。
白の場合はその逆、能力をデチューンする様なモノがあればいい。
そんなワケで工作の時間だ。
用意するモノは魔力の働きを阻害するモノ、先日手に入れた魂魄鋼の塊を取り出す。
鉄機兵アラクネの残骸の一部だ、珍しかったので少々パクってきた。俺が倒したんだしちょっとくらいドロップした素材を貰って来ても問題無いだろう。ハンティングゲームではよくあるコトだ。
魂魄鋼を解析してみた、俺の血液変数でも作れるだろうけど、作った側から魔力を吸収されるだろうから面倒臭い。
なので今ある素材を加工する。
糸状に細く加工しそれをメッシュ状に編み込む、目の大きさは取りあえず1mm程…… コレでチェインシャツでも作れば恐らく神聖銀製のチェインシャツを上回る対物理・耐魔防御力の防具が出来るだろう。
もっとも使い道は無い、そんなモノを着ていたら回復魔術はおろか身体強化魔術すら効かなくなるのだから。
或いは鬼族なら有効な防具になったかもしれない。
しかしミカヅキは魔王になった事により魔力を得ている、つまり無用の長物だ。
とにかくこのメッシュ状の魂魄鋼を眼帯に仕込む。
これを着ける事によって強すぎる摂理の眼の働きを弱める事ができるハズだ。
ただし緋色眼も同様に弱められるだろうが……
早速白に着けてもらう。
「眼帯?」
「ああ、それを着けて目を開いてみてくれ」
「うん…… …… アレ? 普通に見える? 今までと同じ……様に?」
成功だ。摂理の眼の透視能力のおかげで以前と変わらない視界が確保できた。
オッドアイ美少女も素晴らしいが、眼帯美少女も趣があってイイ……
今手元にある素材でできるのはこの辺が精一杯だ、原初機関にでも行けばギフトだけを押さえる魔器を作ることも出来るだろうが…… またその内アナグラを強襲してみようかな?
コレは日常生活に影響が出ないようにする為の応急処置だ。
緋色眼は便利だし、制御できた方がイイに決まってる。少しずつ時間を掛けて練習してもらおう。
「コレで白はしばらく眼帯美少女状態だな」
「眼帯美少女……?」
おっといかん、心の声が漏れた。
「その眼帯はあくまで間に合わせだ、緋色眼制御訓練は続けてくれよ?」
「うぅ…… うん、がんばる」
うむ、がんばれ! 眼帯白もイイがオッドアイ白もスバラシイからな。
この眼帯は問題の先送りに過ぎないが、もう一つの懸案事項、新しいギフト事象破壊の訓練にようやく入れる。
一方ミカヅキはというと、そもそも魔力コントロールが全くできていない。
しかしそれも当然だ、ミカヅキにとって魔力とは全く馴染の無いモノ、生まれて此の方魔力から齎された恩恵はゲロくらいなものだ。
また魔力のコントロールが出来なければ、鏡界転者の訓練など出来るハズも無い。
それでもコツさえ掴めば一気に習得できそうだが…… まだしばらく掛かりそうだ。
緋色眼の制御訓練と並行して、二人にはギフトの訓練もしてもらっている。
担当は引き続き琉架とミラ。
琉架が白を教えて、ミラがミカヅキを教えている。
俺はアドバイザーだが今のトコロ出番は無い…… 寂しい……
二人が担当して教えているのは女の子同士という理由もあるが、適材適所という理由が大きい。
場所はギルドセンターの屋上、目隠しのつい立を設置したので周りから見られる事は無い。本当は周囲に何も無い荒野のような場所が良かったが、そうすると今度は誰かに目撃される可能性が出てくる。
結局都合のいい場所が無かったので、ここで訓練をすることになった。
ここでやるのも本当はかなり危険だ。
白の事象破壊は壁とか簡単に壊せそうだし、下手したらギルドセンター自体を倒壊させかねないからな。
その為、琉架が事象予約で常に目を光らせている。
最悪の事態を未然に防ぐために……
事象破壊はもしかしたら琉架の停止結界すら破壊できる可能性がある。そんなトンデモナイ破壊能力の訓練は未来予知能力を持つ琉架にしか任せられない。
一応、暴走した時の対処法は教えてある、一見無敵の事象破壊にも弱点はあるからな、そうでなければ “破壊獣” ジャバウォックが20年近く囚われているハズが無い。
ミラがミカヅキを担当する理由……
ミカヅキに魔力コントロールスキルを覚えさせるためだ。
魔力コントロールスキルとは、魔術やギフトの制御以前の話だ。
この技術は自然と身につくもの、赤ちゃんがハイハイを覚え、立ち上がり、歩き始めるのと同じだ。
誰もが意識して覚えるモノでは無い、気が付いた時には覚えている。故にコツなど存在しない。
そこで考え付いた方法が、ミラのギフト神曲歌姫 『小夜曲』でミカヅキの身体を無理やり操り、体内の魔力の流れをこちらで操作して感じさせ、覚えさせるという力技だ。
問題は女魔王であるミカヅキを小夜曲で操る事が出来るかどうかだ。
結論から言うと失敗だった。
ミラは未だ限界突破を習得していない、仮に修得してても限界突破は身体に負担がかかるから極力使わない方がイイ。
そこで閃いた。
魔力コントロールといえば魔力微細制御棒があるじゃないか。
俺とミカヅキの能力値はほぼ同じ、10万程だ。
ゼロから一気に10万だ、機人族出身の魔王から力を継承したお陰だろうか?
