第15話 古来街道
城塞都市ラドン
「や……やっと着いた……」
第一の目的地「城塞都市ラドン」に到着した。ほとんど死にかけ状態だ。
「か……神那、大丈夫? ほら、捕まって」
あぁ女神様、俺の味方はあなただけです……他の連中ときたら……
「ふ~~~やっと着きましたね、二日もあると退屈しちゃって……」
「船酔いなんてするから、打ち合わせなんてまったく出来なかったじゃない」
「まったく男の癖に情けない、もっと体を鍛えろ! そんなに細い風体をしているから……」
くそ……お前ら覚えてろよ、お前らがピンチになっても1回は見捨ててやる。
「おぇ……と……とにかく、おっさんは馬車の手配をしてくれ……うぷ……明日の朝には出発する……」
「この男ホントに大丈夫なの? まったく役に立たなそう」
オルフェイリアがそんなことを言う、お前は2回ピンチになっても助けないからな。
「か……神那はホントに強いんですよ! 本当に強いんです!!」
琉架が弁護してくれた、やっぱり女神は他の有象無象とは違うな。
「とにかく早く宿に行って休ませてあげましょう。打ち合わせは今夜に」
俺は琉架の優しさに支えられて宿へ向かった。
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「それでは今後の大まかな予定について話し合います」
「迷惑かけてたくせに偉そうに……」
オルフェイリアが反抗的だ、しかし俺が迷惑をかけた相手は琉架だけだ、お前は心配する素振りすらしなかっただろ。まぁいい、こいつとフラグを立てる気は無いからな。
「まず『古来街道』に入ります。そこまでは多数の魔物と魔族との戦闘が予想されます。足を止めると囲まれるだろうから、常に移動しながら戦います。俺と琉架で確認できる範囲の敵、主に遠距離戦を担当するので、接近してきたら先輩とおっさんで担当してください」
「はい! 神那クン、勉強不足で悪いんだけど『古来街道』って何?」
先輩が知らないのも無理はないだろう、普通の学校ではこんなコト習わないからな。復習もかねて説明しておくか。
「『古来街道』とは『古代人形』と呼ばれる身の丈300メートルは在ろうかという巨大なゴーレムの通り道です。
このゴーレム1年で世界を一周し、海だろうが山だろうが無視して直進し続けます。発生時期は不明。一説には超古代文明の遺産の一つと言われています」
超古代文明……ロマンの塊のような言葉だ。シニス世界にはそんなモノが数多く眠り続けているらしい。やはり太古の昔に熱核戦争で滅んだのか、それとも何か別の要因で滅んだのか、未だに解明されていない謎だ。
この言葉を聞くと、俺の中の暗黒の病が疼きだす。いつの日かそんな遺跡を発見してみたいものだ。
「とにかく古来街道は中央大山脈ですら平坦な道に変えてくれています。しかもそこは魔物や魔族が近づきたがらない性質を持っている真っ直ぐな道です。ここに入ってさえしまえばレイガルドまで3日も掛からないでしょう」
ちなみにこの世界にはこうした伝説由来の遺物が沢山ある。『神聖域』や『禁断の地 エデン』『幻の塔』etc.
おっさんが補足説明をする。
「誤解の無いよう先に言っておくが古来街道は確かに魔物たちの出現率は極めて低いが、人型種族の野盗なんかは出てくるぞ。もちろん見通しの良い一本道だから滅多には現れないが……」
「だ、そうです。まぁ油断はしないようにしましょう」
「そうだ、あなた達の中に魔法が使える人いないかしら? 一つ覚えておいてほしい魔法があるのだけれど」
「あ、はい。私、魔法の使い方わかりますよ。どういった魔法なんですか?」
「『擬態魔法』よ。あなた達自身に使ってもらうことになる。私もダルストンも苦手な魔法なの」
「擬態……魔法?」
「獣衆王国には基本的に人族はいない。そのままの姿だと流石に目立ちすぎるのよ、だからこの魔法で獣人族に擬態してほしいの」
まさかそれは獣耳とシッポが生えてくる魔法なのか!? そんな素晴らしい魔法が存在していたとは……魔法侮りがたし。
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翌日、城塞都市を出るときに琉架に一仕事頼む、城塞都市ラドンは二重の城壁に囲まれておりそこが国境となっている。
「ねぇ、アレっていったいどうなってるの? 気付いたら外に出てるし、全く意味が分からない」
オルフェイリアが馬車の中から質問してくる。以前の商隊護衛の時と同じく、俺と琉架が馬車の上で左右を警戒、後ろを先輩、前はおっさんが御者台で警戒している。
スピードは商隊とは比較にならないくらい早い。とにかく早く古来街道に入るためだ。
「ゴメンナサイ……えーっと、企業秘密です」
「それじゃ何にも分からないじゃない」
いやいや、当たり前だろ。お前は自分の秘密を全部俺たちに話したのか? この口の軽そうなお姫様に自分のギフトを教えるのは危険すぎるだろ。
「右前方からレッドボア大型種! 1匹突っ込んでくるぞ!!」
「左後方からもラプトル多数!!」
前方監視担当のおっさんが声を上げる。右側迎撃担当の俺が魔術で殲滅。
後方監視担当の先輩に答えるように、左側迎撃担当の琉架が制眼皇道銃で迎撃。
それを繰り返しとにかくスピード重視で移動する。この移動方法は作戦次第では第11魔王討伐の時にも使うかもしれないので予行演習にもなる。
その様子を見ながらダルストンは考えた。
(これは……もしかして、とんでもないジョーカーを引き当てたのかもしれないぞ)
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古来街道に入り野営する、わずか1日でここまで来れた。これは驚異的なスピードだ。そして翌日……
「それではこれより擬態魔法を掛けたいと思います」
待ってました! 昨日1日これだけを楽しみにしてました!!
「ここは年功序列で先輩からどうぞ」
「えっ? わ…私から?」
先輩に毒見役を押し付け静観の構え、実に楽しみだ。
「欺瞞なる帝王、彼の者の真実を知り、彼の者の真実を覆い隠さん 擬態」
カッコい……ダサイ詠唱から魔法を放つ。上位魔法の使用には例外なく詠唱が必要だ。レベルの高い魔法ほど長い詠唱が必要になるため、戦闘中の使用は困難になる。
魔導とは術式を精神に書き込み単純なキーワードで発動できるように改良された技術である。魔導の簡易発動技術に慣れた者ほど余計に魔法の使用は難しくなる。
先輩を魔法のヴェールが覆い包み光を放つ、すぐに光は収まり擬態した先輩が姿を現す。その姿は……
「ど……どうなってる?」
丸い耳に太いシッポ……先輩はタヌキだった。
「ブフゥッ!!!!」
「な……なにっ!? どうなってるの!? なんで吹き出すの!?」
琉架が気の毒そうな顔をしながら魔神器から取り出した鏡を差し出す。
「こ……これは……タヌキ?」
「ぷ……先輩、とてもキュートです……がんばれ」
「は、励ますなぁーーー!!」
先輩は逃げ出し馬車の影に隠れた。しかし俺も人の事を笑ってはいられない、自分がどんな獣人に擬態するのか分からないのだから。
「じゃあ、次は神那の番ね」
「お、おぉ。頼む……」
琉架が再び擬態を放つ。緊張の一瞬だ。馬車の影から先輩がこちらを覗いている。その眼は「失敗しろ」と訴えかけている様だった……
先ほどと同じく魔法のヴェールが俺を包み込み消える、さあ、どうなった!?
まずシッポが痛い、忘れてた俺はスカートじゃないからズボンの中でトグロを巻いている、ウンコを漏らした訳じゃない。仕方ないからズボンを破る、事が済んだら琉架に直してもらおう。
太いシッポは先輩と似ているが……まさか……先輩とタヌキ被りだけは勘弁してくれ。
「神那の獣耳は尖ってるね、その耳とシッポは……キツネだね」
心の中でガッツポーズ! 本当は狼とかが良かったが贅沢は言うまい、タヌキ被りしなくて本当に良かった。
先輩はわざと聞こえる声で「チッ」と呟き、琉架はクスクス笑っている。
「やっぱりね、神那はキツネだと思ってた」
「? 俺のどこにキツネ要素が?」
「ふふ……何となくだよ」
「??」
最後に琉架が自分に擬態を掛ける。どうなるだろう……琉架のイメージか……猫って感じじゃないよな……
光が収まると琉架の姿が露わになる、長く垂れ下がった耳、丸くてフワフワなシッポ……こ……これは!
「ロップイヤー キターーー!!!!」
全員の体がビクッと震える。あ……またやってしまった。思わず感動が口からこぼれた。
「か……神那?」
「いや、うん、似合ってるよ」
うん。超可愛い、さすが俺の女神だ。
「それにしても三人とも珍しい種族になったね、こんな事もあるんだ」
「そんなに珍しい種族なのか?」
「えぇ、狸族と狐族は絶滅寸前よ。兎族で垂れ耳は初めて見たわ」
「珍しい……か、王都に行ったら目立つかな?」
「まぁ……少しはね、今はそれ所じゃないだろうけど……」
面白イベントは終わり、とっとと目的地へ向けて移動再開だ。先輩がいじけているが、俺や琉架が何を言っても慰めにならないので放置する。
「か……神那ぁ……///」
「ん?」
俺は無意識のうちに琉架のウサ耳を弄っていた。最近の俺は欲望のブレーキが利かなくなっている。気を付けないと本当に嫌われるぞ?