魔王の中では少ない方だろうが、それでも俺と同等だ、ちょっと羨ましいが初心者にこの能力値のコントロールは厳しいだろう。
俺専用に調整されてる魔力微細制御棒をミカヅキが使いこなすことは出来ないが、感覚を掴むことくらいは出来るだろう。
そう思ったんだが……
「マスター、これどうやって使うんですか?」
忘れてた…… ミカヅキは魔導器や魔道具を使ったことすら無かったんだ。
ダメ元で使い方をレクチャーしていたら、予想外の事実が発覚。
なんと魔力微細制御棒は自分の魔力だけでなく、近くの魔力をも操ることが出来るのだ。知ら無かった……
操れる射程は短いから戦闘では使えないだろうけど、ミカヅキの魔力をこちらで操作すれば流れを感じ取れるはずだ。
「あ! 何か感じます…… 血管の中を流れていくような…… 気よりも細いけど、力強い流れが…… これが魔力……なんですね?」
成功した。
コツさえ掴んでしまえば後はそれほど苦労しないだろう。普通は赤ん坊の頃に自然に身に着く程度の技術だからな。
もちろん高度なコントロールを覚えるには長い習練が必要になる、しかし初心者にいきなりそこまで求めるつもりは無い。
こうして二人はようやく新たなスキルを使えるようになった。
まだまだ完璧ではないが、後は各々の自主訓練次第だろう。
これで後顧の憂いは無くなった…… さぁ! 夏の海が俺達を呼んでるぞ! 波際で戯れる天使たちと禁域王……この時を一年待った!
「おに~ちゃん…… 訓練に付き合って下さい……」
「私もマスターにお聞きしたいことがあるのですが……」
あぁうん、この子たち真面目だなぁ……
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「おに~ちゃん…… 白はアレがやりたいけど…… 上手く出来ません、えっと…… 衝撃波?」
「衝撃波? あぁ、魔王ジャバウォックがやってた空間震だな」
「空間震?って名前なの?」
「いや、俺が勝手に呼んでるだけだ」
確か爪を弾いて空間を破壊し、元に戻ろうとする潮汐力を利用して衝撃波を発生させていた…… 多分だけど……
確かにアレは攻撃にも防御にも使える便利な技だ。しかし普通に同じことをしたら……
「おに~ちゃんはそこに立って……見てて…… んん…… 構えてて……」
「構えて?」
白は俺に背を向け立つと右手の親指と人差し指に光の爪を発生させた、事象破壊だ……
光の爪をデコピンの要領で反動をつけて弾いた、すると……
ドォン!!
「ひゃぅっ!!」
「おっと……!」
衝撃波が発生すると同時に白が俺めがけて吹っ飛んできた。
当然しっかり抱き止めてあげる。
「おに~ちゃん…… アリガト……」
「気にするな、しかし上手く出来ないってのは……」
「うん…… 自分が吹き飛ばされる…… ジャバウォックみたいに出来ない、ナンで?」
ふむ…… 自分の目の前で空間震を発生させれば自分が吹き飛ぶのは道理だな。
では何故ジャバウォックは微動だにしなかったのか? 空間が震動してるんだ、普通に止められるモノじゃ無い。やはり…… 事象破壊を使ったのか?
そう言えば…… あの時アイツは三本の指に光る爪を発生させてた気がする…… つまり……
「白、三本の爪を使うんだ」
「? 三本?」
「二本の爪で衝撃波を発生させて、一本の爪で自分に向かってくる波を破壊したんだ」
「え? あ…… できるかな?」
事象破壊は破壊対象を設定できるハズだ、そうでなければ発動直後から空気や空間を破壊し続ける事になる。
三本の爪の一本は固定するために、一本は空間を破壊するために、一本は衝撃波を破壊するために……
「え……と…… う~ん……」
白が指を立てたり手の向きを変えたり、試行錯誤している。これも多少練習が必要だろう。
「ん…… 空間震」
パキィィィン!
「ぁぅ…… 上手くできない……」
今のは衝撃波全てを三本目の爪で破壊したんだな、破壊範囲のコントロールが出来れば使い勝手も良くなるだろう。
「白、とにかく練習在るのみだ、幸い直ぐに倒さなければならない敵がいる訳じゃ無い、焦らなくていい」
「うん…… 練習……する」
そう…… 今現在、戦うべき敵はいない……
それでもいつの日か『第3魔王 復活!』とか『第1魔王 ご乱心!』とかあるかも知れない、極力関わりたくはないが七大魔王同盟を組んでる以上、ウィンリーやアーリィ=フォレストに危機が迫ったら戦いは避けられない。
あくまでも可能性だが、きっとこのまま恒久的な平和など来ないだろう。
備えは必要だ。少なくとも俺の禁域を守る程度には。
「さて…… ミカヅキは何が聞きたいんだ?」
「はい、鏡界転者についてなんですが……」
「ん? もう使えるようになったのか?」
「えぇ、それではご覧に入れましょう 『鏡界転者・二重奏』」
ミカヅキが鏡界転者を使用する、するとすぐ隣にもう一人のミカヅキが魔力により構成された。
そうか、服もコピーされるのか…… ホッとしたようなガッカリしたような……
二人のミカヅキは正に生き写し、寸分違わぬ姿をしている……いや、よく見れば左右が反転している。
「なるほど…… 『二重奏』か、身に着けている物もコピーされるなら魔道具なんかもイケるのか?」
「残念ながら、いえ、見た目はソックリなモノが作れるのですが、機能はしませんでした」
服がコピーされてる以上、生物限定ってワケじゃあるまい。訓練次第で魔器・魔道具のコピーが可能になるかも知れない。まぁ可能性があるってだけだが……
「ただ分身体でも「気」は使用できますので、単純に今までの攻撃力が二倍になったと考えてもらってイイです」
「おぉ! 「気」が使えるのか!? それってかなり凄いぞ!!」
「お褒めに預かり光栄です」
当然魔術だって使えるハズだ、まぁ、まずは魔術を覚えなきゃいけないが。
「それで? 聞きたい事って?」
「はい、今の私は分身体を2体、つまり『三重奏』まで使えます。近日中には3体目の分身体を作れるでしょう」
「うんうん、素晴しいじゃないか」
「はい、しかしミラ様の見立てでは、私では恐らく8~9体の分身体しか作れないだろうとのコトです。
しかし魔王プロメテウスは20体以上の分身体を作っていたといいます。私にはそこまで作れないのでしょうか?」
「ふむ、ちょっと待てよ」
緋色眼を開いてミカヅキと分身体を見てみる、主に魔力残量をだ。
ミラの見立ては正しい、確かに後8~9体が限界だろう。
分身体は完全に倒される前に解除すれば、魔力を回収できるハズだから、上手くいけば何度でも作り出せる。要するに最大で8~9体が限界ってコトだ。
つまり1000人くらいの多重○分身は使えないのか、アレは作画さんが大変そうだしな……
「それは単純にミカヅキのサイズの問題だと思うぞ?」
「サイズ……ですか」
ムニョン。
ミカヅキが自分の胸を持ち上げてる…… 確かにミカヅキは顔立ちは幼い癖に我がギルドで一番の巨乳だからな…… いや、そういう問題じゃなくって……
「サイズ……」
ペタペタ……
白が自分の胸を触っている…… とてもなだらかだ…… 先輩やアーリィ=フォレストと殆んど変わらない…… 気にすることは無いぞ? 俺はどんなサイズの胸でも変わらずに愛すると誓ったんだ! だから心配するな!
「そうじゃなくって、魔王プロメテウスは本体が心臓しか無かっただろ?」
「あ……」
「つまり分身を作るのに使う魔力が極端に少なかったんだ、たぶんもっとたくさん作れたと思う。
その代わり、心臓だけの分身体では何もできないから鉄機兵を用意してたんだ。
確かにプロメテウスと比べればミカヅキの分身体は作れる数は少ないだろうけど、「気」が使えるというアドバンテージがある。
100体の鉄機兵より、10人のミカヅキの方がよっぽど手ごわいハズだ」
「なるほど…… 多ければイイってワケじゃ無いんですね」
少なくとも俺や琉架やミラには鉄機兵など問題にならなかった。
「気」を使え、特攻し放題なミカヅキの方が遥かに強い。
「ミカヅキの鏡界転者も、精度が上がれば魔道具なんかの完コピも出来るようになるかもしれない」
「はい、精進致します。まずは『十重奏』を目指し、そして分身体の精度を上げていきます!」
そう言えばミカヅキは忍者スキルも持ってるんだったな、分身も使えるし名実ともに女忍者…… くノ一だ。
う~ん…… ウチの嫁がどんどん強くなる……
良い事のハズなのに不安が胸を過るのは何故だろう?