「ゴ……ゴメンナサイ、本当に無意識だった」
琉架が照れながら自分のウサ耳を弄ってる、可愛いモノを愛でたい気持ちをグッと堪えて周囲の警戒にあたる。
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馬車を走らせること丸一日、第11領域と第9領域の国境である『古来街道大要塞』に到着する。
1年ごとに古代人形に破壊される運命にあるが、それでも懲りずに作り続けている。それはこの要塞が第11魔王の暇潰し戦争対策としてもっとも有効だからだ。
ここは軍の大佐であるダルストンの顔パスで通れる、一応オルフェイリアには隠れていてもらって通り抜ける。てか、このおっさん大佐だったのか。とてもそうは見えん猫耳オヤジなのに。
あっさりと第9領域へ侵入成功。拍子抜けする。
「獣衆王国、王都ではネテロの野郎が姫が死んだと触れ回っているらしい、もう簒奪の準備段階に入っている。これは急がなければ……」
野郎とか言っちゃったよ、仮にも王位継承順位第二位なんだろ?
おっさんが要塞で自分の腹心の部下から情報を得ていた。なかなか抜け目ないな。
本当はこの要塞も二人を隠して通り抜けたかったのだが、これ以上時間を掛ける訳にはいかなかったのでおっさんの権力を利用した。オルフェイリアはともかくおっさんの帰国を知られることになった、もしかしたら刺客が差し向けられるかもしれない。最悪の場合は、おっさんを残して俺たちだけで先を急ぐ事にする。ちなみにこの作戦の発案者はおっさん自身だ、俺が言い出した訳ではない。このおっさんもなかなかの忠義者らしい。少し見直した。
― 第9領域 レイガルド ―
中央大陸東部に位置する。第8・第11魔王に攻め込まれることが多いが、他領域に比べ随分平和な場所である。なぜならこの領域の魔王は第12領域同様、不在なのである。
なので獣人族の王が民を纏めている。
やることは簡単だ。刺客が来れば撃退し、王都に赴きオルフェイリアの無事を知らしめる。今回の事件は証拠が無いからどうすることも出来ないだろうが王位継承順位第一位様が元れば話は丸く収まる。
心配があるとすればネテロがどれだけ国の上層部を取り込んでいるかだけだが……
これまでの道程と同じく馬車の上で琉架と背中合わせで座りながら周囲を警戒するフォーメーションだ。なんだかんだでコレが一番安全だ。
しかし古来街道に入って以来、敵襲が殆ど無い。ハッキリ言って退屈だ。琉架が俺のフサフサのシッポを引っ張り、三つ編みを作ったりして遊んでいる。俺のシッポで遊んでいる……大事な事なので二度言っとく。
俺もお返ししてやりたい所だが、琉架の小さくて丸いシッポはクッションに埋もれていて手が出せない。仕方ない俺のシッポが弄ばれるのは妄想に利用して我慢しよう。俺も琉架のウサ耳を無意識に弄繰り回していたからな。
もしかしたらコレが琉架の仕返しなのかもしれない。
「おい、アレは何だ?」
最初に気付いたダルストンが声を上げる。何かがこちらに向かってくる。
「何だ……人? 追われている?」
「野党に襲われた?」
「いや……魔族だ!!」
魔族に襲われている以上、放っておく訳にはいかない!
襲われているのは女の子のようだ。放っておくわけにはいかない!
逃げてきた少女がこちらに気付くと大ジャンプ、馬車に飛び乗ってきた。今20メートルぐらい飛んだぞ? 身体強化してたようには見えなかったが……
「はぁ はぁ お願い……!! 助けて!!」
俺個人への救助要請、何で? 助けを求めるなら鎧着込んだムキマッチョなおっさんの方じゃねぇの?
よく見るとかなりの美少女だ、俄然やる気がわいてくる。小麦色の肌に真っ白い髪の毛、そしてキツネ耳とシッポ。何だそういうことか……俺の事を同族と勘違いしたらしい。仕方ない……
「おっさん、馬車を止めるな、そのまま突っ走れ」
「なにぃ!? 魔族に突っ込めって言うのか!?」
「大丈夫だ、全部吹っ飛ばす」
「第7階位級 風域魔術『空圧』コンプレス × 第4階位級 風域魔術『風爆』エアロバースト」
「合成魔術『風神風』トルネイド」
横向きの竜巻が発生し街道に存在する全てのモノを吹き飛ばす。
「なっ!?」
「い……今のはまさか、合成魔術……でしょうか?」
「お兄さん……すごい! でも……人族?」
ぐあ、一瞬でバレた。当たり前か……魔導魔術使ったんだからな。
「お……おい小僧、今のってまさか……」
「何を狼狽えてる、ギルドを立ち上げて十日も掛からずにランクAになるには、これくらい出来て当たり前だろ」
「そ、そうだな……(船に乗っただけでダウンするような奴がマジか!?)」
「なんとも……頼もしいです……(期待して無かったのに……本物だったのね……)」
何か心の声が聞こえた気がする。
「それで君は何であんな物騒な奴らに追われてた?」
「……それは、その……」
言いよどむ、後ろめたい事でもあるのか? いや、魔族は特に理由もなく人を追いかけるイメージがある。これだけの美少女なら魔族じゃなくたって追いかけたくもなるだろう。うむ、美女に悪人はいても美少女に悪人はいない、俺は信じている。
「それはきっと彼女が『白狐』だからでしょうね」
オルフェイリアが口を挟んできた。吐く子? 船旅中の俺の事を言ってるのか? お前にあの苦しみが分かってたまるか! ………………いやいや、まてまて、落ち着け俺、感情的になるな。この真っ白な髪を見るに白いキツネの事だろう。
「何だそれは?」
「先にお話しした通り、狐族は絶滅寸前です。そんな狐族には数百年に一人『白狐』と呼ばれる子供が生まれるんです。詳しくは知りませんが白狐は狐族にとって特別な存在みたいですね」
知ったかぶりした割には情報が中途半端だった。この残念王女様は本当に大丈夫か? この子が王位を継いだ後が心配になってきた。優秀なブレーンを置くことを強く勧めておくか。
「そうか、なら家族も心配しているだろう。取りあえず俺たちと一緒に王都まで行って誰か護衛を付けてもらって帰るといい。そこにいる金髪猫娘はああ見えても獣衆王国第一王女だからな護衛くらい気前よく付けてくれるさ」
「ちょ……だれが金髪猫娘よ!! 私は猫族じゃなく獅子族よ!!」
そうだったのか、てっきりスタンダードなトラ猫かと思っていた。あれ? ライオンの耳ってもっと丸っこかったと思うんだけど……まあいいか、あまり触れない方がいい事もこの世には沢山あるからな。
「家族……いません……」
すごく暗い声がした、白狐の少女が泣きそうな顔をしている。ものすごく嫌な予感がする。
「魔族に……村ごと滅ぼされ……た」
そうだった、この世界ではこんな不条理な事が簡単に起こるんだった。
「そ……そんな、狐族の集落は王都からそんなに離れていないはず……王国軍は一体何を……」
「ネテロの野郎……!」
獣人族の二人は悔しそうに顔をしかめ、白狐の少女は俺に体を預けて泣き出した。たとえ偽物だと分かっていても狐族のそばに居たいのかもしれない。
重い話を聞いたせいか俺の中の野獣も大人しくしている、彼女を抱きしめて頭を撫でてやった。
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10分程泣いた所で落ち着きを取り戻し、俺たちにお礼を言ってくる。
「助けてくれてありがとう……。私……白、「如月白」……です」
その安直な名前より、大和風の名前に驚いた。よく見れば彼女の着ている服は、着崩しているものの確かに和服に見える。小麦色の胸元がまぶしい、ふくらみは今後の成長に期待したい所だが。
「私たちは今、王都へ向かっています。あなたもついて来なさい」
「はい……私も王都へ向かってたから……助かります」
舌足らずな喋り方だが、なかなか礼儀正しい子だ。金髪獅子娘もこれくらい見習えよ、姫力が足りないぞ。
「? おかしな子ね、王都は逆方向でしょ?」
この神秘的な雰囲気を纏う少女はドジっ娘だったのか、礼儀正しいだけじゃないとは良いギャップ萌えだ。如月白にドジっ娘ポイントが加算されました。
「村を襲った魔族の集団……王都に向かっている……それを知らせたかった……ただ、私自身も追われてた……それを連れてく訳にもいかない……困ってた」
え……?
「このペースで行けば……恐らく魔族より先に王都に到着できる……はず」
その言い方だと、結構ギリギリっぽい印象を受けますよ?
「ダルストン! 急ぎなさい!!」
ただでさえバテ気味の馬に鞭打ち、俺たちは古来街道を爆走した。